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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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第百七十七話 別れと帰路と

昨日は失礼いたしました。


「いやぁ……壮観な眺め」


講和会議から一夜明けた晴れ渡る冬空の下。本陣を丘の上に移した王国陣地の建物の影。そこから眼下でうごめく人の波を俺は一人眺めていた。


「なんか久々に一人だな……」


眼下の人の動きは、順に解放されていく捕虜達だ。10万人に迫る捕虜を一度に解放出来るわけもなく、その解放の進捗は亀の歩みだった。それでも前日も行われていたこの解放作業も既に大半が終わっている。


「こういう時に一服して紫煙燻らすなんて……十五歳の身体に悪すぎるな。というか煙草自体、詩帆が許すわけないんだよなぁ」

「フィールダー卿。護衛も付けずに一人かい?」

「……必要ないということはよくご存じでしょう、ミツルギ先生」


戦争の緊張を抜け、一人のんびりと過ごしていた俺の背後から声をかけてきたのはミツルギ先生だった。珍しくその隣にはララ嬢を侍らせていない。


「それで、何のご用でしょうか?」

「もうじき捕虜の解放も終わるし、そろそろこの場を離れようと思ってね」

「別れのご挨拶ですか?」

「それならララを連れてくるさ……君と最後に話しておきたくてね」


その表情は常とは違い真剣なもので、同時に時折感じられていた自分への嫌悪感もなかった。


「話、ですか?」

「ああ。僕の旧い友人に……前世の記憶があると言っていた人物がいてね」


まだ軽い気持ちでいた。だが一瞬で俺も真剣な顔をせざるを得なくなった。


「……前世の記憶、ですか? それが何か」

「君、前世の記憶。しかも異世界の記憶が無いかい?」

「なぜ?」

「……まず知識面、そこは一旦否定出来ないだろう」

「発想力の勝利ですよ」

「まあ逃げられるだろうね。後は年に不相応な態度」

「色々あって擦れてるだけですよ」


と言っても証拠は何も無い。知らばっくれるだけだ。

ミツルギ先生は他国の人間だし、そもそも必要以上の人間に転生者であるとは知られたくは無い……それは詩帆の安全のためにも。


「まあこんなほぼ初対面の人間に対して認めるとは思っていないさ」

「認めるも何もそんな事実は無いので……まあ、よく第2の人生では?とは言われますが」

「……だから、これは私の独り言として聞いてくれ。私の親友の経緯(いきさつ)を」


聞く義務など無論無い。けど聞いておこう、そう思った。


「私の旧友は、私の幼馴染だ。友人は帝国の内乱を止めようとしていた。とある領主の子息だった友人は、そのために前世の知識を用いてそれを成そうとした」

「……」

「前世では官僚だったという友人は、領の制度を大幅に変えて行った。その改革は税制から、教育、医療に至るまで多岐に及んだ。だけどあまりに急に変えすぎたんだ……確かに領は富んだが、領民……特に既得損益を享受していた者達は反発した」


内政チートのテンプレみたいな話だ。物語の主人公ならこの逆境を跳ね返し、成り上がるのだろう。だが現実はそう甘くない。


「初等部からずっと一緒だった私は、何もかもを変えていく友人に苦言を呈した。急激な変化は良くないと。でも友人は、大丈夫だと言い続けて……ある日領主屋敷は焼かれた」

「ご友人は……」

「駆けつけた時には、もう手遅れだった……私、何か間違ってたかな。彼女の最期の言葉が今も耳から離れない」

「急激な変化に対する反発。それが暴力的な手段になってしまうことは多々あります。友人さんのことはお気の毒でした……それで、僕が転生しているとして、何が関係するのでしょうか?」


現代知識を、この世界の政治に一気に組み込めば、急激な変化に破綻する。元官僚、もしも俺と同じ国の出身だとするなら、こういった暴力的な抵抗は予想していなかった、なんて平和ボケの可能性は容易に想像できる。


「……君の知識は争いを生む。歪みを生む。そのことを忘れないようにという教訓だよ」

「言われるまでもなく、知識の危険性についてはよく理解しておりますので」

「ああ。ユーフィリア嬢を君が失わないようにね」

「僕がいる以上、彼女には手を出させませんよ」

「……同じことを言った青年が過去にいてね。自身の隣にいる以上、絶対に守ると、そう誓った。彼女自身も為政者としての力は持っていた。それでも……失った」

「……」

「人生に絶対はない。自分の力に慢心してはいけない。私があの日から自身に刻んでいる言葉だよ」


そんなことは分かってる。そう言おうとしたが、言葉が続かなかった。妹を喪った日、詩帆に告白した日、詩帆と二度と会えないかと思ったあの日、詩帆が余命宣告を受けた日……自身の無力さに絶望した


……そして詩帆を喪った(・・・)


……は。いや、そんな日は存在しない。詩帆を俺は前世で確かに余命の淵から救い出して、この世界に連れ出したのだから。瞼の裏に浮かぶ業火に焼かれる屋敷の中で命の炎を消した彼女の姿は、先程のミツルギ先生の話から連想した嫌な連想だ。


「フィルダー卿。どうかしたかい」

「……いえ、少し彼女を喪う怖さを実感していたところですよ」

「一番幸せなところ、水を差すようで悪いけどね」

「……いえ、ご忠告痛み入ります」

「……私が言いたかったことは言わせてもらったよ。この場を離れる際はまた挨拶に来よう。ではね、フィールダー卿」

「ええ。では、後ほど」


先生の足音がゆっくりと離れていく。その間、俺は一言も発することなく呆然と足下を見つめていた。




「改めて、先刻はご迷惑をおかけして申し訳ない」

「無かったことにというお話ではありましたが、非公式の場ではこうして謝罪させてください」


捕虜の帝国領側への移動の確認、捕虜収容施設の解体を済ませ、ようやく王国側も陣の撤収と王都帰還への準備を進めたいた。

その片隅で、王国首脳陣に頭を下げるミツルギ先生とララ嬢の姿があった。ちなみにローレンス財務相、フローズ商務相、ニーティア外務相は先に転移で王宮に送り届けた。


「私は先刻の時と同じ判断だ。不問とする。ただし謝意は受け入れよう」

「私にも娘にも怪我はありませんでしたからね。むしろ魔人発生時にはご助力を頂きましたので、そちらに感謝を述べたい」

「陛下が不問に処すとおっしゃっていますから。まあ僕自身は被害などありませんでしたし」

「皆様。寛大な判断、ありがとうございます」


非公式な形ではあるがこうして謝罪の場を作っていた。これで改めて両者の禍根がないことは確認できたか。


「それで帝国はまだまだ安定に遠いと思うが、二人はこの後はどこへ」

「せっかく皆様と会えたのも何かの縁かと思いまして、このまま王国内を回ろうかと」

「えっ、先生……私、聞いてないんですが?」

「今決めたからね」

「ふむ。ミツルギ先生、こちらで通行証等のご用意は必要でしょうか?」

「帝国の市民証がありますので、そちらは問題ありません。今回の戦争でも国交は制限されないとのことでしたよね」


今回の戦争。帝国側に一方的な責があるとの結論には至ったが、領民にその責を求めるのは筋違いだし、帝国との国交を制限することで経済的なデメリットは勿論、両国の国民感情的にも悪い面が多いだろうということで通商には一切の制限を設けなかった。


「ええ。警備隊に目を付けられるようなことさえしていただかなければですが」

「宰相殿。手厳しい言葉ですね」

「陛下に刃を向けたのですから、陛下が不問にしていなければ刺し違えてでも私が仕留めています」

「先生。本当に反省してくださいね」

「わかっているよ」


ハリーさんは宰相としてはともかく、個人的感情としては先生達に嫌悪感があるらしい。まあレオンを幼少期から守ってきた身としては当然か。


「……さて、ではそろそろ行きます。色々とお騒がせしました」

「本当にご迷惑をおかけしました。この後の旅では、先生の行動をもっと縛ります……それでは」

「ああ。また会うときは客人として招こうか」

「陛下……私の心労的には勘弁していただきたいのですが」

「私の部下のお世話にならないようお願いいたします」


ミツルギ先生とララ嬢が最後にもう一度頭を下げて、こちらから離れていく。その背に向けて俺は先生にだけ通じる言葉を投げる。


「ミツルギ先生……僕はあなたと同じ後悔はしません」

「そうかい……結婚式は見に行かせてもらうよ」


振り向きもせず、それだけ言って先生はどんどん離れていく。ララ嬢が近づいて、何か声をかけているようだ。恐らく何の話かを尋ねているのだろう。まあ煙に巻かれそうだが。


「クライス。ミツルギ先生と、何か話していたのか?」

「ああ。少しな」

「そうか……さて、これでこの戦場の問題は片付いたな。撤収して帰るとしよう」


その場の全員がレオンのその言葉に頷き、各々の撤収作業に動き出す。最後に帝国領の方を見る。そこでは未だ数え切れない帝国兵が帰路についている様子が見られた。だが、その足取りは無事に帰れたことを象徴するような少し軽やかさが混じったように見えるものだった。


「……本当に皆殺しとかにならなくてよかった」


方や王国軍を見回しても、兵士の顔には笑顔が目立つ。勝利の喜びもそうだが、何より多くが無事に王都に帰れる喜びに溢れていた。


「やっと終わりだな。戦争なんて二度と御免だ」


こうして俺の戦争体験はようやく幕を閉じた。





「陛下。無事なお戻り、我ら一同心よりお喜び申し上げます」


凱旋となった俺らを出迎える王都の民。その歓喜の声の中を通り、王城に辿り着いた俺達を謁見の間で深々と頭を下げて出迎えたのは、ローレンス財務相を始めとした王都に残っていた閣僚陣だった。


「うむ。皆の者もよく王都を守ってくれた。財務相、商務相、外務相は戦場の交渉の場でも良き働きをしてくれた。此度の戦争の功罪については追って知らせよう」

「はっ……そしてローレンス宰相、フィルシード軍務卿、フィールダー魔術卿、レンド農務卿も無事のお戻りお喜び申し上げます」


ローレンス卿の言葉に続いて万雷の拍手が響いた。それに頭を下げる。一瞬の静寂の後、レオンの声が響く。


「戦場に立った者。王都にて治世を支えた者。皆、よくやってくれた。戦争は終わったとは言え、まだやるべきことは残っているが、皆今日は休んでくれ。また後日祝いの席は設けよう」


レオンの言葉に閣僚陣……勿論俺も臣下の礼を取る。


「皆、頭を上げてくれ。では言ったとおりだ。各自休んで明日以降の英気を養え」

「陛下。そのことなのですが……」

「どうしたリュエル伯」

「あの、その、ですね……」


普段、神出鬼没で快活なリュエル伯にしては珍しく歯切れの悪い物言いに、俺達は首をかしげる。だが王都に残っていた閣僚陣は内容を知っているのか苦笑いを浮かべている。


「その、陛下と宰相殿、あとはフィールダー卿にそれぞれ伝言と、お待ちの方がいらっしゃいます」

次回投稿予定は明日12月31日12:00を予定しております。年内投稿予定の変更の詳細は活動報告をご確認お願いいたします

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