第十九話 突然の休日の過ごし方
ネット環境のない場所にいますので、予約投稿とさせていただきます。
「セーラって本当に白竜好きだよな」
「えっ、だって乗り心地もいいし、かわいいじゃない」
「そえは、そうだけど。さすがに買い物に使うのはどうかと思うよ……」
魔王討伐から3年。まだ、魔人の散発的な襲撃は続いているが世界はおおむね平和だった。その間に、若干俺も丸くなった。まあ、相変わらずメビウスとはセーラとの交際に関して争っているけど。
魔王戦争の後で出会った人たちは俺たちと同じように魔法の実力が高く、賢者と呼ばれていた人々だった。その人たちから教えを受けつつ、俺たちは普通に生活していた。
「大賢者様、ただいま帰りました」
「買い出し終わらせたぞ」
「大賢者様、どこですか」
さて、俺達はこの生活になってから買い物に行く回数が増えていた。賢者の皆さんって出不精な人が多くて困る。まあ、白竜に乗っていくからほとんど疲れもしないんだけど。
「大賢者様、いったいどこに……」
「ん、なにか詠唱が聞こえないか」
「そんな音……聞こえるな」
「なんか嫌な予感が…………っ、二人とも伏せろ。<絶氷要塞>」
メビウスが氷の障壁を張った瞬間……正面の部屋が爆発した。
「うわあ。………また賢者様か」
「そうみたいだね。お亡くなりになってなきゃいいけど」
「あの爺さん死んでないかな……」
「あの、二人とも。さすがにそれは……」
「「ないな」」
「フォッフォッフォ、いやあ魔力の注ぎ具合を間違えたのう」
「ほらな」
煙をもうもうと上げる部屋から一人の老人が出てきた。彼が賢者のまとめ役である大賢者グラスリーさんだ。歳は今年で80とか言ってたかな。
「おう、お主ら帰っておったのか」
「また、実験ですか」
「ああ、そうじゃよ。いやあ障壁を張るのが一瞬遅かったからわしが吹き飛んでおったなあ」
「また、部屋が一つダメになりましたけどね」
この人はとてもいい人だし教え方もうまいのだが、魔法実験となると周りが見えなくなり、週に一つは部屋を破壊してしまうのが問題だ。
「すまんのう。セーラさん、修理を頼んでも良いかな」
「はい、全然いいですよ。<召喚 建築妖精 土小人>」
「おっ、でたな。でも、召喚魔法っていつ見てもすごいよな」
「やってることは、マーリス君やメビウス君の魔法と同じだけどね。ノーム、この部屋を元通りにして」
もっともセーラが召喚する建築妖精のノームがすぐに部屋を直すのであまり問題がないともいえるのだが。
「あっ、大賢者様。頼まれてたもの買ってきましたよ」
「おお、そうか。今日の儀式にちょうど必要じゃったんじゃよ」
俺達が買い出しに出るものは日用品から食料、魔術の触媒まで多岐に及ぶ。今回の買い物は食料、日用品3割、魔術関係の品6割、使用用途不明品が1割だ。結構、店に行けば分かるって言われて代金と交換される怪しい箱とかも多いからな。
「儀式って、今日も魔法情報貼り付けですか」
「いや、今日はワシ個人の研究のための儀式じゃ。だから、今日はある意味、お主らは休暇じゃな」
「珍しいですね。臨時の休暇日を取るなんて」
「スリフがのう、今日は一日休ませろと言ったものでの」
「はあ、なるほど。それにあの二人が同調したんですね」
「そういうことじゃな」
このころ俺達はこの世界の近辺に結界を張り、そこに魔法情報を張り付けるという作業を行っていた。本来、俺達のように魔力が大きい人の中でも世界の魔力質に近い人間は、世界の境界をゆがませることで魔法情報をなんたらこうたら……
「そういうことですか。なるほど、それなら確かに探す手間が省ける」
「そういうことなんだが……」
「師匠、そこを詳しく……」
「お前は話の腰を折るな、後にしろ後に」
「いや、でも……」
「全く根っからの研究者気質の奴は……」
「あら、あなたとメビウスも人のことは言えないわよ」
「うるさい。ともかく話を続けるぞ……」
ともかく、俺達には魔法行使にほとんど影響しないのだが、この世界の魔力量の多い人が魔法を行使して自衛できるようにと、このような作業を行っていた。
「まあ、たしかに疲れますもんね。分かりました、じゃあ僕は部屋で本でも読んでることにするよ」
「俺は久しぶりに外を見てくるよ。面白いものもあるかもしれないしな」
「じゃあ、私も」
「ふむ、そうか。さて、わしも研究に戻ろうかの」
「おじいちゃん、ご飯は……」
そのとき、上から声がかかった。紫がかった青い髪をした小さい女の子だ。
「スリフか。わかった、昼にしよう。マーリスとセーラはどうするかの」
「俺らは外で食べるよ」
「わかった、気を付けての」
「おじいちゃん、早くしてよ」
「スリフちゃん、ちょっと待ってようね。マーリス、セーラさんいってらっしゃい。あっ、グラスリーさん、食事の用意は三人分でいいですか」
「ああ、あっちの二人も出かけておるからな」
「はい、わかりました」
さて、このグラスリーさんをおじいちゃんと呼んでいる小さい女の子はスリフちゃんといい、グラスリーさんの養子であり、七賢者の第三位である。グラスリーさんはスリフちゃんにとても甘い。
なんでも紛争地帯で全滅していた村の中で発見したそうで、街の孤児院に預けようとしたらしい。だが彼女の魔力資質がとても高かったため、グラスリーさんが引き取ったそうだ。結界魔術のプロでメビウスがコツなどを聞いているのをよく見かける。
この屋敷で料理ができる二人のうちの一人であるメビウスが昼食の献立を立て始めた時点で、俺はそっとセーラを外に連れ出した。俺とセーラが二人きりだということにあいつが気づけば、面倒だからな。
「さてと、どこに行こうか」
「とりあえず北通りのレストランかな」
「了解。<召喚 白竜>」
「やっぱり白竜なのね」
「……ダメ、かな……」
「全然」
屋敷の前庭から、出発しようと言ったらセーラはお気に入りの白竜を出した。そこで文句を言おうとしたら、うるんだ目で見つめられました。……全然って言うしかないよな。
「じゃあ、出発」
「ああ。うおう、急に上昇させるなよ」
「ごめんごめん。白竜さん、もう少しゆっくり飛んでね」
しかし、セーラ、ほんとにかわいくなったよな。気が付けば彼女も18だし、だんだん色気もついて来たというかなんというか。顔もかわいいし、体も……ってそんなこと考えてたのがばれたら殺されるな。セーラとメビウスの両方に………。
「ん、私の顔に何かついてた」
「いや、何も……」
「ふうん。あっ、見えてきたよ」
俺の頭が爆発する前に何とか白竜はレストラン上空にたどり着いた。さすがにそのままで降りると騒ぎになるので、白竜には空で待っていてもらうことにして俺とセーラは白竜から降りる。
「よいしょっと。<空中歩行>。じゃあ、行こうか」
「ちょっと待って、マーリス君」
「どうした」
「あの、私って今、ローブ姿なんだよね。だから……」
まあ、買い出しの後だからな。魔術品を売ってる店の中には魔導士以外進入禁止なんていう偏屈な店も多いから、たいていローブ着ていくんだよな。
「それで……なにかあったか」
「女性のローブって……中がスカートなんだよ」
「そんなこと言われても……あっ、ごめん」
そうだった、そんな状態で空の上なんか歩いたら……
「パン………」
「言わないでよ……そっから先言ったら殺す」
「わ、分かった。落ち着け、なんでもするから」
「なんでもしてくれるんだよね。じゃあ……お姫様抱っこ……かな」
「…………へっ」
真っ赤な顔で言ってきたセーラに対して俺はきょとんとした顔をしたのだろう。いや、意味は分かってるよ。……俺はメビウスに勝ったってことか。ってことは、今日のこれはデートなのか……。ヤバイ、と、とりあえず落ち着こう。
「……いいのか」
「聞き返されたら、言った私が恥ずかしいじゃない。何度も言わないわよこんなこと」
「わかったよ。ほい」
「うっ、きゃあ」
<空中歩行>で浮かんだまま、セーラを持ち上げてやると思った以上に軽かった。
「じゃあ、行くぞ」
「う、うん、あ、待って。<召喚 不可視の妖精>」
セーラの魔法で一瞬にして俺たちの姿は外から見えなくなった。あれ、でもこの魔法使うなら普通に歩いても良かったんじゃ……いや、今は何も言わないでおこう、かわいいし。
「さてと、レストランの前に着いたけど、降りるよな」
「当たり前でしょ」
そう言って、セーラは俺の手からひらりと飛び降りるとそのまま店の中に入っていった。頬が赤かったのはきっと俺の気のせいではないだろう。
俺もその後ろから店に入る。店員が気づいたところを見ると、セーラはきちんとインビシブルを解除してくれたようだ。
「いらしゃいませ。何名様でしょうか」
「ああ、さっきの女の子の向かった席はどっちですか」
「ああ、そちらでしたら向こうの席になります」
指を指された方を向くとセーラが窓際の席に座っていた。店員さんにお礼を言ってから奥に向かう。
「さてと、何頼む」
「うーん、結構悩みそうだから先に頼んでいいよ」
「了解」
俺は即座にパスタとステーキを頼み、セーラは10分以上かかってからベーコンサンドとフルーツ盛り合わせを頼んでいた。
仕上がり時間の都合でほぼ同時に来たメニューを食べながら、俺はセーラに聞いておきたかったことを話した。
「そういえばさあ、セーラの召喚魔法の仕組みって……」
「却下。せっかく食事に来てるのに、こんな話する気ない。違う話にして」
「じゃあ、…………今日のことはデートなのか」
「っん……ゲホゲホ……ゼエゼエ。……ちょっといきなり何よ、その話は。落差が激しすぎるじゃない、パンがのどに詰まって死ぬかと思ったわ」
「ご、ごめん。それで、どっち……」
「お嬢ちゃん、ちょっと俺達と付き合わねえか。そっちの兄ちゃんとは別れてさあ」
横から男の声がして振り向くと、ガラの悪そうな男が4,5人でたむろしていた。
「えっ、あの、いや……別にこの人が彼氏ってわけじゃ……」
「だったら余計にいいだろう」
「でも……」
「出るぞ、セーラ」
俺は代金を適当に席の上に投げると、セーラを引っ張って店を出た。
「マーリス君……ごめん」
「別にいいよ、どうせあんな腐った連中なんてお前の体が目当ての下種だろ。何言われても気にならないから」
「腐った連中とはいい度胸だな」
「はあ、お前らまだいたのか。別に事実だろ」
どうやら男たちは、俺たちを追って店を出てきたらしい。手には剣や斧などを持っている。
「おおかた盗賊か、ハンターかな。……お前ら、ほんとに暇だな」
「盗賊なんかとまとめるな。お前みたいなおこちゃまには分からねえよ。俺たち、ハンターの魅力は」
「はあ。一応、俺も18なんで成人はしてるんだけどな」
「うるせえ、やっちまえ」
「ほんとにまるで盗賊だな。だけど……セーラに手を出そうとした以上、五体満足で帰れると思うなよ」
男たちはいっせいに俺に向かって自分たちの武器を振り下ろした。その瞬間……男たちの剣が蒸発した。
「うぎゃあ」
「ぐへっ、あ、熱っ。いったいどうなって」
「雷魔法第九階位<電磁誘導>。まあ、言っても分からないか……」
「な、何者だてめえ」
「七賢者第七位マーリスだ。さてと、これで十分か」
「……け、賢者。う、噓に決まってる。おい、お前らかかれ」
「やられ役の典型的なセリフだな。さてと、そう言うのなら……後悔してもらうからな。<太陽爆裂撃>……」
30分後、ズタボロにしてやった盗賊まがいのハンターたちを警備隊に突き出した。俺はそのまま観光に戻ろうとしたのだが……
「さてと、セーラ行こうか。次はどこに行く」
「マーリス君、もう帰ろう」
「えっ……分かった」
きっと、さっきのことがかなり怖かったのだろう。俺にも責任があるし、まあデート気分が味わえただけでもいいとするか。
セーラを再び抱えて、白竜の待機していたところに戻った。そして白竜が飛びはじめた時に、セーラがぽつりと言った。
「……デートだよ」
「へっ……」
「だから、さっきの答え」
「あっ、ああ。……それって俺が彼氏でいいってことか。いやでも、セーラなら他にもいい人がいるかもしれないし……」
「マーリス君は私じゃダメなの。私はマーリス君が一番好きだよ……」
「ごめん、付き合いたいです。ちょっとうれしすぎて戸惑いました。なんでもするから許してください……」
「じゃあ……」
セーラが大きく間をあけて言ったセリフは俺をさらに混乱させた。
「私のことを好きだっていうのを言葉以外で……伝えて」
「…………」
これってあれか、俺がほんとにセーラの口づけを奪っても良いっていうサインか。いや、ホントにいいのか。ああ、もう……知るか。
「文句言うなよ、ほら……」
「んっ、………」
白竜の背で二人の影が重なった……
俺にとって永遠ともいえる一瞬が過ぎて、再び俺たちは顔を真っ赤にして離れた。
「……これで、いいんだよな」
「うっ、うん。……でもよかったあ」
「何が……」
「だってマーリス君も私のこと好きだったんでしょ。相思相愛で良かったなあって」
「……」
メビウスもお前のことが大好きだったんだよ、とは言えないな。……うん、メビウスの魔法を何発か喰らうことは覚悟しよう。
そんな風に思った時、横からこらえかねたような笑い声が聞こえた。
「だ、誰ですか」
「ま、まさか……いや、でもこんな高空にいる人間なんて……」
「「マーリス君、セーラさんおめでとう」」
白竜の横の空間が揺らいでそこから空中を歩く一組の男女が現れた。
「やっぱりラニアさんとジェニスさんでしたか」
「い、いつから……」
「レストランのとこからかな」
この二人は七賢者の五位と六位のカップル、ラニアさんとジェニスさんだ。今日は街に出てるって聞いてたから嫌な予感はしたけど……
「だからって、ずっと観察しなくてもいいでしょう」
「いやあ、二人とも熱かったわね」
「一応、僕は止めたからね」
「………………」
完全にフリーズしてしまったセーラと、俺を乗せて白竜は飛んでいく。
当然のように帰った瞬間に俺とセーラの話はメビウスに伝わり、俺はメビウスから血のにじむような視線と高火力の大魔法を複数発もうけるという悲しい後日談もあったのだが。
師匠の過去編にもう少しお付き合いください。




