第三十七話 辺境の宿にて
読んでくださる方ありがとうございます。
更新遅れのお詫びで、今日は二本投稿しております。
二本目です。
追記:9月11日0:26 一部、誤字・誤表記を修正しました。
再追記:9月11日19:15 最後の主人公の一人語りの部分等を修正
2017年10月18日 通常細部修正
「さすがにもう暗いな。うーん、赤竜戦の後始末に時間をかけすぎたか……」
「そうでもないだろ。というか普通の軍なら一日かかっても、まだ討伐すらできていないんだからな」
「いや、でもリリアでも一時間もかければなんとか……」
「世界トップクラスの天才魔術師みたいな例外と比べるなよ……」
「て、天才だなんて……そんな、お兄様の方がすごいですし」
「いや、クライスは天才というより異常だからね。リリアちゃん」
さて、赤竜を倒してから三十分後、辺りはほぼ闇に包まれていた。
「そもそも、急ぎだからと言って昼過ぎに出発させた子爵様がまずかったんじゃないでしょうか」
「それを言ってやるなよ……まあ、最悪は俺がいれば野営はどうとでもなるから」
「それでも最低限の見張りは必要ですし…初日から疲労するのもどうかと…」
「最初からそう言ってくれよ……じゃあ、道を無視しようか…<空中歩行>」
「えっ、どういう…キャッ…ク、クライス君、馬車が浮いているんだけど……」
「ああ、空中に足場を作った。常に馬車と護衛の馬の周囲五十メートルほどに足場を展開し続けるから、魔力は多少喰うが……まあ、完全に暗くなる前に村につく方が優先だろう」
さてと村の場所は……あっ、明かりが見えてるな。
「村の場所ってあの辺りで合ってるかな」
「あっ、はい。おそらくあの村だと思います」
「じゃあ、その手前で下ろすから、それまでは全力で馬を走らせて構わないよ」
「助かります。森の中ではさすがに全力で走らせられませんからね」
そうフィーリアさんが言った瞬間、馬車の速度が一気に変わった。それに引っ張られるようにして周りの護衛の馬たちも速度を上げる。
「は、早すぎませんか」
「ああ、この速度は俺も予想外だったわ」
「か、身体が引っ張られます…」
「大丈夫そろそろ減速するはずだから」
「キャッ」
「…<空力緩衝> 大丈夫か、リリア?」
「はっ、はい……なんとか」
「す、すみません。なるべく緩やかにしたんですが…急ブレーキすぎましたか」
「いや、大丈夫。こっちで大きく吹き飛んだのはアレクスだけだから」
まあ、前方の壁に気絶してペタリと張り付いているアレクスが邪魔と言えば邪魔だが……まあ、他の女性陣は無事だったし、降りるときは<転移>使えばいいか。
「足場が下り坂になっているようですが……このまま進んでも大丈夫でしょうか」
「一応、街道に接続するような位置に向かって降ろしているから、速度にさえ気を付けてもらえれば大丈夫」
「かしこまりました」
やがて、俺はゆっくりと空中の足場の傾斜を緩やかにしていき、最終的に森の中で街道の上空が開けた場所を選んで接地させた。
「あっ、森の中の道に戻りましたね」
「ああ、無事ね」
「明かりが見えているところを見ると、もうすぐみたいね」
「後、五分もかかりそうにない」
「いや、さっきは野営でもいいとかって言っていたけど、やっぱり人工の明かりはホッとするな」
この世界では都市部では七賢者達が作り上げた魔力を利用した明かりが一般的だ。魔石に魔力を通すと発光するという性質を生かして、魔法関係の装具や装飾品に利用できない細かい魔石を砕いて、ガラス管の中に詰め、それに普通に魔力を注げば光が得られるという仕組みのものだ。
俺の杖の魔石のように高位の魔石はそれなりの魔力を、その魔石に適した属性で注ぎ込まなければ、魔力を増幅したり、発光させたりという恩恵を受けられないが、属性すら持てない細かい魔石なら誰でも魔力を注げることを利用した七賢者の画期的製品だ。
まあ安めではあるが、それでも結構な値段がするので、農村部では未だに昔ながらの油を利用したランプが多い。この村の明かりもおそらくそれだろう。
「やっと着きましたね」
「ああ、村の中だな」
五分後、無事に村の中に入った俺たちは宿屋の前に、馬車を止めて、外で体を伸ばしていた。
「ああ、ずっと座りっぱなしというのは意外と体にくるな……」
「そうですね……私も体中が痛いです」
「お兄ちゃんに治してもらえば」
「り、リサさん…な、何を言うんですか」
「動揺したら、やってほしいと言っているようなもの」
「うっ……」
「なんだ。治してほしいならそう言えばいいのに」
「えっ」
「…<快癒> はい、これで筋肉の痛みはとれたろ」
「えっ……あっ、ありがとうございます」
今の空気は危なかったな。早めに水魔法をかけて正解だな、うん。
そうやってみんなで騒いでいた時、馬を宿の厩舎に預けに行っていたウェグスが俺のもとに向かってきた。
「クライス様」
「どうしたウェグス」
「いえ、アレクスの姿が見えないのですが……一体どこに行かれたのかと」
「ああ、馬車の中で寝てるよ……たぶんそろそろ」
「クライス……なんだか全身が痛いんだが」
そのぴったりのタイミングで、馬車の扉が開いて全身が赤く腫れあがったアレクスが出てきた。まあ、急加速した馬車の車内で吹き飛ばされればそうなるよな。
「気にするなって。ほら治療魔法かけてやるから」
「ああ、ありがとうな」
「ほい…<組織再生> うん、肌の赤みが消えた」
「痛みも消えたよ。それでここが今日の宿か」
「ああ、今フィーリアさんが空き部屋の確認をしてる。あっ、終わったみたいだな」
アレクスの全身から赤い色が消えたところで、フィーリアさんが戻って来たので、思い思いに広がっていた面々が俺のもとに集まってきた。
「皆様、この宿は後、三部屋しかないらしいのですが……部屋割りはどうされますか」
「ええっと、俺とアレクス、マリーとリサ、リリアとフィーリアさん……護衛の面々の部屋がないな」
「い、いえ私たちは別に、馬車でも構いませんし」
「いや、できれば今日はいろいろあったし、体を休めてほしんだよね……でもさすがに女性陣に一部屋四人は辛いか」
「はい。でしたら私がお兄様と同じ部屋になればいいのではないでしょうか」
「へっ……どう分けるんだ」
「私とお兄様、マリーさんとリサさんとフィーリアさん、後はアレクスさんとウェグスさん達で」
「確かに分けられるし……護衛も全員が部屋に泊まれる、か」
リリアの眼にはいろいろな感情が見え隠れしていたが……下手に追求しない方がよさそうだ。しかもこの案、リリアの希望とは言っても、リリアさえ問題ないというのなら、一応倫理的にも人数的にもベストなんだよなあ……
「俺は良いけどさあ、リリアはそれでいいのか」
「もちろんです。むしろ歓迎すべき話と言いますか……はっ、別に変な意味じゃないですよ。た、ただ賢者様たちの話をもう少し聞きたいなあ、と思いまして」
「……分かったよ」
「では、そのような形で部屋を取りますが……よろしいんですよね」
「はい、どうぞ」
「私たちは特に問題ないですね」
「俺も別にウェグスさん達とで、特に不満もないし」
こうして、誰も反論しなかったためにこの部屋割りはあっさりと受理されてしまったのだった。
「お兄様、意外にベッドも柔らかいですよ」
「本当だね。…ふう、ベッドが二つあって良かった。そうじゃなかったらイスの上か床で寝なきゃいけなくなるところだった」
「お兄様、何か言いましたか」
「いや、何も」
さて夕食を済ませた俺たちは宿の裏庭をお借りして、身体を洗わせてもらった。土魔法で敷居を作り、俺が火魔法と水魔法で作ったお湯を桶にためて、ついでに今日の服も水魔法で洗わせてもらった。即座に<乾燥>で乾かして、それを各自で持ち帰り、今部屋に帰ってきたところだったのだが……
「ふう、今日は寝ようかな」
「ええ、お兄様。でも少しだけお話を聞かせてくれませんか」
「うーん、まあまだ少し早いし、多少ならいいか」
「えっ、いいんですか」
「い、いや近づいてこないでもいいから」
「駄目ですか……」
「いや、自分が夜着だってことを忘れないでくれると嬉しいな」
「ハウッ……うっ、すみません」
まあ、リリアが夜着姿なのでまあ、なんというか目のやり場に困る……リリアって着やせするタイプだったんだなあ……っていかん。ここ数年欲求不満なせいでそろそろ本気でやばいな。……早いところ詩帆に会いに行こう。向こうも似たような感じだろうし。
「まあ、今から気を付けてね。……で、何が聞きたいの」
「じゃあ、マーリス様とセーラ様の恋の話を」
「恋の話……と言っても、二人とも恥ずかしがってあんまり話してくれなかったからなあ……うーん、二人が幼馴染だってことは話したっけ」
「はい、お聞きしました。確かもう一人の賢者のメビウス様も一緒だったんですよね」
「ああ。丁度この村ぐらいの規模の村だったそうだよ」
「そうですか……」
そう言いながらリリアは窓の外を見渡した。外では家々にところどころ明かりが灯っていて、温かい光が漏れていた。
「綺麗、ですね」
「ああ、師匠たちの住んでいた村もきっとこんな村だったんだろうな」
「その村は、今……」
「師匠たちが十歳の時に……魔人に襲われて、消滅した」
「……そんな」
「おいおい、暗い雰囲気になるなって。続きを話そうか……その後はな、師匠とメビウスさんがセーラさんをめぐって争いを繰り広げるんだよ」
「えっ、本当ですか。賢者同士の恋の争い……すごく心惹かれる内容です」
師匠の村の件で暗くなったものの、やっぱりこういうテーマは女の子の心を惹きつけてやまないようだ。
「……で、最終的にある日セーラさんと一緒に出掛けた師匠は街中で、ハンターたちに絡まれるんだ」
「それで、その後は……」
「もちろん師匠が返り討ちにした」
「ですよね……ああ、マーリス様かっこいいです」
「そして怖がるセーラさんとともに白竜の背に乗って帰る途中、セーラさんが師匠に告白するんだよ。夕日が沈む中で、二人の影が重なり合う……こう言ったら分かるかな」
「素敵ですね……私もそんな恋をしてみたいです」
「フフ、そうかい。まあ、最後に他の七賢者の面々に見られていたというオチが付くんだけどね」
「そこまで含めて、とてもいい恋だと思います。そうですか……そこから千年も続いているんですね」
一時間ほどかけて俺は師匠とセーラさんの物語を話しきった。まあ、この他にもいろいろと面白いエピソードはあるんだが、この先はアレクス達がいるときの方がいいだろう。
「素敵なお話をありがとうございました」
「いいよ。俺も久しぶりに思い返して楽しかったから」
「そうですか……それならよかったです」
「じゃあ、もう寝ようか」
「あの、お兄様。……最後に一つだけ質問させてください」
「なんだい」
「お兄様には好きな方はいらっしゃいますか」
唐突にリリアが真剣な目で聞いてきた質問は、俺が今一番聞かれて辛い質問かもしれなかった。でも、正直に答えるしかないだろうな。
「いるよ」
「………えっ」
「ずっと大切にしたいと思っている人ならいる。俺はずっとあの人を裏切ってばかりだけど……それでも愛し続けたいと思っている人ならいるよ」
「その方はどんな方なのですか」
「そうだな……中身は照れ屋で可愛いものが好きな普通の女の子なのに、下手に意地を張って外では常に仮面をかぶってる天邪鬼な女の子」
「お兄様、変な方を好きになりますね」
リリアの言葉はなぜか少し刺々しかった。まあ、気持ちはわかるけど。……でもこの気持ちだけはやっぱり譲れないんだろうな、俺は。
「ああ、変だよ。でも、そんなあの子の素の表情が可愛くて、そうやって意地を張っている姿を見て抱きしめたくなる。だから俺はそれでいいんだ」
「そう、ですか。……ところでお兄様とその方の関係は」
「うーん、……前世からの縁かな」
「もう、誤魔化さないでくださいよ。……お、お兄様なんて大っ嫌いです……私、寝ます」
「ゴメンな、リリア……お休み」
「おやすみなさい」
リリアはそう言って布団をかぶって寝てしまった。……誤魔化したわけではないんだが、まあそう思って怒って当然か。誤解が解けてよかったとは言い切れないな、まったく。
「はあ、今夜はすぐには寝れそうもないな。仕方ない、か。しばらく起きているとするか」
そう言いながら、俺は<亜空間倉庫>から度数の高いウイスキーとグラスを取り出し、氷を魔法で作り出して一口飲んだ。その酒の強さに思わず顔をしかめつつ、窓の外を見て呟いた。
「詩帆……もう少しだけ待っていてくれよ」
ほろ苦い酒の味はただ口の中に残り続けるばかりで、春の寂しげな月の光が余計に俺の気分を虚しくさせた。
その日は詩帆のことが頭から離れず、気が付けば朝になっていた。
次回更新予定は明後日です。




