第五十八話 魔術競技大会 ~競技開始~
遅くなってすみません。読んでくださる方ありがとうございます。
「にしても、<魔術走>ってなんだよ。まあニュアンス的に徒競走の魔術学院版みたいなものなんだろうが……」
俺はクラスのメンバーと別れた後、一人で第一競技の<魔術走>のスタート地点になっている魔術演習場の東門へと向かっていた。大会要綱によると<魔術走>はそこから指定されたルートを最速で進む競技らしい。要綱にはそれ以上のことが書いていなかったので、ものすごく不安なのだが……
「まあ、いいや。なんとかなるだろう」
単純なスピード勝負だろうが、障害物競走だろうが俺の魔術のレパートリー数を考えればどうとでもなるだろう。そう思いながら俺は集合場所へと向かった。
「それでは、ただいまより第九百九十回王立魔術学院魔術競技大会を開始します。実況・解説は私、攻撃魔術学部第一科主任講師のエマ・ローレンスが行わさせていただきます。さあ第一競技は<魔術走>です」
競技のスタートラインで待機していると風魔術の<拡声>でエマ先生の声が聞こえてきた。なるほど、審判以外の仕事というのはあれか。……にしても相当ハイテンションだな……
「<魔術走>はこの競技場に設置されたコースを最速で駆け抜けてもらう競技です。コースの全長は競技場を一周する五百メートルトラックです。ただし、コース沿いにいらっしゃる攻撃魔術学部の先生方から妨害の魔法が複数飛んできますので注意してくださいね。また上空五メートル以上に上昇するのも禁止です」
なるほど。確かにコースの脇には先生方が立っていた。ほとんどが杖を構えていない所を見ると、飛んできても第四階位程度の非殺傷魔術だろう。
「なお、この大会では第七階位以上の魔術、すなわち上級魔術の使用は禁止されています。使用できる該当生徒はくれぐれも使用しないように気を付けて下さい。さらにこの競技では<転移>も禁止です」
ちっ、やっぱり禁止か。それがなければ直線状のコースは何も考えずに一瞬で通過できたのにな。
「……でも、それも面白いか。中級以下しか使えないってことは、それだけ頭を使わないとならないってことだしな」
俺が使っている超越級魔術は改変が容易すぎて、使用魔術を考える必要もない。しかも物理魔術に至っては空間自体の法則を歪められるので、俺は最近状況に応じた魔術の使い分けをしていない。そういう意味では丁度いい訓練になるだろう。
「それじゃあ、行きますか」
「おい、一年」
「なんですか、先輩」
「高々一年で首席だからって調子に乗るなよ」
スタート地点に向かいかけた俺を同じく走順が一番目である先輩方が呼び止めた。なんの嫌がらせか、一年特待生クラスの出場枠は全て上級生に囲まれていたからな。これぐらいの嫌味は想定の範囲内だ。
「はい。先輩方の魔術、拝見させていただきます」
「そうかよ。まあ負けるわけがないけどな」
「先輩方なら当然ですよ」
「第一走者はスタート位置へ並んでください」
スタート位置に立った先生の言葉に、先輩たちは俺に難癖をつけるのを止めて動き出した。俺もそれを追いかけるようにスタート位置に向かう。
「最後に皆さんに言っておきますが、この競技では相手への妨害は禁止です。行ったチームは大きく減点されるので、くれぐれも気を付けて下さい」
先生の発言を聞いて、俺は妙に嫌な予感がした。そして俺は咄嗟に最初に使う予定だった魔術を変更した。
「では、位置について……よーい……」
先生が上空に向けて<爆炎弾>を放った瞬間、俺の両脇にいた先輩方が一斉に俺の方を向いた。そして……
「…<岩石の弾丸>……減点ぐらいくらってやるよ。だが、主席のお前だけは潰させてもらう!」
「…<風神の大槌>……さすがの魔人殺しもこの距離では反撃できねえだろ!」
「はあ……遅いよ、全然…」
「なっ……なぜもう展開されて……ウギャア」
「おっ、おい……なんで一年生が詠唱破棄なんて高等技術を……ウオウ……」
二人の放った魔術は俺の展開した<光子障壁>に反射された結果、打った当人を吹き飛ばして霧散した。
「おっと、早速の妨害行為だ。これは大きな減点が予想されますね。しかし妨害を受けたクライス君、対処には成功したものの他のチームとの差が開いてしまった」
実況言う通り、俺を襲った先輩以外の二人は自身に<身体能力強化>をかけて、既に百メートルほど先行していた。だが、その程度丁度いいハンデだ。
「…<空中歩行> <暴風装甲> <風神の大槌>」
空中に足場を作り、元からかけてあった<身体能力強化>も利用して前方に大きく跳ぶ、さらに風魔法の装甲で体を守り、<風神の大槌>で一気に加速して吹き飛ばされる。初速が二百キロを越えるこの裏技の前では<身体能力強化>で強化した身体で本気で走った程度では無意味だ。
「これは風魔法の第四、五、六階位の連続使用でまるで砲弾の様な加速で先頭に追い付こうとしています。これは後れを完全に取り戻したか。そして戦闘は先生方の妨害ゾーンに差し掛かりました」
俺が先輩たちの後方十メートルにまで迫ったところで、先輩たちに向かって先生方からの魔術が飛んだ。
「…<麻痺の雷撃>」
「…<大地障壁>」
当たれば麻痺する雷魔法を二人の先輩は回避し、さらに正面に出現した土の壁を体当たりで破壊して突き進んでいった。ということで俺にもその魔法が飛んでくるわけなのだが……先ほど雷魔術を撃った初老の先生と、土魔術を撃った女の先生が杖を持った。
「……<雷爆雨>」
「……<地神要塞>」
「いや、おかしいでしょう」
「おっと、クライス君相手には先ほどの魔術の完全上位互換の上級魔術が飛びました。ちなみにこれは条件が同じではハンデにならないからというエマ先生からの愛のムチです」
「余計なことをしないでくださいよ、もう……<麻痺の雷撃> <風神の大槌>!」
四方八方から飛んでくる雷の雨を強化した<麻痺の雷撃>で強引に電流の通り道を作ってやることで逃がす。さらに正面に展開された土魔術の障壁を風魔術でぶち抜き、空いた隙間に飛び込んで通過する。
「さあ、クライス君。見事に障害を突破しました」
「正気の沙汰じゃないでしょう。中級魔術で上級魔術を打ち破れって、相当困難ですよ」
実際、俺も素の中級魔術で上級魔術に対抗しろと言われたら無理だ。さっきのように受け流したり、穴を作ったりすることなら可能だが、対抗するのは威力的に絶対に不可能だ。
「そして選手たちは最後の関門、第二の先生妨害ゾーンに突入します」
俺が先生に恨み言を言っている間に先輩たちは二つのコーナーを曲がり切り、次の直線に入っていた。
「…<濃霧生成>」
「おっと、今度は進行方向に霧が発生したぞ。おっと選手たちは、風魔法で霧を吹き飛ばした」
俺の戦闘を行く先輩たちは迷うことなく、霧を吹き飛ばした。だが俺は妙だと思った。先生方がこの程度のトラップで済ませるはずがないと。
「うわあ…地面が凍って…<空中歩行>」
「ちっ…<高圧水流>」
「おっと霧が晴れた先の地面は凍っていた。しかし、この二人は難なくクリアしていきます。さあ、後は二百メートルのトラックが残るのみだ。これは、ほぼほぼ優勝記録となるか」
さすがは先頭走者になろうとするだけはあって、二人とも見事に凍った地面をくぐり抜けた。後は走るだけとあって、一気に加速していく。俺もそれを追って凍った地面を越えようとしたのだが……まあ、そう簡単にはいかないよね。
「……<死毒の霧>」
「……<狂風雪衝破>」
「麻痺毒の霧に、氷の竜巻って、これって生徒相手に撃っていい魔術なんですか……<上昇気流> <大地装甲>」
まずは前方の麻痺毒で満たされた霧を上空に吹き飛ばす。さすがに観客席にまくのは危険すぎるからな。さらに自身の周りに土魔法の装甲を形成して氷魔法の処理に移る。
「ああ、痛いの嫌なんだけどなあ……<爆炎弾>」
「クライス君、自身を起点に大爆発を起こし、氷の竜巻に風穴を開けました。し、しかしこれは無事なのか……おっと、無事です。完璧な土魔術で自身を守り切った。さあ、これで後は先輩方との差を詰められるかがカギです」
先生のハイテンションな実況の通り、後は走るだけだ。だが再びついてしまった差は百メートル弱。先輩達はゴールまで百メートルほどだ。しかし俺はまだ諦めてなどいない。最後のコーナーを加速したまま自身のレーンの内側に張った障壁を蹴って、半ば真横になって曲がり切り最後の直線に入った俺は不敵に笑った。
「じゃあ、ぶっつけ本番の魔術を行こうか……<風の弾丸>」
その詠唱と同時に当然、周囲に複数の風魔術の弾丸が浮き上がる。そして、足元に風魔法の障壁を展開して……
「……<爆炎弾>」
足元で火魔術を炸裂させた、それだけでは加速はできるだろうが……まだ、足りない。そこでだ……
「…<風の弾丸> <風の弾丸>!」
「これは……なんと爆裂魔術によって吹き飛んだクライス君が加速していきます」
爆発魔術を風魔法の結界で覆うことで、俺の後方への一点への照射のみにして威力を上げる。更にその爆発が持続している中に<風の弾丸>で大量の空気を送り込む。青白い炎を発したその瞬間、俺はぶっちぎりでゴールをくぐっていた。
「なんとあれだけの妨害を受けながら、第一レースの勝者は第一学年特待生クラス首席 クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーだ」
エマ先生のその叫びと同時に、俺は爆裂魔術を解除し、すさまじい勢いで正面の観客席に突っ込む前に<転移>で少し転移することで運動エネルギーをゼロにした。
「ふう、危なかったわ。さすがに中級魔法までだと辛いな」
「お疲れ、クライス君」
「あれ、ユーフィリアさんがなぜここに?」
「あなたが突っ込もうとしたテントはうちのクラスの待機場所なのよ」
「じゃあ、突っ込んでも大丈夫でしたね」
「ええ。……そのかわりに容赦のない魔術の斉射をくらったでしょうけど」
「でしょうね」
会場の様子を見ると既に第二走の二年生と二年生の特待生クラスが走り始めていた。この後は一年生と三年生の特待生クラスが走って終了だが……まあ、この様子だとよっぽどのことがない限りは一位が取れそうだな。
「さて、疲れたでしょ。ゆっくり休んで<魔術戦闘>までに回復しておいてね」
「分かってるよ」
「じゃあ、観戦に移りましょうか。次の競技は妹さんもでるしね」
「素、出てますよ」
「……つい、うっかり。気を付けるわ」
そんな会話をしながらテントに入ると、俺は競技者から観戦者へと意識を切り替えて、のんびり観戦することにした。
何か意見等があれば、感想をいただけると嬉しいです。時間があれば改稿等にも取り組んでいきたいと思っておりますのでよろしくお願いします。
たぶん明日はお休みです。




