第五十六話 特待生クラスの日常
読んでくださる方、ありがとうございます。
しばらくは21:27を基本として投稿時間が前後にずれるかもしれませんがご了承ください。
また35000PV、ユニーク6900突破しました。これからも頑張っていきたいと思います。
「もう、朝か……」
入学式の翌日。俺は昨日のことを思い出しながらゆっくりと起き上がった。
「ユーフィリアからの追及も怖いし、王子に絡まれてるとまたバン先輩みたいなのを呼び込みそうだし、エマ先生には講師補佐をやってくれと追われるのが目に見えてるし……」
「お兄様。何をブツブツ言ってらっしゃるんですか」
布団にくるまりながら愚痴っていると、白いネグリジェ姿のリリアがベッドの真横に立っていた。
「……リリアか。後、いくら兄だからって異性の部屋に勝手に入らないでね」
「大丈夫です。お兄様は異性として認識するとかありえませんので」
「ねえ、それをリリアが言うのか」
「忘れようとしてるんですから、掘り返さないでください」
入学式の後、高等部では一週間以内に自宅や中学時代の寮から、私物を運び出して寮に運び込めばいいので俺は入学式の翌日は子爵家の屋敷に戻って来ていた。まあ、荷物はすでに<亜空間倉庫>の中なのでいつでも移動はできるのだが。
「それより、何でリリアが来たんだ」
「朝食ができたので呼びに来たんですよ」
「……了解」
そう言って立ち上がると、俺はリリアの後について食堂へと向かった。
「お兄様、特待生クラスの初日の印象はどうなんですか」
「うーん……変人達の集まり」
「お兄様だけには言われたくないんですが……というか、それって私も含まれるじゃないですか」
「冗談だって。ただ……俺ほどの常識人は滅多にいないと思うんだけど」
「お兄様、一度自分の他人からの見え方を正確に把握してください」
食事をしながらの普通の兄妹の会話のはずなのに、なぜだか半分以上ディスられているような気がするのはなんでだろう。
「それで、お兄様」
「何?」
「今日ぐらいは一緒に登校しませんか。高等部の主席と四席の並びって絵になりますよね」
「そうか。それより主席と次席の方が……」
「お兄様……まさかユーフィリアさんに下手なことはしてませんよね。まさか魔人との戦いで助けた時に……」
「そんなことないからな。まあ、一緒に行きたいなら俺は別にいいよ」
「それなら、よかったです。じゃあ、用意をしてきますので先に玄関で待っていてください」
そのまま俺もリリアを追って私室のある二階に上がる。そこで家具の消え失せた自室で手早く制服への着替えを済ませると、俺は素早く玄関へと向かった。リリアより後について、機嫌を損ねられるのも面倒だし……
それから十分後に降りてきたリリアとともに俺は学院へと向かった。
「お兄様。周りからの視線がすごいですね」
「リリアは美人だからな」
「お兄様。そういうのはさらっと言えるんですね……というかお兄様も代表挨拶したんですから十分に知名度はあるでしょう」
「……そうだろうな」
周りの生徒からの視線の多さに疲れたが、なんとか面倒臭い人間に絡まれることなく校舎にたどり着け……
「ふう、さてと後は朝のホームルームまで適当な場所で時間を潰すかな」
「いや、そんなことをしなくても普通に教室に行けばいいと思うのですが」
「面倒くさい人間に絡まれるのは御免なんだよ」
「面倒くさい人って例えばどなたなんですか」
「そうだな。殿下にもいろいろ巻き込まれそうな面倒くささを感じるけど……強いてあげるならやっぱりユーフィリ……」
「おはようございます、クライス君、リリアさん」
「あっ、おはようございます会長」
「リリアさん。会長ではなくユーフィリアと呼んでね」
……なかったようだ。よりにもよって本人が真後ろにいるタイミングに、本人のことを面倒くさいと言うとかタイミングが悪すぎるだろう。まあ、仕方ない……ここはしらを切ろう。
「おはよう、ユーフィリアさん」
「……お兄様」
「ええ、おはよう」
リリアは俺を冷たい目で見ていたが、幸いなことにユーフィリアには聞こえていなかったようで笑顔で挨拶をしてくれた。
「ところで兄妹で何の話をしていたのかしら」
「二人で今日は何をして過ごそうかと相談していたんですよ」
「そう……何か私が面倒くさいという言葉が聞こえた気がしたのだけど」
「……き、気のせいですよ」
「そう。それならいいのだけれど……」
やっぱり聞こえていたみたいだな。……ものすごく睨まれてるし、これは怒らせたな。後でソフィアさんに頼んで機嫌を取っておいてもらいたいところだが、生憎そこまで知り合ってから間がないからそんなことは頼めないし……
「……すいませんでした、言ってました」
「あら。認めるとは思わなかったわ」
「認める気は僕もサラサラなかったですけどね……ただ、ここで関係悪化したら後が辛いと言いますか……」
「まあ初日から生徒会長に嫌われていいことはないものね」
相手がユーフィリアだからという意味では彼女の指摘も間違ってはいないが、俺のもっと大きなポイントは彼女が詩帆である可能性が高いということだ。彼女に嫌われたら言うのが余計に気まずくなりそうだからな。
「本当にすみませんでした」
「まあ、いいわよ。それより私のどこが面倒くさいのかしら、あなたは」
「ええっ……それは……さすがにこの場では言いませんよ」
「そう。じゃあ二人きりでなら言ってくれるのかしら」
こんな場所であなたが詩帆だと思っているからですなんて言えるわけがない。そこで話をはぐらかそうとしたところ、ユーフィリアがとんでもない爆弾を放ってきた。
「ユーフィリアさん。いくらなんでもその発言は不適切です」
「落ち着いて、リリアさん。冗談よ」
「はっ……すみません」
「クライス君も動揺して固まらないの」
「……はい。まあ動揺して固まっていたわけではないのですが」
「じゃあ……どうして」
「今は秘密……ですかね」
「そう……」
俺の言葉にユーフィリアは薄ら微笑むと、そのまま俺の手を握った。
「えっ……何を」
「さてと、じゃあ私への苦手意識を解消してもらうために一緒に教室に行きましょうか。もちろん、リリアさんも一緒にね」
「は、はい」
「……良かったですねお兄様。お咎めなしで」
「……いや、そうでもないぞ」
「えっ……」
これがユーフィリアから俺への仕返しだ。校舎内を手をつないで歩けば俺に男子生徒からは嫉妬の視線を、女子生徒からは侮蔑の視線を向けられる。つまり端的に言うと、俺は全校生徒から殺意を向けられたということだ。
「あら、みんなが私たちを見ているわね。手でも振ってあげたら」
「ユーフィリアさん。絶対にわざとやってますよね」
「さあ、どうかしら」
「お兄様。下手なことをしたら吹き飛ばしますかね」
「しないよ。というかできるわけないだろうがこの状況で」
などと言っているうちに、校舎奥の特待生クラスにたどり着いていた。
「クライス君。両手に花で登校とはさすがだねえ」
「殿下。両方差し上げましょうか」
「嬉しい……と言いたいところだが、僕も学校内で下手な噂が立ってはいけないからね。遠慮しておくよ」
「ちっ……こういうところはしっかりしてるんだもんな……」
始業時刻の三十分前だが、ほとんどのクラスメイトは揃っているようだな。通学時の鞄が置いてあって本人がいない席はトイレにでも行っているのだろう。
「ユフィ、おはよう」
「ええ、おはようソフィア」
「今日は目をつけてるクライス君との早朝デートかしら」
「そんな訳がないでしょ。たまたま校舎入り口であっただけよ」
「たまたまねえ」
「ユーフィリアさん。正直なところ、うちのお兄様をどう思っていらっしゃるんですか」
「ど、どうって……」
そこにソフィアさんが入って来て女子トークが始まったので、俺はそっとレオン殿下を連れて三人から距離を取った。話の内容的に巻き込まれると怖いしな……
「クライス君はもう少し女性を扱うテクニックを持った方がいいと思うよ」
「余計なお世話ですよ。殿下」
「ああ。君は学校では、というかプライベートな場所でならレオンで構わないよ」
「どういう意味ですか」
「同年代の友人を持ちたいという個人的な我儘もあるんだけど……一番はそれで仲良くしておけば、君と僕が一緒に行動していても目立たないだろう」
殿下の顔が一瞬、この前の王城でのものに戻った。その威厳に一瞬固まっている間に殿下は……いやレオンはいつも通りの口調に戻って言った。
「まあ、そういうことだから。もちろん、いいよね」
「ああ、よろしく。レオン」
正直言って、いつか公式の場でそう呼びそうな気もするが……まあ、気にしないでおこう。アレクス以外でこの世界での同性の友人は少ないのでありがたい限りだと思っておこう。
「それで、クラスの雰囲気には慣れたかい」
「一日で慣れると思うか」
「思わないね。誰が言ってもそうだろうけど、自分を含めて先生までもキャラが濃いからね」
「だろう」
昨日の自己紹介は実にカオスだった。並びたてられた各人の魔法の実力は飛びぬけて優秀なのだが、全員それぞれ性格や素性にクセがありすぎる。
「まあ、それはそれで楽しいからいいんだけどな」
「それもそうか」
「殿下、クライス殿。すみませんが静かにしていただけますか。本に集中できない」
レオンと笑いながら話していると、不機嫌そうな声が聞こえた。その声の方に振り向くと眼鏡をかけた神経質そうな少年が本を読んでいた……確か名前は……
「悪いね、ルーク君。騒がせてしまって」
そうだルーク・ノートス・フォン・ネルニアだ。確かネルニア男爵家の次男で使用属性は風と水だったかな。
「ごめんごめん。それで何の本を読んでるんだ」
「<魔力生成物質は時間経過によって消滅するのか否か>という研究レポートです」
「確かうちの補助魔法学部の教授が二年前に出したやつだよな」
「……そうですけど。なんでそれを」
「俺も読んだからだよ」
入学手続きが終わった後から入学式までの間、俺は暇な時間は学院の図書館に籠っていた。そのため興味のある本や論文はあらかた読み終わっていた。
「本当に……でも、クライス殿の専門は攻撃魔術じゃ……」
「殿とかつけなくていいからな。後、俺は攻撃魔術の専門家じゃなくて基本的にオールラウンダーだから。治癒から結界魔法に特殊魔術まであらかたの魔術は使えるよ」
「……そうなのか。じゃあ、このレポートを読んでどう思った」
「ああ、それなら……」
話してみるとただの魔術オタクっぽいルークと魔術談義を始めようとしたその時だった。外から大きな叫びが聞こえた。
「みんな、逃げろ」
「えっ……どうした……<地神要塞>」
俺が危険を感じて、壁際に障壁を展開した直後……外で火魔術が炸裂して教室の壁が吹き飛んだ。
「キャア……な、なんですかこれは」
「さ、さあ……」
その音に慌てて飛び込んできたエマ先生が周りを見渡して言った。
「魔術の失敗じゃないですか」
「いや、失敗したら基本は発動しないだけですから」
「そっか。模造魔法だと普通はそうか」
「何を言っているのかわかりませんが、と、とにかく皆さん無事ですか」
「クライスの障壁展開が早かったから、全員無事ですよ」
「そうですか……にしても一体なぜこんなことに」
「お兄様。何か人影が見えませんか」
「んっ、人影……」
教室が混乱する中、外の白煙の中にリリアが人影を見つけた。俺はその人影が犯人だと仮定して、ひとまず拘束しておくことにした。
「……<麻痺の雷撃> <大地装甲>」
「ウギャア」
「く、クライス君何をしたんですか」
「電撃で麻痺させて、土鎧を作り出して地面と繋げただけです。まあとりあえず拘束しました」
「なるほど……では、私が確認してきます。みなさんは下がっていてください」
そう言ってエマ先生がその人影に近づいていき、しばらくして大きなため息をついた。
「……はあ」
「どうしたんですか、先生」
「クライス君、拘束を解いてください」
「ひょっとして生徒だったんですか」
「ええ。しかもうちのクラスの……エドワード君です」
白い煙がはれると、そこには全身いたるところが煤けた赤髪の少年が土魔法で拘束されていた。
「ひ、ひどいですよ。いきなり拘束するなんて。ちょっと、寝ぼけてて魔術を放つ方向を間違えただけじゃないですか」
「校舎裏で魔法は撃ってはいけません」
先生が彼を叱っている間、俺は教室の壁をどう直したらよいかを真剣に考えていた。
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