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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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第百七十五話 敗走軍と、死神と


「失礼、この周辺で最高位の指揮官は?」

「貴族の指揮官……防具も護衛も付けずに、舐めやがって」

「舐めもするだろう。現にこの中でまともに攻撃できる者がいるのか?」

「<爆炎弾マグマボム>……これだけ兵がいて、魔術を使えるやつが一人もいないとでも思ったのか。思い知れ」

「<岩石弾丸ストーンバレット>……どうせ殺されるか、捕虜にされるんだ。ならそんな舐めた野郎、腹いせにやってやる」


底なし沼に腰の上まで沈み込み、完全に身動きの取れなくなった帝国軍総数約6万。そこに護衛も付けずに近づいた貴族服の青年。

見下した目線で兵士達に呼びかける彼に、一瞬で沸点を超えた初級魔術を使える兵士達が、我先にとその青年に向かって魔術を放った。


初級魔術と言えど、殺傷能力は十分。魔術の影響による土煙が晴れた後には、無残な死体が転がっているはず・・だった。


「……いくら魔術を併用したとは言え、この距離で外すか?」

「なっ……う、打て、打ちまくれ……」


土煙が晴れた先には、何事もなかったかのように青年が立っていた。その様子に、更に多くの魔術の弾丸が青年に降り注ぐ。人はおろか、ちょっとした砦なら跡形も残らないような魔術が降り注いだ。


「何発撃っても無駄だよ。そもそも、俺に狙い・・があってないんだから」


何事もなかったかのように青年の声が響く。その声に、魔力切れも相まって、一人、また一人と戦意を喪失していく。


「さて、まだやりたい奴がいるなら相手になるが……」


再び響いた青年の声の直後、泥沼の範囲をすっぽり覆うような巨大な光と熱が上空に走った。それは魔術の知識をあまど持たない幼子でも分かる圧倒的な実力差。火魔術第九階位<神炎空間創造ビッグバンフレア>だった。


「これ以上、交戦行為を継続するというなら命の保証は出来ないぞ。ただしこの場で降伏するというなら俺、クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダー王国魔術省大臣の名の下に命だけは保障する」

「……」

「逆に言うなら、この場の生殺与奪は俺が握っている……そう、この底なし沼もな」


そう男、フィールダー魔術相が言った瞬間、沼全体が一段沈んだ……その状況に、僅かに抵抗の意思を見せていた一部の兵の動きも止まった。


「さて、結論は出たかな」

「……前線指揮官は私だ。周辺総軍、全軍降伏する。これ以降、攻撃をした者は帝国の指揮下にない。王国に全ての裁量を任せる」

「……お名前は?」


一人の指揮官が降伏を宣言し、周辺の指揮官がそれに続いていく。圧倒的な力の差、恐怖の前で、最初の反抗が嘘のように、武装解除が進んでいった。




「逃げた兵は先回りして封じろ。魔術師、攻撃はいい。撤退ルートの封鎖、橋の破壊、水辺の妨害に全力を傾けろ」


底なし沼で完全に動きを封殺された帝国軍の兵士達は多少の抵抗はあったものの、素直に武装解除に応じていた。その一方で敗走する帝国軍兵士達は、突然の王国軍の奇襲、そして魔人の襲撃で大混乱に陥りながらも決死の抵抗を続けていた。


「フィルシード卿。これ以上、捕虜をとっても管理が難しいです。既に戦力差は決定的ですし、一部は逃走させてもよいのでは?」

「それならフィールダー卿がどうにかする。完全に川向こうに逃走されるまでは交戦を続けろ。降伏しない限りは押し込め。降伏したなら速やかに武装を外させろ」

「はっ」


抵抗する帝国軍だったが、度重なる敗走で戦線は崩壊していた。しかも元々統一した軍ではなく、複数の領の軍や、農民兵の寄せ集めであることもあって敗走する中でもはや軍としての体はなしていなかった。


「正規兵はまだ辛うじて軍の体裁を保っている分、厄介だ。農民兵、義勇兵から崩せ」

「はい」

「軍務卿。でしたら、正規軍の敗走妨害は騎士団につとめさせてください」

「いい。ジャンヌ、騎士団の本懐は陛下の護衛だ。特殊な状況下であるから、一部の兵をこちらに割きはしたが、敵陣の直近にまで騎士団を寄せる運用は原則ない」

「申し訳ございません」

「いい……私がいる間に、全て盗め」

「っっ……はい。フィルシード前騎士団長閣下」


戦功を焦る者、少しでも戦の役に立ちたい者……これだけの戦争など生まれて初めての者も少なくない。皆、良くも悪くも興奮して、普段の判断ができていない。


「皆、落ち着け。既に戦況は決した、功を急ぐばかりに、終戦を急ぐあまりに雑なことをするな」


その兵士達を諫め、戦況を読みながら魔術師まで自由自在に動かす……前線指揮官としてあまりにも有能な人物。王国軍最高指揮官ライン・フィルシード卿がその戦場を完全に支配していた。


「敵いませんね」

「……まだ若い娘に負けるようでは、私の人生が何だったのかという話になるからね。それに私には戦術指揮官は向いているが、軍全体の指揮、軍事教練という観点では未熟だよ。それらを踏まえて適材適所として配置してくださる陛下や宰相閣下あってのことだよ」


敗走を続ける帝国軍の半数程度は戦闘不能、もしくは捕虜となっている。戦線を押し返し、今は正規軍以外を中心に潰している。


「正規軍が2万程度は敗走されるかな。まあ、川向こうに行かれるまでなら、追い込んで降伏を促すが……下手に退路を防ぐと、激烈な反抗をされてこちらも手痛い被害を受けるからね」

「頃合いを見て、ある程度を逃がすのも戦術ですか」

「ああ。どのみち、完全に戦力差さえ返してしまえば最後は戦力差など関係ないからね」

「フィールダー卿の直接転移……あの技術は、警備の根幹を揺るがすので絶対に広めて欲しくはないですが」

「彼の技術はよくも悪くも、戦争を変えるね……だが、魔術の発動妨害技術は私も聞いておきたいね」


ここにいないフィールダー魔術省大臣、彼がこの戦争を仕切ったことは疑うまでもなかった。そして彼の考案した、彼の持つ技術が今後の世界を揺るがすことも想像に難くない。だが、この戦場という場においては目の前の戦果が、自国の防衛が、全てに勝る。


「では、そのようにお伝えしておきます……伝令、状況は」

「はい。川沿いについてですが、正規軍を中心に敗走を許しました。川に落とす形で戦力を削いではいますが、当初の予想通り最低でも1万程度、恐らくこのまま2万から3万程度の兵は敗走を許すことになるかと思います」

「わかった。完全に川向かいまで敵軍を押し戻したら報告を」


当初の戦力比は王国軍6万に対して、帝国軍12万。だが現状は王国軍が負傷兵や、捕虜の管理の兵を除き少なく見積もって5万、帝国軍は多く見積もって4万弱……完全に戦況は逆転した。


「さて、最後の詰めだ。全軍、気を抜くな。一兵力でも相手を減らせ」


フィルシード卿の声が響く戦場。指揮官に鼓舞された兵士達は、その言葉の通り、一人でも多くの相手兵力を潰すため、戦場に駆けていく。




「底なし沼の兵士を収監している間に戦争終わる気がするんだが?」

「そうだとしても、あのまま底なし沼に沈め続けたら下手すれば凍死者が出かねないだろう。今日中に戦闘を片付けたとしても、講和会議もある。それが終わるまでは捕虜を解放できないからな」


俺とレオンが遠目で見る泥沼の上では、泥沼を出された兵士達が武装を解除させられ、簡易的に作られた石の牢に収監されている様子だった。総数が6万近いため、こちらの予備兵力を総動員してはいるのだが、すぐには終わりが見えそうもない。


「しかしフィールダー卿のおかげで捕虜の管理も楽でいいですね」

「あの魔術自体は、そこまで高度な物でもないですよ。あの規模で作るのは苦労するので裏技を使いましたが」

「それは分かっていますよ。現に作ること自体は私でも出来ますし。あのサイズで作れるというのが……しかもあの数」


泥沼の片隅に出来た石の牢は、体育館くらいのサイズがあった。ちなみに階層が整備されており、地下区画もある。そしてそれが十ほど並んでいる。自分でやってもよかったのだが、たまには楽をしようと思い、今回は専門家を召喚した。


「<召喚サモン 建築妖精ビルドフェアリー 土子人ノーム>」


小さな建築家達、ノームである。容姿はつなぎのような服を着て、人形のような顔をした身長30cm程度の小人だ。彼らは召喚者が伝えたイメージの通りの建物を建てたり、建物を修理してくれたりする。工賃とばかりに作業量に見合った魔力を吸われるが、俺みたいに無尽蔵な魔力を持つ人間からすれば、大した量ではないので気軽に呼んでいる。


「召喚魔術か……何で廃れたんだ」

「定説では、現代に至るにつれて魔術師の魔力量が減少し、召喚魔術を行使するのに足る魔力を持つ者が減った結果、技術継承がされなくなった。だったと思いますが、フィールダー卿、実際はどうあんんですか?」

「師匠達も同じことを言っていましたよ。だから精霊との結びつきが強く、魔力量が多い者が多かったフォレスティア王国では未だに召喚魔術が継承されていますし」

「しかし、なぜ人間は魔術能力が低下したんだろうな……」

「ああ、それなら……と、解説はまた今度だな」


召喚魔術に関する気の抜けた会話をしていた俺達の耳に大きな破裂音が響いた。東方、泥沼の遙か先。川の真上で火魔術が三発。それは作戦の最終段階の合図。


「陛下、宰相。準備は?」

「いつでも構わん。早くしろ」

「ついた瞬間。陛下の周りに全力で結界を展開する準備だけは既に出来ています」

「では……<座標転移トランスポート>」


俺達の姿が王国軍の陣地からかき消えた……




「どういうことだ。戦力差は倍。圧倒的な蹂躙で一瞬で片がつく、そういう話だっただろう」

「そ、そのはずでした……」


帝国軍の本陣。帝国の最有力貴族、執政官ヴァローテン公爵はその怒りを、副官ダンジェット子爵にぶつけていた。


「どうなってる。聞けば半数の兵士は泥沼にはまり身動きが取れなくなり、残った半数も散り散りになり、半数も帰還していない。なのに王国軍は損害軽微だと?」

「と、突然の奇襲で……」

「奇襲でどうにかなる戦力差ではないという話だっただろろうが」


怒鳴り声が木霊する本陣。無能なものはオロオロするばかりで、有能な者は情報を元に敗戦を悟り、その後の動きに頭を動かしていた。自身の利益を優先する者達は、どの状況でヴァローテン公を捨てて、誰につくかを算段していた。


「とにかく引くぞ」

「ひ、引くのですか?」

「王国側も、この状況で侵攻はしばらくしてこないだろう。一度引いて、時間を引き延ばして有耶無耶にする。前の戦争と同じだ」

「し、しかし捕虜が多すぎます。解放されなかった場合、領の経済、いえ領の治世に深刻な影響を与える地が多数かと」

「私の兵はほぼ無傷だ。他の領地など知ったことか」


その発言で、この戦場が片付き次第、確実に始末しようとこの場の貴族の誰もが思った。しかし自分本位の無能、ヴァローテン公はそんな単純なことにも気づいていない。


「今いる兵を集めて引くぞ、早く来い」

「全員動くな」


指揮官席を立ち、動き出したヴァローテン公をダンジェット子爵が追った。その瞬間、その場の全員の首元に氷の刃が添えられた。

この中には剣の猛者もいた。帝国内でもトップクラスの魔術師もいた。帝国の本陣なのだから、それを護るに足る実力者達が当然いた。だが、誰一人として反応できなかった。


「な、何者だ」

「そんな態度を取れる立場か」

「ひいっ……か、身体が……」


そう言葉を続けた瞬間、ヴァローテン公の身体が氷に閉じ込められた。全員の視線が突然現れた人物達に注がれる。


「さて、最高指揮官はそこの男でいいのか」

「は、はいっ、そちらのヴァローテン公爵閣下が、現帝国の執政官でこの戦争の首謀者です」

「ノーチェン、貴様!」

「ヴァローテン公、今一度ご自身の立場を分かっていただきたい。あなたを生かすも殺すも私の手の平の上なのです」

「貴様……」

「大人しくしていてください。勿論周囲の方々も、抵抗すればこちらも要人警護の途中ですから……容赦無くお命頂戴します」


人物の中心、膨大な魔力を持つ男。彼が言った命を頂戴する。その言葉がはったりでも何でも無いことをその場の全員が理解した。そして状況からその人物達の身元を多くが察した。


「申し遅れました。こちらがレオン・アドルフ・ルーテミア国王陛下です。そして後ろがハリー・ハイドリー・フォン・ローレンス宰相閣下」

「そういうことだ。全員、武装解除をし、速やかに降伏しろ。この場で私に斬りかかるというなら、問答無用で私の両腕が全員を殺す」


まさかの国王陛下の登場に唖然とする間もなく、その背後の宰相が発した殺気に固まる。ルーテミア王国の現宰相と言えば、凄腕の魔術師だ。国王の王子時代に、数々の暗殺者を返り討ちにしている。近接戦闘では勝ち目はない。


「もう一度聞く。抵抗する者はいるか」


国王の続く言葉に、もう言葉は決まっていた。宰相の殺気以上に、涼しい顔をして立っているもう一人の男が誰かわかったから。今日の戦争を全てぶち壊した死神。数々の逸話を持つ男。


「陛下。いないようですし、一人ずつ武装を剥いでいきましょう」

「ああ。そうだな」

「ただ、そこの指揮官は役に立ちませんね。この場で次席指揮権を持つ方、武装解除の勧告を出していただきたいのですが……ああ、そういえば名乗っていなかったので一応」


その男の名乗り、それがこの幻とも言われる戦争が後世に残される際の事実上の最後の言葉として残されている。


「クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーです。死にたい方がいましたらお好きに抵抗してください。好みの方法で殺して差し上げますよ」


そう笑顔で言い放った言葉に、その場の全員が戦意を喪失した。

次回投稿は12月23日(土)21;00を予定しています。

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