第二十話 平和な時間は終わりを告げて
いつも読んでくださる方、ありがとうございます。
無事に秘境から帰ってきましたので、投稿時間を戻します。
「マーリスさん、ひとつ言わせてもらってもいいかしら」
「な、何だい、そんなに改まって」
「あのねえ……」
師匠の話がひと段落したタイミングでお茶を沸かしてみた。うん、味は紅茶に近いかな。いや、少し甘味が強いかな……
「やっぱりこっちの世界でも味覚は変わってないな。好き嫌いは肉体より記憶へのかかわりが深いから……まあ当然か。でも、やっぱり紅茶より緑茶だな。この世界には緑茶もどきはあるのかなあ」
……なんて、俺がのんびりとティータイムを始めた時、一段と師匠の周りの険悪なムードが強まった。
「……いくらなんでもしゃべりすぎよ。いくら、魔神との関係性がある話って言っても、あの頃の私の恋心を赤裸々に語って……恥ずかしすぎるじゃない」
「いや、でもね、話の流れ的に……」
「明らかに必要ない話が多すぎるのよ」
「お、落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょう。だいたい……」
他人の痴話げんかになど関わりたくはないが、このままだと過去の話が進みそうにないので止む無く俺が止めに入った。
「二人ともストップしましょう。あと、それから……」
「クライス君、その通りだよ。さあ、続きの話をしよう……」
「……セーラさん、後で師匠の昔の話を聞かせてください」
「分かった、弟子に師匠の失敗談を話してあげましょう。それでマーリスの件は不問ね」
「………クライス君、裏切ったね……」
「むしろ助けた方ですよ。というか嫌なら、さっさと話を進めてください」
師匠は俺を恨めしそうな目で見ながら大きくため息をついて、魔神討伐戦について語り始めた
「……分かったよ。 ………さっきの話から5年程は私たちの周りは平和そのものだった。その年に魔神が復活するまでは……」
最近、妙に魔人の数が増えてきた。隣国では数体の魔王の同時発生も確認されているらしい。大賢者様の言うところの魔神が出現する時期が来たのだろう。
「………やはり、魔神が出現するんですか」
「……おそらくな。魔神がこの世界に現界できるレベルの負の魔力エネルギーは発生しておるじゃろうし」
「魔神の発生するタイミングを抑えることはできないんですか」
「魔人や魔王を減らせば……可能性はあるじゃろうが、効果は薄そうじゃな」
魔神出現の兆候が見えだしたのは、ちょうど魔法使用の効率化と民衆の自衛力増強のために行った魔法情報の貼り付けが終わってすぐのことだった。俺たちは毎日、部屋に集まって魔神討伐の方法を模索していた。
「ではやっぱり、魔神を直接叩くんですか」
「それでは危険性が高すぎる。私とメビウスが同時に結界を張ってもほかのメンバーの魔法だけでは抑えきれない」
「それは、あくまで大賢者様が魔神の眷属の魔力量から予測した値でしょう。それならあの魔法を効率化して……全魔力を注ぎ込めば」
議論は白熱しているが全く話は進んでいない。大賢者様以外はその強さが正確には分からないからだろう。
そもそも魔神が発生するという予測もあくまでそれに類するものが出現するという予想でしかないし。
「なら、折衷案はどうなの」
「つまり限界まで魔人や魔王を狩って数を減らしてから魔神を討伐するということか」
「それなら行けるやもしれん」
「大賢者様そうしましょう。では細部を……」
おっ、どうやら話はついたようだ。俺はあまりこういった話には参加しない、というかできない。メビウスにもよく言われるが、俺の魔法は感覚で使ってるからな。
「じゃあ、魔神討伐の際に使う魔法を考えましょう。僕は大賢者様が作った15階位星魔法が適していると思うんだけど、どうでしょうか」
「良いと思うわ、あれなら浄化能力も破壊力も抜群だし」
「私もいいと思います。星魔法なら私の強力な光魔力が役に立つし」
「破壊力なら俺が一番……」
「クライス、お前は魔法行使から外れろ」
ようやく話に入ろうとした瞬間、メビウスが苛々しげに横やりを入れてきて、思わず頭にきた。
「はあ、なんでだよ」
「全員の魔力を合わせるんだ。お前は魔力のコントロール水準が低い。とてもじゃないがあれだけの規模の合成魔術をやるには足りない」
この23年間でメビウスにこれほど真っ向から自身の魔法を否定されたことはなかった。だからこそ腹がった。
「うるせえよ。第一、魔力と攻撃力ならお前より上だ。コントロールぐらいなら今からどうにでも……」
「その制御力の甘さのせいで、王都をつぶしかけたのは誰だ」
「っつ。それは……」
思えばセーラとの婚約を発表した時ですらここまでキレなかったメビウスが、怒りをあらわにして怒った時点で違和感に気づくべきだった。いや、メビウスからのメッセージに気が付かなければならなかったのだろう。
だが、その時の俺はそんなことにさえ気づかない大バカ野郎だった。
「うるせえよ。だから……」
「さっきから「だから」と感情論しか言ってないぞ。具体的な案を出してくれ」
「くっそー、メビウスてめえ」
「二人ともやめてよ、ちょっとクライス、メビウス」
セーラが止めるのも聞かずに俺は左手に魔力を集め始めた。
「吹き飛べ。<範囲焦……」
「上等だ、<銀世界創……」
「やめんか。<魔力喰らい>」
二人が魔法を打ち合う寸前でグラスリーさんが止めに入った。俺たち二人が敵う訳もなく、あっという間に拘束されて部屋の外にたたき出された。
その後、もう一度俺とメビウスを外して会議が再開された。それでも、最後までメビウスの意見は覆らなかった。結局、魔神戦では遠距離から俺以外の6人の魔力を込めた星魔法で遠距離から狙撃する作戦となった。防御面ではメビウスとスリフが結界を張った上で、俺とセーラの召喚した数体の竜が魔法陣を防衛する。
そこまでをまとめて、後は各自自身の魔法を強化することを目標に2週間の自由時間が与えられた。だが俺は、その2週間をだらだらと過ごした。そしてその間、メビウスとは一言も口を利かなかった。
つまらない意地を張っていたことを後悔することになるとは考えもせずに……
2週間後、俺たちは旅の支度を整え、各地の魔人や魔王の討伐に向かった。
討伐は不思議なくらいにうまくいき、損害もほとんどでなかった。魔王が複数人いても火力にものをいわせて強引に押し切った。
そんな討伐の合間、夜になるとメビウスはどこかに行っていたようだが、当然のごとく無視した。
だけど、一度でいいからついていけばよかったと後で後悔した。
そして、そんな平凡な日々は唐突に終わりを告げた。
「大賢者様、大陸中央部で魔神らしき生命体が出現し、付近の国家が壊滅したとの連絡が」
「遂にか、被害状況は、正確な場所は」
「はい、現在は大陸東部付近の……」
大陸の南部にいた俺たちのもとに魔神出現の報が届いたのは旅を始めてから1カ月後のことだった。
「いくらなんでも早すぎるんじゃ」
「正確な出現時期は読めていない。だからおじいちゃんの予想もそう外れてはいない」
「ともかく急がないと」
「わかってるよ、そんなこと」
俺たちは慌ただしく準備をして1週間後には魔神の現在地から20キロほどのところに魔法陣を展開していた。だけど、そのとき既に大陸東方は壊滅していた。
「やっぱり、遅かったのかな」
「魔神が早すぎたんだよ、きっと」
「そう、だよね」
魔法陣の準備が終わった夜。セーラはそのことを妙に気にして、落ち込んでいた。おれはそんなセーラの話をゆっくりと聞いてあげていた。
「今は、西方を守る事だけを考えよう」
「うん、そうだよね」
そのまま、セーラの瞳を見つめながら俺が彼女の顔に近づいたとき、背後に人の気配がした。
「まさか……」
「あら、そのまま続けても良かったのよ。お二人とも、こんな場所でお熱いことねえ」
「ちょっとラニアさん、いつからいたんですか」
「最初からよ」
振り向くとラニアさんが真後にいた。危なかった。今、流れに乗ってキスしようとしてたし。
「ラニア、また恋愛観察かい。……僕も混ぜてくれよ」
「ジェニスさんまで……」
俺達4人がぎゃあぎゃあ騒いでいる中、メビウスはスリフちゃんとまるで兄妹のように和やかに会話している姿が見えた。そして、俺たちの様子を大賢者様は微笑んで見ていた。
そこには魔神との決戦前夜とは思えないほどの和やかな空気が流れていた。そして、俺は明日もそんな日が続くことを疑ってなどいなかった。
そこまで話して、師匠は一息をついた。
「ふう、クライス君ゴメンね。ここから先の話は少し辛くてね。セーラにもほとんど話したことがないんだ」
「そうなんですか」
「だけど、いつかは話さなきゃいけないことだからね」
師匠の顔色がとても悪く見えた。セーラさんがさっと動いて師匠に魔法をかけた。どうやら精神治療系のものようで、少し師匠の顔色が戻った。
「すまないね、セーラ」
「いいわよ。でも辛いんだったら大まかな事なら私が話すわよ」
「いや、これは僕が話さなきゃいけない。メビウスにあの魔法を託されたのは私だから」
そういった後、師匠は大きく深呼吸をして続きを語りだした。
明朝。七賢者の面々は珍しく、普段は各々に気崩しているローブを制式で着ていた。
「いよいよ、ですか」
「そうだね。修業の成果の見せ所かな」
「俺は外で見張りか……」
俺たちは思い思いに話しながら、魔神が見えるのを待った。
そしてついに、魔神が現れた。距離は約10キロほどだ。俺たちは慌ただしく配置についていく。
「マーリス君、守りは頼んだよ。セーラさんもそろそろ召喚を」
「了解」
「分かりました。<召喚 七竜>
セーラの最高クラスの召喚術によって各属性の性質を持った七匹の竜が魔法陣を囲む。そして、俺も全員が集まっていた魔法陣の上から出た。
「では、スリフ、メビウス君」
「メビウスさん、あなたのタイミングに合わせます」
「分かった。じゃあ、いくよ……」
「「<不変の壁>」」
その瞬間、魔法陣が青い魔力の光によって囲まれた。これで、俺ももう中には入れない。
「うむ、これでいいな。後は」
「俺が魔法が完成するまで、魔神の注意をひきつければいいんですね」
「ああ、頼んだ」
「私たち6人の命はあなた次第だからね」
「分かってますよ」
ラニアさんから始まって結局、全員から激励された。そして最後のメビウスが激励をした後、小声で言ってきてた。
「マーリス。あの時は悪かったな。ただ、お前に任せるしかなかったんだ」
「………俺も悪かったよ」
「……そうか。じゃあ、なんとかなるよな」
「どうしたんだ、いきなり」
「いや、なんでも」
メビウスが去ってから妙に胸騒ぎがしたが、それが何なのかを考えている間に魔法陣が動き出した。魔法陣上の中心に大賢者様が立ち、それを囲むようにして描かれた五芒星の頂点に残りのメンバーが立っている。
「始まったか。じゃあ、俺も集中しますか……あれ、魔神どこ行った」
ほんの一瞬、目を話すと魔神は元いた場所にいなかった。慌てて周りを見渡した。
「どこだ、魔神……いないよな。まさか、消えたのか。いや、まさか……」
振り向いた瞬間、飛んできた石が左足を貫いた。
「グッ、そこか。<七柱の神撃>」
痛みに耐えつつ放った魔法はそのまま虚空に消えた。再び、魔法陣の方を振り向くとそこではどす黒い色をした何かが防御壁に突っ込んでいた。周りを見ると七竜は一体も動いてはいない。
「こんなの勝てるわけないです。大賢者様、逃げてください」
俺がそう叫んだ時、魔神は防御壁から距離を取り、魔法陣に魔力で干渉しようとしていた。咄嗟に阻止しようと魔法を放ったがそれも回避される。
「ちくしょう、当たらない。もう一発<七柱の神……」
「マーリス、もういい。全力で防御しろ」
もう一発の魔法を放とうとした瞬間、メビウスが叫んだ。
「なんだよ、いきなり」
「いいから、早くしろ」
「ちっ、分かったよ。<大地神の慈悲>」
俺が防御壁を張った瞬間、轟音がして魔法陣が、いや空間がはじけた。
崩壊した自身の防御壁の残骸が吹き飛ぶと、そこには地獄絵図が広がっていた。魔法陣の中心にいたグラスリーさんを始め全員、体の一部が吹き飛んでいた。
「セーラ、メビウス、大賢者様。スリフちゃん、ラニアさん、ジェニスさん……」
名前を呼びながら、魔法陣に近づくとラニアさんとジェニスさんが抱き合ったままで胴体を中ほどから吹き飛ばされて亡くなっていた。
「ラニアさん、ジェニスさん……」
小さかったスリフちゃんは粉微塵に吹き飛ばされてしまったのか姿すら見えない。大賢者様は全身がズタズタで蘇生魔法ですら生き返らせられるとは思わなかった。そして、その奥にセーラの姿を見つけた。
「セーラ。しっかりしろ」
「……マー…リス……くん。よかった…無事…だった…んだ」
「もういい、しゃべるな」
「いいよ。もう、長くはなさそうだし」
「……そんなこと、いうなよ」
「フフフ。ゴメンね、マーリスくん。いままで……あり…がとう」
「セーラ………」
それきりセーラは動かなくなった。滲む視界の端でメビウスが動いたように見えた。俺は足を引きずりながら、メビウスのもとへ走った。
「メビウス、無事か」
「無事じゃないけど……よかったよ、お前が無事に生きてて」
「しゃべるな、今から治療してやる」
「無理だよ。全員、お前も含めて魔力はすっからかんだろ」
確かに俺など、対して魔法を使ってもいないのに魔力がほぼ空になっている。
「だから、もう出血量を抑えて時間を稼ぐことくらいしか手がないんだ」
「メビウス……」
「時間がない。だから手短に必要事項だけを話す。しっかり聞け」
「ああ、分かった」
そう前置いてから、メビウスは俺の想像の上をいく話をしだした。
師匠たちの過去編、もう少しだけお付き合いください。
……さすがにクライスの出番、減らしすぎた気がします。




