第六十三話 舞踏会 ~クライスside~
いつも読んでくださる方、ありがとうございます。本日四話連続投稿を企画しております。
21:27投稿は二話同時投稿です。今話は二話目です。
雅也の詩帆に対する正負の感情の揺れ動きをお楽しみください。
「この服、初めて着たけど……やっぱりスーツって性に合わないな」
ユーフィリアと別れて部屋に戻った俺は、セーラさんから送られた霊装を着て、鏡で自分の姿を見ていた。黒いスーツというか、燕尾服なその服はダンスパーティーにはよく合うだろう。だが……俺には致命的なまでに似合っていない気がする。いや、最低限の形にはなっているんだが。
「それとも俺がスーツを着慣れていないせいで、違和感を感じるのかな」
前世では大学准教授だった俺は、必然的にスーツを着る機会はほとんど無かった。せいぜい各種式典か学会発表の時ぐらいのものだ。しかも詩帆の闘病生活後半にはほとんど学会にも参加していなかったから、俺はスーツを着る習慣がない。
「まあ、俺自身にとって違和感があるというだけで特に問題もないし……行くか」
コンペの集合時間までは、まだまだ余裕があったが俺はひとまず服のことは忘れて部屋を出ることにした。
「お兄様、すごく似合っていますよ」
「……そうか」
「でも、その服ってお父様がお兄様に渡したものじゃないですよね」
「ああ、セーラさんにもらった」
「なるほど……それでこんなに膨大な魔力を感じるわけですか」
「ああ。魔力を持った糸をつむぐ特殊な蚕の糸らしいからな」
「ちなみにお値段は……」
「ここまでの魔力含有量と強度だと王都の末端価格で……一億アドルはいくかな」
「……いくかな、じゃないですよ。学生レベルのパーティーに来ていく服じゃありません」
「……分かってるよ」
会場についた俺は、青色のドレスを着て着飾ったリリアと合流していた。ドレスは華奢なリリアに合う、体のラインが見えにくいドレスだった。美しいというよりは可愛らしいという形容がぴったりのリリアと料理をつまみながら、俺は時間を潰すことにした。
「気が付けば王都に来てから二月近く経っていたわけですけど……まだ二か月しか経っていないんですね」
「また言うのか。俺がトラブル体質じゃないっていうのは何度も言っているだろ」
「違いますよ。この二か月がそれだけ充実していたと言いたいんです」
「ああ、そういうことか」
確かにこの二か月の間で俺達、というか俺の生活は激変している。師匠とセーラさんとの山奥での静かな生活から大都会の王都での学校生活へと変わったのだ。その変化は急激すぎて、正直言って逆に実感がわかないほどだ。
「当然、いろいろと災難にも巻き込まれましたけど……いろいろな友人もできて、毎日様々な発見があって楽しいです」
「そうか……」
リリアと話していると、そういえば前世で詩帆ともよく、こういう話をしていたと思いだした。
俺もかなりうまく立ち回ってはいたのだが、それでも他国の政府や裏組織に命を狙われた経験もゼロではない。挙句の果てに、新婚旅行で行ったハワイでは俺とは全く関係のないテロに巻き込まれる始末だ。そんな出来事の後、詩帆は決まってこう言った。
「……あなたといると本当に命がいくつあっても足りないんだけど」
「研究の件に関しては……すまないとしか言いようがない」
「それはいいのよ。問題はそれ以外のことで事件に巻き込まれることだから」
「そんなに巻き込まれて……るな」
「フフ、別に落ち込まなくてもいいよ。こういう刺激的な日常が好きってわけじゃないけど……どの経験も雅也と一緒にいたから起こったものでしょ。私はそれも含めて雅也と一緒にいるこの時間が大好きだから」
彼女はそう言って微笑んでくれた。そんな風に俺の全てを認めてくれる詩帆が俺は……大好きだったんだろうな。でも俺は……自己都合で彼女を十五年も置き去りにした……彼女は今さら俺を、許してくれるのか……
「お兄様、お兄様。ちょっと、聞いてるんですか」
「ああ、ごめん。少し思い出を振り返ってたんだ」
「お兄様もやっぱり楽しいって思ってたんですね。よかったです、お兄様はいつも何かを悩んでいるように見えてましたから」
詩帆との、という注釈をつけなかったおかげでリリアは俺がこの二カ月余りのことを思い返していたと考えてくれたようだ。
「それで……話は変わるんですが。お兄様がユーフィリア先輩を助けたって話を聞いたんですけど」
「ああ、伯爵がユーフィリアを連れ戻そうとした時だろう」
「えっ……お兄様。まさか伯爵様に手を出したんですか。しかもよりにもよって軍務大臣のグレーフィア伯爵にですか」
「……そうだけど」
「お兄様……後でその話を聞いたら、お父様が卒倒しますよ」
「うっ……ま、まあ大丈夫だよ。一応危害は加えていないし」
「あれはほとんど危害を加えたと同義だったと思うんだが……」
と、そこに背後から声がかかった。振り向くと、そこには礼服を完璧に着こなしたレオンが立っていた。
「レオン殿下、お兄様は何をやらかしたんですか。事と次第によってはお兄様には一度、子爵領に帰ってからお父様に平謝りをしてもらわないといけませんので」
「そうか……簡単に言うと、ユーフィリア嬢を馬車内に連れ込もうとした伯爵の顔面すれすれに<光弾>を撃ち込んだ」
「お兄様。それって絶対だめですよね」
「……やっぱり?」
「普通は分かると思うんだがな。まあ周りが見えなくなるぐらい怒っていても、魔術精度があそこまで高いのはさすがだな」
「お兄様が周りが見えなくなるぐらい怒るって……まさか」
レオンが投げ込んださりげない爆弾は、しっかりリリアの思考に火をつけたらしい。俺は咄嗟に追及を避けるために動こうとしたのだが、気が付けば二人によって俺はテーブル側に押さえ込まれていた。
「ど、どうした急に?」
「一つ聞いていないことがあったなあ、と思いまして」
「な、何?」
「お兄様はユーフィリア先輩に好意を持っていますよね」
「それはあんなに可愛い子がクラスにいたら、普通は好意は持つよね」
「そっちの意味でなく、異性として彼女を好きかどうかという話です」
「そ、それはな……」
と、追い込まれたタイミングで楽団の演奏が始まった。
「あれっ、まだコンペは始まってないよな」
「舞踏会の方は先に開催されるんだよ。そしてコンペ参加者もこの時間はフリーだ」
「へー」
「じゃあ、お兄様。一緒に踊りませんか」
「いいよ」
「あっ。さっきの話は後で聞かせてくださいね」
「覚えてたか……」
「数秒で忘れるわけがないじゃないですか。ただダンス中に尋ねるような無粋な真似はしないということです」
そう言いながらリリアは俺の手を取った。俺もその手を握り、ダンスを始める。ダンス自体は幼少期に最低限はしこまれたし、杖術の足さばきなんかも活用できるので割と楽だ。コンペの曲も舞踏会で踊る曲と同じで、舞踏会に出ようと思って多少は練習しているので、たぶん問題はないだろう。
「お兄様、行きますよ」
「ああ」
リリアにリードされて俺は踊った。言っておくが別にダンスが踊れないわけではない。ただ、自分からリードするのが面倒だっただけです。
「お兄様、さぼらないでくださいよ。そっちがさぼるのなら、私も……少々無粋な真似をさせていただきましょう……」
「分かった。真面目にやるから」
基本的にダンスの練習はリリアとしていたので手を抜いているのはすぐにばれた。結局手を抜けた時間は一分もなかったな。
「お兄様、本気でやったら相当うまいと思うんですけど」
「体全体と目に<身体能力強化>をかけてるからダンスの動きぐらいなら完璧に追えるよ」
「無駄に高度なことをしていますね」
リリアの動きに完璧に合わせるために体の動きは十分の一秒レベルで合わせている。まあ、魔術的な補助をしなければ俺のダンスなんてとてもではないが綺麗とは言い難いものだろう。
しばらく経つと、さすがに両方ともダンスに集中し始め黙った。だが俺の方は術の補助のおかげで、少し余裕があった。だからついつい色々と考え、悩んでしまう……
……俺は詩帆にとっての何だったのかと。優しい夫だと思っていてくれるのだろうか。それとも十五年も置き去りにしたひどい男だと思われているのか……
……思えば、彼女に声をかけられるタイミングはいくらでもあった。それを演出してムードを出すためとか、今言ったら周りに人が多すぎるからなどと言っていたのは逃げだったのではないだろうか。じゃあ、俺はなぜ逃げたんだ……ああ、そうか……
……俺はただ、詩帆に拒絶されることが怖かったのだ……いや、それすら身勝手な話だ。俺が十五年間も彼女を放置したせいで嫌われていたとするのならそれは俺の責任だ。それを悩む権利すら俺には残されていない。本当に彼女のことを思うのならば、魔神の件は保留にして、王都にいた彼女に会いに行けばよかったのだから……だから、彼女はもう俺のことを忘れてしまったかもしれない……
……そうなると。案外、彼女が俺に関わってくれるのも雅也としてではなくクライスとして好意を抱いてくれたのかも……って、彼女を疑ような真似をするなんて最低だな。俺はどこまで堕ちるんだよ。
……でも、何を信じたらいいんだろうな。俺の気持ちは今でも詩帆に向いてる。詩帆だけを愛すると誓った時から、ずっと……
そうか。俺は何を悩んでいたんだろうか。こんなにも答えは単純だったのに……
楽団の演奏が終わった。その瞬間、俺とリリアも動きを止める。
「お兄様、お疲れさまでした」
「ああ、お疲れ」
「すごくいいダンスでした。それじゃあコンペも頑張って下さいね」
「……そういえば、そんなものもあったな……そういえばユーフィリアはどこに……」
「クライス、お前のお姫様なら今、入り口からご入場されたぞ」
「お姫様って……まさかユーフィリアのこ、と、か……」
レオンの軽口に、そのまま入り口を向くとそこには……
「クライス君、遅くなってごめんなさい。まだダンスコンペは始まってないわよね」
「あっ……あっ、ああ」
「どうしたの、クライス君?」
「いや、別に……」
「ユフィのドレス姿に見とれてたのよ。それぐらい察してあげなさい」
「そ、そうなの……」
「ああ……そう、だけど……」
純黒のドレスに身を包んだユーフィリアは、普段は降ろしている髪を上げて後ろで括っていた。更に普段はしていない薄いメイクが余計にドキッとさせるような感じというか何と言うか……ああ、語れる言葉がない。
「綺麗、かしら?」
「とっても」
「そう……」
「おい、二人とも。そろそろ開始だぞ」
と、レオンの声で俺は再び現実に戻された。
「えっ……本当だ。開始時間の一分前」
「急ごう……<質量低減> <送風>」
「キャッ……ちょっ、やる前に何か言って」
「す、すまん」
俺は二人の重量を軽くし、風魔法で滑るように移動した。そして何とか開始時間までにダンスの開始地点にたどり着いた。
「練習時間、ゼロだけど……大丈夫かしら」
「俺が合わせるよ。それに失敗しても大丈夫だから。最悪、最後まで残れなくても……」
「ダメなの……今日だけは勝たないと」
「えっ……」
彼女の表情は悲痛なぐらい真剣だった。だから俺は頷いて言った。
「分かった。やれるだけのことはやろう」
「……ありがとう」
俺だってダンスは素人だ。でも……彼女の望むものがあるのなら、名誉も命も捨てると決めている。だったら……やってやるよ。
そして音楽が始まり、俺は本気でステップを踏み始めた。もう、告白への迷いは吹っ切れていた。
……たとえ、彼女が俺のことを嫌いになっていたとしても、俺は彼女の笑顔を守れるならそれでいいと思えたから。だから、せめて最後に謝れるならそれでいいと……そう、思えたから。
再会の時は刻一刻と迫って……
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