第六十一話 魔術競技大会 ~現代医術と治癒魔術~
読んでくださる方、ありがとうございます。本日二話目です。
医療事項はかなり雑なので、突っ込まないでください(笑)
「まったく、危険なことを……」
バン先輩が放とうとしている魔術は見当がつく。第九階位火魔術<神炎空間創造>である。発動すれば一キロ周囲を灰燼に帰すこの魔術をたかだか、結界に囲まれた総面積二百平方メートルのフィールド内で使う必要はない、過剰火力どころの話ではない。
「……本当にバカだろ。第一、あの人の魔力量も火魔術階位も第八階位なのによくもこんな無茶をしたもんだよ。しかもそれが発動するとか、どんな確率だよ……」
「そうよ。何で彼の魔術は発動してるのよ。階位に足りない魔術を発動させることは不可能よ」
「厳密に言うと、自分の階位より上の魔術を強引に発動しようとすると、ほぼ確実に失敗するとしか言えないからなんだよな」
「どういう意味?」
「この世界の魔法の原則はそうなるってだけで、特殊状況下では極稀に例外もあるってこと」
そもそもこの世界の人々の魔力は伸び代さえあれば、後天的な修練でも伸ばせる。実際リリアは俺との修練で一月の間に魔力階位を第八階位から九階位に上げ、他の属性適正も九階位にまで引きあがった。つまりこれは伸び代があったということだ。
「……七賢者が作った魔術体系には複数のリミッターが存在している。並みの魔術師ではその制限を絶対に越えることはできない」
「それは分かってるのよ。だから、なぜあの人は第九階位の魔術が発動できているのかということよ」
「うーん、運が良かったんだろうな」
「運が良かった……」
師匠達が作った模造魔法は、本人の魔力とその属性への親和性が足りてさえいれば、誰でも任意の座標に魔術を展開できる。しかし、逆に言うのであればそれらが足りていなければ魔術が発動することもない。
「最終的には魔力の使用は自身の体がリミッターをかける。だから、自分の魔力量以上の魔術を発動しようとしても自分の体からは魔力が出ないし、また魔術も発動しない」
「それは、つまり……」
「先輩が怒りのあまり自身の魔力のリミットを切ったおかげで、結果的に体内魔力を莫大使って、更には三次元下にある自身の血中魔力まで抜き出してその魔力が必要量あると認められたという訳だ」
「待って、火魔術との魔力親和性は」
「たぶん、それは元からあったんだろうな。ただ、魔力が足りなかったから発動できなかっただけで」
「そう……じゃあ、そろそろ魔術を消し飛ばして」
「無理だな」
「なぜ」
解説が終わったところでユーフィリアが魔術を消去するよう依頼してきたが、それはかなり無茶な話だ。
「あれは、まだ発動前なんだよ。つまり純粋な魔力の塊にしか過ぎない。あれを制御できるのは発動した本人だけだ。後は本人が自身の魔力と環境魔力を練り合わせて、魔術を現象として現界させてから任意座標で爆発させるだけだ。そうなったら、俺でも対処できるんだが……」
「だが?」
「あいつ、魔力枯渇で気絶しかけてるんだよな。あんな意識が朦朧とした状況じゃ無理だぞ」
「……本当ね」
と、彼女にはこう言ったが、実は対処法が一つある。物理魔法で強制的に空間を隔離させる方法だ。ただ、これをやると、魔術が誤作動で暴発した際にその部分の空間で膨大な歪みが生じかねないので、できるというだけでやりはしないが。
「で、どうするの?」
「ああ……って、最後の欠片の意識で成功させるとは思わなかった……ユーフィリア」
「私は自分で守り切るから……周りの人たちをお願い」
「分かった。レオン……あの魔術は危険だ。結界を張って退避」
ユーフィリアが自身の結界を強化したのを見て、俺は即座に振り返って戦闘中のレオンたちに叫んだ。
「無理に決まってるだろ。こっちも戦闘中なんだよ」
「お兄様……数秒持たせてください。相手チームもまとめて結界をかけます」
「分かった……エマ先生」
このまま戦闘している場合ではないと思った俺は即座に審判でもあるエマ先生に声をかけた。
「三年特待生クラス大将バン君の意識はありません。よってこの時点で戦闘続行は不可能と判断し、一学年特待生クラスの勝利です。みなさんはすぐに退避を。また、結界関連の術を使える先生は大至急集まってくだ……」
「間に合いません……<風霊庭園> <絶氷要塞>」
先生の判断も十分素早かったが、それより魔術の発動の方が早かった。超高威力の魔術に生徒たちの演習用結界は簡単に吹き飛んだ。だが俺はその外周に風魔術と氷魔術の結界を展開し爆風と炎熱をなんとか押さえ込んだ。多少は外部に影響が出たが、まあ問題のない範囲だろう。
ギリギリで三年生の先輩方を全員、レオンたちが自身の結界の中に入れていたし、三人で三重結界を張っていたのでまず問題はないだろう。
「クライス君、無事ですか?」
「エマ先生。ええ、僕は結界の展開が間に合いましたから」
「さすがは魔人を討伐した魔術師ですね」
「先生。他のみんなは」
「ユーフィリアさん、落ち着いてください。クライス君の結界で魔術の威力はないに等しいレベルでしたし、あの三人の魔術の技量ならさすがに三重の結界なら耐えられると……」
「お兄様」
先生の言葉にホッと胸をなでおろした俺達だったが、即座に聞こえたリリアの悲痛な叫びで再び緊張感を取り戻す。
「どうした、リリア」
「ば、バン先輩の顔色がものすごく悪くて……」
「えっ、魔力枯渇の影響じゃないのか」
「ち、違いますよ。だって、顔がこんなにむくれるなんて……」
「ちょっと待って。彼を動かさないで」
「えっ……」
バン先輩を挟むようにして座っていた俺とリリアの間にユーフィリアが入り込んできた。
「頭をなるべく動かさないようにして、地面に寝かせて」
「こ、こうですか……」
「ええ。……<光球>」
ユーフィリアはバン先輩の閉じた目蓋を指で開くと、そこに<光球>で光を当てた。
「……駄目ね、光反射が薄い……脳か……」
彼女のその表情を見て、やっぱり思った。やっぱりユーフィリアが詩帆だと。あの病院で冷静沈着な女医として働いていた頃のあの眼だったから。
「……助かりそうか」
「……病名が鑑別できない以上、現状治療魔法を使えないわ」
「分かった。鑑別する方法は?」
「脳の血管が詰まっているのか出血しているかが分かればいいの…クライス君、風魔法の<気配察知>の上位互換で物体内部の詳細が見れる魔術はないかしら」
「あるよ……<音波診断>……これは、血管が裂けて出血してるのかな」
「脳出血か……場所は?」
「後頭部から頭頂部にかけてのところ」
この時の俺達は周りからの目線など一切気にしていなかった。またところどころにこの世界の言語でない日本語的表現が混ざっていることにも気が付かなかった。
「分かったわ……ねえ、そのままの状態で血管外の血液だけを分解して放出できるかしら?」
「まず、無理だな。人間の肉体内の組成はそこまで変わらない。<音波診断>なんていう精密な魔術操作をしながら、組織と血液の境界を把握して、さらに精密な物質分解術なんて使用できない」
「……分かった。それなら……この場で開頭するしかないわね」
「そうだな。魔術発動と同時に意識を失った時に、破裂していたとすると……あれから五分弱は立ってる。ただ、まだ、そこまで焦る時間じゃない。医務室を開けてもらおう」
「そうしましょう」
「「エマ先生」」
「は、はい。なんでしょうか」
「今すぐ保健室のベッドを開けてください」
「は、はい」
先生の返事と同時に俺はバン先輩に<質量低減>をかけて、風魔法を利用して浮かせた。そのまま風魔法でゆっくりと保健室まで運んでいく。
「先生、空いているベッドは?」
「この奥よ……それより、何をする気なの?」
「頭を開いて溜まった血液を取り出します」
「えっ……そ、それは大丈夫なの」
「執刀経験はあります」
「えっ……」
「すいませんが先生はカーテンの外に出てください」
ベッドにバン先輩を寝かせて、周囲に風の結界を張る。更にその中身を殺菌する。
「…<空気清浄>……これで俺達の服を含めて、全てが一応殺菌されてる」
「そう……じゃあ、一秒でも早く終わらせましょうか……<暴風切断術>」
まずは俺が判定した出血点の真上の髪が根こそぎ切られた。神業的な制御によって髪の毛が全く見えないつるつるの状態にまで削られる。
「……次は……光魔術の熱切断術ってあるかしら?」
「もちろん」
「それじゃあ、ここの皮膚だけを四角く切ってくれるかしら」
「了解……<光線>」
この<光線>は俺の自作魔術で、空間中の光から赤外線のみを集束して放つ魔術である。俺はユーフィリアの指示通り、髪が剃られた頭皮を四角に切り裂いた。
「いいわよ。じゃあ、これはそこのトレーに置いておいて……さて、頭蓋骨をどうするか……」
「……<錬金> <質量低減>」
「えっ……」
「骨って基本はカルシウムの塊だろう。だからそれを利用して<錬金>で切り取る必要のある部分の周囲を窒素に代えて切り離したわけだよ。後はそれを浮かせて取り出しただけ」
「な、なるほどね」
さて、これでようやく脳が見えた。後は……彼女の出番だろう。
「出血点は……ここね。うん、意外と表面近くで良かったわ。さてと縫合……じゃなくて…<組織復元>」
「血管は塞がったね。じゃあ、後は……<水流操作> これで溜まった血液はもうないかな」
「ええ。じゃあ閉じましょうか」
「まずは<錬金>で骨を繋げて……」
閉頭は順調に進み、最後に周りに散った血液を拭きとって……
「終了。お疲れ様」
「ええ、お疲れ様です、先生」
頭部の傷も見えないぐらいに塞がり、無事に手術は終わった。
「さてと、結界を解除して……」
「私の息子は無事か」
結界を解除した瞬間に、大柄な男性が入ってきた。ローブ姿で息子……って言うことは。
「お久しぶりです。テルミドール王宮筆頭魔術師様」
「これはユーフィリア嬢……しかし、私の息子の頭を開けたと聞きましたが……」
「ええ、本当です」
「何っ、まさか私の息子を殺しかけたということか」
突然、彼は声を荒げた。まあ、知らなきゃそうなるよな。
「落ち着いてください。彼の頭の中の血管が破裂し、それを修復するためには頭を開くしかなかったんです」
「あ、頭の中の怪我。そ、そんな……魔術でも手が出せない傷を……治してくださったということですか」
「ええ。頭の傷に関しては綺麗に直っているので見えないだけです」
「そうか……それで、お主は?」
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーと申します」
「なっ……お前が」
「彼がいなければ私には処置すらできませんでした」
「……」
彼は複雑な顔をしていたが、やがて息をついて言った。
「私としては息子を助けてくれた貴殿にありがとうとは言えぬ。貴殿が殿下と行動を共にする限り、私は貴殿に頭を下げてはならん。だから……これは貸しにしておく」
「貸し、ですか?」
「ああ。それでは息子は連れて帰らせてもらう」
そう言って、彼は息子を抱きかかえて帰っていった。普通の手術後なら考えられないことだが、魔術で治療しているので、完治していると言って構わない状態だからこそ可能な芸当だ。
「貸しねえ……」
「クライス君、あんまり気にしなくて構いませんよ。ようは感謝していると言いたいだけでしょうから」
「ああ、そうなのか」
「それで……」
「どうした?」
「いや、あの……」
二人の間に沈黙が流れた時。周りのカーテンが一斉に開けられた。
「クライス君、ユーフィリアさん。一体何をしたんですか」
「お前ら、何を言っていたのかよく分からなかったんだが」
「あの、治癒術学部主任なんですが、さっきの治癒術についていろいろとお聞きしたいことが」
周りからの質問の嵐で、言えない所をぼかしつつ、あっという間に囲まれた。ちくしょう……さっきのロマンティックなムードを返せ。
と、思ってふと気づいた。
「待てよ。今日の夜って確か……そこでいいか」
俺はユーフィリアに自分の正体を明かすことを決めた。
後、四話でこの章は終わりです。明日中に全て終わればいいのですが……




