第五十七話 魔術競技大会 ~開会式~
読んでくださる方ありがとうございます。
入学式の次は体育祭はいかがでしょうか。
入学式から一ヶ月後。青く澄んだ空の下。俺は魔術演習場の真ん中であくびを噛み殺しながら、立ち続けていた。
「ファア……やっぱり昨日は早めに寝ておけばよかったな。だけどあの話の続きが気になってどうしても眠れなかったんだよなあ……」
自分でも自業自得だとは思う。本当はあまりの眠さに闇魔法で幻影を残して<転移>で部屋に戻って寝ようかと思った。……だが、後ろからの視線が怖いので止めた。
「クライス君。そろそろシャキッとしていただけますか」
「お兄様。いくらなんでも魔術競技大会のよりにもよって学院長挨拶の時に寝ないでくださいよ」
「……分かってるよ」
さて俺がなぜ朝からユーフィリアとリリアの視線におびえながら、こんなところに立たねばならないかというと、今日は王立魔術学院の魔術競技大会であるからだ。まあ、早い話が前世の学校で言うクラス対抗の体育祭だ。
「さて、みなさん。この学院の設立目的が魔神戦争によって失われた多くの高位魔術師たちの後進育成だというのはもちろん知っているとは思いますが。この学院の設立には、かつて魔神を討伐した英雄、七賢者が関わったという話があることはご存知でしょうか」
俺はもちろんその話が事実であると知っている。なにせ本人から聞いたからな。なんでも師匠がエルフの国の建造に手を貸していた頃、ちょっとした魔術触媒の買い出しに出かけた師匠が昔の知り合いにばったり遭遇し、成り行きで手伝わされたと言っていた。その知り合いというのが初代学院長らしい。
「また教科書も七賢者が執筆したと言われています。さすがにこれらは噂レベルの話だとは思いますが」
それも事実だ。攻撃魔法関連の術式を師匠が、治癒魔法関連の術式をセーラさんが、補助魔法関連の術式をメビウスさんの手記を元に共同で書いたと言っていた。だから、この学校の教科書の完成度は圧倒的に治癒魔法関連の方が分かりやすい。
「たとえこれらが眉唾物の話であったとしても、この学院が真の意味での優秀な魔術師を増やすという七賢者の方々の意をくんでいることには変わりません。仲間とともに強大な敵に立ち向かった七賢者の方々のようにクラスで協力し合い、良い結果を残せるよう頑張ってください。最後にこれを機にクラス内での親睦を深めることも忘れないでください」
学院長の挨拶が終われば、一旦各クラスごとに集まって作戦会議である。その時に今日の競技詳細が公開され、誰が出場するかを決めることになるのだが……
「というわけで皆さんには早速出場競技を決めていただきます」
「先生。このルールではいくらなんでも他のクラスとの人数比的に厳しいと思うのですが」
先生が教卓に立った瞬間、大会要項を読み込んでいたルーク君が声を上げた。
「えっ、どんなルールなんですか?」
「ポイント制の競技では各競技毎、各クラスの出場者全員の合計得点の上位から順に各クラスに点数が与えられるんだが……」
「ああ、それなら確かに不利だな。特待生クラス十人に対して、他のクラスは四十人だから一人当たり四倍の競技に出なきゃいけないってことだからね」
「いえ殿下……特待生クラスは通常競技には各競技に一人づつしか出られません」
「えっ、さすがにそれは不利すぎないかしら」
それは声を上げたくなる理由もわかるな。単純な話、他のクラスメイトの四倍の得点を取らなければいけないのだから。
「他に規定は。例えば一人が複数競技に出場してはいけないとか」
「それはないよ。ただ、唯一あるのは上級魔法の使用禁止ってことかな」
「それが適用されるのは俺とユーフィリアとリリアぐらいだから問題ないな」
「そうね。そもそも第六階位魔術を行使できるだけで十分すぎるぐらいのハンデではないかしら」
「まあ、そうか。ハンデがあるのなら、そこまで受け入れて優勝してみますか」
「で、でも……さ、さすがに厳しいんじゃ……ない、ですか……」
俺とユーフィリアがハンデを受け入れようと言った時、今度は小さな女子の声が上がった。
「ええっと……確か……」
「お兄様、ティシリアさんですよ。まったくクラスメイトの名前ぐらい覚えてください」
「ごめんね、ティシリアさん。俺って人の名前を覚えるのが苦手だから」
それなのに魔術知識や物理公式ならスラスラ頭に入ってくるから不思議だ。さて、ティシリア・ガーネルさん。かなり内気な女の子だ。同い年とは思えないほど背が低い子なのだが、魔術の実力はかなりのものでこのクラスの第六位である。
「いいですよ……私、影薄いですし……」
「クライス。何でこのタイミングで女の子を泣かせるんだよ」
「えっ、俺のせい……だよな」
「お兄様って肝心な時に女性に対する対応がなってないですよね」
「止めて、リリア。精神ダメージが蓄積していくから」
「リリアちゃん、お兄さんを虐めていないで。三十分しか時間がないんだから」
「ソフィアさん。それ、俺も傷つくんですが」
「女の子を泣かせた罰として受け取っておきなさい。それよりティシリアさんは私が話を聞いておいてあげるから、ユーフィリアと二人で早く組み合わせを考えてね、首席さん」
泣かせてしまったことに恐ろしいぐらいの罪悪感は感じるが、今はソフィアさんの言う通り、彼女がティシリアさんを慰めてくれている間に話を進めたほうがよさそうだ。
「じゃあ、第一競技から手早く決めていこうか。第一競技は<魔術走>、か」
「魔術の応用力が試される競技ね。これはクライス君にお願いしようかしら」
「よく分からないけど。了解。じゃあ次は<一斉斉射>、か……」
「それは僕がやります」
「エドワード君……は精密魔術操作に難があるのでリリアさんにお願いしようかしら」
「はい」
「じゃあ、僕は何に出たらいいんですか」
「あなたは<爆裂競争>だけ出て、後は一切出場しないで」
そんなこんなで競技の出場者はどんどん決まっていった。正直言って、ユーフィリアはさすがの統率力だった。エマ先生や俺は後ろで見ているだけで、気が付いたらクラスメイト各々が得意な競技に振り分けられていた。
「じゃあ、最後。<魔術戦闘>に参加する五人を決めるわ。と言っても、この競技は成績上位者がよっぽど戦闘が駄目じゃない限り上位五人になるんだけど」
「では、クライス殿、ユーフィリア殿、レオン殿下、リリア殿、ソフィア殿の五人で出場ということですかな」
「ええ、そうよ」
「ふむ。まあ私は<闘技>で活躍するとしましょうか」
さてこの<闘技>という、身体能力強化や加速に関わる魔法を利用して武術で戦う競技に志願した彼の名前はタウラス・ロックハート。なぜ魔術学院に来たのかと聞きたいほどのゴリゴリの筋肉だるまみたいな人である。初日の握手の際に手を握りつぶされそうになったのは苦い思い出だ。
「じゃあ、これで問題はないわね。いいですよね、先生」
「メンバー表も問題ないし、全員がそれぞれの得意分野に出れているし……ええ、完璧よ」
「じゃあ、皆さん頑張りましょう」
教室内ではい、おう、など思い思いの声が上がった。それを見届けてからユーフィリアが席に戻ると、エマ先生が教卓に手を置いて言った。
「それでは特待生クラスの皆さん。先生は負けるとは思っていないので気楽に応援させてもらいます。後、これでも一応、学部の主任講師なので審判を含めて仕事が山積みでして……というわけで皆さんと一緒にいることができないので、競技のコツは自分で掴んでください。それでは私は最初の競技の審判がありますので……」
言いたいことを一息で言い切った先生はローブを羽織りなおすと、慌てて教室を出て行った。
「嵐のようだったな……それじゃあ俺達も行きましょうか」
「あっ、皆さん。実習用のローブを制服のシャツの上に羽織っておいてね。動きづらいからもちろんシャツの上でいいから」
ユーフィリアが思い出したように言ったが、できれば忘れていて欲しかったな。ローブの通気性の悪さは本当にこの春の時期でも嫌だからな。まあ、着なきゃだめだから諦めるけど。
「じゃあ、各自トイレを済ませてからクライス君以外はうちのクラスのテントに集まること。クライスは競技の集合場所に行って」
「了解です。じゃあ行ってきます……」
「クライス君、少し、待って、下さい」
クラスメイトと歩く中、競技に向かうためその輪を抜けようとした矢先、俺に声をかけてきたのはティシリアさんだった。何かやらかしたかと思ってソフィアさんを見ると、なぜかクスクス笑っているのでどうやら悪いことではなさそうだが……
「あの、クライス君」
「何?」
「さっきは、その、名前を忘れられてたぐらいで、泣いちゃって、その、ごめんなさい」
「いいよ。いや、本当に気にしなくていいからね。むしろ泣かせた俺の方が悪いと……」
「違うの。わ、私はクライス君に憧れてたから……その、忘れられてたことがショックで泣いちゃたっというか、その、わ、私なんかに憧れられても困るよね」
ああ、この子は典型的に自分への自信のなさが、悪い方向に加速しちゃったパターンだな。はあ、俺は女性に対する扱いは苦手なんだけどな……
「全然。まあ、憧れられること自体はプレッシャーだけど」
「そ、それだったら、す……」
「分かった。俺が許すなんて言える立場じゃないだろうが、というか周りからの視線が怖いから頼むからすみませんは止めて」
「えっ……」
このまま優しい言葉をかけてあげるべきなのだろうが、俺にはそれができなかった。なぜなら……
「お兄様。……私にはあんな優しく言葉をかけてくれることなくなったのに……まあ、私が悪いんですけど」
「誰かれ構わず、女子に好かれるって……あいつってやっぱり天然のタラシなのかしら……」
「あら、ユフィ……ひょっとして、というかやっぱりクライス君を……」
「ソフィア、違うからね」
後の女性陣からの視線が痛かったからだ。なんか、今日はずっと女子に睨まれている気がするな。
「とにかく、謝るのは無しで」
「は、はい。分かりました」
「クライス君、話は終わったかな」
「レオンか……何の用だ」
「少し話がある」
ティシリアさんが女子の輪に戻ると、入れ替わって真剣な顔をしたレオンが寄ってきた。
「どうした、怖い顔をして」
「今日の魔術競技大会だが、どうやら軍務大臣と筆頭魔導士が顔を出す気らしい。あの二人は何もなくても問題を起こすからな……気をつけろよ」
「忠告どうも。……それで本題は」
「国王がお前を殺そうとしてる」
「それはこの場でしていい話か」
「お前が音声遮断結界を張っていないとは思っていないんだが」
「まあ、張ってるけど」
真剣な顔をしたレオンが横に来て、周りに訊かせられるような話をしに来るとは思っていないからな。当然の対応だ。
「……今のところはお前が記憶を改ざんした結果、あの場にいなかった王宮筆頭魔導士がお前にその座を奪われないために具申しただけだからな、国王もそこまで本気じゃないが……」
「どちらにせよ独裁国家の君主に命を狙われるのは国に命を狙われるのと同義だからな。警戒はしとくよ……今日はアレクス達も見に来てるしな」
王都までの旅路で一緒だったアレクス達は王都の中等学校に編入することが決定した。細かい話は聞いていないが、アレクスは騎士学院、マリーとリサは王立学院に入るらしい。まあ、せっかく王都に来たのだからどうせなら学んで来いということらしい。おかげで俺が連れ帰る必要が無くなったので、まあよかった。
「そうか……じゃあ、僕からはこれぐらいだ。健闘を祈るよ……クライス」
「ああ。じゃあ勝ってきますか」
気が付いたら面倒な政治の話に巻き込まれてるなあ、と思いつつも俺はひとまず自分の競技に向けて頭を切り替えるのだった。
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