第三十話 のんびり帰省したかったなあ
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同時刻 フィールダー子爵領南方の山岳地帯上空。
「いやあ<気流操作>って、こういう風な使い方ができたとはなあ。……まあ物理魔法がつかえなきゃ無理か」
師匠の家を出た俺はしばらくしてから、<空中歩行>を解除すると、物理魔法第四階位<質量低減>を発動して、風魔法<気流操作>で発生させた気流で上空を飛んでいた。物理魔法の効果によって自身にかかる重力と体内からの反作用力を低下させ、空気抵抗を減衰することによってできる荒業だ。
この魔法自体は多少の時間なら師匠はもちろん、模造魔法にしてやればそのへんの上級魔導士にも使える。
「うおう、横風で吹っ飛ぶ…<気流操作>」
だが魔法制御が複雑なうえに、その物理現象を理解していないと長時間の維持は不可能なので、実際にこんな使い方ができるのは俺ぐらいのものだろう。
さて、そんな風に俺はのんびりと空の上を旅しながら、頭の中では家族への土産なんかを考えていたりする。
「うーん、父さんにはスノードラゴン素材十頭分とかの実用的なものでいいとして……兄さんたちどうしようかな……後、母さんとリリアにアレクス達……か」
一応五年ぶりの帰郷であるし、せっかく賢者の下といういう特殊な空間にいたので何かトリッキーなものをと思っているのだが……
「そうだ、自作しよう。セリア兄さんとアレクスにはそこら辺の土の組成を<錬金>で組み替えて作ったミスリルでもプレゼントしよう」
さてミスリルというのはこの世界の限られた魔力の多い銀鉱脈で、銀が魔力を多く含むことで生成される金属である。その産出量は大変少ないのだが、強度が高く、魔力を通すことでさらに強度が上がるということで近接戦闘職には垂涎の金属だったりする。
思い立ったら吉日と、俺は<気流操作>の操作を切ると、そのまま地面に飛び降りた。<質量低減>を解除していないおかげで、ふわりと着地した俺はまず近づいてきたスノードラゴンを極大の<火球>で始末すると同時に地面の雪を溶かすと、露出した地面の土を変化させて銀を作り出した。
「さてと、ここまでは<錬金>でいけるんだが……ミスリルはもう一手間いるんだよな……<原子分解>」
既存の超越級土魔法<錬金>ではミスリル銀の加工はできないので俺は物理魔法第十一階位<原子分解>を利用して、各原子の配列にの間に魔力素を流し込んでいく。<錬金>ではさすがにここまで微細な操作が効かないので、魔力消費が多くてもこの魔法を使うのは仕方ない。
「よし、できた。……じゃあ…<亜空間倉庫>」
できた二つの金属インゴットを<亜空間倉庫>に入れた。この魔法は<変異空間>と違って、次元のどこかに内容物がすぐに消えない代わりに、その中の一画に結界を張った空間を常時展開する必要があるので、魔力消費が激しくなるという欠点がある。
だからそこまで多くのものは入れられないが、ここ以上に安全な場所もない。……もっとも、俺が死んだら永久に取り出し不可能になるけど。
「さてと、これで二人分のお土産ゲット。……後は女性陣か……母さんには、そうだな。父さんの執務の手伝いで忙しそうだし……疲労回復効果の高いお茶の詰め合わせかな。……緑茶っぽい味がでるまで試行錯誤したから相当残ってるし、父さんにもあげようか」
師匠の家での修練の合間で作ったお茶の試作品数は数百にも及ぶだろう。その量もばかにならないし、処分も兼ねてって言うとなんか申し訳ないな。……まあ、効果はお墨付きだしいいか。
「まあ、後は飛びながら考えよう……<気流操作>」
そのまま上昇気流を起こして、再び俺は飛び上がった。
「さてと。思った以上に時間を喰ったし、スピードを上げないとな。あっ、でも先に弁当食べとこうか…<空中歩行>」
飛び上がったのはいいものの、気が付けば昼頃になっていたので俺は空中に風魔法<空中歩行>で足場を作って、その上でセーラさんのお弁当を食べることにした。
「いやあ、やっぱセーラさん手料理うまいよな。から揚げにフライに、揚げ鶏、ハンバーグ、コロッケ、ステーキ……現代料理多いな。まあ、俺が教えたせいとは言え。というか、これを朝食で食わされたのか、俺……」
そうして少々脂っこい弁当を三十分ほどかけて完食すると、俺は再び空を飛んだ。
「いやあ、やっぱり雪山ってきれいだなあ」
飛びはじめた直後は高度が低かったのもあって、スノードラゴンからの攻撃が多かったのでかなり上空を飛ぶようにしていたのだ。その結果、時々雲の上を通るようになって視界が悪くなったことは難点だったが、どうせ攻撃を受け流しながらでは、ろくに景色も見れないので結局諦めた。
「さてと、後はリリアとマリーとリサか……マリーに下手な物を渡すとアレクスに文句言われそうだけど……もういいや、全員魔石を加工した宝石で行こう」
たぶん、マリーとアレクスは俺がアレクスの親父さんとマリーのお父さんに根回しをしておいたので、たぶん、交際しているはずだ。人の婚約者に宝石を贈るような真似はあまりしたくないが、そういうことには発想が貧弱な俺の頭じゃ仕方ない。
「髪の色に合わせるかな、マリーは銀だから氷属性の魔石、リサは青髪に合わせて水属性……リリアは黒髪だったけどさすがに闇属性はな……光属性にしよう」
そう言いながら、三人に合った魔石を取り出して、俺は加工を始めた……
……二時間後
「よし、できた。いやあ最高傑作だわ……何か忘れているような。やべっ、今何時だ」
俺の目の前には三つの魔石がそれぞれに加工を施されて浮かんでいた。だが、作業に注力するあまり俺は時間を忘れていた。
「しまった。朝に師匠の家を出たのに、もう二時じゃん。……遅くなりすぎると迷惑かけそうだし、急ごうか」
とりあえず、俺は自身に吹き付ける風魔法の威力を上げた。さらに、自身の目の前に円錐状に風魔法の結界を展開してさらに加速する。そのまま音速を越えた……
「うおう、ってこの速度だとフィールダー男爵領を越えかねないな。少し落とすか……」
さすがに音速は出しすぎだと、慌てて速度を落としたが、あっという間に雪原は後方に過ぎ去っていた。
「あっという間だったな。もう草原地帯か」
そこまで山を下りると、そこは小川や花畑が広がる美しい草原が広がっていた。野生動物たちも多くみられ、地獄のスノードラゴンの巣を抜けた実感がした。
「はあ、これで安心か。ふう……みんな元気にしてるかな」
そして安全地帯にたどり着いた瞬間、昔のみんなの顔が思い起こされた。
「兄さんたちは、もうバリバリ仕事してるんだろうな。この世界十五で成人だし。リリアはどんな美人になってるかな……まっすぐな子に育ってればいいんだけど。アレクス達は……」
思えばたった十年とは言ってもあの領地での暮らしは充実していたなあと思う。そして……
「……詩帆。うーん、赤竜討伐の件伝わったら、絶対俺だってばれるよなあ。俺が魔法修行の旅に出たことも予想されそうだし……どうしようかなあ。まあ、王立学院入ってから考えよう」
詩帆との再会も何よりだが、今は家族や幼馴染たちとの再会を優先しよう。というか、ばれててもばれてなくても結果は同じな気もするし……
「まあ、いい。切り替えよう。さて、街はどう変わって……なんだあの魔力……高威力攻撃魔法、か」
そうやって、ふと街の方角に意識を向けた瞬間。大規模魔法が放たれたのを感じた。慌てて全力で魔力をトレースすると、どうやら結界魔法で防がれたようだ。
「結界……あれだけの魔法をか。でも、いったい誰が……高位の魔術師でも滞在してたのか。いや、それより街中で攻撃魔法を放ったバカは誰だ……まさか」
そのとき、俺の脳裏に数日前の師匠の言葉が浮かんだ。
「クライス君。ちょっといいかい」
「なんですか、師匠」
「結構、重要事項だ」
「どうしました」
俺が自室で本を読んでいると、師匠が珍しく真剣な表情で話しかけてきた。
「実は、魔神の魔力が増大しだした」
「まさか、復活ですか」
「いや、おそらくその前段階だとは思う。覚醒寸前かな」
「はあ。それで……」
「この世界にもそれなりの量の負の魔力が流れ込んでるから、魔人や魔王が発生する可能性がある」
「分かりました。要は出先でそいつを見つけたら倒せと」
「そういうことだね。ぶちのめしてやってくれ」
「了解です」
その日の話はそれで終わった。師匠もそんなにすぐではないと言っていたので、気にしていなかったのだが……
「はあ。最終的にはあんなに軽く終わった会話が本当になるとはな……まあ、なった物は仕方ない」
俺は体内で魔力を練り始めた。余分な重力制御系の術式を切り、戦闘特化に物理魔法を組みなおす。さらに付与魔法で身体能力を強化し、自動回復術式を唱える。
「……さてと、準備完了だ。俺の故郷に手を出したことを後悔させてやらないとな」
杖とローブにも魔力を流し込み強化する。杖の魔石が一際輝いた瞬間、俺は転移魔術を唱えた。
「…<座標転移>」
物理魔法第十階位<座標転移>は使用者が指定する範囲の物体を任意の座標に転送させる魔法である。その座標に一度でも到達していれば、そのポイントに自由に転移できる。その転移距離は魔力が続く限り無制限である。
「ついたか……あら、軍が後退しながら時間稼ぎか。領民の避難を優先してるみたいだな」
街の上空に転移すると街の中を軍がゆっくりと後退しながら、時間を稼いでいた。その間に別ルートから領民が避難を続けていた。
「さてと魔人はどこに……いた」
さて、軍の戦力の大半が集中している大通りを軍の後退に合わせてゆっくりとした足取りで進んでいるのが魔人のようだ。
「さてと、まずは拘束から……<氷結領>……しまっ…<地神要塞>……なっ、バカ止めろ」
氷魔法で動きを止めようとした瞬間、魔人が攻撃魔法を放った。咄嗟に詠唱を中断して、土魔法の結界を張ったが、その前に転移で白いローブ姿の人影が飛び込み、魔人の魔法に対して結界を張った。だがその結界の強度はもろく貫かれた。直撃は避けたようだが、その人物が吹き飛ばされる。
俺はその姿を見た瞬間、躊躇なく最強クラスの攻撃魔術を放った。
次回は再び別視点です。




