第二十一話 魂魔法と滅魔法
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砕け散った魔法陣の上で、メビウスはことの全てを話しだした。
「まず一つ、俺たちの中に魔人と内通していたものがいた」
「はあ、そんな訳があるわけが……」
「ないって、言いたいんだろう。落ち着け、俺だってそう思った。けど、事実なんだ」
一瞬で頭に血が上って冷めた。メビウスの性格を顧みるに、勘だけでそんなことをいうはずがないからだ。
「それで、誰なんだよ」
「そこまでは分からなかった。ただ、明らかに怪しかったことがいくつかあったんだ」
「なんだよ、怪しいことって」
「俺が不自然に思ったのは、俺達が行った場所の魔人や魔王の発生率が高すぎるんだ」
それは俺も分かっているが、それはただ単純に俺たちに向けて魔神が魔王たちを仕向けていただけなんじゃないだろうか。そう言うと、メビウスは当然のような顔をして言った。
「もちろん、その可能性も考えた。だけど、その個体の中に攻撃能力もないのにこちらに近づいてくる個体がいた」
「そんなもの、ただ単純にバカな個体だったじゃ」
「バカな個体はあんなに流暢に「次の魔王の大量発生は西方で起こる」、なんて言わないよ」
「でも、それだけじゃあ根拠はないだろ」
「それが大きな手掛かりになった」
メビウスの大きく裂けた腹部からはかなりの量の血が流れていたが、少しは出血量を抑えているようで、激しく噴き出してはいなかった。それでも、だんだんとろれつが回らなくなってきているようだったが。
「次の日の集まりで東方に行くことが決まった。その時、その意見を誰が出したか誰も覚えてなかった」
「そんなもの、偶然忘れてただけなんじゃないのか」
「僕は会議の直後に聞いたんだけどね。多分、その内通者が認識疎外の魔法でもかけてたんだろうね」
そうなると本当に内通者がいたのか。そうだとすると、今日の魔法の失敗は……
「……その内通者のせいなのか」
「半分正解で、半分不正解かな」
「どういうことだ」
「魔神が魔法陣に干渉してきたのはその内通者のせい。ただ、魔法陣が吹き飛んだのは俺のせいだ」
「はあ」
出血量が増えてきて頭がおかしくなったのだろうか。
「お前、あたま……」
「狂ってないよ。魔神の干渉を予想して考えられる妨害には手を打っておいた」
「あの魔法陣をいじったてことか」
「要はね。ただ、あれ以上はいじれなくてね。僕の体にお前に説明するだけの時間を与えるのと、セーラさんの精神体へのダメージを軽減するので精一杯だったよ。まあ、あともう一つやってたんだけど」
「つまり、セーラはまだ生きてるのか。だったらすぐに治療を」
「待って、クライス。セーラさんは、まだ大丈夫だ。だから最後まで話を聞いてくれ」
俺を引き留めたメビウスの手は死人のように冷たくて、一瞬で我に返った。
「お前、大丈夫なのか」
「心配するなら話を聞いてくれ」
「ああ、分かった」
「魔神の内通者がいることが分かってから、魔神を倒すためと、もしこんなことになったときのために四つ魔法を作ったんだ。いや、魔法陣の改造を含めると五つか」
そう言いながら、メビウスは血まみれの手を懐に入れて、三枚の厚紙を取り出した。
「これには二つの魂魔法の術ともう一つ、滅魔法の術式が書いてある」
「こんまほうと、めつまほう。それをどうすればいいんだ」
「詳しいことはそれに書いてある。僕の遺書みたいなものだ。ほんとはもっと早くに渡したかったんだけど、内通のことをばらしたら七賢者全員を殺害するって手紙で脅されてね」
「全員に相談すればよかっただろう、そんなこと」
「そんな賭けには出たくなかったんだよ。もし、俺達以外の全員が魔人の手先だったらどうしようもないだろう」
「そうか、分かった。それで話は終わりか」
「ああ、まだ話したりないけどね」
そう言って、メビウスは地面に背中を預けた。
「マーリス、俺は多分死なないから。セーラさんのところに行ってあげな」
「ああ、分かった」
「<魂の変換>って言う魔法の項を読めば、全て分かるよ。じゃあ、セーラさんによろ……マーリス、逃げろ」
メビウスが叫んだ瞬間、俺の方に魔力弾が向かってきた。そのまま茫然と硬直する俺の背中に何かが突っ込んだ。
「マーリス、行け」
「……メビウス」
一瞬で俺を押し出したメビウスの体が吹き飛んだ。魔力弾の軌道をたどると、そこには消えかかった魔神の姿があった。
その直後、俺はそれに向かって行こうとした。だが、それを止める声がした。
「(マーリス、聞こえるか)」
「メビウス、生きてるのか。どこだ」
「(落ち着け、今はお前の心に直接語り掛けてるんだから、姿は探さなくてもいい)」
「分かったよ……そうだ、セーラ」
「(気づいたみたいだな。早くしろよ、手遅れになるぞ)」
メビウスの声にせかされるようにして、セーラのもとに駆け寄る。
「セーラ……、おいメビウス、ほんとに大丈夫なのか」
「(言ったろ、僕が守りきれたのは彼女の精神だけだ)」
「じゃあ、どうしろと。肉体は死んでるんだろ」
「(ああ、両方共を守るとなると、術式のキャパ的に無理があったからね。そこで魂魔法だ)」
俺はすぐさまメビウスから渡された厚紙を読み始めた。
「<魂の変換>、これか」
「(ああ、急げ。とりあえず、セーラさんの体をダメージの少ない白竜の遺体の横に寄せろ)」
メビウスの言う通りにセーラを抱きかかえ、白竜のもとに運ぶ。
「(できたら、その紙に書いてある魔法陣をセーラさんと白竜に転写しろ)」
「ああ、<魔法陣 転写>」
二つの魔法陣が正確に転写されるのを見て、俺は重大な事実に気づいた。
「メビウス、この魔法陣を動かそうと思ったら、俺の全力の魔力でも足りないぞ」
「(だろうね、今のこの場所の環境魔力がなければね)」
「やっぱり、さっき言ってた魔法陣の改造って魔神を魔力空間に閉じ込めるためのものだったのか」
「(そうだよ。まあ詳しいことはその紙にも書いてあるから……とにかく今は急ごうか。魔力が霧散したらおしまいだよ)」
「ああ、分かった。じゃあ、行くぞ」
「(どうぞ)」
「<魂の変換>」
その瞬間、膨大な魔力が魔法陣に注ぎ込まれ、俺の視界が白に染まった。
「おい、メビウス。ほんとに大丈夫なのか」
「(ああ。ほら、見てごらん。成功だよ)」
メビウスの言葉で、目を開けると……セーラが二人いた。
「どういうことだ」
「(簡単に言うと、白竜の体にセーラさんの魂を入れ替えたんだ。そして、白竜がいた場所にいるセーラさんは白竜の人化状態だよ)」
「ってことは、セーラは助かったのか」
「(ああ、そうだ。跳ぶ前に何とかなってよかったよ)」
「んっ、どういう意味だ」
すると、今度はメビウスのいた場所が光りだした。
「何する気だ、メビウス」
「(ちょっと、旅に出てくるよ。そうそう、ちゃんと魔法の解説は読んでおいてね)」
「おい、だから説明しろ」
「(お別れだよ、マーリス。セーラさんにもよろしく)」
「お前、まさか、し……」
「(だから、落ち着けって。死なないから。それじゃあ、また1000年後ぐらいに会おうね。では……<魂転流停止>)」
その言葉を最後に、メビウスの気配は消えた。
「おい、メビウス。どこに行ったんだよ……返事、しろよ」
こうして、俺の親友であり天才魔術師であったメビウス・コーリングは俺たちの前から消えてしまった。
また会おうという言葉と謎の詠唱、そして3つの魔法を遺して……
師匠はそこまで語りきった後その場に崩れ落ちた。よっぽど心理的なダメージは大きかったようだ。
「あなた、大丈夫ですか」
「師匠、治療魔術かけますよ、<快癒>」
「ああ、悪いね………うん、もう大丈夫だ」
辛そうにしていた、師匠の顔色が戻るまでの間をおいて俺は続きの話を聞いた。
「それで、その後は」
「セーラの意識が戻った後、メビウスの魔法説明の続きを読んだんだ」
「もう一つの魂魔法と滅魔法についてですか」
「ああ、まあ遺書代わりと彼が説明した通り、私達へのメッセージなんかも書かれていたが……まあ君には見せた方が早いだろう」
そう言うと、師匠は奥の部屋に行ってしばらくしてから手にぼろぼろの紙を持って出てきた。
「これがメビウスさんの遺書ですか」
「ああ、読んでも構わないよ」
「では、失礼します」
中身は魔法の説明が3割、師匠たちへの遺書や今後の説明などで7割程度が割かれていた。魔法について書いてあった内容を要約するとだいたいこんな感じだ。
「マーリスへ
いろいろと言いたいこともあるだろうが、ひとまず魔法の説明を見てくれ。
<魂の変換>
他人の精神|(魂)を他人の肉体に移し替える魔法だ。下の魔方陣をセーラと肉体が無事な竜との間で使ってくれ。
<魂減少停止>
膨大な魔力を使って、本人の老化というか変化を止める魔法だ。これも下の魔方陣を魔人を討伐した後の場所で使え。それ以外の場所だと魔力が足りない。魔法陣は1000年少々、魂の老化を止める術式になっている。
<滅魔法 世界滅亡>
威力だけは異常な魔法だ。とにかく魔神を消滅させるためだけに作った魔法なので周辺被害は考慮しない。未完成だが研究データと一緒に渡すから何とかしてくれ。
上の魔法を使って、1000年前後で復活するだろう魔神を止めてくれ。俺はもう一つの魂魔法で情報を集めてみる>
まあ、魔法に関する説明はそれぐらいで、後はただひたすら思い出が綴ってあった。これ以上読むのは師匠たちに悪いだろうし。
「とりあえず、読みましたよ」
「おお、早いな」
「前世の仕事柄、速読は得意なんです」
そう言いながら、師匠にメビウスさんの魔法説明を返す。
「この魔法が師匠とセーラさんが1000年前から生きている訳ってことですか」
「そういうことだね。まあ、生きているというよりは魂の時間の流れが止まっているということだね」
「だから、肉体が変化しないということですか」
「まあ、基本的にはね。ただ、食事をしなければやせ細るし、傷を負えば死ぬこともある」
どうやら、老化を止める魔法ということのようだ。にしても……
「そんな世界の理に逆らうような魔法を作れるんですね」
「普通は無理だよ。この世界のどこを探しても完全に不変の物などないから、魔法を構成するほどの魔法情報を収集できないからね」
「天才……ですか」
「ああ。メビウスは紛れもない天才だったよ」
そう言いながら師匠は闇に包まれた窓の外を見て遠い目をしていた。
「さて、今日はもう遅いし細かい魔法の説明なんかは明日にしようか」
「はい、そういえばこの世界の時間って」
「そういえば説明していなかったね。私たちが昔、魔法情報を張り付けていた時に時間の概念を作ったんだ」
「そうなんですか。そんなことまでしてたとは……」
「まあ、あくまで偶然の副産物よ。この人もあの頃は概念をよく理解していなかったから」
「……頼むから弟子の前でこれ以上威厳を無くさせないでくれないか」
「もう落ちるところまで落ちてます」
「………クライス、明日どうなっても文句を言わないでね」
とまあ、半ギレの師匠の話によると。60秒で1分、60分で1時間、1日は24時間らしい。地球とまるで変わらないが、魔力情報を活用したそうなので、おかしくはない。ちなみに1年は360日、12か月だそうでこれも地球とほとんど変わらない。ただ春は1月から始まるそうで、そこだけは違和感があるな。
「さて、こんなところかな」
「ありがとうございます」
「クライス君、寝る前にお茶はどうかしら。魔法薬を混ぜてあるからぐっすり眠れるわよ」
「あっ、是非いただきます」
こうしてとってもおいしいお茶を堪能した俺は案内された部屋のベッドに入ると、そのまま眠りに落ちていった。
次の日からの魔法の修業を夢に見つつ………
次話より改めましてクライスの修行編です。
八月中は毎日更新を頑張ろうと思いますので、どうかお付き合いください。




