王女編 シルヴィアside ~決別~
「ずいぶんと急な話だね……」
「今しかない、と思ったので……ですのでマーリス、協力してください」
マーリスがこの国を訪れてから十三年が経ったとある日。私は私室にマーリスを呼び寄せ、あることを告げました。
「協力……内容によるよ」
「陛下を説得するのに力を貸してください」
「……構わないが、正当な理由がなければ拒否されると思うけど」
「理由はあります。マーリスは同席してくだされば結構です」
「……同席に意味はあるのかい?」
この気の抜けた顔をした先生には色々なことを教わった。昔、自分の全てを知られてしまってからはマーリスも過去について話してくれた。最初は気恥ずかしかったけれど、気がつけばこうして今後の行く末まで相談できる、恩師となった。
「私の、信頼できる数少ない人間で、なおかつ知見豊富な先生です。隣にいてくださるだけで心強いですよ」
「そうか……まあ、勿論協力するさ。私に出来ることは、これくらいだろうからね」
「それだけで十分です。私、シルヴィアという人間と向き合ってくれた、ただそれだけで」
「変わりましたね、シルヴィア様」
「ずっとメビウスを演じているあなたに言われたくはありませんよ」
「……ほっとけ」
「素まで出して、王族に不敬な言葉遣いをするのなら……様付けは不要ですよ」
「王族として、尊敬できる生き方をしている人に、敬称を付けないのは別問題だよ」
マーリスが苦々しい顔で、そう吐き捨てた。尊敬できる生き方……自分では負担だと、理不尽だと思うことすら気がつけば無くなってしまった、とある王族の責務、そのことを言っているのでしょう。
ですが、そうですね……
「そう、思ってくださるのでしたら、最後まで先生として、見守ってください」
「言われるまでもなく、そのつもりだよ……会ったときより、かわいげが無いな」
「成長した。そう思っていただければ」
「……そうか……ああ、そうだな」
悲痛な表情を一瞬だけ浮かべたマーリスは、私を見て溜息をつきました。
「まあ、本人がこう言っているのに周りが想うのは見当違いだね。なら、私は先生として君の決意と、唯一求めたものを得る後押しをしましょう。シルヴィア・リーフィア・フォレスティア王女殿下」
「ご快諾いただき、感謝いたします。七賢者、マーリス殿」
お互いに、最大限の敬意をはらった挨拶で締めて、顔を合わせて笑い合う。色んなことを教えてもらった、その中には私にいなかった友人……いえ、悪友のような付き合いもありましたね……
「魔術修行の旅……唐突、だな」
「言い出したのは唐突ですが、ずっと考えていたことです」
明けて翌朝、私はマーリスを伴って陛下の部屋を訪れていました。
「……ディアミスの立太子の儀か」
「丁度良い機会だとは思っています」
「そうか……認めるわけがないだろう」
「勿論、そう言われると思っていました。ディアミスが成人したとは言え、婚約者の選定も済ませていませんし、次の王位継承者が定まるまでは、陛下が私に許可を出すとは思っておりません」
「なら、なぜ来た?」
「ご報告のためです」
「報告?」
私がこの国を出たかったのは、あの日。本当の家族を失ったあの日からずっとだ。このタイミングを選んだのは、特に意味は無い。自分で語った通り今の国の状況で、私に出国の許可など出るはずがない。だが、別に許可を得る必要など無い。
「陛下。私の母が、今の様相となっているのは、国の掟と法によるものですね」
「……そうだが」
「私は、扱いこそ陛下の義理の娘、現状での王位継承権二位の王女ですが、実際は王女ではありません」
「何の屁理屈だ。どちらにせよ王家の血を引いている以上、責務からは逃れられんぞ」
「屁理屈ではありません。陛下は何の掟を持って、法を持って私の行動を束縛するのですか?」
「そんなもの、国王としての命令権……シルヴィア、お前」
私が今更のように自身の立ち位置を明確にした理由。それに陛下も気づいたようだ。
「王族の血を引いている以上、責務は甘んじて受けましょう。しかし私は、実際には王女ではない。あなた達は、森の民の掟のもとに私を正式には王女としていない」
「……どこで知った」
「調べ上げました。調査をしても誰が話したかは、出てきませんよ」
私が第二王女であるのは対外的な扱いのみ、実際の王家の戸籍では私は抹消されている。私は王家の人間であって、王家の人間ではない。
「私は王族ではありません。ただの森の民が出国するのをとめる法律がどこにあるのですか?」
「それこそ王権で……」
「理由をでっち上げますか。いいですよ、私を拘束するのであれば……私の両親のことを、全て国民に公表します」
「国王を脅す気か……」
「滅相もありません。私はただ国民に真実を公表するだけですよ」
「……やむを得ん。一度拘束させてもらう。騎士団」
「シーダ、シルヴィア、やめろ」
自身の魔力を高ぶらせた陛下が、周囲の騎士団に抜刀を命じた。その瞬間、私の予想通り謁見の間によく通る声が響いた。陛下をこの場で呼び捨てに出来る唯一の人物、その人物が同席させた時点で、この結果は予想通りだ。
「レーラズ公、ありがとうございます」
「この場で大規模な魔術戦などさせるわけにはいかん。そこの人の魔術師も参戦しようとしとったしの」
レーラズ前国王陛下。現国王の父であり、当然私の祖父にあたる人物だ。彼は、杖を抜き放ち完全に臨戦態勢だったマーリスをもう一睨みしてから、陛下に向き直った。
「……シーダ」
「出国させろと?」
「……掟の上では、ディアミスの子が生まれるまでは、そしてスイレンが生きている間は自由だろう」
「あくまで掟と法の上ではです……この子は森の民について知りすぎている。余計な入れ知恵をした賢者のせいでもありますが、森の外に出すのは危険すぎる」
「だが、彼女を縛ることが出来ないのは事実だ……私達は、二十年前、判断を誤った。またすぐに同じ過ちを起こす気か」
「二十年前の判断は国の運営として最適でした。あなたは間違っていないし、私も今、同じ判断をします。早いですが、シルヴィアに……」
「何も見えておらんのか、馬鹿息子が」
「……自害したなら、それまででしょう」
「お前……」
レーラズ公が陛下をとめるとは思っていました。ですが、もしそうならなかった場合、あるいは制止を振り切って陛下と騎士団が動いた場合、私は自害するつもりでした。
「私は国の運営のために最善を尽くします。国に刃向かうというのなら娘であっても国賊です。然るべき処置を執るまでです」
「お前は……一度、たたき直さねばな」
「あなたは老いた。それを分かってください……騎士団、シルヴィアを拘束しろ。拘束し次第、レーラズ公を……」
謁見の間を氷の壁が断絶した。
「レーラズ公……」
「シルヴィア、行きなさい」
「……ここで逃げたところで、フォレスティアの追っ手に捕まるだけです」
「シーダは、外に出たお前を追いはしないさ。分かっているだろう」
「……」
フォレスティアは閉鎖的な外交を行っている。外に対しては、積極的には打って出ないだろう。私を拘束するために、兵を外に向ける可能性は低い。フォレスティアを脱出してしまえば、逃げ切れる公算はある。
「レーラズ公……いえ、お爺さま。なぜ、私の味方を」
「……せめてもの償いだよ、老いぼれのな。早く行きなさい、早く」
「はい……」
謁見の間を飛び出す、そのまま城の地下に向かっていく。隣にはなぜかマーリスがいた。
「マーリス、私と一緒に行けば金輪際、フォレスティアには入国できなくなりますよ?」
「生徒を見捨てたら寝覚めが悪いからね……まあ、十分フォレスティアの魔術には触れたし、どのみち君がいなくなったら私はクビだしね」
「そうですか」
城の地下を駆け下りる。やがて、お母様の部屋に辿り着く。そこには先客がいた。
「シルヴィア姉様、それにマーリス先生……何かあったのですか」
「ディアミス……なぜ、ここに」
明日、立太子の儀を迎える弟、ディアミスがなぜ、存在を知らないはずのこの部屋にいるのか。上階から響く轟音に急く足をとめ、私は弟に歩み寄った。
「私、今からこの国を出て行くの」
次回投稿予定は4月6日(土)を予定しています




