賢者編 スリフside ~私の愛する魔術師へ~
……何か、もう全部嫌になってしまった。
久々の外出をした。あんなに人のいるところに買い物に出るのは人生で初めてだったかもしれない。
そこで嫌なことがあった。気がついたら大好きな人を傷つけていた。
「あれ、私……」
気がつくとベッドの上にいた。確かあのまま部屋に駆け込んでベッドに飛び込んで……
「服、そのままだ……シワになっちゃう。起きなきゃ……」
ゆっくりベッドから起き上がったところで、誰かの気配を感じた。ベッドサイドに視線を移すと、そこには……
「スリフちゃん、おはよう……ごめんねお邪魔させてもらってるよ」
「め、メビウス……な、何でここに?」
私が傷つけてしまった大好きな人、メビウスが本を片手に腰掛けていました。
「あの後スリフちゃんの様子が気になって部屋に様子を見に来たら……その、反応がなかったから気になって、ね」
「……すみません。完全に眠ってしまっていたみたいです」
「いや、慣れないことで疲れていただろうし仕方ないよ」
起きた直後にメビウスが部屋にいて、正直心臓のドキドキが収まりませんでしたが……彼の服に残った僅かな血痕が私を現実に引き戻しました。
「メビウス、その、腕、大丈夫ですか。その、私が聞くのもどうかとは思うのですが」
「心配しないで大丈夫。完全に元通りだよ」
「よかったです……その、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。僕も怖い思いさせてごめん……だから、お互い様だよ。これで終わり」
メビウスはそう言うと、私を安心させるようにやわらかな笑みを浮かべました……その表情に、やっぱり妹のように見られているんだと、ほんの少し心が痛みます。
「はい……」
「……」
しばらくお互い無言の時間が続きました。いつもスラスラと話を続けるメビウスにしては珍しいな、と思って俯いていた顔を上げると……何やら真剣な顔をしたメビウスと目が合いました。
「メビウス、どうかしましたか?」
「……反応がなくて心配だった、というのは事実なんだけど、実はここに来た理由は別であってね」
「別の理由、ですか?」
「ああ……その、えっと……」
やっぱりメビウスにしては珍しい……というかこんな様子を見たことがないくらいにしどろもどろでした。
「メビウス、何があったか分かりませんが、落ち着いてください」
「……はあ、駄目だな。格好付けに失敗した」
「メビウスは格好いいですよ……い、今の聞かなかったことにしてください」
「フフッ……そうだった、うん、今更か」
「め、メビウス、本当に忘れて……」
「忘れてあげない」
「意地悪しないでください……ふえっ……ちょ、ちょっとメビウス離してください」
メビウスが私の手を掴みます。気がつくとメビウスの手には本はなくて、椅子も消えて、彼はベッドの下に膝をついていました。
「スリフ・メイヤー嬢。好きです、僕と付き合ってください」
「はい」
「じゃあ、よろしくね」
「……」
「スリフちゃん?」
「……」
大好きな人に告白を受けた。えっ、メビウスはセーラさんを好きだったはずで、えっ、待って今私、告白されました?
……いやいや、メビウスが7歳も年下の私に告白するわけ……いや、待って今、私、告白OKしました?
「ま、待ってください」
「僕が待つこと、何かあるかな?」
「あります。いきなり告白しないでください」
「いきなりだったかな?」
「いきなりでした」
「でもOKしてくれたよね」
「しましたけど……メビウスは、その、セーラさんが好きだったのでは?」
「……告白した相手の前で言うのもな、とは思うけど、うん、好きだったよ、初恋だった」
自分で聞いたこととは言え、ズキリと胸が痛んだ。でも、ちゃんと聞かなきゃ。
「ずっと好きだと思ってたんだ。でも、僕はどうも自分が思う以上にこういう気持ちの整理が苦手みたいでさ」
「整理が苦手?」
「好きだって一度も伝えられずに終わってしまった。それでずっと自分の恋心に蓋をしてたら、好きって感情がよく分からなくなっていた。セーラに抱いていた親友としての情と、恋慕の情がごちゃ混ぜになってた」
「それが、どうなったら私への告白に繋がるんですか」
「……さっきラニアさんに、言われてようやく整理できたんだ。だからセーラに告白してフラれてきた……セーラにはずっと気づかれてたみたいで、僕が馬鹿なだけだったよ」
頭の中がフワフワしているのもあると思うのですが……その、今の話でそこから私への好意に繋がる気がしないのですが。
「……その、気分を害したらごめんね。君への好意に、罪悪感を抱いてた」
「罪悪感、ですか?」
「十一歳の女の子に、好意を抱いた……その、えっと」
「分かります。私の方こそそれで、ずっと悩んでましたから」
「あっ、うん……でも、別に好意を抱くことはいいんだって整理したら、愛おしくてたまらなくなった……」
メビウスが私と同じことで悩んでいた。何ならもっと変なことで……そういうのを見てたら、なんだか可愛く思えてきました。ああ……私、もっとストレートに好意をぶつけていればよかった。
「メビウス」
「なんだい」
「言質取りましたよ。私のことを好きだって」
「あっ、ああ……」
「私、もうメビウスにもセーラさんにも気を遣わなくていいんですよね」
「うん」
メビウスの話は、これから時間をかけて聞く。今はようやく叶った恋心を満たしたい。
「メビウス……大好きです。家族としてとか、兄としてとしか、そういう感情ではなく……異性として大好きです」
「ありがとう」
「メビウスも……その、同じ、気持ちだってことで、いいんですよね?」
「うん……僕はスリフのことが異性として好きです」
そう言った彼の胸に飛び込んだ。それから彼は、今までとは違う強さで私を抱きしめてくれた。
――五年後 テルル大陸中西部 荒野――
「その話、私にしてよかったんですか?」
「……妻を信用しない夫なんていないよ」
魔神を討伐したら結婚しよう。そう、私が成人したときにメビウスは言った。なのに私の左手の薬指には今さっきメビウスがくれた指輪がはまっていた。
「はぁ……ものすごく嬉しい瞬間の筈なのに、なんでメビウスは私の幸せの瞬間に水を差すのが得意なんですかね」
「……本当にごめん」
「本当に……普段はあんなに気障で格好つけなのに、大事なときだけ駄目ですよね」
「……優しい言葉、くれないかい?」
「そんな駄目だけど、私の前で格好良くいようとするメビウスが大好きですよ」
この後の戦い。メビウスはマーリスとセーラさんだけを生き残らせる、そう言いました。最期はあの大切な幼馴染にすら話せない悩みを私にだけしてくれた。その事実に胸がいっぱいになりました。
「スリフと……ちゃんと幸せな結婚生活を歩みたかった。ごめん、でも僕にはこの手段しか取れなかった。僕にもっと力があれば……」
「メビウスが精一杯考えて、この結論に至ったんですよね。なら、大丈夫です」
私は、明日死ぬみたいです。まだ十六歳……怖くないって言ったら嘘になります、けど……
「メビウスも一緒なんですよね」
「ああ。一緒だ、最後の瞬間まで君の隣にいる」
「じゃあ、いいです」
「……ごめん」
「謝らないでください……夫婦として最初で最後の日なんですし、それらしい会話をしましょう」
「うん……」
そうしてポツリポツリ、二人で会話を進めた。話はもし、このまま幸せな家庭を歩んでいたら……
「……グラスリーさんに結婚の挨拶か」
「お爺ちゃん、私と結婚するならワシを倒していけ、くらいは言いそうですよね」
「……絶対に勝てないんだけど?」
「……私も協力しますから」
「子供、ですか……」
「スリフ、顔が真っ赤だよ」
「だって……そういうの、まだ、してない、です、し……」
「フフフ、ここでする?」
「馬鹿言わないでください!」
「七賢者になっていなかったら、ですか……先生、とかいいと思います、メビウスは」
「先生、か……そうだね、やってみたいな」
「私は、なんでしょうか……」
「何か魔道具店の店主かなあ……」
「誰が根暗の引きこもりですか」
「でも、好きでしょう」
「……好き、ですけど」
「老後は、そうだね……生まれた村くらいの小さな村で、たまに魔術で人助けとかをしながらのんびり余生を過ごそうかなあ」
「いいですね……私、一人になったら周囲と話せそうにないんですけど」
「大丈夫。死んでも、君が亡くなるその日まで魂になっても隣にいるから」
「……メビウスが言うと、冗談に聞こえないんですが?」
「本気で言ってるからね」
普通に生きていればありえた。けれど絶対に起こりえない未来の話。朝日がのぼるまで、ずっと二人で手を繋いで話していました。
「メビウス」
「なんだい」
「私、あなたの妻でよかったです」
「僕もスリフの夫でよかったよ……よし、腹は括れた」
そう言って立ち上がる彼の背中は、世界で一番格好良かったです。
――魔術でズタズタになった荒野
――中心の魔方陣は原形を留めないほど、無茶苦茶になっている
――両手の薬指には同じデザインの指輪
――右手には最後まで握っていたあなたの温もり
―― 馬鹿
――そう呟いた言葉が虚しく響いた
遅くなって申し訳ありません。次回投稿予定は1月4日21:00です。
今日とは打って変わってものすごく明るい話になります。




