第四十七話 見覚えのあるシチュエーション
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魔術の着弾点は先ほど馬車で通ったルート上だろうと予測した俺は、途中でリリアを伴って転移をすることを選択した。予想通り、俺の着地した周りは魔法で焼かれた痕跡があった。
「リリア」
「はい……<光子障壁>」
リリアに障壁を張ってもらいながら、辺りを見回すと魔術が撃ち込まれたと思わしき場所は完全に無人になっていた。……いや、まだ二人残っているな。
「お兄様、あの二人は」
「……あの馬車に乗っていた人だろうけど……貴族への襲撃事件かな」
「それにしてはおかしいですよ」
「だよなあ……暗殺ならこんな真似をするはずないし」
周囲には焼け跡が残っているし、相当な被害が出ている。さすがにこんなに派手な方法で暗殺はないだろうな。
「…お兄様、上を見てください」
「上……なるほど、魔人か」
リリアの言葉通り、上を見上げるとそこには見覚えのある黒い体をした魔人が立っていた。……ただ、前のやつと違って妙に顔がはっきりしてるんだよな。
「……<太陽爆裂撃>」
その時、魔人が再び火属性の広範囲魔術を放とうとしているのを見て、俺は咄嗟に結界を張ろうとした……が、その挙動を澄んだ女性の声が遮った。
「…<反射障……>」
「そこの魔術師、今は邪魔しないで…<絶氷要塞>」
「はっ……なんで貴族のお嬢様が第十階位の氷魔法を使えるんだ……」
魔人の火魔術は魔術によって生成された巨大な氷の要塞によって相殺され、辺りに水蒸気の霧が広がった。そこを駆け抜けて、黒いローブ姿の女の子が俺たちに向かってきた。
「そこの二人」
「はい、なんでしょうか」
「二人ともかなり高位の魔術師よね」
「ああ。俺も妹も上級以上だよ」
「そう。じゃあ、あなたは私のフォローに回ってくれるかしら。それから妹さんはこの子をお願い」
「ユーフィリア様、無茶です。あれはおそらく太古の時代の魔人です。いくらあなたと言えど……」
リリアに預けられた使用人服の少女の言葉で思い出した。あの馬車の家紋がグレーフィア伯爵家のものであったこと。そしてその長女のユーフィリアはかなりの魔術の使い手だったということも。
「ご安心を。彼女は僕が守り切りますので」
「し、しかし……」
「魔人討伐経験ならありますので」
「……えっ」
「なるほど、あなたがフィールダー子爵家の凄腕魔術師か」
「もう伝わってましたか。ええ、そうです」
「なるほど。じゃあ、あなたが信頼している妹さんなら大丈夫ね」
その言葉に渋々といった様子で少女が頷いたのを見て、リリアはそっとその周囲に結界を張った。
「で、さっきの魔術で視界はほぼなくなってるが大丈夫なのか」
「あら、あなたがあいつの動きをトレースしていないとは思っていなかったのだけど。ねえ、天才魔術師さん」
「そうかよ天才魔女さん」
「魔女って言うとおばあさん臭い印象がするからやめて。……で、見えてるの」
「もちろん。霧の向こうでこっちの様子をうかがってるな」
「同意よ。……にしても全然動かないわね」
ひとまず、彼女もなぜだか戦闘慣れしているようで何よりだ。にしても……なんだかこの会話、どこかでしたことあるような気がするんだよな。まさか本当に彼女が詩帆なのか……
「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ」
「ないと思うわよ。あなたが王都に来たことがないのなら。賢者と一緒に修行してたと聞いたけど」
「さすがにそれはデマですよ。まあ、ダメな魔法の師匠ならいますが」
「そう……」
そういえば、師匠に連れ去られたことも一部にはバレてたんだよな……もう、賢者の存在ぐらいはばらしてもいいんじゃないだろうか。
「さてと、お喋りはこれぐらいにしておきましょうか」
「そうですね……来ますよ」
「見えてるわよ…<転移>」
彼女が飛んだ方向に空間が揺らいだ。それと同時に見えていた魔人の影が消える。
「ユーフィリアさん。そっちはダミーです。逃げて」
「えっ、どういうこ…<魔力喰ら…」
「…<暗黒破壊槍> まずは、一人」
流暢な発音が聞こえて、それと同時にユーフィリアが鮮血とともに吹き飛ばされた。<魔力喰らい>の発動で相手の魔法を一部分解したために、ギリギリ致命傷は避けたようだが……
「…<座標転移>……ちっ」
「ふん。やはりこの娘ではなく貴様が魔人殺しか」
「ああ。お前は本当に魔人か」
「そうではあるが、今までの下等な奴らと一緒にするな」
追撃を受けそうになったユーフィリアを<座標転移>で手元に引き寄せた瞬間、魔人は一瞬で俺のもとへ飛び込んできた。咄嗟に出した杖で相手の闇魔力の刃を受けつつ、手元で治癒魔術を発動させる。
「てめえ。この子によくもこんな真似を……」
「ほほう、貴様の恋人か」
「違うな。……ただ、よく似た人が妻だったんでな」
「そうか……」
「で、お前は何者なんだ」
「魔神様によって作られた新世代の魔人、とでも言おうか」
「なるほどね……千年で強化されちまったと」
「そういうことだな……さて、会話は終わりだ…<暗黒破壊槍>」
「…<物理障壁>」
転移で回避して時間を稼ぎたいところだったが、瀕死の重傷を負ったユーフィリアに負荷のかかる転移魔法は使えない。さらにこの魔人相手の戦闘にリリアは巻き込めない。彼女は結界で余波を防ぎきるのでやっとだろう。
「ひとまず治療が優先か。だからその間は時間稼ぎに徹しようか」
「ま、待って下さい、わ、私は自分で、なんとか、しますから、あなたは、一人で……」
「生憎、死にかけの女性を放っておけるほど図太くないんだ」
「ほほう、よそ見とは余裕だな…<影の弾丸>」
「…<次元切断>」
前周囲から降り注ぐ闇属性の弾丸を、物理魔法で周囲の空間の次元を切断し、自分たちのいる空間を周りと隔離することで防ぎきる。これでしばらく時間は稼げるが、完全防御にしていられる時間はそうはない。下手に守りに徹すればリリアや街自体が狙われかねない。
「さっさと回復させるから、おとなしくしろ」
「ち、治癒魔術は専門なんだけど……<組織復元> 駄目ね、この集中力のなさじゃ発動しない」
「当たり前だろ……おとなしくして……<完全治癒>」
魔力制御に集中できないせいか、魔術が発動せずに痛みで顔を歪めた彼女を俺が発動させた治癒魔術の光が包み込む。
「な、何よこの魔法……体が軽く……」
「しばらく休んでろ……<星空の守り>」
内臓が貫かれた痛みで気絶もできなかった彼女がふっと意識を失った。そのまま彼女の周りに隠蔽効果もある星魔法結界を張る。
そしておれは次元の切断面を元通りに配置すると、即座に魔人の背後に飛んだ。
「…<神槍>」
「<暗黒障壁>」
即座に放った一撃は障壁で防がれる。が、すぐに二撃目を放つ。
周囲に展開させた<超電磁砲>を魔人に向かって解き放つ。魔術の速度のリミットは切った。周りの建物がいくら壊れようと知ったものか。
「貴様、一体何者だ」
「ただの物理学者兼魔術師だよ……<流星雨>」
環境魔力と自身の魔力を練り合わせ、空中に膨大な量の岩石群を形成する。それを重力と魔力で急加速させる。ソニックウェーブで周りは更地に近くなっているが、知ったことではない。こいつを倒すためには質量で潰した方が手っ取り早い。……こんな奴を逃がしたら、世界は大混乱だろう。だったら、俺がどれだけ悪者にされようとも、こいつはここで潰……
「ごふっ……な、何でお前が背後に……」
「火魔法と闇魔法の幻影だ。初撃は見破れたようだが……残念だったな」
「……<魔力喰らい> <転移>」
「無駄なあがきだ……」
俺の放った魔術は全て無駄だった……俺の腹部から突き出た消滅しかけの闇魔力の剣と転移によってかかった負荷によって噴き出す鮮血がそれを証明しているのだろうか……いや、そんな訳はない。
「そろそろ終わらせようか……<魂喰らい>」
「そうだな……お前がな」
「なっ……」
奴が魔術を放つ直前、奴の両手両足を風魔法が斬り飛ばした。
「いつの間に……」
「あんたが、闇魔法で常に次元層の狭間にいたことは分かってたんだよ。お前の位置と攻撃方向に同一点はなかったからな」
「そんなバカな……魔神様のお力がそんなに簡単に破られるとは……」
「隙を見せれば出てくるだろうとは思っていたけど……予想通り釣れたな。まあ、物理魔法で強引に次元の壁に干渉しようかとも思ったんだけど、下手にいじるのも怖かったしな」
俺がユーフィリアの治療の際に空間を隔絶させるしかなかったのはそういうためだ。結界では次元の裏側からの攻撃は防ぎきれないからな。しかも彼女を抱えたままで次元の壁に干渉するほどの高度な魔法制御など危険すぎる。
「さてと、手さえ出せればこっちの勝ちだな」
「そちらも手負いの体で、何ができる」
「こっちは攻撃予測はできてたからな。内臓等の急所は外してあるよ。まあ、そうは言っても出血量はそれ相応だけどな。まあ、その程度は治療魔術で修復できるからな……<組織復元>」
「それは我も同じだ……」
俺が腹部の傷を塞ぐのと同時に、魔人も自身の四肢を闇魔力で作り出す。
「これで、互角か」
「いや、私が優位だ。お前は今、次元の裏にいる私に攻撃ができないと言ったのだからな……<次元切断>」
「確かにそうは言ったけどな……」
再び、奴が次元の裏に消えた。俺はそのまま体に身体能力強化をかけて、杖を構える。
後方から奴の気配がした瞬間、相手が放った魔術を同時に合成した<超電磁砲>で相殺する。さらに相手が放つ闇魔術の刃を杖で受け、そのまま右足に身体能力強化を重ね掛けして一気に魔人の腹部を蹴り飛ばす。
「グボアッツ……<次元切断>」
「いい加減学習しろよ。後、俺は次元の壁に干渉したくないと言っただけで、裏側に攻撃手段がないとは言ってないんだよ…<次元精査> <次元切断>」
「イギャア」
次元の裏側に隠れた相手の動きを魔法で探し出して、次元ごと切り裂く。
「な、なぜ次元の裏に攻撃が……」
「<次元切断>自体は次元の壁を切り裂くだけの魔術だが、魔力量を増加させて少し術式をいじれば、本来三次元下にある実体も切り裂ける」
「ば、化け物が……」
「お前には言われたくねえよ……」
さて、これでこちらが完全に優勢なようだな。相手が過去の魔人よりもはるかに高い知能だからこそ、思考をはめてしまえば楽なものだ。
「そろそろこちらが決めさせてもらうぞ」
「ちっ……<暗黒破……ぐっ」
「<超電磁砲>……まさか他のメンツを襲わせるのを許容するとでも思ったか」
「くそっ……<次元切……」
「そろそろ鬱陶しいな……<空間座標固定>」
「なっ、次元が斬れない……この魔術は」
「七賢者の一人、スリフさんの術式だよ。まあ、ついでに俺自身の転移もできないんだけどな」
この魔術は全ての事象の影響が外部の空間や次元に反映させられないようにする魔法だ。スリフさんの初期のこの術は<次元切断>は防げていなかったようだが、俺の改良でそれも解決した。
「さて、これで両方とも逃げは封じた。互角だよ」
「転移を潰したことを後悔させてやる」
「上等だ。かかって来い」
「そうか……」
瞬間、本気で飛び込んできた魔人の初速は音速を越えていただろう。だが俺の方もその程度の速さは見切れる。それを杖で受けつつ、雷魔法で奴を感電させつつ焼く。
「くっ……」
「やっぱり互角じゃないな」
「貴様……なめるなよ」
「なめてないよ……全力で潰してやる」
俺が放った、極大の範囲爆撃魔術が周囲の音をかき消した。だが、魔人は上空に飛びあがって無事なようだな。さて、仕切り直しか。
「さあ、これで気にかけなきゃいけないものはなくなった……これで全力が出せるな」
瞬間、膨れ上がった魔力が周囲に広がった。
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