第四十五話 一瞬の邂逅
本日二話目です。
この話で三章本編は終了となります。
2017年10月19日 細部修正
「ごめんください」
「お兄様、誰もいないみたいですよ」
「おかしいな……ひょっとしてもう潰れた店かな」
「潰れてはおりませんよ」
「ヒイッツ……ど、どなたですか」
「これは、驚かせてしまいましたかな。店主のレイト・ゴーストと申します」
ほこりをかぶった店の中を歩いていると、後ろから声をかけられて思わず驚いてしまった。振り向くと小柄な老人が笑顔で立っていた。
「す、すみません。とんだ失礼を」
「いえ、この店自体の存在感が薄いので仕方のないことです。かなりの魔力がなければこの店は見れませんからな」
「えっ……本当だ」
店主の言葉の通り、目に魔力を集めて<身体能力強化>をかけると店の風景が普通の綺麗な店に見えた。
「こんな魔法があるんですか……幻影魔法にしても異質だし、精神魔法にしても異質だ」
「そこまで分かるとは。……ひょっとして七賢者の何かを知っている方ですかな」
「そういうあなたこそ、なにか秘密があるんですか」
「まあ、あると言えばありますよ」
「お、お兄様……話について行けないのですが」
「ああ、ごめんリリア。目に<身体能力強化>かけてみて」
「は、はい。……お店が見えます、ね」
さてリリアはおろか、俺ですら見破れない魔術を張っている主人の正体は何なのだろうか。
「この店はねえ、遠い昔に七賢者のメビウス様が作った秘密工房の隠れ蓑なんだ」
「へー」
「……やっぱりお兄様といると、面倒くさいことに巻き込まれますね」
「うるさい」
「そしてこの秘密工房の管理は、代々その当時に最も魔術に才がある人格者に契約させることで紡がれてきた」
「その契約とは」
「賢者の真実を知るもの以外に、この店の真実語るべからず。破った場合の罰は死だよ」
なるほど。そうやってメビウスさんの研究成果は師匠ですら知ることがなかったのか。
「というか、俺達になぜ話したんですか」
「<真実の眼>をずっと使っていたからね」
「嘘でないことは分かっていたと」
「そういうことだね。……さて、話はこれぐらいにしておこうか。客で来たんだろう」
「そうでした。じゃあ見せてもらいましょうか」
「何が見たい」
どうやら思いがけず、ものすごくいい品ぞろえの店を引き当ててしまったようだ。……まあ、王都の品ぞろえとは一切関係ないだろうけど。
「これとか、どうだい。メビウス様が作成したものの燃費が悪くて没になった結界石だよ」
「燃費が悪いって、どれくらい」
「自分の結界魔法の方が効率が良いって言ってたよ。ただ、今の普通の第六階位ぐらいの防御魔術と同等の術をその三分の一の消費で使えるから利便性は高いと思うよ」
「うーん、俺の術も似たようなもんだしな……ただ、リリアの緊急事態にちょうどいいか……三つ下さい」
「はいよ……九千アドルだよ」
「高い……けど魔術系の品なら仕方ないか」
「お兄様。さっきの服屋と言ってることが違うんですが」
「聞こえないね」
さて、リリアの発言が微妙に心に刺さるが……さあ次へ行こう。
「次はローブなんてどうだい」
「ローブですか……うーん、さすがに俺のを凌駕するのはなさそうだな」
「まあこれ以上のものもあるにはあるけど……それは今後、お得意様になってからかな」
「まあ、ですよね」
「君のローブ、今持っているのなら見せてくれるかい」
「ああ、はい」
そういいながら<亜空間倉庫>から大賢者のローブを取り出すと、レイトさんの眼の色が変わった。そしてローブを俺に返しつつ震える声で言った。
「これを、どこで……」
「魔術の師匠に餞別でもらいました。……それ以上は、秘密ということで」
「ふむ……確かにこれを凌駕するローブはうちにはないな。待てよ……後ろのお嬢ちゃん」
「は、はい。私ですか」
「ああ……君、使える魔術の種類と階位は」
「は、はい……水と風と光で第九階位まで。魔力も同様です」
「魔力は超越級にかすってるね」
「あっ、分かりますか」
「お、お兄様どういうことですか」
「私は少し裏の倉庫に行ってくるから、この子の質問に答えておいてやってくれ」
「了解です」
店主がその言葉とともに店の裏側に消えたところで、リリアに超越級魔術とその階位の判定につて、詳しく解説してやった。まあ、相手がリリアじゃなかったら伝わらないぐらい高度な話になってしまったけどな。
「なるほど、分かりました」
「だから、今度改めてその方向性で魔術の練習をしてみようか」
「はい」
「おお、丁度終わったかな」
「あっ、レイトさん。……それで何をしていたんですか」
「これを探してたんだよ。お嬢ちゃんにぴったりだと思ってね」
「これって……セーラさんのローブ、に似てるような……」
「間違ってはいないよ。これは目録によるとメビウス様がセーラ様に贈ろうと思っていたものらしいから」
「えっ……」
「詳しい話は省くが……諦めきれない男の未練の塊だと手記にはあったね」
つまりこのローブは……メビウスさんが、セーラさんへの言葉にできなかった思いを込めたローブってことか…… 諦めきれなかったんだな。マーリス師匠と結ばれるのを祝福しながら……どれだけ苦しんでいたのだろうか。でも、待てよ……師匠とメビウスさんとセーラさんとの関係性は……リリアも知っているはずだ。
「私に、これを……」
「あの、レイトさん……他のローブはないんですか……」
「まあ、あそこまで七賢者のことを知っている人間ならメビウス様の想いが、歪んでいるように見えても仕方ないか」
「えっ……違うんですか」
「ああ。このローブはメビウス様が、セーラ様とマーリス様が共に末永く生きることを願って贈ったものだ。恋愛感情を越えた、親友への餞別の意が込められている。だから……たとえお嬢ちゃんが諦めきれない思いをしょっていたとして、お兄さんが心配する必要はないよ」
全て見透かすような目でそう言ったレイトさんの言葉はとても暖たかった。その言葉に、リリアがゆっくりと頷いた。
「お兄様。これを買っていただけませんか。……代金はいつか必ずお返ししますから」
「別にいいけどな。分かった……で、レイトさんおいくらですか」
「賢者様たちの心の重みに値段なんてつける気は起きないね。持っていきなさい」
「いいんですか」
たぶん正規の手段で売ろうとすれば素材だけでも百万アドルはいってもおかしくない品だ。
「私の気が変わらないうちに持っていきなさい。……その代わり、暇な時にきて話し相手になってくれればいいよ」
「……分かりました。ありがたくいただきます」
「ありがとうございます。……では次は師匠もつれてきます」
「……ああ、楽しみにしているよ。……さて、今日はもう閉店だ。そろそろ帰ってもらおうかな」
「はい……ところでレイトさんは元は何をされていたんですか」
俺の何気ない質問にレイトさんは微笑んで答えた。
「いずれ話す時が来るよ」
その瞬間、俺達はさっきの魔術関連の店ばかりの通りに立っていた。辺りを見渡してもさっきの店はもう見当たらなかった。
「また、来れますよね」
「たぶんな。普段は何らかの形で現世にはないんだろう」
「それまた、ものすごい魔術ですね」
「そうだな」
「……このローブ、大切にします。ただ今度、セーラさんにも話しておかなければいけませんね」
「だな。まあ、あの人ならお揃いだって喜びそうだけど」
「そうですか……あっ、このローブはお兄様が預かっておいてください」
「分かった。丁重に管理させてもらうよ」
そうしてローブを俺に渡すリリアの顔は、何かが吹っ切れたような顔をしていた。……ようやく俺への想いが完全に吹っ切れたのだったらいいのだが……まあリリアが自分の想いにどうやって決着をつけるかまでは俺にできることはないだろうしな。……後はリリアがどうするかだ。
「さてと……じゃあ次はどこを見て回ろうかな」
「お兄様、結構楽しんでいますね」
「もう楽しまなきゃ損だろ」
「それもそうですね。……もう一軒、普通の魔術の店も見ていきませんか」
「そうだな、そうしようか」
ちなみにその後回ったいくつかの店舗では、フィールダー子爵領の素材屋より少し品ぞろえがいいかなあ、と言える程度のレベルだった。まあさっきのレイトさんの店が異常すぎただけなのだが。
「ふう。さすがに掘り出し物はないか」
「まあ、滅多にないから掘り出し物なんですしね。というか、そういった運はさっきのレイトさんの店を見つけられた時点で尽きてますよ」
「そうかもな……って、リリアどうした」
「い、いや……何でもないですよ。ただ、少し私……一人で見てきたいものがありまして……お兄様、少しここで待っていていただけますか」
「一体何が……ああ、トイレか」
「い、言わないでくださいよ。せっかく遠回しに言ったのに」
「それ言わなかったら誤魔化せてたからな」
「うっ……って、すみません。ちょ、ちょっと待っててください」
そう言いながらリリアはトイレの方向へと駆けて行った。まったく、あそこまでになる前にこそっと抜ければいいのに……
「ふう。まあちょっと休憩しようかな」
リリアと別れたのはちょうど、平民街の中心近くの広場だったので座る場所には事欠かなかった。俺は周りを見渡して空いていた噴水脇の椅子に腰かけた。
「噴水の水か……暇だし少し遊んでいようかな……<水流操作><幻影絵画>」
俺は噴水の水を魔法で上空に持ち上げ、それを竜の形に造形した。竜と言うよりは東洋の龍と言った感じだろうか。さて、それを二体作ったところで、周りの人間が騒ぎ出した。
「なんだよ、あれ」
「どっかの魔術師のいたずらじゃないのか」
「いいや、あれは災いの象徴じゃ」
「まさか……偶然」
「神の加護ですね……ありがたいことです」
と、好き勝手言っているが一人正解者がいるな。さて、続けよう。そのまま二匹の龍を維持したまま位置を変化させ、形を変えて、まるで踊っているかのように見せる。
「おい、踊ってるぞ」
「本当だ……なあ、こんなこと魔術でできるのかよ」
段々と騒ぎが大きくなってきたので、俺はそっと人ごみに紛れつつ最後のしめを行った。そのまま二匹の龍を絡ませ。爆発四散させる。
「キャア」
「おい、砕け散ったぞ」
「なんだよ、もう終わりかよ」
「でも綺麗だったわね」
だがまだ終わりじゃない。最後に水を今度はこの国の城の形に形成しなおす。それを最後に<幻影絵画>で本物同様に白く着色した。
「すげえ、ルーテミア城だ」
「色まで付けるなんて……」
「綺麗……」
さて、終了としようか。最後に俺は水のスクリーンにTHANKS FOR WATCHINGと映し出して、ふと伝わらないことに気が付いて、慌ててこの世界の文字に変更した。
「見てくれてありがとう、ですか。素敵な終わり方ね」
「すごく粋だったな。よし、仕事に戻るか」
うんうん、みんな喜んでくれたようで何よりだ。暇つぶしとしては最適だったな。と、思っていたその時だった。俺の耳に聞こえるはずのない二つの言語の発音が聞こえたのは。
「THANKS FOR WATCHINGって、英語じゃないの。……まさか雅也が………」
その瞬間、俺がそこを振り向くとその場所を大きな馬車が走り抜けていくところだった。その車体の横には大きな家紋とグレーフィア伯爵家と言う文字が刻まれていた。
「今の詩帆、だったよな……そうか、無事に生きてたみたいだな」
その瞬間、俺の瞳に感動であり安堵でもある涙があふれた。やっと、一瞬だけでも存在を感じられたという嬉しさが心を震わせた。
「詩帆……」
「あっ、お兄様。なんで街のど真ん中で騒ぎを起こすような真似をしているんですか」
「ゴメン、ゴメン。ちょっと暇つぶしにね」
「まったく。ところでお兄様、なぜ泣いていらっしゃるんですか」
「んっ……ああ……久しぶりに古い知りあいを見かけたからね」
「古い知りあい……って、そんな方いましたっけ……って、まさかその人ってお兄様が言ってた最愛の人、ですか……」
「はい、この話はそこまで」
「ひ、卑怯ですよ。私の恋心は赤裸々に語らせたのにお兄様は言わないんですか」
「聞こえないね」
「お兄様、絶対にしゃべらせますからね」
「できるものならやってみろ」
そうやってリリアと楽しげにやり取りをしながら、俺はずっと馬車が走り去った方を見つめていた。
絶対に迎えに行くという決意を心に新たにして……
次回更新予定は明後日です。
さて、ようやく二人を邂逅させることができたわけですが……まだまだこの物語はこれからが本番です。
今後、数カ月にわたって連載が止まる場合があるかと思いますが、絶対に完結はさせられるようプロットは最終話までありますので最後まで温かく見守っていただければ幸いです。
しかし絶対に事前告知なく、長期休載することがないことだけは確約させていただきたいと思います。
それでは長文になってしまいましたが、明後日の詩帆sideの更新を楽しみに待っていていただけるとうれしいです。




