遠い空の下 ~不器用な告白~
読んでくださる方、ありがとうございます。
おかげさまで累計2万PVとユニーク4000を越えました。これからも地道に頑張っていきたいと思います。
本日は詩帆と雅也の過去話です。
追記:すみません。予約投稿じゃなく、直接投稿にしてしまったので十分投稿が早まりました。
季節は巡り……気が付けば、俺は体育館で送辞を聞いていた。
……自分たちを送り出すための言葉を。
須川とはめっきり会話は減ってしまったが、部活や生徒会でのかかわりがある以上、話さない訳にもいかず、微妙な距離感のままだった。そして部活を卒業し、生徒会での活動も終わってしまうとめっきりはなす機会はなくなってしまった。受験に本腰を入れだしてからはなおさらだ。
「……生徒代表 三年三組 須川 詩帆」
「はい」
この一年を振り返っていると、気が付けば校長先生は壇上から降りて、代わりに生徒代表が壇上に上がっていた。生徒代表は会長が私立受験でおらず、副会長が拒否したために須川がやることになっていた。
なぜ俺がそんな裏話を知っているのかというと、拒否した副会長というのが俺だからだ。卒業式の日のそんなに緊張するイベントを二つもしたくなかったのが理由だ。
須川が壇上に立ち、ゆっくりと一礼をした。そして顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「春の息吹が感じられる今日この日に私たちは卒業します。まずはお忙しい中、ご臨席を賜りました来賓の皆様、ありがとうございます。また、私たちを見守ってくださった先生方、地域の皆様、そして家族に感謝したいと思います」
そう言いながら、彼女は再び一礼をした。
「思い返せば、この三年間は様々なことがありました。毎年の体育祭や文化祭の様な行事も心に残っていますが、やはり最も心に呼びおこされるのは、普段の何気ない日常です。クラスメイトと語り合い、遊んだ休憩時間はもちろんのこと、いつも楽しい授業をしてくださった先生方との思い出も忘れられません」
そういえば、俺は結局三年間ずっと須川と同じクラスだった。高校はあいつが医大を目指すために、県内の有名私立に行ったので、もう同じクラスになることはないんだよな……
「そして、私も女の子なのでこういった話題も心に残っています。恋愛です。このような場でこういった話題がふさわしいかどうかは、聞かれる皆さんの感性によりけりだとは思いますが、私はそれも青春の一つとして好意的にとらえていただきたいと思います。私自身に関しては、在学中に男女交際にまで発展した異性はいませんが、好意を持っていた異性ならいました。結局、私には告白する勇気がなかったのですが……」
その須川の言葉に俺は思わず声を上げた。
「それをうるんだ目で言うとか……反則だろ」
「湊崎……」
「すみません」
隣の女子に睨まれて、慌てて須川に視線を戻して黙る。
「みなさんはこの三年間、楽しかった、やり遂げたといった思いも数多くあったと思いますが、私のように失敗した、後悔したといった思いも数多くあったことと思います。ですが皆さんはこの学校の門を出るまでは在校生です。……まだ後悔するのは遅いのではないでしょうか……」
彼女の発言は自分に対してのものも含まれているのだろうかと、何気なく思った。
「さて、ずいぶんと私的な卒業生代表の言葉となってしまいましたが、最後に改めまして皆様に感謝を伝えて結びの言葉とさせていただきます。……生徒代表 須川 詩帆」
その言葉とともに会場全体から拍手が響いた。その音を聞きながら、壇上を降りる彼女の眼には何か強い決意のようなものが浮かんでいた。そのまま彼女が卒業生席の間を抜けて自身の席に戻ろうとする途中、俺は彼女に声をかけた。
「須川、式が終わった後、体育館裏で待ってる」
「……そう」
返事は一言だったが、話を聞いてもらえただけでも上出来だ。と、そこで隣の女子が小突いて来た。
「ねえ、湊崎君……」
「何?」
「……席を変わってって、そういう意味だったの?」
「……まあな」
「ふーん」
隣の女子からの質問を小声で返していると、校歌斉唱が始まった。
「さてと、急がないとな」
全てのプログラムが終わり卒業生が退場した後、俺は先生や後輩との写真撮影に明け暮れる同級生たちの合間を縫って、体育館裏を目指した。俺の方が後で退場しているので、きっと須川の方が先についているだろう。
「さてと、どこに」
「ここよ。遅かったわね」
「当たり前だろ。先に退場したのはそっちなんだから」
実は結構、不安だったのだが須川は一人で待っていてくれた。
「演説は良かったよ」
「断った張本人が何を言うのよ、まったく」
「ごめんごめん」
式のせいで泣いてしまった照れ隠しのか、いつもに比べてかなり饒舌だ。
「それで、話があるんでしょ」
「ああ……俺の気持ちは変わってない。だから、俺と付き合ってください」
「…………」
彼女は俺から一度、目をそらした。しかし再び俺の方を向いて、口を開こうとして閉じた。彼女の眼からあふれた涙が地面に落ちた瞬間……彼女は何も言わず走り去った。
俺は彼女の涙の真意と言いかけた言葉の真意を測りかね、そのままそこに棒立ちしていた。
一人で立ち尽くしながら、ふと須川と違う学校に受験していて、良かったと思えた………
「本当にそうだよな……」
俺がぽつりとつぶやいた言葉はむなしく響いた。
私は湊崎のもとから走って逃げた後、気が付けば校舎裏で座り込んでいた。
「……何やってるんだろ、私」
そう呟いて余計にみじめになった。卒業生挨拶にこめた自分への決意はやっぱり実現できなかった。
「なんで、こんなことになっちゃうかな……いまだに湊ざ…雅也以上に心なんて動かされたことないのに……」
そのとき、近くに気配を感じた私は咄嗟に物陰に隠れた。どうやら卒業生の二人組のようだが……
「――君。私と付き合ってください」
「本当に、僕でいいの」
「あなたじゃなきゃダメなんです。……本当は諦めようと思ってたけど、詩帆ちゃんの言葉聞いたら、やっぱり伝えておきたいって」
「……分かった。こんな僕で良ければ」
「ほ、本当に……」
嬉しそうに騒ぐカップルの声が遠ざかり、私の体からは急激に力が抜けた。
「そっか……私に勇気はくれなかったけど、あの子に勇気は与えられたんだ。……私の言葉で」
そう言ったら泣き出しそうになった。そう思って閉じた目蓋の裏側に両親の姿が浮かんで……
「雅也は大好き。……でも、私は人を愛することが怖くて仕方ないんだもの」
私が大好きだった両親は交通事故で亡くなったことになっている。事故原因は父のハンドル操作ミスによる崖からの転落。でも、私だけはその事故が事故でなく、二人の計画だったことを知っている。
両親が死んでから十年後。大掃除の途中に物置の中の私の両親の私物の中から母の裁縫道具を見つけた私は、何気なくそれを開けた。
そしてそこには遺書があったのだ。父が治療不能の脳腫瘍だった母とともに自殺する気だったと。最初の部分はひたすら娘を選ばず、妻を選んだ自分を許してくれと。妻と最後まで添い遂げたかったのだと謝罪の言葉が並んでいた。
私はその遺書を庭の焚火の中に投げ込み、燃やしてしまった。その後、母がよく通っていた病院で本当に母が本当に不治の病であったことが分かり、余計に怖くなった。自分の命よりも、娘よりも、妻を愛することを選んだ父の歪んだ恋愛感情が。
だから私はその記憶を消し去ったのに。なのに、雅也を本気で好きになったら思い出してしまったのだ。だから雅也への想いすら怖くなった。
「雅也は私がそうなったら、命を投げ出す……なんて絶対に思えるほどうぬぼれてなんかない……でも」
もしそうなったらと思うと、私は彼に何も言えなかった。いや本当は言うべきだったことなんて分かり切っている。それで彼はきっと私を安らげる正論をくれるだろう。……でも、私はそれすら怖かった。
「彼がくれた最後のチャンスを、私は、棒に、振ったんだ……もう、何も言えないよ、ね」
彼の優しさに触れたくて、でもその先に続くことが怖くて、私はその場にうずくまって泣いた。
一人きりで泣きながら、ふと雅也と違う学校に受験していて、本当に良かったと思えた………
「だって……」
私はかすれた声でぽつりと呟いた。
「「あれだけやっても大好きな相手といたら、またつらい思いをするだけだから……」」
これは遠い空の下、想いがすれ違い、別々の方向に歩み始めた不器用な二人の嘆きの記憶。
楽しんでいただけましたでしょうか。面白かったら感想いただけるとありがたいです。
そして次話からは新章、なのですが……今週は作者多忙+新章ストック稼ぎのためお休みとさせていただきます。
またこちらも作者都合で恐縮ですが、新章開始は十月一日22:00で予約投稿を使わせていただきます。




