第六十四話 舞踏会~ユーフィリアside~
いつも読んでくださる方、ありがとうございます。本日四話連続投稿を企画しております。
今話は本日三話目です。
今度は詩帆の雅也に対する正負の感情の揺れ動きをお楽しみください。
「俺が合わせるよ。それに失敗しても大丈夫だから。最悪、最後まで残れなくても……」
「ダメなの……今日だけは勝たないと」
「えっ……」
ダンスコンペの開始直前、私の言葉に彼が困惑した表情で固まった。彼が頷いてくれるまで怖くて仕方がなかった……
ダンスが始まった後、私は驚いた。私が合わせようとしなくても彼の動きは完璧に私とあっていた。魔術的な強化でタイミングを合わせやすいようにしていたようだけど……それでも説明がつかないほど合っていたのか、彼が必死に首をかしげたそうにしていた。
「ダンス、早すぎないかしら」
「大丈夫。むしろとてもやりやすいから」
「そう……」
彼がそう笑顔で返してくれるたびに私の心は揺らいだ。
「ユフィ。早く決めないと遅れるよ」
「待って……もう二択だから」
「普通にダンスパーティーだったら水色と黒のドレスだったら、水色だと思うけど」
ダンスコンペの開始一時間前、私は寮の部屋でどのドレスを着るかをソフィアに相談していた。
「やっぱり水色って言うわよね。でも私らしいのは聞かれたらどっちかしら?」
「それはあなたらしい色って言ったら、黒だけど」
「それが聞きたかったの。じゃあ、黒にするわ」
「本当に……まあ、止めはしないけれど」
私は制服を脱ぎながら、素早くドレスに着替えていく。まあ、一人では無理だから当然ソフィアにも手伝ってもらうんだけど。
「珍しいわね。あなたが自分の好みの方を優先するなんて」
「……あの人には、私の本当の姿を見てもらいたいから……あんまり嘘はつきたくないんだ」
「クライス君は幸せ者ですね」
「別にクライス君じゃないわよ。前にも言ったでしょう」
そう、私が見惚れさせたいのはクライス君ではなく、雅也なのだから。
「それがよく分からないのよ。でも、結局クライス君じゃないの?」
「うーん。まあ、今は内緒ってことは変わらないわよ」
「そう。じゃあ、無意味かもしれないけど一応教えておこうかしら」
「何を……」
「このダンスコンペなんだけどね」
「うん……」
「優勝者のカップル成立率が九割を超えてるって知ってる?」
「……そう、なの」
私は思わず、肩まで上げていたドレスを腰まで垂らしてしまった。
「ほらほら、落ち着いて」
「お、落ち着いてるよ」
「……ハア。で、この話はデータで得られる事実なんだけど……まあ、大半のカップルは元から仲の良かった友人同士ってパターンがほとんどね。まあ、その状態で優勝して、二人っきりで舞踏会のフィナーレを踊るようなロマンティックな場面になったら、相手がよっぽど顔面偏差値低くなければ惹かれるわよ」
「な、なるほど……」
「さてと、私はなぜユフィがこの話に食いついているのか謎なんだけど……弁明の言葉はある?」
「私が好きなのはクライス君じゃない」
そう言い切ったが、私の心は少し揺らいだ。私が好きなのは雅也なのか、クライスである雅也なのか、と。
だから、彼が私のドレス姿に見とれた時も、私は素直に喜べなかった。余計に私が好きなのがどちらか分からなくなって。また、雅也が好きなのも私なのか、私が演じるユーフィリアなのかが分からなくなって。
「大丈夫か、ユーフィリア……ものすごく顔色が悪いけど」
「気にしないで。少し疲れただけよ」
「そうか……気分が悪くなったら、いつでも言ってくれ」
だから彼が私を気遣ってくれても、私は素直に受け取れなかった。彼が詩帆ではなくユーフィリアに声をかけていたらと思うと怖くて仕方がなかったから……
……思えば数年前は、彼を全面的に信じられていた時はそんなことはなかった。自分の境遇を全部ぶつけて、いじり倒してやろうかとまで考えていたのに……最近になって不安になった。彼は私のことを忘れてしまったんじゃないだろうかって……
……私は彼にとっての何になってしまったのか。前世ではきっと大好きな奥さんだったと思ってくれていたのだろう。自惚れだけど確かにそうだったのだと思う。だから彼は私のために命を懸けてくれたと思った。
……でも、私の心はこんなに求めているのに彼は全然来てくれなかった。不安で、不安で仕方なかった。彼がクライス君だろうとあたりを付けて調べ始めても、その想いは消えることはなかった。
……彼から何の音沙汰もないまま、十五年。私はまだ諦めきれなかった。彼と直接会うまでは、絶対に信じていたかったから。でも、彼の所在を全て調べても会いに行けなかった……
……本当に彼が私のことを忘れていたら、クライス君が雅也じゃなかったら……そう思ったら、余計に怖くなった。だから罰が当たったのかもしれない。私の馬車は魔人の襲撃に遭った。今でも思い出すと足が震える。けど……彼が来てくれた。
……戦況はとても不利で、正直言って勝てる見込みなんてなかった。そこにクライス君が現れて颯爽と私を救ってくれた。そして、その手で抱きかかえられたとき……私はようやく彼が雅也だと確信できた。私の魂が彼の温もりを覚えていたから。
……彼の腕の中で感じた、懐かしい温もり。かれがようやく、私のもとに来てくれた。そう思ったのに……彼は私を忘れたかのように、気づかないかのようにふるまった。
……忘れていないのは態度で分かった……でも、彼は私のことを「詩帆」とは呼んでくれなかった。私はずっと「雅也」と呼びたかったのに……
……だから、彼は私のことが重荷なんじゃないかと思った。そこで余計に不安になった。そしてそんな自分が余計に嫌になった。彼のことが好きで好きで仕方ないのに、それでも彼を全面的に信じられない私が……
……だから彼の温もりを忘れ去れようとした。でも私の全てを許し、包んでくれた彼の優しさが恋しくて、恋しくて……結局忘れられなかった……
……やっぱり私には雅也しかいない。でも、私は彼がまだ自分のことが好きなのかすら信じられない。最低だよ、私。
……でも、私は、私はずっと私の全てを包んでくれた彼が忘れられない。もう……私には雅也以外を愛せない。私のことを命を懸けて救ってくれた彼以上の存在なんていないから。その時に再び誓った。私は彼だけを生涯、愛すると……
……でも、それでも私は不安で揺らいでしまう。私はどうしたら……いや、そっか悩まなくていいんだ。だって……
気が付くと周りを舞っているペアはいなくなっていた。
「あ、れ……」
「気づいたか。俺達が最後まで残った……優勝だよ」
このダンスコンペでは得点の低いものから、抜けていくシステムである。つまり最後まで残っているというのは彼の言う通り、優勝ということなのだが……
「嘘……」
「本当だよ。ほらっ、まだ演奏は終わってないんだぞ」
「う、うん……」
クライス君にリードされながら、私は夢うつつのままで舞い続けた。やがて曲は終結に近づき……
「フィニッシュ、だな」
「ええ」
最後のフィニッシュで彼は私を横抱きに抱えてターンした……こんなの本来はないけど、まあ優勝したから構わないだろう。
そして周りからは歓声と大きな拍手が浴びせられた。それでようやく私は彼の腕に抱きかかえられているという事実を正確に認識した。
「お、降ろしてくれる……」
「ああ、ごめん。あんまり意識してなかったよ」
そのまま彼は私の手をつないだまま、ゆっくりと私を地面に下ろした。
「ダンスコンペ優勝ペアは一学年首席と次席のコンビ。クライス君&ユーフィリア嬢ペアです。皆様、もう一度盛大な拍手を。また二人にはこの後、舞踏会のフィナーレでも踊っていただきますので、みなさんご期待ください」
本番はこれからだ。フィナーレで彼に私の想いを伝える……それが、私に残された最後のチャンスかもしれないから。きっと私はこの機会を逃したら絶対に言えないから……
「お疲れ」
「ええ、お疲れ。さてと、それじゃあ次のフィナーレもよろしくね」
そう言って彼の手を離そうとすると、彼が私の手を掴んだ。それに驚いて振り向くと、彼は真剣な目をして言った。
「身勝手なお願いだってのは分かってる。だけどその上で聞いてほしい」
「え、ええ……」
「僕はこれ以上、今日の貴女を見世物にする気はない……だから、僕の言葉が聞こえるのなら……フィナーレはダンスの上手い友人に任せて、バルコニーに来てくれないか」
「えっ……」
「そこで、全部を話す。だから、だから……今日だけでもいいから、貴女が僕だけのものであってくれ」
彼の最後の独特な言い回しには聞き覚えがある。いや、忘れるわけがない。だってその言葉は一番大切なあの人の……プロポーズの前半部分なのだから……しかも日本語だ。
「あなた、本当にま……」
「その話はバルコニーで」
そう言うと、彼は人ごみの中に消えていった。と、それと入れ替わるようにしてソフィアがやってきた。
「ユーフィリアお疲れ様。最後とか特にすごかったわよ」
「え、ええ……」
「どうしたの。まさかクライス君にもう告白してフラれちゃったの」
「違うの……」
「じゃあ、何よ」
「今は言えない……だけど、お願いがあるの」
「言えないってどういうことなのか、いい加減に気になるけど……いいわ、これで最後なら聞いてあげる」
「うん……次は話せる気がするから」
「分かった。それでお願いって?」
「私の代わりにフィナーレに出て」
「えっ………」
私はそれだけ言うと、すぐに消えたクライス君の後を追った。
ユフィが去った後、私は一人大きくため息をついた。
「はあ、ユフィも本当に何を考えてるのかしら。コンペ優勝者が舞踏会のフィナーレを他人に譲るなんて話聞いてことがないわよ」
「奇遇だな。私もだ」
「で、殿下。い、一体なぜ?」
「所用でクライスが代われと言ってきた。まあ、だいたい意味は分かったがな」
「えっ……」
クライス君とユフィが同時に席を外す理由って……まさか
「逢引、ですか」
「まあ近いだろうな。ただあの二人は何か特殊な事情を抱えているようだがな」
「私もそれは薄々感じていましたけど……」
「まあ、そんな事情はどうでもいい。クライスにしてみれば、これは俺達に対する嫌がらせでもあるだろうからな」
「……なるほど。強引に躍らせた私達への、ですかね」
「そういうことだろうな」
「先輩方、お兄様の所在を知りませんか」
と、二人で話しているところにリリアちゃんが走ってきた。
「どうしたの、リリアちゃん」
「お兄様が会場から消えたんですよ。転移をした痕跡もないのに」
「……あいつなら痕跡を残さず転移できそうな気もするが……まあ、していても、していなくても場所は分かり切っているんだがな」
「えっ……どこですか?」
「フフ、ユフィの隣よ」
「……お兄様、ついに、ですか」
「そうね。まあ、それはユフィにも言えることなんだけど」
そうして話していると、会場にフィナーレの音楽が流れ始めた。
「さて、ソフィア嬢。あの二人のコンビネーションには及ばないだろうが、精一杯やらせてもらおうか」
「そうですね。フフ、殿下のエスコートが受けられるとは光栄です」
会場内からは音楽が流れ始めていたが、外に出ると音があまり聞こえなくなって……やがて途絶えた。
「クライス君、いるの」
「今夜は月が綺麗だな」
私の呼びかけに彼はこう答えた。その答えには私は彼らしいと思った。そして今まで彼に合うのが怖かったのが不思議に思った。
……だって彼は、私の全てを、彼への気持ちが揺らいでしまうところまで愛してくれたのだから、包んでくれたのだから……
……だったら、もう遠慮する必要も怖がる必要もない。そう思えた。
だから私は大きく息を吸い込んで、そして、彼の名前を呼んだ………
そしてついに二人は……
次話更新は00:27です。




