第二十六話 俺らしい魔術
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
「師匠、いくらなんでもひどくないですか」
「全然。さあ、続けなさい」
「いや、絶対にメビウスさんの超越級の身体能力強化使ってますよね」
「さあ」
「というか、昨日の件をまだ根に持ってるんですか」
「……もってないよ」
「間、開けてから目までそらして……子供か」
「…<岩石の弾丸>」
「うおう…<転移>……って師匠、今の殺す気ですか」
さて、セーラさんによる師匠の折檻と超越級魔法講義が終わった翌日。俺は師匠と空中で杖を用いての模擬戦……まあ、ようするに杖術の訓練だ。
俺としては魔術の万能性が判明した今、近接戦闘力は魔術で補う気だったのだが、師匠によると魔神に対抗するにはメビウスさんの補助魔法を使える程度には近接戦闘力が必須とのことで、朝からそんな感じで練習を始めたわけなのだが……
「師匠、絶対昨日の件を根に持ってますよね」
「何の話かな」
「……はあ、仕方ないか。……<暴風切断術>」
「うおう」
師匠が口を割らない上に、攻撃の手を緩めないので俺は仕方なしに、本気の威力で<暴風切断術>を放って距離を取った。その際に師匠の顔面の左寄りを狙ったので、とっさに避けた師匠の髪が若干消し飛んだが、まあそれぐらいしないと冷静になってくれないだろう。
「い、いきなり危なすぎないかい」
「落ち着きましたか。言っときますけどさっきの師匠の一撃もかなりきわどかったですからね」
「ふん……まあ、いいや。気は済んだし」
「ふう。それで杖術修業っていきなりなにも知らない弟子に殴りかかるものなんですか」
「そんな訳ないだろう。……もちろん、さっきのは修業と称した嫌がらせだよ」
「そんな堂々と言わないでください。それで、正しい修行法ってどんな感じなんですか」
「うーん、基本的には杖での構え、突き、払いなんかを一通り教えてから、それに魔力を流したり、君が赤竜相手にやったように属性付与しながら振るう訓練をしたりするんだが……」
さてと、冷静になった師匠はさっきの修練とは全く正反対のことを言いだした。というか、師匠の性格が子供っぽ過ぎて……だんだん嫌になってくるな。まあ、それでも必要なことはきちんと教えた上でふざけてくるから、本気では怒れないんだよなあ。
……まさか、そこまで計算してやってないよな。
「とにかく、最初から順に教えてくださいよ」
「分かってるよ。じゃあまずは普通に杖の構え方からだ。人によって持ちやすいやり方で持つのがいいんだが……」
「そうそう、そういうのですよね」
「じゃあまずは基本から……」
「男子二人、ちょっと買い出し手伝ってくれないかしら」
「えっ、今からかい」
ようやく師匠が真面目に教えてくれようとしたとき、後ろからセーラさんの声がかかった。
「いや、セーラさん。……やっと師匠がまともになりましたし」
「そうだよ。それに魔法漬けで細くなってる……いやそんなに細くないけど僕らの腕より、白竜の君の方が僕よりはるかに怪り……ひい……<地神要塞>」
「<竜の息吹>」
「いや、なんで俺まで…<転移>」
師匠がセーラさんになにかを言おうとした瞬間、セーラさんの右手に魔力が集中し、俺たちに向かって飛んできた。あれは魔法でもなんでもなく、ただの魔力の塊だが白竜の魔力制御力はただの魔力すら破壊兵器にするので、普通に中級魔法を打たれるよりも怖いかもしれない。
「あ、危ないじゃないか」
「うるさい。私に次、怪力だとかなんとか言ったら本気で吹き飛ばすわよ」
「……あの俺は」
「ゴメンね、クライス君の方はついでに撃ったら訓練になるかなあと思っただけよ」
「……はあ、ついでであの威力なんですか」
間違いなくあれは中級程度の結界魔術でなら防ぎきれない代物だ。……あれはさすがに危険すぎるよね。七賢者にとってすれば、あれでついでの威力なのか……
「それで何をそんなに焦ってるんだい」
「シーリアの町で安売り市やってるのよ。人数制限がかかるものもあるから、人手が欲しいのよ」
「ああ、なるほど」
「えっ、でも七賢者の皆さんって、そうとう稼げるんじゃ」
「今の時代はもう表に顔出せないから、魔物の素材や魔法素材を売りに出すぐらいしか手がないのよ。それでも遊んで暮らせるほどのものを売りはらったら……」
「怪しまれるとかですか」
「違うわよ。冒険者ギルドの勧誘がうるさいのよ」
「ああ、なるほど」
そういう話を聞くと、やっぱり街で目立ちすぎる前に……もう十分目立った気もするけど、早めに師匠の家に来たのは正解だったな。
「それじゃあ、行くわよ」
「拒否権はないみたいですね」
「そうだな。私たちが二人掛かりで抵抗しても、本気でやらなきゃ負けそうだし」
「というかそこまでいったら死人が出ますね」
「そうだな……諦めようか」
「そうですね」
「二人とも、何をブツブツ言ってるの。行くわよ」
師匠と愚痴っていると、目の前で白竜に変化したセーラさんが声をかけてきた。俺と師匠はそれに促されて、その背中に飛び乗った。
「そういえば、セーラさんの服って白竜になったときはどうしてるんですか」
「一番上に着ている白のローブはもともと白竜の毛皮を使ってるから、白竜の能力で毛皮に戻せるのよ」
「中に着ていた服は?」
「変化する瞬間に<変異空間>の中に入れるのよ、で戻る瞬間に再び着るのよ」
「ということは今、セーラさんは……」
「……<超新星爆撃>」
「うおう……なっ、何するんですか師匠」
俺が現在のセーラさんの様子を想像していたら、何に感づいたのか、いきなり師匠が超越級星魔法を放ってきた。……けっこう本気なやつを。
「君こそ今、何を考えていたのかな」
「いや……それは」
「二人とも、もう着くから上空で上級魔法なんて撃ち合わないでよ。騒ぎになるから」
「ねっ、師匠。止めましょうよ」
「クライス君、後でどうなるか分かっているね」
「そろそろ二人とも静かにしてね…<召喚 不可視の妖精>」
一触即発の空気を出していた俺と師匠だったが、セーラさんが冷たい声で詠唱を始めたので黙った。するとその詠唱と同時に空間が歪んだ気がした。
「これって、周りからの光を歪めて、外から姿を見えないようにしてるんですか」
「そうよ。こうでもしないと白竜なんて目立ってしかたないでしょ」
「昔はこういうのはセーラの<召喚>の専売特許だったからね」
「そうね。まあ今では特殊なもの以外は再現できてるじゃない」
「魔術ってほんとに概念さえあれば、なんでもできるんですね」
「そうだね。だからこの間言ったろ、君なら魔法ぐらい簡単に作れるって」
「いや、そうなんですけどね。ところで用途に応じて自在に展開するとかできるんですか」
「まあ、新規の魔術は魔法情報を別空間から引き出すプロセスが難しいせいで、即興で作るのは難しいからねえ。必要な情報は先に用意しておかないと無理……ただ君クラスなら不可能ではないけどね」
「はあ、なるほど」
だから師匠は俺に新しい魔術を作っておけと言っている訳か。確かに未知の魔力情報の引き出しにはかなりの魔力が必要だろうしな。
「まあこの話は、あくまでその情報を引き出して直接現象にする場合であって、情報そのものを読みだすのは大変なんだけどね」
「へー」
「さて、そろそろ着きそうだから話はこれぐらいにしておこうか」
「了解です」
「ええ、もう着陸するわよ。……そのまま戻るから二人とも降りてね」
「えっ、戻るって」
「いいから、行くよクライス君…<転移>」
セーラさんの言葉の意味が分からず、長考に入りかけた俺を抱えて師匠がそのまま前方の地面に<転移>で飛んだ……ところでようやくさっきの話を思い出した。
「戻るってそういうことですか」
「そういうことだよ。クライス君、今振り返ったら殺すからね」
「さすがにしませんよ。第一、僕は詩帆一筋ですし」
「そうだったね。……すまない、過剰反応しすぎた」
「いや、いいですけど。というか逆に落ち込まれると面倒というか……」
「終わったわよ。って、二人とも何かあった?」
過剰反応しすぎた師匠のせいでセーラさんが若干引いていたこと以外は普通の空の旅だった。
「クライス君は卵と野菜を買って来て、あなたは肉と魚ね。あっ、必要なものはメモの通りだから。じゃあ私は布地見てくるから、後はよろしくね」
人でにぎわう市にたどり着くと、セーラさんは俺と師匠に買い物メモを渡して、忽然と姿を消した。
「……消えた」
「ああ、いつものことだよ」
「そうなんですか。というか俺、あんなに奥さん方でごった返している店内入りたくないんですけど」
「私もだよ。ただ後でセーラに文句を言われる方がきついだろ」
「そうですね……仕方ないか。ついでに魔法のネタも思いつきそうだし」
「ああ、そうしたまえ。さてと、じゃあ幸運を祈ろう」
普通に嫌だが、セーラさんに怒られる方が怖いし、前世でも最後の一年間は割と自炊してたおかげで買い物自体にも慣れている……ただ。
「この異常な人込みは何なんだよ」
セーラさんが卵の品質が良いからと指定した十畳程度の商店は、人が圧死しかねんばかりに詰め込まれていた。
近くに落ちていた剥がされた店頭広告によると、卵10個を10アドルという破格で売っているらしい。ただし制限は一人一パックで先着が……
「200名限定。やばい早くしないと無くなるよな。……かといって今さら普通に入っても卵なんて買えないし……待てよ、俺には魔法があるじゃないか」
俺は少しズルをさせてもらうことにした。まずは自身に闇魔法第五階位の<隠蔽>をかける。姿を消したところで、俺は風魔法で高くジャンプして、一気に客の頭の上を風魔法で加速してくぐり抜ける。
最後に卵の売り場の手前が少し開いたところで、そこに<転移>してから自身の周囲に結界を張り、卵に手を伸ばしたが……
「売り切れです。ただいま卵2000個売り切れました。またのご来店お待ちしております」
惜しかった。俺が取ろうとした瞬間には10セット程度はあったのに、俺が手を伸ばす前につかみ取られた。……俺は身体能力強化まで使ってたのに。
「はあ。仕方ないか、近くの店で少し高いけど卵買って行こうか」
「おい、金を出せ。この女がどうなってもいいのか」
意気消沈して店を出ようとした俺の後ろから聞き覚えのある言い回しが聞こえた。慌てて振り返ると、剣を持った男二人組が女性店員の首に剣を押し付けて店長に金をゆすっていた。
その男たちを見て、周りの客たちは一斉に逃げ出した。俺はとっさに<空中歩行>を唱えて、上に飛んで客の流れをやり過ごす。と、同時に男たちに魔法を放とうとした。
「……ダメだな。この距離じゃ、女性まで巻き込む。うまく当たらなかったとしても、あいつらの意識を刈り取ったら剣がどう動くか。……あいつらの体を拘束して、なおかつ剣を固定するには……」
そしてすこし変わった方法を試してみることにした。
まずは風魔法を利用してあいつらの足の周りの気圧を徐々に下げていく、と同時にあいつらの剣から床までの間に雷魔法を利用した磁力線のレールを形成していく。
「さてと、準備が整のったところで……新魔法<真空空間>……<超電磁砲>」
その言葉と同時に男たちの剣が瞬間的に音速に達して、床に突き刺さった。発生する衝撃波は風魔法で相殺したので、店長の女性の髪や服が少々揺れた程度だった。そして遅れて、男たちの足が内圧によって吹き飛んだ。
「ウギャ」
「痛えよ……だ、誰がこんなことを」
「……一体何が」
「あれ、魔法よね」
強盗二人組が倒れて、野次馬たちが騒ぎ出した段階で俺は何食わぬ顔で前に出た。
「すみません、僕見習い治癒術師なんで、止血だけでもしましょうか」
「ああ、是非。衛兵が来る前に死なれても面倒ですし」
「分かりました。…<治癒>」
そのまま師匠が効き目は良いが、傷口にまくと死ぬほど痛いと評判の薬草を巻き付けてから衛兵に引き渡してやった。
「ああ、いい仕事した。……ついでに魔法のアイデアも浮かんだしな。やっぱりストレートに危険な物理現象を魔法で凶悪に再現するのが強いんだな。よし、満足したし……何か忘れている気もするけど、野菜を買って戻るか」
その後、卵を買い忘れた件で一人で師匠の家から買い出しに行かされた。
研究思考にはまると他のことを忘れる癖を早く無くしたいと思った日だった。
最近、魔法の説明が分かりづらいと自分でも思ってきたので、そのあたりの意見を感想欄にお願いします。
さらに作者一人で校閲できる量を超えてきたので、誤字・脱字の指摘も是非お願いします。




