第五十話 王の器に足りぬ者
読んでくださるかたありがとうございます。
本日二話目の投稿となっております。詩帆さんとの再会はもう少しお待ちください。
「クライス、美味しい店を見つけたって本当なのかよ。お前の舌が信用できないんだが……」
「失礼な。俺がブレンドしたお茶を飲ませてやったことあったろ」
「いや、あれは苦かったし」
「仕方ないと思う。アレクスは子供舌だから」
「まあ……そうなんだけど」
王立魔法学院の入学手続きの翌日。俺はリリアと二人で街を歩いていた時に見つけた美味しいカフェにアレクス達を案内していた。
「安心してください。私もその店のおいしさは保障しますから」
「まあ、リリア様が言うのなら」
「あと、リリアさんで構いませんよ。お兄様が呼び捨てなのに、様付けは気分的に……」
「分かりました。……そういえば、昨日は大変だったって聞いたけど」
「何かあったんですか」
「あったんだよ」
あの後、俺とリリアは多数の生徒や教員から質問攻めにあったわけだ。その中にちゃっかりエマ先生がはいっていたのはともかくとして、止める相手のいない質問タイムは二時間は続いた。
「大変だったんだな……」
「ああ。まあ、途中でリリアに手を出そうとして魔法で手をやられた奴が数人いたけどな」
「まあ、自業自得じゃないでしょうか」
「だな」
そいつらも後で治癒魔術で治療はしてやった。……一人初老の先生が混じってて、生徒からものすごく白い目で見らていたりもしたが。まあ、それこそ自業自得か。
「にしても、お兄様……」
「どうしたリリア」
「結局学校以外には過少申告するようにしたのはなぜですか」
「そりゃあ、さすがに第十階位以上の魔術を使えると世間に公開するメリットがないからな」
「なるほど。後で公開する分には問題がないと」
「そういうことだな。まあ全属性第九階位でも十分に実力は伝わるからな」
「ですね」
リリアの疑問も解消したようだし、これで入学に関わるあれこれはだいたい話したかな。
「まあ、じゃあそういうわけでそろそろ店につくと思うんだが……」
「お兄様。あれは王宮の馬車では」
「王宮の馬車……なんだってこんなところに」
「クライス君、なんかこっちに向かってきてない」
「本当だな」
そんな話をしていると馬車はこっちの方に向かうどころか……本当に俺達に突っ込んできて…
「…<大地障……んっ」
「止まりましたね」
慌てて土魔法の障壁を張ろうとすると、まさに俺の目と鼻の先で馬車が止まった。
「一体何が……」
「お兄様」
「うおう」
と、一瞬のうちに俺は出てきた騎士たちによって囲まれてしまった。
「な、なんなんですか」
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーだな」
「は、はい。そうですけど……」
「一緒に来てもらおうか」
「えっ、なんで」
「つべこべ言わず、さっさと乗れ」
「はい」
俺が慌てて馬車に乗り込むと、すぐに扉は閉められ騎士たちによって囲まれた。
「あの、一体どこへ」
「王城に決まっておろう」
「な、なんで……」
俺の抗議も意に介さず、馬車は王宮に向かって猛スピードで駆けて行った。
「お兄様……」
「大丈夫、ですかねえ」
「あのクライス君が下手なことをしたとも、王宮で下手なことをするとも思えないから……たぶん大丈夫」
「まあ、あいつなら少なくとも体は無事に帰って来るだろ」
残された四人は、街角に呆然と立ち尽くすばかりだった。
「あの、なんでいきなり僕は連れ去られているんでしょうか」
「連れ去る?何を失礼な発言を。国王陛下が貴様にお会いしたいとのことなのだぞ」
「は、はあ……」
そんな訳で猛スピードで走る馬車の中、俺が分かったことと言えば、俺を呼び出したのが国王であるということと、それが何らかの罰ではないということだけだった。
「とりあえず、何もないんですよね」
「しつこいといいかげんに斬り飛ばすぞ。連れてこいとしか我らは聞いていないのだからな」
「す、すみません」
これはやばいな。現国王に関しては相当な悪評もあるし、念のため身体能力強化や自動回復の魔術はしっかりとかけておこう。
「着いたぞ。降りろ」
「はい」
数分後、王城の正門の中らしき場所に止められた馬車を降りた俺は、騎士に従ってゆっくりと王城の中に足を踏み入れた。
「この先に謁見の間がある。合図があるまで決して入るな。いいな」
「分かりました……」
やがて突き当たりにある巨大な門の前で止められた俺は全身に丁寧に強化魔術をかけつつ、合図を待った。
「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー殿の入場」
「入れ」
「は、はい」
合図は中から聞こえてきた俺の名前だった。後ろから声をかけた騎士に押されるようにしながら、俺は謁見の間を進んでいく。中央まで進んで、俺は膝をつきゆっくりと頭を下げた。師匠の家での生活で作法を忘れかけていたが、土壇場で意外と思い出せるものだな。
「面を上げよ」
「はっ」
「ふん。魔人を倒したというからどのような者かと思えば……ただのガキではないか」
俺の目線の先にいた玉座に座っている人物、彼がルーテミア王国国王ルーテミア138世ということなのだろう。その風貌はでっぷりと太った豚のようであり、濁った両眼からは統治者としての威厳は何も見えなかった。
「魔人討伐に貢献したそちの妹とユーフィリア殿を呼んだ方が良かったかもしれんのう」
「陛下。私の娘に関しては、今度お呼びしますので」
「そうか。気が利くのグレーフィア伯爵」
そして彼の隣に立っている脂ぎった太った男が軍務大臣であるグレーフィア伯爵か。二人揃ってろくでもないな。……ユーフィリアもそういうのには絶対従いそうもないが、うちの妹も無理やり従わせるのは無茶だぞ……
「まあ、よいわ。お主を呼び出したのは他でもない……なんじゃったかのう」
「陛下。王宮魔導士への勧誘です」
「うむ、そうじゃった。お主、もちろんやるよなあ。仕事はわしの身辺警護じゃ。主なら私を守る事など造作もないであろう。本当なら美人な女性魔法使いがいいが、まあ実力があるのなら妥協しよう」
本当に失礼な人間だな。統治者の風上にも置けない。だから理不尽な徴兵や増税で民衆から不満が駄々洩れなのだろう。
「それで、返答は」
「お断りさせていただきます」
「王である吾の命令に背くと……」
当然の返答だ。こんな奴の身辺を守るより、後継がしっかりしているのであればむしろこいつの暗殺側に回りたいぐらいだ。うちの妹とユーフィリア嬢に手を出そうとか画策した時点で、既にこの答えは確定していた。俺は今、自身の表情を殺すのに必死だった。
「理由は」
「陛下にはもっと優秀な魔導士様たちがいらっしゃるではないですか。何より私のような若輩者がいて言い訳がありません」
「ふむ。……それでもそちが余は欲しいのだよ」
「お断りします」
「ならば仕方ない。国外追放か処刑かの二択を選べ」
「はあ」
とんでもない独裁国王だな。自分の命令に従わなかったら、死ぬか国から出て行けだと。
「どちらもお断りします。というか、私無しでこの国が魔人に襲われれば一夜で滅びますよ」
「ふん。そんなもの現状の騎士団と魔術師団だけで問題はないだろう」
「もちろんです陛下。さあ、そのものの戯言などお気になさらず」
「結構事実を言っているんですがね」
「陛下に対して何たる口ぶり、この無礼者が」
正直言って、この国で魔人に勝てるのは俺かユーフィリア嬢ぐらいのものだろう。もっとも彼女は実戦経験の面で厳しいだろう。また、師匠たちも国が亡ぶところなら最悪、手を出すかもしれないが基本的には静観するだろう。そうやって千年間を過ごしてきたのだから。
だが、その俺の指摘にキレた騎士が後ろから斬りかかってきた。まあ仕方がないから迎撃するか。
「…<電磁誘導>」
「熱っ…き、貴様いったい何を」
「ただ単純に武器を発熱させただけですよ」
「陛下。謁見の間での魔法行使とは見過ごせません」
「うむ、もうよい。騎士団、そのものを処刑せよ」
「はあ……先に斬りかかってきたのはそちらでしょうに……まあ、そういうことなら歯向かいますか…<絶対零度>」
斬りかかってきた騎士はおろか、謁見の間中のすべてのものが凍り付いた。騎士たちは鎧が凍っただけだから死んでいないし、魔術師たちは両腕の表面を凍らせただけ。さらに貴族や国王に至っては足の裏を凍らせただけだ。
「…<座標転移>」
「ば、化け物……」
「人に先に襲い掛かった方が何を。言っておくが次に俺に手を出したら、これじゃ済まさないから」
「ひ、ひい……に、二度と王宮に近づくな」
「言われなくてもだよ。じゃあ一応解放はしておこうか……」
そう言いながら俺は全体の氷を溶かして、騎士と魔術師の両方を精神魔法で眠らせた。武器や杖等は既に<座標転移>で回収してあるので反撃は絶対に不可能だろう。
「それでは、二度と関わらないでくださいね」
「貴様、陛下に逆らうとは何事だ……もう構わん。私が陛下に代わって貴様を殺す」
「面倒くさいな。あっ、そうか……<眠りへの誘い> <記憶改変>」
「あがっ……」
「……なんか、妙にかかりがいいな。かけられ慣れてるのかな」
向かってきたグレーフィア伯爵にかけた精神魔法が妙に楽にかかったが、それは置いておこう。それよりもこの方法で面倒事は回避できそうだ。
「<眠りへの誘い> <記憶改変>」
「もう、何が起こって……」
こうして起きている全員も沈黙して、無事に問題解決だ。睡眠の精神魔法に関してはある程度浅めの眠りにしてあるので、五分ほどで全員が目を覚ますだろう。
「さてと、王宮を脱出しますか」
「君がクライス君か」
「誰だ」
「おっと、背後から声をかけたことは失礼」
俺が謁見の間を出ようとすると、背後から声がかけられた。慌てて振り向くと、謁見の間の出入り口に金髪に銀色の眼をした美青年とローブ姿の眼鏡の青年、後は騎士鎧に身を包んだ女性が立っていた。
「何者だ」
「そんなに怖い目をしないでくれ。僕の名前はレオン・アドルフ・ルーテミア。この国の第一王子だよ」
「なっ…<記憶改……」
「落ち着いて。僕はむしろ父親の暗殺に賛成派だから」
「はあ……どういう意味だ」
「まあ、そう言った細かい話は落ち着いたところでしようか。僕の部屋はどうだい」
「……魔法杖を持った状態で良ければ話を聞こう」
「構わない。それぐらいの警戒は怠らない相手でないと、僕もこの先の話はできないからね」
国王との話は不快極まりなかったが、どうやらこの王子とは話ができそうだ。さて、国王暗殺論者の王子の話……聞かせてもらうとしようか。
明日の25:27に間に合えば投稿します。そうでなければ、明日は二本か三本投稿になるかと思います。
後、面白ければブクマなど貰えると嬉しいです。




