第二十五話 師匠と弟子は似る
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
「助かったー。いやあ、生きてて本当に良かった」
光の中から現れた師匠は涙ながらに生還を喜んでいた。……が、俺は後方からの怒りの圧力に押しつぶされそうになっていた。
「……あの、師匠」
「……んっ、クライス君。よくも私を監禁してくれたねえ」
「それをやったのはセーラさんです。後……」
「後……なんだい」
「後は僕の後ろにいる方に任せます」
「へっ、後ろ……セーラ」
そう、俺の後ろではセーラさんが師匠を睨み続けていた。この怒気に気づかない師匠の鈍さにはある意味、尊敬できる。
「セ、セーラ……な、何かしましたっけ、僕……」
「それは、周りを見てから言ってくれる」
「周りに何があると……確かに、問題がありますね」
セーラさんの言う通り、周囲は師匠の魔法の余波で結構滅茶苦茶だ。魔法の本体に関してはセーラさんが拡散したものを含めてすべての光線は防ぎきっていた。だがそれに付随する衝撃波までは完全に殺しきれるはずもなく、壁紙にひびが入っていたり、物が散乱していたりと師匠の家はかなり散々な状態になっていた。
「……いや、でもね。一応僕は監禁されていたわけだしね」
「はあ、それ自体自業自得じゃないのよ。第一、もっと穏便に空間をつなげる魔法ぐらいいくらあるのに、あんな攻撃的な魔法を使う必要はないでしょう」
「うっ、それは……」
そんな夫婦喧嘩の様子を見ながら俺は思わず微笑んでいた。
「ク、クライス君。人の不幸を笑うのは趣味悪くないかな」
「違いますよ。……少し懐かしく思っていただけです」
「……懐かしく。ひょっとして奥さんの事」
「はい。俺もあんな感じでよく怒られてましたから」
「……そうか。なんとなく分かるよ」
「ええ、今だけは師匠の気持ちが分かります」
詩帆は気も強かったし、なにより俺達が中学生の頃からできている上下関係は崩れていない。交際期間も新婚期間も挙句の果てには入院してからもそんな感じだった。そしてそんな風に彼女と言いあうのは楽しかった。大切な会話もいろいろしたけど、無駄話の方がもっと多かった。
ああ、あのころは……
「クライス君……泣いてるの」
「へっ……あっ、本当ですね。……ちょっと感傷に浸ってたんですかね」
「もう、クライス君。かわいい」
「えっ、ちょっと。セーラさん何で、抱き着いて、ちょっ」
「クライス君、私たちの養子にならない。かわいすぎる」
「いや、僕、一応貴族の息子ですからね。……というか、師匠助けて」
「……さっき、私が助けろって言った時に君がした行動を私はとるよ」
思わず流してしまった涙のせいで、なんだかものすごくカオスな状況になってしまった。
……な、何かこの状況を止める切り札的言葉は……
「セ、セーラさん」
「何、クライス君」
「あの、お二人は結婚されてるんですよね」
「一応ね。それがどうしたの」
「あの千年も生きてたってことは子供さんは……」
と、言った瞬間セーラさんの顔が曇った。それと同時に拗ねていた師匠の顔も真面目な顔に戻った。
「あの、言っちゃいけないことでした、か。ひょっとして夜の営みとかしないクリーンな関係を千年続けてらっしゃるとか……」
「そんなことあるわけないだろ。あれだけ美人のセーラを好きにできるのに毎日手を出さ……」
「ス、ストップです、マーリスさん。……それ以上、言わないでください」
「わ、悪い」
二人とも動揺しているせいか、口調が昔のに戻ってる。特にセーラさんの印象は正反対になってるところをみると、かなり恥ずかしいんだろうな。……しかし、毎日か。
「とりあえず落ち着きましょうか、師匠、セーラさん」
「すまないね」
「ごめんなさい、つい反射で」
「それで、子供ができないのにはやっぱり何か原因があるんですよね」
「ああ、いろいろと調べたんだがね。どうやら原因は私たちの魂が凍結されていることのようだ」
「つまり、魂が固定されることによって身体状況も固定されると」
「そういうことだね」
まあ魂魔法自体が世界の理を塗り替えるような物だろうから、副作用としては軽いものだろうけど。子供好きそうなセーラさんにはかわいそうだな。養子を取ろうにもここの環境は悪すぎるし。
「山を下りて、養子をとるっていう選択肢はなかったんですか」
「なかったね。私たちは年を取らないから」
「……子供を先に死なせるのもそうだけど、親の容姿が一生変わらないのは不気味でしょう」
「……ですね」
「そういうことだから、クライス君」
「は、はい」
「早く魔神を倒して私たちに魔法を解除させてくれよ」
「が、頑張ります」
そうだよな。二人の魔法が解除できるのなら魔神さえ倒してしまえば、その後どうするかは自由なのだ。
「というわけで、この話は終了。……さて部屋を片付けようか」
「あら、あなたにしては妙に素直ね」
「たまには妻の言うことぐらい聞くよ」
「たまにじゃなくて、いつも聞いてよね」
「……はい」
「プフッ……師匠、やっぱり奥さんの尻に敷かれてますね」
「うるさい。くそ、絶対君もそうだろ」
「さあ、どうでしょうか……」
などと和気あいあいと掃除を進めるとあっという間に終わった。今回はセーラさんが多数の小さな妖精を召喚して人手を増やしていたのもあるだろうけど。
そうして掃除が終わった後、割れたティーセットを師匠が修復した。それを見て、その魔法を教えてくださいと言ったら、師匠がこんな質問をしてきた。
「さてと。で、結局第九階位までのすべての魔術は覚えたのかい」
「紙に書いてあったものは全て。後は、治癒魔術関係がいくつか残ってますけど」
「いや、それぐらいならいいよ」
「えっ、全部覚えないと超越級の魔法は無理なんじゃないんですか」
「別に全部とは言っても、細かいものまですべて必要なわけじゃないよ。後、君がここにいられる期間がどれぐらい残っていると思っているんだい」
「……まだ四年以上、ありますね……」
「そういうことだね。だから焦らなくてもいい。今はざっとやっておけば君なら四年もあればなんとかなるから」
確かに一通りの魔法は習得しているからそれを鍛える時間もある。その話はもっともだな。自分で思う以上に焦っていたらしい。
「さあクライス君、お茶でも飲んで落ち着きなさい」
「あっ、ありがとうございます」
「じゃあ早速、クライス君には超越級魔法を学んでもらいます」
「……いきなりすぎませんか」
「大丈夫だよ。あっ、ついでに七賢者が使っていた特殊魔法も叩き込んでいくから」
「そんなことできるんですか」
「できるよ。君の魔力質はこの世界の本来の魔力質に非常に近いものだからね」
いきなりの超越級魔法習得の話に加えて、聞き覚えのない重大事実を聞いた気がする。
「ちょっと、待って下さい。聞いてませんけど」
「あれ言わなかったっけ。まあいいや、説明しよう」
「ホントに、そういう重大事実は早めに言ってくださいよ」
「ごめん、ごめん。でね君の魔力が世界本来の魔力の性質に近いのは、君が転生の際に魔力空間を通ったからだと思うよ」
「ああ、なんとなく納得しました。それで世界の魔力に親和性が高いから、もとからある魔法なら簡単に扱えると……」
つまり俺の魂が次元間を通ったときに世界の魔力に付け込まれたから、俺は魔力が多くてなおかつ魔法を扱いやすいという訳だな。……たぶん詩帆も似たようなチート持ってるんだろうな。
「だいたい君の言った通りだけど、もう一つ付け加えると君個人で新しい魔法の創造はできるから」
「……確かに、イメージ通りに魔法情報を組み上げる師匠たちの魔法使用法を体得している俺なら可能だということは分かりますよ。で、それと超越級魔法がどう関わってくるんですか」
「超越級魔法って特殊な感じに聞こえるけど、ただ単純に上級より扱いが難しく、汎用性がない魔法のことだから」
「つまり、模造魔法にしてない魔法のことですか」
「そういうこと」
「ちなみに私の<召喚>も超越級にある第十一階位魔法よ」
「そこでだ、それぞれの魔法を解説していこうか」
そう言いながら師匠は傍らにあるレポート用紙の束を机の上に広げた。
「じゃあ超越級魔法を教えて行こうか。まず私が過去に多く使っていた超高威力の属性攻撃魔法。あれらは全て第十階位以上の超越級魔法だ」
師匠の示すページを見せてもらうと、光魔法第十階位<七柱の神撃>に星魔法第十一階位<超新星爆撃>だのなんだか……
「なんか、厨二くさ……破壊力が高そうな魔法ですね」
「ちゅうに、という言葉の意味はよく分からないけど、なんかバカにされた気がするんだが」
「気のせいですよ」
「まあ、いいよ。とにかく超越魔法とは三属性以上の合成魔法であるか、単一属性であってもその効果や範囲などが強大であるために、一般に広められなかった魔法だ」
「なんて、クライス君相手に綺麗な言い方しないでいいんじゃないの」
「うーん、まあそうか」
「えっ、どういう意味ですか」
「別に難易度という面でいうならほぼほぼ上級と変わらないものも多かったんだ。実際は私たちが魔法情報を張り付けきれなかったのと、それを指導する時間がなかったことだね」
「まあ、一番の要因は下手に悪用されると取り返しがつかなくなるからというのが大きいのだけどね」
そう思って、魔法説明を見ると確かに効果範囲や威力などが普通の合成魔法とも比べ物にならないものが多い。確かに悪用すればこの世界の戦争・紛争レベルでなら圧倒的、というか壊滅的な被害を出すことができるだろう。
「……ということは、逆に魔神の影響で超越級魔導士がほぼ出なくなったのはラッキーだったのでは」
「そうだねえ。この間も言ったように超越級魔法は鍛えれば、大魔力で天変地異級の魔術も起こせるし、小さな魔力で上級魔法を打てたりする。……その汎用性は便利なんだけどねえ」
「まあ、今の世界のパワーバランスは崩壊するでしょうね」
「それぐらいならまだマシよ。分かってるとは思うけど、例えばクライス君」
「は、はい」
師匠が話す横から割り込んだセーラさんが、俺に迫ってきた。あまりの美人度に思わずうろたえる俺にそのままこんな質問を投げかけた。
「まずあなたの魔力が世界最高峰。もっと言うなら私達以上だということは分かっているのかしら」
「師匠の話から魔神クラスだということは……」
「そう。じゃあ、その魔力で超越級……というか魔力を利用してこの星を物理的に破壊できると思う?」
「……あくまで、空論ですけど、土魔法で巨大な隕石を作って、それを電磁力で加速させて、星の中心近くまで叩き込んで爆発させればできる気がしますけど。……自身の魔力量でどれだけできるか分からないですし」
「一つ口を挟ませてもらうと、たぶん君の魔力量ならきちんと修練すれば、その程度のことはできると思うよ」
「……その程度って……」
「あら、メビウス君は膨大な魔力さえあれば、魂の循環と命の有限性というこの世界の理まで塗り替えられることを証明してるわよ」
「……超越級魔法は万能……か。よく分かりましたよ。この世界の魔法の地位が高い訳が」
昔の想像通りという訳だ。紛れもなく超越級魔導士にとってみればこの世界など小さすぎるのだろう。だからこそもし、俺のような存在がいたとすると……いや、いた。
「ようはその最悪の存在が魔神、というわけですか」
「ああ。だからこそ私が君を確保したかったわけが分かるだろう」
「ええ、俺みたいな存在が自力で超越級魔法に達していればとんでもないことになっていたでしょうから」
「そういうことね。だからこそ君は絶対に闇に落ちないでよ」
「分かってますよ。それで攻撃魔法についてはよく分かりましたけど」
「ああ、次は補助、治癒、その他と言ったところかな」
そう言いながら、師匠はレポートの束の中から一枚を抜き出した。
「補助魔法系統だと、メビウスが専門だったんだが、封印した理由を簡単に言うと、ものによってはそれなりの魔力や体力がないと、使用と同時に死亡するぐらい効率が異常だったんだよね」
「ああ……なるほど」
「確か、体力強化系統の<鬼人化>をワイバーンで試したら戦闘中に全身の臓器が破裂して血まみれで倒れたから、二度と人には使えないとか言ってたっけ」
「そういえば、この<魔法威力超越>もAランク級の魔術竜に使ったらブレス一発で魔力切れして討伐できたって言ってたな。後、この魔法を人間で使えるのは七賢者相手だけだとも」
「なるほど、メビウスさんってかなりマッドな方だったんですね……」
俺も人のことは言えないな。というか、威力が高すぎて人に使えないって意味ないじゃん。
「あっ、ちなみに言っておくけどあいつはあくまで全開で補助しないだけで、この間話したと思うけど、威力落としてああいう魔法を常用してたからね」
「ああ、それなら……」
「ただ、たまに操作ミスって、味方の兵士の足が破裂してたりとかもしたなあ」
「もちろん、すぐに私が治療したけどね」
そんな風に一日、様々な超越級魔法を聞いて……半分以上、無駄話だった気もするが。
ともかくその日の最後に俺は超越級魔法を自作することに決めた。前世の科学知識も盛り込んだエグイ物を。えっ、だってせっかく手数が増やせるのに、作らないなんてもったいないし。……それに、どうせなら実験したいしね。
こうして、しばらく前世からの研究者本能がうずいて仕方ない俺だった。
アクセス数がガクッと減って心が折れそうです(笑)
作品の質を上げていかねば(本気)




