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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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王女編 シルヴィアside ~変人家庭教師~


「そういえば、シルヴィアさんはお兄様からすると姉弟子にあたるのではないのですか?」


魔神との決戦から気が付けば2ヶ月が経っていました。フィールダー伯爵邸でお茶を飲みながら、皆様と談笑する……そんな穏やかな時間の中、同席していたリリアさんから発せられた質問に私は懐かしさを覚えながら答えます。


「……確かに、マーリスと最初に会ったときに師事していれば、そうでしょうね」

「師事していなかった……あれ、でも色々と教わったって言っていませんでしたか?」

「ええ。マーリスには色々なことを教わりました……マーリスがいなければ、今の私はここにいないでしょう」

「先生、ってことかしら……あの人が、王族の、家庭教師……」

「一応マーリス先生はお兄様の……その、貴族の家庭教師をされていたんですが」

「それはそうだけど……その、普段はああいう人だけど、実際、貴族相手の対応もきちんと出来そうなのは雅也と同じだろうし。でも……」

「ユーフィリアさんの心配の通りですよ。今の普段のマーリスと変わらない、飄々とした態度で、当時は私も嫌いでしたから」


当時のマーリスは、私が出会ったことのない人種の人間でした。


「シルヴィアさんが、嫌いっていうのは余程な気がするのですが……」

「当時は私も子供でしたから。丁度、今のリリアさんくらいですよ」

「その当時の話、聞きたいわね」

「私も是非」

「あまり面白い話はありませんが……」


そうして私は遙か昔。自身の幼き頃に思いを馳せました……






「さて復習だよシルヴィア嬢。フォレスティア王国の建国の契機となった出来事は?」

「魔神の出現によるトレア公国の崩壊です」

「ああ、正解だ。それで……」


王族の子として求められる教養。その必要性は皆に言うまでもないことでしょう。ですが、それはその者がいずれ王族として国を背負っていくからこそ求められるものです。そうでない私に必要以上の教育を与える必要はない。そう言って私はこれまで自身につけられた家庭教師を尽く追い出してきました……つい半年前のとある出来事があるまでは。


「加えて言うならトレア公国崩壊は、魔神によって多大な被害が出た大陸中央部に位置していたこともそうですが、何より魔人による負の魔力の増大化を狙ったクーデターが原因です」

「そうだね……」

「先生は実際に、その現場に居合わせたのでしたね。補足は不要でした。失礼しました」


半年前、挑まれた決闘をあっさりと返り討ちにして、私の家庭教師となったこの男の名前はマーリス・フェルナー。本人曰く今は人かどうか微妙な、かつて魔神を封じた英雄、七賢者の一人です。


「ああ……じゃあその後、今の場所に森の民の国が建国されるに至った経緯は?」

「魔神封印後、七賢者が長年居住していたこともあり、比較的平穏だったルーテミア東部国境付近に領土を作ったのがはじまりです。その後、魔術師の絶対数の減少により、相対的に魔術師の多かった森の民は文字通り、乱獲されました。それらから国を隔絶するため、今のフォレスティア高地を築いた……次は何でしょうか? フォレスティア周辺の領土の変遷でも答えましょうか」

「いや、十分だ……シルヴィア嬢、私に当たりが厳しくないかい……その、これでも先生のつもりなんだけど」

「……気のせいでは?」


未だに、私に家庭教師をつけることには納得はしていません。それに加えて……


「その、あの決闘の際は、いくらなんでも年下相手にやりすぎたとは思っているよ……その、失禁するほど追い詰めたのは申し訳なかった」

「そういうデリカシーのない部分どうにかしたほうがよろしいですよ。500年生きてらっしゃるんですよね?」


こういう発言が気に入らない……最低限の乙女のプライドを一々、傷つけないでください。


「デリカシー……事実を申し上げただけだったのですが、気に障ったのなら謝罪します……ごめんねリリアちゃん」

「わざとやってますよね!」

「さて、なんのことでしょうか。半年経っても未だに家庭教師として敬われない腹いせではありませんよ、決して」

「…………っ!」

「まあまあシルヴィア様、一度お茶でも飲んで落ち着きましょう」

「……私は、落ち着いています……でも、そうね、トライア。お茶はいただくわ」


私の怒りをあえて逆撫でするような態度をとるマーリスに苛立ちを覚えたところを、幼少期からついている侍女、トライアからの言葉で冷静になります。彼女は優秀な侍女です。主の言動を見て、程よい頃合いを見て、声をかけてくれます。


「……美味しいわね」

「はい。こちら、フォレスティア高地の高高度の場所でしか取れない茶葉でして」

「希少なものなのね。それに相応しい味わいね」

「はい。ただ、濃い目に入れるものなので、利尿作用が強いのですが大丈夫ですか?」

「……大丈夫よ!」


……このように主を茶化すのだけは、本当にたまに暇を出してしまおうかと思うのだけど。


「シルヴィア様、もういいじゃないですか。マーリス先生はいい人ですし、別にそこまで家庭教師を固辞しなくても」

「……別にマーリスが、どうしようもなくデリカシーがないこととは関係ありません」

「デリカシーがない……それ、セーラにも怒られるんだけど詳細聞かせてほしいなあ……」

「ただ、私に家庭教師を付ける意味がない、というだけです。私は王族としてこの先生きないのですから……」

「シルヴィア様……」

「あれ、無視されるんですか……いや、別にいいですが」


マーリスが気に入らない。そんな幼稚な感情も理由ではあります。でも、私だってマーリスがいい人であることは分かっているんです。


「まあマーリス様、シルヴィア様がこうなのはマーリス様に限った話ではありませんから。こちら、マーリス様もどうぞ」

「……いただくよ。うん、美味しいね」


私自身の魔術の才は、森の民どころか人の中でも決して優れた部類ではありませんが、あの時裏技として使った七竜の召喚は、森の民の上位の魔術師でも正面からはそう易々とは攻略できない力です。

それをいとも簡単に文字通り封殺した目の前のこの男は、その気になれば簡単にその力で全てを押さえつけられるでしょう。


「……シルヴィア嬢」

「はい」

「今日の授業範囲は終わりだよ。質問等がなければこれで終わりにするけど」

「……」

「……何かあるのかい?」


それをせずにこの男は、不得手だと言いながら私の家庭教師を勤めてくれています。しかも私のことを察してか、魔術に関しては一切指導せず、ただ教養を教える教師として、私からの暴言の何もかもを受け流してくれています。


「……あなたはお人好しが過ぎます」

「そう言われたのは初めてだよ」

「余程、隠棲されていたのですね」

「……」

「……マーリス、どうかしましたか?」


率直な誉め言葉のつもりだった。それに相変わらず飄々と返されたのだと思って、思わず皮肉めいた言葉が口をついた。それに対して珍しく、マーリスが言葉を詰まらせた。


「それもあるが……それだけじゃないよ」

「そうですか……すみません、質問はないです。今日はこれで失礼します」

「お嬢様!どちらに?」

「……スイレン様の部屋です」


マーリスの触れられたくない部分に触れてしまった。そう気づいた私は、その場にいたくなくて唯一安心できる場所へと駆け出した。




「スイレン様って、僕の知っているスイレン様のことであっているのかな」

「……はい」

「でも、彼女は……」

「マーリス様。陛下から、全てを話してもよいと仰せつかっておりますので……ご案内します」






城の地下深く、静謐な森のような場所、そこがスイレン様のお部屋だ。


「スイレン様……スイレンお母さま・・・・

「……」

「すみません、毎日来てしまって。私がこの城で信じられる大人はお母様だけなので……」


スイレン・リーフィア・フォレスティア。それが私の母の名前だ。髪は私と同じ、鈍く光る銀色。魔力を多大に持つ森の民の証だ。


「お母様の遺伝のせいで、毎朝髪がはねてしまって大変なんですよ。でも、お母様が私のお母様だと分かるから、それでいいんです」


今の戸籍上の母である、国王妃ローティス様の髪は癖一つ無い美しい髪だ。実の娘でない、私にも優しく接してくださる人徳のある方だ。それが国王や、家臣、国民に向けたパフォーマンスでないことも知っている。


「……でも、この国は、私の母を、決まりだと言うだけで、恋人と引き離し、こうして……」

「彼女がスイレン様かい……」

「っっ……なぜ、ここにいるのですか、マーリス」


本来かかるはずのない声に、私は魔力を高ぶらせながら背後を振り向きました。そこにいたマーリスを睨み付けながらゆっくりと距離を取ります。


「そう警戒しないでくれ」

「答えなさい」

「トライアさんに聞いただけだよ。そこでだいたいの事情も聞いた」

「……そうですか」


両手を挙げて、私を見据えるマーリスに害意はなさそう。そう、思ったところでゆっくりと肩の力を抜く。


「……ここに来れた理由は分かりました。では、知った上でなぜここに?」

「それはもちろん……」


マーリスは私の方に向かって歩いてきて、私の横を通り過ぎるとそのままその場に膝をつき臣下の礼をとりました。


「お初にお目にかかります。娘さんの家庭教師を務めさせていただいていますマーリス・フェルナーと申します。スイレン・リーフィア・フォレスティア殿下、ご挨拶が遅くなり失礼しました」


そのまま、お母様に向かって頭を下げました。それ自体は、普通の行動。王女の家庭教師として、何一つ不思議でない行動……お母様が物言わぬ姿でなければ。


「……いくら聞いていたとは言え、動揺されないのですね」

「……君のお母さんが、ローティス妃でないと聞いてから、お母様の姿を思い浮かべてはいたけど……よく似ている。君も、十年後にはお母様の面影を映す女性になるのだろうね」

「……綺麗でしょう。これから私達の後の世継ぎが生まれるまで、ずっと綺麗なままです」

「……ああ、残酷なまでに美しいね」


母は、静かに目を瞑ったまま私達の目の前の水槽に浮かんでいる。白い病衣に包まれ、銀色の髪をなびかせて。


「これが、森の民の掟か……」

「はい。王位継承をしなかった娘は、継承戦争を避けるため、しかし王家の血統を絶やさぬため、公式には病死とされ……こうして次世代が生まれるまで物言わぬ姿で生かされるのです」

「……」


私の母は、現国王の姉だった。弟が生まれた瞬間から、その運命は決まっていた。


「お母様は……陛下とローティス様の間に子供が生まれるまで私に精一杯の愛情を注いでくださいました。そして……そうなっても家族の誰も、国も恨んではいけない、と」

「それはまた……」

「酷なことを、そう思うでしょう。でも、それが決まりですから……でも、それをあの男は受け入れられなかった」


私の父は、前国王である祖父の最側近だった前宰相だ。その男は、国の中枢にあるものとして、恋人の運命など知っていた。知った上で恋に落ちた。


「あの男は家族を喪うことを受け入れられず、自身の持ちうる力をもって母の王族位剥奪の義の前に、母と私を逃がそうとしました。ですが、お爺さまがそれに気づかないはずもなく……」

「トライアさんも聞かせてくれなかったが、その、君のお父さんは……」

「王族誘拐に、儀式の妨害で国家反逆罪です。秘密裏に処刑されたと、そう、聞いています」

「そうか……」


こうして私は、父とも母とも会話する機会を永遠に失った。


「マーリス」

「……なんだい」

「私が何を恨んでいると思いますか?」

「……この国、かい?」

「そうですね。それも一つの正解かもしれません。この国の制度のせいで、私は母も父も喪ったのですから。でも、私には母から遺された言葉があります。家族の誰も、国も恨んではいけない、と」

「じゃあ、何を?」

「家族も国も恨んではいけない。なら、恨むのはただ一つでしょう……自分自身です」

「……」

「ああ、マーリス。そこまで知ったところであなたならすぐに気づくでしょうが、私が何故このような生き方をしているのか、告げておきます」


私の言葉に絶句するマーリスに振り向き、満面の笑みで呪いを遺しましょう。もう、私の残りの人生でこれ以上に関わる部外者などできないでしょうから。


「私…………………………………………………………………………………………………………………………………………です」

「……」

「そんな私ですが、これからもよろしくお願いしますね、マーリス」


一人立ち尽くすマーリスを置いて、私はその場を立ち去りました。

本当にお久しぶりです。大変お待たせして申し訳ございません。

次回投稿は4月2日(火)21:00を予定しております

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