第五十五話 入学式~特待生クラスの変人達~
読んでくださる方、ありがとうございます。
二週間ぶりの投稿となりお待たせして申し訳ございません。
なお第五十五話・第五十六話は改稿ではなく新規投稿とさせていただきました。
修正情報等は活動報告に上げますので、そちらも読んでいただければ幸いです。
涼しい風が吹く森の中の広場。そこに俺は寝転がり、のんびりと空を眺めていた。
「ファア……いや、なんか久しぶりにのんびりした気がするな……思えば、王都に入ってからもいろんな騒動に巻き込まれたからなあ」
謎の魔道具店に魔人戦に王城への呼び出しに食えない殿下との出会い……そして詩帆を久しぶりに近くに感じた。
「はあ。さてどんなシチュエーションで発表しようかな……」
などと言った瞬間、校舎の方からチャイムが響いてきた。あれは確か……
「…あれって確か……予鈴だったよな。そういえば……のんびりしている時間はなかったんだよな」
詩帆からの追及を逃れるため校舎裏の森に来ていた俺だったが、そういえば入学式後に自分の教室にすぐに向かわなければならないことをすっかり忘れていた。
「クラスの場所はたしか……渡した資料の中に入ってる、って言ってたよな……」
渡された資料は学校指定の鞄とともに<亜空間倉庫>の中に入れっぱなしだ。演説文を考えるような時間がなければ式前に確認していたと思うのだが……まあ、あれを思い出すのは止めておこう。
「ええっと……なんだ資料の一番上か……ええっと……クラスの場所は本館の一階の一番奥か……それで、何組なんだ……って、もう集合時間の三分前だ。急がないとやばいな……」
そう言いながら、俺は資料と鞄を再びしまうと、学校の本館の一階の最奥目指して走り出した。
「間に合った。ギリギリ一分前ってところか」
焦りすぎたせいで<身体能力強化>すらかけずに走り出した俺は、ようやくたどり着いた教室の前で荒い息を整えていた。それでも時間がないことは分かっているので、俺は荒れた息のまま教室のドアを開けた。
「ま、間に合っているよな」
「ええ。本当にギリギリだけれどね」
「ユ、ユーフィリアさん……なぜ、ここに……」
ドアを開けると、そこには席に座って本を読んでいるユーフィリアがいた。
「当然でしょう」
「えっ……当然?」
「クライス君。やっぱり君は知らなかったか」
「あれ、殿下まで……なぜ」
「お兄様……いい加減に理解してください。というかクラスのプレート見てください」
「リリアまで……まあ、分かったよ。クラスのプレートねえ……」
クラスメイトが知り合いばかりの理由がクラスのプレートにある、そうリリアに言われた俺はそのまま後ろに下がってドアを出ると、顔を上げた。
「ええっと、一年……特待生クラス……どういうことだ」
「あなた、聞いてなかったの」
「ああ、ソフィアさんもこのクラスだったんですか。ええ、まったく」
「実はお兄様が聞いてないのは仕方ないんですけどね。あの入学手続きの日にお兄様が先生や上級生の皆さんに囲まれていた時に、私が事務のカレンさんからお聞きしたんですから」
「そうか……」
「もっともこの学校に特待生クラスがあることは周知の事実だし、その上で君ほどの実力を出して入っていないと考える人もいないから。まあ、普通は気づくでしょ」
「殿下。それ以上、僕の心刺さないでもらえます……」
「みなさん。遅れてすみません。席についてください」
と、知りあいに囲まれていると、後ろのドアが開いて……またまた見知った顔が入ってきた。
「あの、エマ先生がなぜここに……あっ、そうか確か特待生クラスの担任だって」
「自己解決できたようで何よりです。さて、それでは皆さんにも自己紹介をしておきましょうか」
クラスに入ってきたのは赤髪に赤いローブを纏った童顔の先生。まあ要するに俺とリリアの入学試験を引っ掻き回してからまとめてくれた先生だ。
「では、みなさん。改めましておはようございます。高等部第一学年特待生クラスの担任をさせていただきます、攻撃魔術学部第一科主任講師のエマ・ローレンスです」
そう一同を見回して言ったエマ先生に全員が拍手を送る。……にしても、あの人が主任ってその学部は大丈夫なんだろうか……まあ、意外と実務能力があるのかもしれないしな。
「さて、それでは早速私の主導する攻撃魔術学部第一科の研究について皆さんと語らいたいところなのですが……まあ、興味のない方もいるでしょうのでまずは特待生クラスのシステムについてお話ししましょうか」
「すいません」
「はい。クライス君、何でしょうか」
「ええっと、質問なんですが……特待生クラスへの進学条件の基準って何なんでしょうか」
最低基準がどこなのかがいまいちよく分からない。入試成績の上位何名かというので決めているのかと思っていた。クラスの人数が丁度十人だったからだ。だが、全員の魔力の質を見る限りその基準がよく分からなかったので聞いてみることにした。
「あっ、そう言えば一般公開はしてないですね。でも、特に秘匿しているわけでもないのでお話ししましょうか」
「お願いします」
「はい。ええ……まず最初は学力試験の結果ですね。得点率が八割以上なら一般試験は合格なのですが、特待生クラスへの入学だと得点率が九割八分以上でなければ合格になりません」
「それってほぼ満点と同義なんじゃ……」
「そういうことですね。まあ、特待生クラスのまま卒業すれば王国の魔術省の官僚や王宮魔導士への抜擢はほぼ確実ですからね。それ相応の学力は持っていていただかないと、ということです」
なるほど。王国最高学府の特待生クラスだものな、当然それ相応の厳しさで当然か。
「それでもう一つは魔術の実技試験の結果ですよね」
「ええ。そうですよ」
「確か二属性以上の中級魔法の行使か、一属性でも合成魔法が使えるのが条件でしたよね」
「……あの、ユーフィリアさん。私のセリフ取らないでもらえます」
「先生。その理論で行くと、俺とリリアの試験をわざわざあんな高位魔術でやる必要はなかったと思うんですが」
「クライス君。空気読んでください。私は今、生徒にセリフを取られて落ち込んでいるんですが」
「いや、空気を読んだから話を流したんですが」
「お兄様、それは読めてません」
「そうですか……」
リリアはこう言うが、俺は絶対に読めていると思うんだけどな……
「先生。そろそろ話を戻してください」
「ああ、すみません。かなり話がそれてましたね。……それでは特待生クラスのシステムについてお話しておきましょうか」
後方の席から生真面目そうな声が響いて、エマ先生が再び真面目な顔に戻った。そのまま教卓の上に手を置いて話し始めた。
「まず他の一学年のクラスとの違いですが、このクラスには基本的にカリキュラムがありません」
「すいません。どういう意味でしょうか」
「他の一年生のクラスでは必修の講義を取る必要があります。一般学問の講義や魔術学、更に魔術の実習などで週に合計十八教科で三十時間分ぐらいのカリキュラムは固定です」
なるほど。つまり一般の一年生は高校生的な授業で大半が固定カリキュラム、しかし特待生クラスでは大学のように自由に授業が取れるわけか。
「つまり、私たちはどのような授業を受けてもいいということですか」
「はい。ただしそれでも言葉としては十分ではありませんね。特待生クラスの生徒は毎朝のホームルームと月ごとの座学と実技のテストに出て一定成績さえ残せば、授業に出る必要すらありません」
「つまり日がな一日屋上で昼寝をしていてもいいと」
「ええ。その代わりにテストで成績が悪ければ即座に一般クラスに落ちますからね」
「それは分かっていますよ」
好きな授業に出ていいどころか、出なくてもいいとは。まあ、それなら好きに研究するか。師匠のところでやってもいいし……待てよ。これだけ大学風ならひょっとして……
「すいません。研究室って借りられるんですか」
「ええ。生徒の魔術練習や自主実習用に一般生徒でも借りられますよ。後、特待生なら研究に関する申請書を提出すれば個人用の研究室が使えたはずですよ」
「じゃあ、早速許可を取りに行きます」
これで学院内での隠れ場所や隠蔽場所には困らないな。後はばれないように自分で魔改造して使い勝手を向上させて……
「ああ、皆さんぐらいハイレベルな方がそろってるとやることがあるので一応忠告しておきますが、くれぐれも研究室を自分の私物化しないように」
「なぜですか」
「たまに抜き打ちで視察が入るんですよ。部屋の中の内容によっては研究室の永久利用禁止になりかねませんから」
「なるほどね」
「どうしたんですかユーフィリアさん」
「いえ。ただ単純に先生にもそんな頃があったんだなあと思っただけよ」
「違いますよ。研究室内に捨て犬を連れ込んでペットの楽園みたくしたことなんてないですからね」
「「「…………」」」
「あっ……」
先生が盛大な自爆をして、教室が静まり返ったタイミングでチャイムが鳴り響いた。
「すみません。授業は終わりなんですが、まだ説明が終わってないのでもう少しだけ続けますね」
「無駄話が多すぎたんですね、きっと」
「クライス君。誰のせいだと思ってるんですか」
「俺のせいだと思っていますよ」
「開き直らないでください」
「先生。それが一番の無駄な時間かと思いますけど」
「す、すみません……」
「お兄様。先生をからかうの止めてください……そろそろ腕が飛びますよ」
「すみませんでした」
リリアが切れかけていたので俺もそろそろおとなしくすることにした。まあ、聞くことは聞いたしエマ先生の性格もだいたい分かったのでもう十分だろう。
「……さて、最後の説明ですが先ほど言ったようにあなたたちは授業に出る必要はありません。で、その上でもう一つの特殊なシステムがありましてね」
「これ以上特別制度があるんですか」
「ええ。それは講師補佐です」
「……講師補佐?」
「分かりやすく言いましょう。自分の得意魔術の教官の講義をお手伝いすることができます」
「なるほど……」
「それって、何か意味があるんでしょうか」
納得できなかったリリアがそんな疑問をぶつけた。それに先生は笑って答えた。
「ありますよ。人に教えることで自分の技術を文章化することになりますよね」
「ええ。まあ、そうですけど……」
「文章化した技術は自分にとってもよりよく理解できるものになります。つまり魔術に対するイメージ力が鍛えられます。さらに人に教えることで自分の不得意分野がよく見えるようになります。……まあ、これは校長先生の受け売りなんですがね」
「……すごく、よく分かりました。なるほど、魔術の更に深い理解、ですか……」
それを聞くと、余計に面白そうだな。……一度出てみようかな、でも研究もしたいしなあ……
「では、続いて皆さんには自己紹介をしてもらいます」
「えっ、これで終わりじゃなかったんですか」
「説明はこれで終わりですよ」
「私は帰らせてもらおうかな」
「ちょっ、殿下。逃げるのは卑怯ですよ」
教室では学校らしい騒がしい喧騒が広がっていた。それを見ながら俺は思った。
「まあ、まだ魔神の出現までは時間があるんだし……両方やって、学園生活を楽しみますか」
「あら、クライス君。何か言ったかしら」
「いえ、ユーフィリアさん。ただの決意表明ですよ」
「そう……」
「お兄様。もちろん最初は首席からですよね」
「えっ。さっきの主席挨拶で十分でしょ」
こうしてリリアに引きずられて、教卓の前に立つことになった俺だった。
これからは安定した投稿ができるよう頑張ります。




