第四十六話 続・王都観光
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作者不在のため、今日と次回の投稿は22:00に予約投稿とさせていただきます。
2017年10月22日 細部修正
噴水前で騒動を起こしてから五分後。俺とリリアの不毛な争いはようやく終息した。
「よし、そろそろ次の店でも見に行こうか」
「お兄様、それでごまかせるとでも思っていらっしゃるんですか」
「……なんと言われようと言わないからな」
「はあ……まあ、いいです」
「ふう」
「いつか相手側から聞き出しますから」
「……ですよね」
そんな時でもふと笑顔がこぼれる。
やっと詩帆の姿に追いつけた。自分勝手な実験生活のせいで十五年も経ってしまったけれど……
「……まだ、待っていてくれたんだな」
「お兄様、私は待ちませんよ。なんか腹が立ったのでお兄様の財産の半分は使い切ってやります」
「フフ、やれるものならしてみなさい」
俺が何のことを言ったのか気づいていないリリアが少しかわいらしかったので思わず笑顔でこう言ってしまった。……瞬間、後悔した。
「じゃあ、不動産屋に行きましょうか」
「ごめんなさい。前言撤回します」
「大丈夫ですよ。……一軒以上は買いませんから」
「一軒でも物によるからな」
「えっ、いいんですか」
「ああ。別に家の一軒ぐらいなら実は懐は痛まないんだよね」
俺が師匠との修行時代に獲得した資産の大半は、師匠に魔術修行と称してAランクやらBランクの魔物の巣に結界で囲まれて監禁された時に得た、魔石や魔物の素材だ。これらの素材は特に修行後半期に手に入れたものは状態がすこぶるいいので、総量千トン程度にもなるこれらを売るだけで三世代ぐらいなら遊んで暮らせる。
更に<錬金>で作った各種貴金属、宝石等もあるので俺の自己資産はおそらく小国の国家予算ぐらいではないだろうか。さすがにルーテミア王国やレードライン帝国に比べたら負けるだろうか。
「じゃあ、郊外に別荘でも買いましょう」
「いいな。師匠の家で山の上は飽き飽きだからなあ……湖のほとりとか、海岸沿いとかどうだ」
「あっ、私は湖のほとりがいいです。憧れてたんですよね」
「じゃあ……あるかどうか分からないし、とりあえず聞いてみようか」
「はい」
そう言いながら、二人して不動産屋に入っていくと周りからの視線が一気に俺達に集中した。まあ、そうなるよな。普段ならローブ姿だから若い魔導士にも見えるが、今の俺達は街に住む兄妹にしか見えない。リリアがもう少し年上なら若夫婦に見えたかもしれないけど。
「なあ、坊主。ここはお前らには早えぞ」
「あっ、お気遣いなく」
「気遣いとかじゃないんだが……お前ら、こんなところに来ても買えるものなんてないからさっさと帰れ」
「いや、買えますけどね」
「あん……ああ、そうか……」
ごつい鎧姿の男達が絡んできたが、こいつらはたぶんザコ冒険者だろうな。鎧こそ立派に見えるが、俺とリリアの魔力が見えていない時点で魔物の魔力を集める挙動を見れないだろうから、せいぜいCランク程度のモンスターのブレスに焼かれて死ぬだろう。
と、不吉なことを考えながら男達をもう一度見ると、何やら眼の色が変わってきた。
「なるほどな。お嬢ちゃんを売ろうってのか」
「はあ……何をいきなり」
「いや、この子ならかなりの上玉だから二万アドルは出してもいいぜ。それなら安い貸し物件ぐらいなら借りれるだろう」
「いや、そんな気は全然なかったんですが……」
「怯えなくてもいいぜ。なあ、嬢ちゃん。こんな男と一緒にいるより俺達と一緒の方がいいと思うぜ」
「……さい」
近づいて来た男にリリアが何かを言った。なんだか彼女の周りにどす黒いオーラが満ちてるような気がするのは気のせいだろうか。
「あん、お嬢ちゃん。なんて言ってるんだ」
「OKの返事じゃないか」
「なるほどな。さあ、お嬢ちゃん。さっそく俺の家に……」
「あっ、バカ。……やめろ」
「…消えてください…<暴風切断術式>」
俺が男とリリアに同時に発した警告は一瞬遅く、リリアの肩に手を置いた男の腕が切り落とされた。
「ウギャア……」
「これ以上、お兄様に立てつくようなら……次は腕じゃ済ませませんよ」
「て、てめえら。ガキだと思ってなめてかかったらいい気になりやがって……どうなっても知らねえぞ」
「ちょ、ちょっとやめてください。腕なら僕の治癒魔術で繋げますから。……この場はこれで勘弁してください。店にも迷惑ですから」
俺は一触即発の状況の間に入り、男のちぎれた腕を回収しながら、相手のリーダーっぽい男にそっと宝石袋を差し出した。
「あん、今更こんなもの貰っても引けるかよ。さしずめ大商家か下級貴族のボンボンだろ。なめやがって」
「す、すみません。と、とりあえず腕は治療しますから……」
「そんなもの王宮でも治せる奴は一握り……」
「…<肉体再生>」
俺は光魔法第八階位の<肉体再生>で男の腕を繋げた。別に俺ならそこまで高度な魔法でなくても問題はない。魔力消費を減らそうと思えば第四階位の<組織再生>レベルの魔法でも腕を繋げることは可能なのだが、手っ取り早く力を示せるので少し大げさにやらせてもらった。
「なっ、お前は何者だよ……気に入った、俺のところに入れ。それで今回の件は水に流してやるよ」
「何を身勝手なことを言うんですか。そもそもあなた達がいきなり私に触ろうとするのが悪いんでしょう」
「リリア、黙っとけ」
「おっ、交渉決裂か。じゃあ……二人とも殺して身ぐるみはがさせてもらおうかな……」
リーダーの男が下品な笑みのまま俺に向かって剣を抜き、一気に振り下ろした。それを見て、遠目で成り行きを見守っていた客たちが慌てて逃げていく。多くの人々が、俺の斬られる瞬間を予想して目を瞑ったようだが……そんなことになる訳がない。
男の振り下ろした剣は、俺が咄嗟に<亜空間倉庫>から取り出した杖によって阻まれた。
「お前。その杖、どこから」
「まさかここまで状況も相手の力量も見れないとは思っていなかった。……で、完全降伏した相手に向かって剣を振りぬいたんだから、覚悟はできてるよな」
店に迷惑をかけないこともそうだが、こいつらのためも思って最初は大事にしない方針を取った。が、難癖をつけることに留まらず、こうやって斬りかかってくるようなら話は別だ。
「上級以上の魔術師に逆らうことが、どれだけ危険かを分かってもらおうか」
「くっ……お前ら。妹の方を襲え」
形勢不利と見たか、残りの面々がリリアに襲い掛かった。だが、手加減してる俺と違ってあいつにかかると本当に殺されかねないぞ……
「…<血液汚染>」
さて、俺がリリアに教えた魔術の一つ、水魔法第五階位<血液汚染>によって、全身の血液に麻痺毒を送り込まれた男達がその場に崩れ落ちた。込めた魔力が多すぎて、身体を麻痺させる魔法が心停止一歩手前の威力になっているので、俺は慌てて<血液洗浄>で毒を薄めた。
そういえば、魔力の量によって魔術の威力が変動しているな。超越級魔法の適性がありそうだ。
「なっ……お前ら、一体何者……」
「通りすがりの貴族の兄妹兼高位魔術師、かな。さて、眠れ…<眠りへの誘い>」
さて、最後に茫然としているリーダーの男を精神魔術で眠らせて終了だ。ふう……さてと、やっぱり周りは引いてるよな……
「ありがとうございます、魔導士様」
「へっ。……あの、むしろご迷惑をおかけしてしまったなあと」
「店長として私からも言わせてもらおう。あの厄介者たちを片付けてくれてありがとう」
「どういうことですか」
店内に被害は出していないものの、いきなり戦闘行為を行ってしまったので文句を言われるかと思ったが、むしろ感謝されてしまった。
「あの男達は、この間まで近くの森で狩りと採集の依頼を受けていたんだが、その時にウチが貸した家に文句をつけられてね、あっ、もちろん明らかな言いがかりだよ」
「はあ」
「そこでね、君たちが来る直前までネチネチ文句を言ってたわけ。だから彼らを撃退してくれたのはありがたかったわ」
初老の店長と受付のお姉さん二人の話で納得がいった。……そこまでのクズなら、もう少し手痛い目に合わせても良かったかもな。
などと考えていると、店の戸が開いて王都の警備兵が三人入ってきた。
「失礼します。こちらで騒ぎがあったと聞いて来たのですが……」
「ああ、衛兵さん。丁度良かったわ」
「ああ、ここで合っているんですね。それで騒ぎというのは」
「この男達が剣を抜いて暴れていたのを、そこの兄妹魔術師さんが止めてくれたのよ」
「それはそれは。ご協力感謝します。おい、こいつら縛り上げてくれ」
「了解です」
受付の女性の過剰申告には、俺達はもちろん店長や店にいた他の客たちも何も言わなかったので、ありがたく無視させてもらおう。
「それでは改めまして、ご協力感謝します」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
やがて縄で縛りあげた男達を抱えて、警備兵たちは去っていった。ものすごく鮮やかにす巻きにされていく男達を見て、笑いをこらえるのに必死だったのは言わない方がいいんだろうな。
「ふう。さてと、これでようやく一段落か」
「お兄様。すみませんでした」
「何のことだい」
「その、ついカッとなって魔術を使ってしまったので……」
リリアがかなり落ち込んだ様子でそう謝ってきたが、まあ女の子なら嫌な男に触られそうになって手が出てしまうのは当然だ。彼女の場合はそれが魔術になるので被害が拡大するけど……
「別に俺は気にしてないよ。ただ、ああいうときに使うときはなるべく非殺傷のものを使ってね」
「はい、気を付けます」
「ああ。じゃあ、別荘の候補でも見せてもらおうか。まあ、別荘というより郊外で遊ぶ時の宿泊所扱いでいいんだけど」
こういう言い方をしたのは、そういう物はこっちの世界でも詩帆と買いたいからという個人的な理由なのはもちろんリリアに言う気はない。たぶん言ったら盛大に拗ねられる気がするからな。
「ということで、簡単な泊まれる場所を探しているのですが……」
「場所とご予算はどのような感じですか、もちろんさっきのお礼に割引しますけど」
「大丈夫です。……それなりに資産はありますので」
「まあ、凄腕の魔術師さんならそうですよね……店長、どうします」
「普通にいい物件を紹介しようかね。間取りや広さ、後は他に気になるところがあれば何でも言ってくれ」
「そうですねえ……安全な湖の畔の静かなところがいいです。間取りはリビングと、私室が一つか、二つあれば……」
「でしたら……こんな物件はいかがでしょうか」
そう言いながら店長が取り出した大きな用紙には「ファルマ湖村計画」という文字が躍っていた。
「……これはどういうことですか」
「昔、王都近郊のファルマ湖の畔に村を作る計画があったのですよ」
「はあ。……あった、というのは」
「ファルマ湖も昔は豊かな湖だったのですが、王都から近いこともあって魚の乱獲が進みましてね」
「それで資源が枯渇して、ということですか」
「ええ。魚という資源がないのなら、王都近郊にも安い物件はいくらでもありますから。それで一時期は湖からつながる川の堤防工事の際に作業員が使っていたのですが……その後は、塩漬け状態でして」
「別荘として売れなかったんですか」
「上流階級の方々は対岸のリゾート地に別荘を買われますし、庶民の方だと手が出ないんですよね……」
「なるほど」
「一応、定期的に整備はしてありますし……今なら一軒二十万アドルでお売りします」
間取りを見せてもらったが、2LKでトイレはついているしリビングもそれなりに広い。交通の便が悪いことがネックだが、一度でも行けば<座標転移>で行けるので問題はないだろう。
何より一軒が日本円にして二百万円という安価なのも魅力だ。……後はリリア次第だが
「リリア、ここでいいかな」
「はい。静かなところでいいんじゃないでしょうか」
「そうか……まあ、間取りが不便だったら魔法で作り変えればいいから、いいか」
「決めていただけましたか」
「ええ。じゃあ、代金はこれで……」
そう言いながら、俺は少し多めの額のミスリル銀のインゴットを取り出した……大きな買い物用に、そろそろ換金して置かないと店に迷惑だな……
「ミスリル銀のインゴット……こんなにいいんですか」
「五キロほどだと思いますが……差額は手数料ということで」
「そ、それにしたって多すぎますよ」
「今後とも公正な取引をお願いしますということで」
「……分かりました。家を探されるときは是非、当店へお越しください。優先的にお探しします」
「ええ、よろしくお願いします」
そのまま、契約書のやり取りをして、鍵をもらって店を出ると外は夕闇に包まれていた。俺は戦闘の後から黙っているリリアのことが気になって、声をかけた。
「リリア、やけに静かだったね」
「反省してたんですよ、これでも」
「そうかい。そんなに気にしなくてもいいよ、今後気を付ければいいと言っただろ。……リリアはまだ十三歳なんだから」
「お兄様にまだ、って言われると傷つくんですけどね」
「なんで?」
「十歳で赤竜を討伐した人に言われたくありません」
「そうですか……っつ、リリア」
その時、俺は街の中心部で膨大な魔力が使われたことを感じた。
「い、今の魔力は……上級攻撃魔術ですか」
「町の中心部方向だな。……爆発音、か」
「急ぎましょう」
「ああ」
俺達は暮れゆく街中を、逃げ惑う人々をかき分けてその魔力の発生点へと向かった。
次回更新は明後日です
章タイトルはネタバレ防止のため、四章終了時に追記します。
後、この作品のプロローグ総集編を短編としてあげております、よろしければそちらも是非。




