第三十二話 されど魔人たかが魔人
読んでくださる方、ありがとうございます。
魔人戦闘完結です。赤竜戦とは違ったクライスの無双をご覧ください。
2017年10月17日リリア入学に関する誤表記修正
「さて、まずは……<魔力自動回復>」
魔人と距離を取った俺が、まず放ったのは<魔力自動回復>である。この魔法は物理魔法の空間干渉能力を利用して、空間上にある魔力素を自身の魔力資質に変換して取り込む魔法だ。他の自作魔法はその効果の危険性から伝承を控えろと言われたが、この魔法だけは師匠から、いつでも教えていい、というか広めろと言われている。
「マ、マリョクカイフク、ダト」
「これで魔力枯渇の心配が減らせるからな。じゃあ、次は…<能力値限界突破>」
「ナ、ナンダ。ソノキョウカマホウハ」
「補助魔法の賢者が作り出した、至高の身体能力強化魔法だよ。……いわく、人を竜に変えるとか」
「フ、フザケルナ。コ、コンナ、マホウガ、アッテ、イイワケガ……」
「さて、余興はここまでだ。そろそろ行くよ……<負荷増加>」
まずは魔人の周囲の力のベクトルを操作し、奴の周りの重力と気圧を数倍に上げる。普通の人間なら死にかねないが、身体能力強化魔法をかけている魔人なら死にはしないだろう。まあ、それ相応の痛みはあるだろうが。
「グッ、カラダガ、ウゴカン。セイシンマホウ、デハナイナ」
「ああ、生物の神経に負荷を与えて重量を感じさせてるわけじゃない。膨大な魔力で周囲の空間に働きかけて、空間自体を圧縮してるからな。まあ、絶大な威力はあるが、俺レベルの物理知識と魔力がなきゃ、発動できないから、凡庸魔法にはできそうもないけどな」
「フッ、ソレデ、ジュウブンダロウ…<転移>」
と、さすがに悠長に喋っていると魔人に転移魔法で上空に逃げられた。……さすがに調子に乗りすぎたな。などと思いながら、俺は続いて魔法で自身の質量を低減し、即座に風魔法で上空へ飛んだ。
「って、逃がすわけがないだろうが…<質量低減><上昇気流><空中歩行>」
「ナッ、ナゼ、ワタシノバショガ……」
「物理魔法は空間に干渉してるからな。俺が<反射障壁>をこの空間に張っている以上、空間が揺らげば転移の出現座標は読めるんだよ。というわけで次の実験だ…<光波変換>」
「ナニヲ…ガッツ、グワウ、グギャア……<転…>…ナッ、テンイデキン」
「二度もさせるわけないだろ…」
俺が放った物理魔法第九階位<光波変換>はその名の通り、光の波長を魔力によって偏光板を作り歪める魔法だ。魔人が苦しんでいるのは、俺が魔人の上空の太陽光の全てを紫外線に変換してやったからだ。さすがの耐久力の高い魔人と言えど、高出力の紫外線に焼かれればそれなりにダメージが通るようだな。
ついでに奴が転移できないよう<空間座標固定>まで張って転移禁止にしたのは我ながら鬼畜だと思うな。
「…<魔力喰らい>……キカナイ、ダト」
「その光は魔力でもなんでもない、正真正銘ただの光だから<魔力喰らい>は何の意味もないぞ」
「クッ…<暗黒障壁>
「そう、それが正解だ。さてと、で、まだやるのか。……もっとも俺の故郷を襲い、さらには妹に重傷を負わせた時点で逃がす気はあまどないんだがな」
「クッ、キョウノトコロハ、ヒカセテモラウ……」
「いいけど、どこにだ」
この周囲は俺の<反射障壁>によって完全に隔離されている。それは、地面を含めた六面全てという意味でだ。
「この隔離空間から、どう逃げるつもりなんだ」
「クッ……<暗黒破壊槍>……ウオッ、ハンシャ、シタ、ダト」
「言ったろ、その結界は全てのエネルギーを吸収し、反射するって。その結界を壊すには、その術式に干渉できるだけの知識と魔力がなきゃ不可能だ」
「ナラ、キサマヲ、コロシテ、コジアケル」
「はあ、ならそろそろ終わらせようか…<負荷増加>」
「クッ……ウゴケン」
「今度は転移を封じてるからな。じゃっ、喰らってもらおうか…<重力刃>」
俺の詠唱と同時に自身の杖が、強力な力を纏う。物理魔法第五階位<重力刃>。この魔法を使えば、ただの木の棒ですら斥力を纏い、鋼鉄を切り裂ける。そのまま杖を構え、奴に言った。
「遺言は、何かあるか」
「マジンサマニ、マケ、キサマハ、クラワレロ」
「……そうか。じゃあとどめといこうか…<神々の黄昏>」
星物理合成第十二階位魔法<神々の黄昏>は対象を次元の壁に魔力で縫い付け、それを星魔法の膨大な魔法で焼き払う、ただただ破壊だけに特化した術だ。その破壊力は絶大であり、さらに光魔法は負の魔力エネルギーによって活動する魔人への特効魔術でもある。
結果、魔人は一秒経たずして、完全に微細な魔力となり消滅した……
後に残ったただの魔力の残骸を<魔力自動回復>が全て回収したタイミングで、俺は自身にかかる全ての強化魔法と周囲の結界魔術を解除した。強化魔術がかかったままなら百メートルぐらいは飛び降りられるのだが、これ以上<能力値限界突破>をかけ続けていると、反動で明日以降、全身痛に悩まされそうだったので仕方なくの対応だ。
「…<転移> よし、着地。いやあ、やっと魔法の実証実験が済んだな。ただ、いくつかは実行する時間、なかったなあ。まあ、それはおいおい、やるとして……」
と、今日の魔法について考えていたときだった。突然、後方に誰かが<転移>してきた。反射的に杖を構えようとした俺は、その人物の顔を見て力が抜けて……結果その人物に押し倒された。
「お兄様ー」
「うおっ……ちょっと、リリア、どうした」
「お怪我はありませんか。というか、さっきのあの魔法はいったい何なのですか」
「お、落ち着けよ」
「大変だなあ、クライス……」
「おい、アレクス。そんなこと言ってないで助けてくれ」
俺に飛び込んできたのは妹であるリリアだった。この元気さを見ると、さっきまでのダメージも<完全回復>できっちり回復したようで何よりだ。
「いや、助けられるわけないだろ。……主家の女性に触れるとか、さすがに……」
「アレクスの場合はマリーにすねられるのが嫌なだけじゃないの」
「そんなことない。マリーは拗ねててもかわいい」
「そんな……アレクス君。今、そんなこと言わないでくださいよ」
「こんなところでイチャつくな」
その後ろから来ていたのは少し成長した、アレクス達だった。状況を見るにアレクスの恋は成就したようだな。
「アレクス、おめでとう」
「ああ、ありがとうクライス」
「だから、一発殴らせろ」
「何でだよ」
「冗談だよ。さて、お前らは変わりなさそうでよかった。……で、リリアは」
「はい、お兄様。今は領立学園で魔法学と教養学を学んでいます。……もうすぐ卒業しますけど」
「そうか……もうそんな時期か。……えっ、早くないか」
「子爵様の意向らしいぞ。お前が戻って来るのなら飛び級で領立学園中等部の卒業資格を出して、いっしょに王立魔術学院高等部に進ませた方がいいだろうって」
「ああ、なるほど……妹と同級生になるのか」
どうやらリリアはかなり秀才になっているようだ。王立学院高等部への入学資格は最低規定年齢である十二歳に達していることと、国に定められた一定規模以上の中等学校の卒業と入学試験の合格がその条件だったはずだ。
「俺も一応、初等部は出たけど中等部は出ていないよな……入学資格なくないか」
「それなら子爵様が卒業試験を受ければいいと。たぶんクライス君なら一発で受かるだろうからって」
「いや……間違ってはいないけど……そうだった、そう言えば俺は貴族の息子だった。……そんな無茶が通るんだもんな」
「何に悩んでいるのかは知らないが、まあそういうことだな……それより」
「なんだ」
「俺たちと話すのは後でもいいから、まずはお前への憧れで目をキラキラさせてるリリア様の話を聞いてやれよ」
「えっ……分かった。了解」
アレクスの言葉にリリアを見ると、美しい顔を緩ませて、子供のような顔で俺を見つめていた。……にしても本当にリリアは美人になったな。黒髪と青い瞳が見事にかみ合った感じだ。俺としては黒髪な上に顔立ちが中学生時代の詩帆に近いので余計にかわいく見えるというか何と言うか……
って、そうじゃなかったな。俺への憧れか……まあ、あれだけしっかりしていても中身は十三歳だし、あれだけの活躍を見せた兄に憧れる気持ちは分からないでもない、か。
「リリア」
「はっ、はい」
「リリアは魔術師の適性があったみたいだけど……階位は?」
「はい。魔力量が第八階位、光魔法第八階位、水魔法第八階位、風魔法第七階位です」
「……予想以上にハイスペックだな」
まずは話題提供として聞いてみたのだが、リリアの魔術師としての適性は想像以上だった。俺が師匠やセーラさんの様な魔術の最高峰に触れていたから能力が低く感じるが、普通の魔術師の範疇からしたらこの国でも三本の指に入るレベルの魔法の実力があると言えるだろう。しかもまだ伸びしろはありそうだし。
と、そこまで考えたところでふと疑問が生じた。
「すごいな。……でも、上級魔法以上はどうやって習得したんだ」
「えっ、書斎の本からですよ」
「いや、あそこにあったのは中級魔導書まで。というか上級があったとしても、現象がイメージできなければ簡単には発動できないはずなんだが……」
「ああ、それならその本にイメージ方法もしっかりと乗っていましたから」
「……うーん、そんな本あったかな。ちなみに書名は?」
「書名は「九属性上級魔法入門」です」
「九属性。そんな便利なものがあったか。……というか合成魔術もか」
「はい……まだ使えませんけど」
おかしい。そんな本があるのはおそらく師匠の家だけだ。……この世界では上級魔道書はほとんど現存していないし、あっても国が管理しているレベルだ。そんな物が商人経由とかで持ち込まれるわけないし……んっ、待てよ。可能性が一つしかないならそれが答えなんじゃないのか。
「なあ、その本を見つけた時期は。後、作者名ってあったか」
「確か兄さまが出発された翌日に書斎に入ったときに机の上にありました。それから作者名は著者 マーリス・フェルナー。監修メビウス・コーリングって記載されてますね」
「……やっぱり師匠か。ということは俺が気づかなかったリリアの才能に五年前に気づいていたと言う訳か……言うの忘れてたのか、それともあえてか……まあ、今度会ったときでいいや」
「お兄様、納得していただけましたか」
「ああ、したよ」
「それでは、二つほどお願いがあるのですが……」
ひとまずリリアの実力の謎が解明した。が、どうやら彼女にとっての本命はここからのようだな。
「ああ、いいよ」
「一つ目ですけど……氷魔法の使い方を教えてください。王立学院でも教えてくれそうにないので」
「もちろん、構わないよ」
「ありがとうございます。……じゃあ、二つ目ですけどお兄様の五年間について色々聞かせてください」
「そんなことなら、いつでもどうぞ。というか、今でもいい」
「はい……じゃあ、時間がなさそうなので一つだけ。お兄様の魔法階位はどこまで上なんですか」
これはまた率直な疑問が来たものだ。これは五年前の俺なら答えていなかっただろうが、今の賢者の弟子という立ち位置があるなら、家族や友人ぐらいになら話してもいいだろう。なにより魔人殺しの功績で、既にある程度の位は得られそうだしな。
「魔力量が超越級第十二階位。その他の全ての属性魔術が第十二階位まで。さらに物理魔法全十二階位と召喚魔術が第八階位まで、かな」
「すいません。全属性というのは……」
「火、水、土、風、光、闇、氷、雷、星の九属性だね」
「……お兄様、本当にすごいです。私なんかとは比べ物にならないほど……」
「いや、リリア。おかしいのは俺であって、リリアは魔術師としては世界最高峰だからね。俺や師匠たちは特例」
リリアが俺と比較して、自分を卑下しているが、彼女も魔術師としては異常なレベルだということを認識してほしいものだ。俺や師匠とセーラさんのように人外は考えない方がいい。
「なっ、だから気にするな」
「はい……分かりました」
「よし、それでいい」
「リリア様……で、隣にいるのはクライス様ですか」
「はい。……ああ、ラムスさんですか。お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。……それよりお二人とも魔力はまだありますか」
リリアが立ち直ったところで、俺に声をかけてきた守備隊長のラムスさんは、俺の記憶とほとんど変わっていなかったが、妙に焦っていた。
「私はほぼ全快ですよ」
「俺も九割ぐらいはあるけど……一体どうした」
「魔人の被害にあった領民や兵の治療が追い付かないんです。それでお二人に大至急、来てもらうようにと子爵様が」
「すぐ行く。場所は」
「子爵邸の前庭です。あっ、呼び名が変わったただけで場所はそのままです」
「了解。じゃあ、リリアとラムスさんはその場を離れないで。ちょっと特殊な転移をしますから」
「は、はい」
「分かりました」
「じゃあ行きますよ…<座標転移>」
一度行った座標には、瞬時に転移できる物理魔法<座標転移>の性質を利用して、俺は屋敷の正門上空へと二人を連れて飛んだ。
この章で、リリアがメインヒロインになることはありません。
この物語のヒロインは詩帆ただ一人です。
次回更新予定は明後日です。




