賢者編 メビウスside ~初恋の失恋~
クリスマス特別編です。
僕、メビウス・コーリングは魔術師だ。
魔術……魔力と呼ばれるエネルギーを用いて、世界の法則に反する現象を発生させる技術。
僕の生まれた村は魔術師、その中でも非常に強い力を持った賢者と呼ばれた人物達の末裔の住む村だった。村の人間は能力の差こそあれど例外なく魔術師であり世間とは隔絶された村。
変人だったけど何をやっても褒めてくれた優しい学者の両親と、生意気で煩いけれど可愛い弟達に囲まれて幸せな日々だった。
……あの日、村が異常な存在に襲撃され、僕と僕の幼馴染以外の全員が殺されるまでは。
「セーラ、少しいいかい」
あの悲劇の日から8年。僕は今、現代の賢者と呼ばれる人たちと行動を共にしていた。同じく魔術の才能を持った幼馴染二人とも一緒だ。
「……どうぞ」
そんな幼馴染のうちの一人……初恋の相手に僕は今、想いを伝えようとしている。相手からの答えは分かりきっている。幼い頃から兄妹のように育った間柄で、今更何が変わることもないと断言できる。でも……
「足の震えが止まらない……何を緊張しているんだ、僕は」
彼女を待たせるわけにもいかない。自分の足の震えを強引に押さえつけ、ゆっくりと彼女の部屋の扉を開ける。部屋の中で彼女は机に向かって、何か書き物をしていたようだった。
「メビウス君が私の私室に来るなんて珍しいね」
「そうだね……」
村で僕と一緒に生き残った幼馴染の一人、セーラ・ヒーリア。僕と同じく七賢者の一人。僕の方に顔を向けて、美しい黒い髪が流れた。
「何か作業中だったかな?」
「ううん。少し日記を書いていただけだから」
「日記?」
「そう。今日も色々とあったから……」
「……ああ、その、騒がせてごめん」
「別にメビウス君が謝ることではないでしょう」
今日は王都で行われていた大規模な市に、彼女と僕を含めた4人で訪れていた。紆余曲折の末、僕の同行者が魔術を暴走させ、大騒動となった上に、僕は重傷を負うことになった。
「でも……僕なら止められた。彼女に新たな傷を与える必要なんてなかった」
「……本当にマーリス君もメビウス君も自分で責任ばっか感じて。もっと楽に考えればいいのに」
「実際に僕の責任だからね……もう自分で守れるのに」
「……守ったじゃない、ちゃんと」
「どこが……」
自身は重傷を負った上、スリフちゃんにはまた心の傷を与えてしまった。それにマーリスとセーラの助けがなければ、僕の怪我に留まらず、スリフちゃんにも怪我をさせていた。
「あの時、スリフちゃんを落ち着かせられたのはメビウス君だからじゃないの」
「……七賢者なら、誰でも何とかなったよ。僕以外の面々ならもっと上手くやったさ」
「はぁ……メビウス君。スリフちゃんが可愛そうだってラニアさんに怒られてたんじゃないの?」
「……聞かれてたかな?」
「聞いてはないけど、大体察しはつくわよ……それにメビウス君がここに来た理由も」
セーラの表情が固くなった……ああ、どうやら僕はマーリスを笑えないくらいの鈍感らしい。
「……セーラ。君に、今の君にこれを伝えるのは君に対しても、マーリスに対しても裏切りだと思う。でも、僕のけじめのために、僕の自分勝手のために伝えさせて欲しい」
「うん……」
「……幼い頃から誰よりも優しい君が、誰よりも強くあろうとする君が……好きでした。そう伝えたかった」
この言葉を、ずっと言えなかった。言おうと、そう思ったときにはセーラはマーリスと恋人になっていた。大切な幼馴染が、大切な幼馴染と恋人になった。抜け駆けしたマーリスを一発ぶっ飛ばしはしたけれど、祝福する、出来ると思っていた。
「セーラがマーリスに告白した。そう聞いたときは悔しさ反面、君が幸せならよかったと、本気でそう思ったよ。でも……君に伝えられなかった想いの行き場に、何年経っても困るくらいに僕は面倒くさい人間だったみたいだ」
「……知ってた。ずっと前からマーリス君の気持ちも、メビウス君の気持ちもずっと。だからごめんなさい。でも私はマーリス君が好きで……メビウス君の想いには答えられなくて、だからずっと答えないようにしようと思っていたの。でも、でも好きって想いが積み重なって、我慢できなくってマーリス君に言っちゃった」
「セーラ。君は悪くない」
「ううん……メビウス君が自分の感情を悪いって言うなら、私も悪いよ。私も自分の好きは我慢できなかったけど、この三人の関係は壊したくなくて、メビウス君の想いを見て見ぬ振りをしたから」
見て見ぬ振りをした。その言葉に足の震えが止まった。なんだ、そうだったのか。
「……ずっと悟らせないようにしていた僕が馬鹿みたいだな。ずっとバレてたのか……本当に、本当にマーリスの鈍感を笑えない」
「ふふっ……私からしたら二人とも奥手で鈍感だよ」
「返す言葉もないな……そして、ごめん。もっと早く伝えて玉砕していれば……君に心労を背負わせることもなかった」
「……うん。今日も悩んでて色々考え過ぎちゃった。心配かけてごめんね」
お互いにお互いを気遣いすぎていた。もっと早く僕が言っていれば、この時間に頭を悩ます必要はなかった。
「でもメビウス君。私達はお互いに生きてる」
「うん、そうだね……こうして伝えられた」
「なら、後悔はいらないと思うの。そしてお互いに、この恋心を整理して……ちゃんと次の恋に繋げられる。メビウス君、好きでいてくれてありがとう……ごめんなさい。私はマーリス君が好きだから、あなたの想いは受け取れない」
「その言葉で十分だよ」
「ありがとう……私に向けてくれてた想いの分、あの子を大事にして欲しい」
「……そこまでバレてるのか」
「メビウス君……そこについては言っておくけど、二人ともバレバレだからね」
「……漏らさないよう気をつける」
何を我慢していたんだろう。何に気を遣っていたのだろう。ずっと一緒だった幼馴染の関係が壊れるかもしれないなんて。
「別に漏らしてくれてもいいよ。その方が面白いから」
「……セーラやラニアさんに突かれたら、平静でいられる自信がないんで勘弁してくれ」
「好きな子の前では、いやスリフちゃんの前では格好いいお兄さんを演じていたいものね」
「……セーラ、楽しんでないかい」
「メビウス君。スリフちゃん関連でしか隙が無いから」
幼い頃から何でも器用にこなしてきた。要領はいい方だと自負しているし、実際大抵のことでは平均よりは出来る方だ。だけど……
「メビウス君。恋愛に対してだけはマーリス君と同じくらい……ううん、マーリス君より下手だよね」
「……うるさい」
「メビウス君。自分の感情に素直になれないところがあるから、そこだと思うんだよね」
「……勘弁してくれ」
今回のことも、僕がもっと早く素直に言えていたら、自分の感情の変化に素直に納得していたら……セーラは勿論、彼女にもあんな想いをさせることはなかった。
「本当に情けない男だよ」
「……それが好きなんだからいんじゃないかしら」
「セーラ……その、もう少し手加減してくれるとありがたい」
「そうだね……そんな真っ赤な顔で会いに行くわけにいかないものね」
「……そこまで行動読まれていると、本当になんて言っていいんだか」
もう顔が熱すぎる……意地でも彼女の部屋に行くまでには顔の色を戻す。そう決意した。
「さてと、あんまり拘束するとスリフちゃんに悪いから」
「僕の心臓にも悪いからそうしてくれると助かる」
「そうするね。後、メビウス君……私達は一生幼馴染だよ」
「それは絶対に変わることはないよ」
村の唯一の生き残り。ずっと支え合って生きてきた三人。それはこんなことで絶対に変わらない。
「……その自負があったなら、もっと早く言えばよかった」
「もう後悔はここまで。格好付けたいんでしょう」
「ああ……」
セーラ。強くて聡明で、やっぱり好きな女の子。でも、その気持ちの整理はついた。大切な幼馴染で、ちゃんと幸せになってほしい。そう、心から思えた。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「うん。行ってらっしゃい。明日の朝、楽しみにしてるわ」
「……手は出さないからね」
「どうだか……じゃあ、私のことは気にしないで。心配してくれる人に散々愚痴るから」
「マーリスによろしく」
そのままセーラに背を向ける。そして最後に一言を添える。
「君を好きになってよかった」
「メビウス君の想いが聞けてよかった」
そのまま部屋を出る。すると丁度、マーリスが二階に上がってくるところだった。
「メビウス……お前、セーラの部屋で何を?」
「ん……ああ、告白してフラれてきた」
「はっ?」
「まあ後はセーラに聞いてくれ」
「お前……いや、待て、説明しろ」
「そのままだから、それ以上は聞いてくれ」
「なっ……」
僕の脇をすり抜けて、セーラの部屋の扉を開けるマーリス。後ろから、二人の騒がしい声が聞こえる。
「セーラ。どういうことだメビウスが告白したって」
「マーリス君。女性の部屋に入るときはノックくらいしてくれるかな」
「いや、そんな場合じゃないだろ」
そんな幼馴染達が僕は大好きだ。そしてそのやりとりで落ち着いていく心音を感じながら、僕は少し進んだ別の部屋の前で足を止めた。
スリフ、と書かれた無骨な木のネームプレートのかかった扉の前。物音一つしないその扉をゆっくりと叩く。
「スリフちゃん。ちょっと時間いいかな」
相手からの返答が返ってくるのを待ちながら、覚悟を決める。色々な覚悟を。
「……あれ? スリフちゃん?」
だが、しばらく待っても返答が返ってこない。今度は少し強く扉を叩く。
「スリフちゃん、大丈夫?」
だが、やはり返答は返ってこない。これが他の面々なら、外出しているだけだと思う。だけど彼女は一人で外出するのは過去のトラウマから、絶対にない。
「スリフちゃん。ごめん、入るよ」
中で何かあった。それか何らかの理由でいないとしても一大事だ。だから僕は一瞬の逡巡の後、扉を開いた。するとそこでは……
「スリフちゃん……」
「スー……スー……スー」
出かけたときの格好のままで彼女がベッドに倒れ込んで寝ていた。ホッとして力の抜けた僕は膝から崩れ落ちそうになって、<変異空間>から椅子を取り出し、腰掛ける。
「よかった……」
眠る彼女は小動物のような雰囲気を醸し出していてとても可愛らしかった。普段だったらすぐに部屋を出ていただろう。でも……
「起きるまで見させてもらおうかな」
もう開き直ってしまった。可愛い彼女と一緒にいたい。起きたら、起き抜けで悪いけど、ある言葉を伝えてしまおう。
そう決意して今度は本を取り出すと椅子に深く腰掛け直して、眠る彼女を眺めながら頁をめくり始めた。
こちらの次話投稿予定は本日中の予定でしたが、非常に長くなりそうでしたので、公開予定未定といたします。
年内(第十章内)では投稿いたします。そのため次回投稿予定は12月29日金曜日21:00予定です。




