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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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湊崎雅也の回顧録 ~談~


「で、どこまで知ってるんだ?」

「……湊崎君。あなた唐突に別邸に部屋を貸せとか、人払いをしろと言ったうえで随分と雑に始めるのね」

「詩帆は大体察してるし、お前ら二人の情報網なら大方把握してるだろうから説明を省くのは当然だろう」


花火大会の翌朝。俺は前日に強引に押し込んだ約束通り、桜川の住む邸宅の一室にいた。同席しているのは詩帆と、江藤だ。


「それで改めて聞くが……桜川財閥と、旧江藤重工調査部はどこまで俺の過去を知っている?」

「……結城雅也としてお前が生まれたことと、お前が湊崎になる過程で二桁人間が死んでることだな」

「ほぼすべてだな……あの妖怪、そこまで外部に漏れてて権力保ってるのか」

「まあ権力者なんてそんなもんだ。後ろ暗い話の一つや二つは抱えてる」

「そういうものなのか……それで、桜川の方もか?」

「……精度や詳細は聡介のところより深い自負はあるけれど」

「変なマウントとってくるな。いくらうちでも桜川財閥の情報網に敵うわけがないだろう」


俺の複雑な生まれを、同様に複雑な家系に生まれた二人はほぼすべて把握しているらしい。本当にさすがだとは思うが……


「話が早くて助かるが……変な情報まで抑えてないよな」

「ふふふ……詩帆、湊崎君が浮気してると思ったら声かけてね。どんな手段を使っても証拠をつかむから」

「安心しろ。そんなことはないし、仮に詩帆に秘密を作るなら桜川財閥にすら隠匿できるだけの対策を施すからな」

「おっ、湊崎。浮気宣言か?」

「俺が光の速度を超えるより可能性が低いな」

「あらあらお熱いことね……それで、詩帆。話にはついていけてるかしら?」


無駄話を切り上げて桜川がここまで黙り続けている詩帆に話を向けた。

全員の視線が集まっても詩帆はしばらく無言を続けていたが、唐突に一つ大きく深呼吸をした。直後、俺の方を向いた詩帆は、俺の胸ぐらを強引につかみ上げた。


「し、詩帆。ま、待って、ギブ」

「私、雅美ちゃんの話しか聞かされてないんだけど……」

「いや、その、いろいろと段階があったというか……」

「二桁の死者って何。説明してくれるのよね結城雅也さん」


そう言って俺から手を放して深く腰掛けなおす。笑いをこらえている親友とその彼女は後で詰めるとして、今は内心大混乱に陥っているであろう最愛の人の震えを止めるのが先決だ。


「……雅美の事件については、後で喋るよ。その前に結城家についてから改めて話そうと思うんだが……桜川、あの家の概略ってどんな認識だ」

「なんで私が……」

「概要というか、桜川財閥からどのような認識なのかを聞きたい」

「……結城家。祖は江戸時代に西洋文化を取り入れようと集まった人々に連なる学者集団。その後、明治維新以降の発展の過程で知識人として政府上層部に取り入った」

「大体その通りだな。分家、婚姻関係まで辿ると国内で開学に関わっていない大学の方が珍しい……知識と、それを広める場の利権を持って、政財界にすら大きな影響力を持つ家」

「国立大ですら、結城家の関係者が利権に絡んでいるくらいだものな……現に西南大の理事も結城家の分家筋の教授がいたろ、確か」

「ああ……知識を利用して金を稼ぐことしか能のない、クソみたいな家だよ。だから俺はあんな家を心の底から軽蔑している」


その開祖達は、きっと純粋な学術的興味から、社会を豊かにしたいという使命感から、集まったのだろう。だが、その知識の探究はいつしか手段に成り代わっていった。


「それで、湊崎君は結城家の本家筋よね。何があったら、籍を抜かれるようなことになるのかしら」

「分かって聞いてるだろ……」

「私はあなたのご両親が疑惑の死を遂げたことと、妹さんが自殺したことしか知らないわ。それ以上は余程、体裁が悪かったのかうちでも情報が出てこないほど、情報統制されてたわ」

「……詩帆に話したが、まず両親の疑惑は把握してるか」

「結城外交官夫妻の薬物疑惑、事実だったのね……まあ、あんな不審死の時点で察してあまりあるけれど」

「ああ……」

「しかし、世間で人格者として言われていた人物も裏では薬物浸りとは……」

「あんなクズ共は人格者でも何でもねえよ」


あんな自分たちの鬱憤を幼い娘に嫉妬してぶつけるような人以下のクズっが、外では人格者と言われていたなんて、吐き気がする……あいつらがいたせいで、雅美は……


「雅也」

「……すまん。冷静さを失ってた」


ドロドロとした感情が思考を埋め尽くしそうになったとき、横から掴まれた詩帆の手で我に返る……昔の話だ。今、何を思っても、過去は変えられないし、雅美も浮かばれない。


「そんな経験をすれば誰だってそうなる。だから雅也。自分を責めないで」

「ああ……」

「イチャつくのは後にしてもらって、それで、結城夫妻の実態と、事件の日に何があったか聞かせてもらえるかしら」

「イチャついてないもん」

「ああ、二人の世界に浸って悪かった。続ける」

「雅也。イチャついてるの否定してよ」


ポカポカ殴ってくる詩帆の様子に、より冷静さを取り戻しながらニヤニヤしている桜川に目線で礼を言う。やはり雅美のこととなると、俺はついつい感情的になってしまう。


「俺の生みの親、結城外交官夫妻……父、柳之助は帝都大の法学部を卒業後、大学院に進学し修士取得後に外務省に入省し、外交官になった。母、文絵は学生時代に父と出会い、父の後を追うように外交官になり、俺の出産を機に休職したが、妹の雅美の産休明けに復職し、父と同様世界を飛び回っていた」

「凄く説明口調ね」

「悪いか……」

「いえ。ただ、それだけ聞くと凄く優秀なご両親に聞こえるけど。ねえ、聡介」

「ああ……そんな二人が薬物にハマった原因は?」

「今話すよ」

「雅也……その、大丈夫……」

「大丈夫だよ、詩帆……どうせ詩帆にはいつか伝える話だから」

「でも……」


詩帆が話を遮るところを見ると、たぶん俺の顔色は俺の想像以上に悪いのだろう。ただ、今はこれを伝えねばならないし……


「辛いのは辛いけど、この話は友人達には聞いてほしいからな」

「……わかった」

「……話を戻すが、世間一般的には輝かしい経歴の二人だが、結城家からしたら人に非ずの経歴だ」

「……どういうこと?」

「結城家、特に本家の人間なら学者に非ずば人に非ず、ってことだな」

「桜川家も大概だけど……」

「ああ、クソみたいな家だろ。学問なんてもはや金儲けの道具にしか使っていないのに、それでも家の人間にはある種の学問を一定以上修めることを強要するんだ。だからこそ博士も取らずに、研究から逃げる形でアカデミアから逃げ出した家族は、家族でないどころか人ではないと」


こんな歪んだ一族の血が俺には流れている。それだけで全身の血を抜いてしまいたい衝動に駆られる。


「だからうちの両親は世間での評判とは裏腹に結城家では、相当酷い扱いをされていた。まあ、毎年結城家の集まりに呼ばれはするし、出席せざるを得ないんだが、家族としては扱われない」

「人の家のことをあまり悪くは言いたくないが……そんな家には生まれたくないな」

「江藤。俺も同感だから気にしなくていいぞ。というか、お前らも分かると思うがいい生活できるかもだが、その生活と天秤にかけたくないくらい歴史の長い家は特にジジイ共の性根がねじ曲がってるからな」

「私は少なくとも家族については尊敬しているからノーコメントとしておくわ……けど、まあ、家族に人として扱われない環境は薬に走る弱さもある程度、同情は出来るわね」

「……ああ、そこまでならな」


別に両親が薬物に手を出そうが……仮に万が一にも詩帆が薬物に手を出そうが、そんなことだけで軽蔑したりしない。


「俺は自分で言うのもなんだが幼少期から天才だった」

「何、急に自慢……あっ、そういうこと?」

「自身の学力にコンプレックスを持ってる両親が、自身より才能のある子供にすることと言えば」

「虐待、か……」

「正解。食事を与えないなんていうのは序の口で、暴力に煙草の火を押しつけられたりなんてのもあったし、罵詈雑言浴びせられて寝かせないなんてのもあったな……」

「それは……両親に憎悪を抱いて当然ね」

「……別に俺だけならどうでもよかった」


別に俺だけなら正直死ななければ、生きていくのに困るような傷さえ負わなければ良かった。成長して行くにつれて、親からの被害を上手く躱す方法も覚えたし。


「ただ、妹への被害はやるせなかった」

「……雅美ちゃん」

「俺の妹、雅美は俺なんか比べものにならないほどの神童だった。小学校入学時点で最新の物理学の論文の内容を理解してた」

「それは……両親からしたら……」

「ああ。憎たらしい以外の何ものでも無かっただろうな。何より雅美は感情表現の薄い子だったから……いや、あの環境ならそうなっても当然なんだが……余計に両親の怒りに拍車をかけてたよ。俺以上に生傷が絶えない子だった……」


学校、これじゃいけないね……両親の出ていった朝の屋敷で、慣れない笑顔を作ろうとしながら俺にそう言う雅美の姿が目に浮かんだ。


「雅美は、俺を守ろうとしてくれたんだ……こんな情けない兄を」

「守ろうと……まさか」

「雅美は、薬物使用して酩酊状態だった両親を逆上させて……自身を殺害させようとして……正当防衛の状況を作り出して……殺害した」

「……雅美ちゃんは、そのとき……」

「8歳だ……本当に呆れるくらいの天才だろう。父親は心臓を一突。母親は頸動脈を一閃……完璧に人の急所を分かって狙ってた」

「そんな、たまたまじゃ……」

「本人が後で事後処理の際に言ってたが……」

「何て……聞きたくもない気もするけれど」

「複数回刺したら、正当防衛と認められる可能性が下がるでしょ、だと……いくら兄の俺でも、あの子のことを普段から知ってる俺でもゾッとした」


8歳の女の子をそこまで追い込むような、地獄みたいな環境だった。ただ、雅美のその狂った判断は結局無意味になる。


「まあ、結城家が揉み消したからな。結局雅美の配慮は一切不要になったんだがな。これが俺が結城家から籍を抜かれた理由だ。まあ、既にいないものとされていた次男の息子だったというのもあるけどな」

「……この話はこれ以上、詳細を知らなくても本題には関係ない、よな。湊崎」

「ああ。この話については結城家がこの凄惨な事件を揉み消したって事実だけ知ってもらえばいい。まあ、俺がどれだけ結城家を嫌っているかも通じれば幸いだな」

「……湊崎君。傷をえぐるかもしれないのだけれど最期に一つだけ聞かせて」

「なんだ?」

「雅美ちゃんは本当に自殺だったの……」

「……ああ。少なくとも状況的には」

「状況的には?」

「雅美の自殺現場は目撃してるし、遺書も読んだ……けど、流石に俺も動転したんだろうな、現場を精査せず、雅美の救命処置に走ったし、病院で雅美を看取るまでの間に、現場は片付けられてた」

「そう……ごめんなさい。そこだけは、その、身勝手だけど、救いがほしくて」

「人として当然の感情だろうし、雅美のことを思ってのことだろうから、嬉しいくらいだな」


雅美が結城家によって殺害されたかもしれない、と言う疑惑はある。ただ……


「……まあ、この際どっちでもいいんだけどな」

「どういう意味かしら?」

「ん?だって、雅美の死が自殺であれ、謀殺であれ……結城家に殺されたのは変わりないだろう」


部屋の中の空気が凍った。後で詩帆に聞くと、俺の表情は完全なる無だったそうだ。ものすごく怖かったから二度としないで欲しいといわれた……覚えておくとしよう。






「それで、これを話したいから私と聡介を呼んだのかしら?」

「まさか。それならわざわざ人払いなんてしたりしないよ」


部屋の空気が凍り付いてから十分ほど。凍り付いた空気の中、若干引きつった表情で桜川が使用人を呼び、紅茶のおかわりをもらった。

再び人払いをし、一呼吸ついたところで桜川が改めて切り出した。


「ここまで話したとおり、結城家側からは勿論、俺もあの家とは絶縁したつもりだった」

「現に籍を抜かれているもんな」

「ああ。だが、あの妖怪ジジイは面の皮が厚いらしい」


そう言いながら、俺は鞄の中から一通の封筒を取り出した。


「差出人は、結城ゆうき 博道ひろみち。俺の実の祖父で、結城家の現当主だ」

「要件は?」

「俺の今の研究を評価するから、結城家に籍を戻してやる、と」

「っっ……雅也」

「大丈夫。勿論突っ返してやる気だ……二度とあの家の人間なんかになるか」


俺の現在の研究内容を学会発表することが決まった。現状の研究成果を学内共有したら、即これだ。全て分かっていてこれを出してくるとか、どんな神経してんだかな。


「ただ、そう簡単ではない。そんなことは承知よね」

「ああ。相手は結城家当主。俺なんかが拒否したところで意味は無い、だから……あの家の権威を、権力を、地に落とす」

「……それを私達に手伝えと」

「使える物は親でも使えと言うだろう。せっかく日本最大規模の財閥の令嬢が知人にいるんだ。後はその彼氏も元大企業の社長子息だしな」

「今の話を聞いたのもあるけれど、助けてあげたいと思う……でも」

「直接的に力は貸せない、か」

「ええ、ごめんなさい。いくら桜川家と言っても、結城家に直接圧はかけられない……そうね、例えば私と結婚すれば守ってあげられるでしょうけど……冗談だから聡介も詩帆も睨まないでよ」


詩帆と江川とじゃれている桜川を横目に時計をみやる。そろそろかな……


「勿論わかってる。だから桜川に求めたいのは俺の保護や、結城家への圧じゃない」

「じゃあ、何を……」

「それは、最後の一人が来るのを待ってからだ」

「最後の一人……」


その時、部屋のドアが叩かれた。


「お嬢様。湊崎様のお呼びしたお客様がお越しです。お通ししてよろしいでしょうか」

「……いいわ、お通しして」

「承知しました」

「……湊崎君。私に黙って、使用人に話通さないでくれるかしら?」

「俺も無理だと思ったんだが、二つ返事でOKしてくれたぞ」

「……使用人教育を考え直さないと」

「雅也、呼んだ最後の一人って?」

「ああ、それは……」


俺が詩帆に呼んだ人物の名前を答えようとしたとき、部屋の扉が開いた。その先には非常に懐かしい人物が立っていた。


「雅也君、久しぶり……本当に大きくなったね」

「ええ、満明叔父さん、お久しぶりです」

「ああ。まさかこんな場所で再会するとは思ってもいなかったけどね」


俺が呼んだ人物は白河しらかわ 満明みつあき。かつて結城家での惨劇の際、俺が最初に連絡した人物だった。

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