第四十八話 あくまで魔人にしては
読んでくださる方ありがとうございます。
そして謝罪と近況報告を。一昨日、投稿できず申し訳ありませんでした。作者が風邪をこじらせまして四十度の高熱で執筆どころではなかったもので。
無事に熱も下がりましたので更新再開させていただきます。
楽しみにしていてくださった方には本当にすみませんでした。
「まさか……こんなはずが……ま、魔神様に匹敵する魔力、だと……」
「そうらしいな……まあ、そんな不名誉な相手と比較されるのもしゃくだが」
俺が制限をかけている魔力を解き放った瞬間、相手の顔が青ざめた。その笑みからは余裕が消え、ようやく俺の力を正確に認識してもらえたようだ。
「さて、そろそろ戦闘を終わらせないと王国の軍に介入されかねないからな……全力で行かせてもらおう」
「なめるな。たかが人間がそれほどの魔力を扱いきれるわけが……」
「じゃあ、そう言うのなら試してみようか……<自動回復> <自動魔力回復> <能力限界突破>」
全身にかけた強化魔法を利用して飛んだ俺の速度は、音速を越えた。更に風魔法で後方に気流を発生させて一気に魔人の方向に飛び込む。そのまま突き出した左手の先で魔術を展開する……
「…<雷神の轟雷槍>」
「はっ……グボッツ……」
俺が選んだ雷魔術第八階位<雷神の轟雷槍>は展開速度だけで言うのであれば全ての魔法の中で最速と言ってもいい魔法だ。発動時間は術者によって多少変動するが、俺ほどの魔力量なら大して違いもない。
発生した雷撃の槍は相手の胸の中心を狙っていたがギリギリで回避されたようで、胸を貫通することはなかった。それでも相手の胸を大きくえぐった雷の槍はそれだけではまだ終わらせない。続けざまに俺は魔人の後方のその槍から魔術を発動させる。
「…<雷爆雨>」
「一度放った魔術を再合成するなど、そんな訳が……」
叫ぶ魔人に構わず、槍から枝分かれした数千本の雷の雨が魔人に向かう。そしてそれを避けるようにして魔人は上空へと飛び上がった。そのまま俺も<空中歩行>を唱えて、上空に駆けあがる。その俺に向かって奴が闇属性の弾丸を放つ。しかし、威力の落ちたそれは杖で完全に弾き飛ばせた。そのまま<転移>でさらにやつの上をとる。
「終わりだ。次元層の狭間に還れ」
「私を滅ぼしたところで意味はない。お前では魔神様はおろか、眷属様方にも勝てない」
「検証も考察もしていないことを不可能と断定する意味が分からないな」
「考えるまでもないことだな……私ではお前には勝てないが、せめて打撃だけでも…<暗黒破……」
「外道。消えろ…<星光爆裂撃>」
「なっ……発動速度がおかし………」
魔人が下にいるユーフィリアの方に向かって魔術を撃とうとした瞬間、俺は即座に最高範囲火力を持つ星魔法で奴を焼き払った。断末魔の悲鳴すらなく、魔人は消え去った。
魔人が魔力となって霧散したのを確認して、地上に戻るとリリアが駆けよってきた。……いやあ、さすがに心配かけすぎたな。
「ふう。終わった……にしてもさすがに体に一発くらったせいか、ふらふらするな。貧血か」
「お兄様。ご無事ですか」
「まあ、無事と言えば無事かな。怪我はしてないよ」
「そうですか……」
「お嬢様はどちらにいかれたんですか」
と、リリアの後方から血相を変えたメイド服の女の子が走ってきた。
「クライス様。でしたよね。……お嬢様はどちらに行かれたんですか」
「落ち着いて。魔人の攻撃に当たって、重傷を負ったのを……」
「重症。い、一体なぜそんなことに。って、そんなことを言っている場合ではありませんよ。お嬢様は今どちらへ」
「だから落ち着いてって」
「落ち着けるわけないじゃないですか」
「落ち着いてください、レテレアさん。お兄様のことですから、治療は終わっていますよ。ですよねお兄様」
慌てふためくユーフィリアのメイドの名前はレテレアと言うらしい。さて、リリアが俺に目線を向けてきたので返事をしておこうか。
「ああ、もちろん。内臓はもちろんのこと、表皮に至るまでいっさいの傷跡も残さず整復してあるよ」
「ほ、本当ですか。……よかった」
「お兄様。言い方が悪いですよ」
「すまん、すまん」
「それで、ユーフィリア様はどちらに」
「ああ。結界の中で浮かせて眠ってもらってる」
「ええっと、それはどこに」
「この上空だよ……」
そう言いながら結界と重力低減魔法を切ると、ユーフィリアがゆっくりと落下してきた。そのまま彼女を両手でしっかりと抱える。
「私でも全く気が付きませんでした……」
「だろうな。あの魔人も最後に魔法を撃つ直前ぐらいまで気が付かなかったぐらいだし」
「そうですか……」
「あの、すみません」
そこに声を挟んだレテレアはなぜだか不思議そうな顔をしていた。
「どうしました」
「あの、重傷を負われたって聞いたんですけど……服にすらどこにも傷がないんですが」
「ああ。体同様、服も魔法で縫い直して血液もふき取りましたから」
「そ、そんなことができるんですね……」
「勘違いされないでくださいね。こんなことができるのはお兄様ぐらいですからね」
「はあ、そうですか」
「それはそうとして……お兄様」
「どうした」
「いつまでユーフィリアさんを抱えていられる気ですか」
そういえば、そうだった。彼女、身長以上に軽いし、魔力で軽く浮かせてるから全く違和感なかったんだよな。
「そうは言っても、地面に下ろすわけにもいかないだろ」
「精神魔法で起こして差し上げればいいのでは」
「あれは身体への負担がすごいんだよ。重傷を負った女性に使うような魔術じゃない」
「それはそうですけど……ものすごく絵になるのが悔しいです」
「何か言ったか」
「いえ、何も」
「リリアさん。私も分かります。……ユーフィリア様って、こういうシーンが少ないので余計にそう思いますね」
俺から離れたところで二人が話し込みだした。……全く内容は聞こえてこないけど、なんか嫌な予感がするな。
「俺はどうしたらいいんだよ」
「すみません」
「なんでしょうか」
「王都警備隊第三支部ですが……この状況はいったい」
途方に暮れていた俺が声に振り向くと、完全武装の兵団が既に後方に展開されていた。
「王都に出現した魔人と戦ってたんですよ」
「ま、魔人ですか。フィールダー子爵領に出現したという」
「そうだよ。まあ、あれより多少は脅威だったけど」
「多少など些細な問題です。それは今どちらに……」
「俺が討伐しました」
「………はい」
「申し遅れました。フィールダー子爵家三男クライスと申します」
その名乗りで納得したような顔を見ると、どうやら子爵領での話はすでに王都に広まっているようだな。
「な、なるほど。確かにあなたがその当人なら納得です。それで、他の方々は」
「気絶しておられるのがグレーフィア伯爵家令嬢ユーフィリア殿 後ろにいる使用人は彼女の傍付きです。もう一人のローブ姿のは妹です」
「そうですか。では巻き込まれたユーフィリア様をあなたが助けたという解釈でよろしいでしょうか」
「いえ、魔人を討伐しようとしていたところに手助けに入ったといいますか」
「なるほど……分かりました。生存者は以上でしょうか」
「ええ、そうです」
ユーフィリアが魔人を倒そうとしていたと聞いても驚かなかったことを見ると、王都でも相当の腕だと知られてるみたいだな。
「それで、僕たちは」
「そうですね。今後、お話をお伺いすることもあるかと思いますが……」
「とりあえず、この場を離れてもいいと」
「ええ、構いません。ただし、今後の行動だけでもお聞きしてもよろしいですか」
「しばらくはユーフィリア嬢を見守っていようと思いますので……近くに休憩できる場所はありますか」
「でしたらこの被害のために既に王立学院三校が避難所を開設していますので、そこに」
「あっ、そうですか。ではそこに向かわせていただきます。その後は、子爵家の王都邸に戻るかと思います」
「分かりました。ご協力感謝します」
そうして走り去っていく兵士たちを眺めながら再び大きく息を吐いた。
「うう……これは普通に寝てたかな。これ、先に起きられてるとまずい……ふう、大丈夫みたいだな」
ユーフィリアを一番近かった王立魔術学院に連れて行くと、保健室のベッドが開いているというのでそこで寝かせてもらうことになった。そして俺はひとまず起きたら状況説明をしてあげようと思ってベッドサイドの椅子に座っていたのだが……気が付いたら寝ていたという訳だ。
「いや、やっぱり疲れてるのかな。まあ、俺も腹に一発魔法を受けたという意味では変わらないしな」
やはり腹部を貫通するほどのダメージを受けたのだから、それなりに疲労もしているんだろうな。帰ったら早めに寝よう。
「にしても……こうして枕元に座ってると前世を思い出すな……」
俺はぽつりと呟いた。もちろん仮に彼女に訊かれてもいいように日本語でだが。
「詩帆が入院した後は毎日のように通ってたけど、よく椅子に座って爆睡しては看護婦さんに怒られたっけ」
もともと体はそんなに強くなかった彼女は検査に疲れては、俺の来る夕方ごろには眠っていることも多かった。まあ俺も転生実験の研究でしばしば徹夜をしてたので、二人揃って寝ていることも多かった。
「猛反対したよなあ。外科医になるって聞いたときは。結局、俺が押し切られたけど……」
「……ううっ、んっ……ここは……」
そんな風に昔を思い返していると、ユーフィリアが目を覚ました。
「魔術学院の保健室」
「そう。それでなぜあなたがいるの」
「起きたらすぐに事の顛末を聞きたいだろうと思ってね」
「よく分かってるわね。それで、どうなったの」
「君が気絶した後。俺がきっちり魔人にとどめを刺した」
「さすがね。魔人を単独で討伐するなんて」
「まあ、あくまで魔人にしては強いというだけですしね」
「そう……ありがとう」
「……えっ」
俺はそう言う彼女の笑顔に思わず呑まれた。慌てて気を取り直して聞き返す。
「えっと、それはどういう意味で」
「まずは私を助けてくれたこと。……後は、私が起きるまで待っていてくれたこと」
「そうですか……」
「そんなに緊張しないで。結構落ち着いていられたのよね。あなたの腕の中」
「っつ、意識あったんですか」
「薄らとね。……でも心地よくてそのまま寝ちゃった」
「あの、口調大丈夫ですか」
「これが素よ」
なんかすごいドキリとさせられる言動が多くて困る。さっきまで詩帆とのことを思い出していたから余計に……
「僕なんかに素で大丈夫なんですか」
「逆に命の恩人にすら本音で感謝を言えないってどんな女の子よ」
「はあ」
「それに……懐かしい風景を思い出させてくれたから」
「えっ」
「その内容は秘密にさせて」
「はい」
彼女が本当に詩帆なら思い出したというのはどのシーンだろうか。中学生の春の夜か。それとも病院で二人仲良く眠った夕暮れか……まあ、今はいいや
「では、僕はこの辺りで」
「そう。また会いましょう」
「ええ。すぐに会えますよ」
俺はユーフィリアを残して部屋を出た。するとそこにはリリアが立っていた。
「ずいぶん楽しそうでしたね、お兄様」
「……そうだな」
「やけにあっさり認められますね……まさか彼女が」
「どうなんだろうな」
「もう、教えてくださいよ」
リリアには誤魔化したと思われたようだが、俺にだって確証はないのだ。ならさっき聞けばよかったのかもしれないが……怖かったからな……何がだろう。
「……お兄様」
「ごめん、ごめん。少し考え事をしてた。さあ、帰ろうか」
「はい。……本当にお兄様といると事件に巻き込まれますね」
「ひどい言い草だな」
リリアと話しながら帰る中で、答えが出た。
俺は詩帆の存在が本当に見えなくなることが怖かったのだと。
今日中に余力があればもう一本上げようかと思いますが、あまり期待はしないでください。




