第百七十二話 暗躍していた者達
投稿遅れ並びに乱れ、大変失礼いたしました。
前方を突然発生した底なし沼に阻まれた帝国軍は、大混乱に陥っていた。その混乱の最中、更なる混乱が生じた。
「お前、魔術省大臣より、軍師の方が向いてるんじゃないか……」
「俺はあくまで軍務省や、王国軍の関係者の提案を元に魔術で出来る策を提案しただけだよ」
「……どちらにせよ、この強襲策は見事に成ったな」
さて王国軍の全軍6万の大半は、俺とレオンを含めた首脳陣が位置する王国本陣にはいない。そのような状況を見れば、どれだけ無能な指揮官であっても様子を見るだろう。だが実際にはそうならなかった。それは帝国軍の指揮官が想像以上に無能だったというわけではない。
「氷魔術を用いた鏡面に軍の姿を反射させる……そのままだと誤魔化しづらいから雨のどさくさに紛れて、薄らと霧を展開……あまりに単純すぎる策なんだがな」
「ああ。光魔術を用いた幻影や、水魔術を用いた霧での攪乱など常套手段だ。だが、兵力差に奢ったんだろうな。後は、例の襲撃も響いているだろう」
「確かに軍内部で謎の襲撃が起きれば、普通に混乱もするし、稚拙な侵攻にも繋がるか……」
幻影と光の反射、それを霧で誤魔化す……子供だましのような戦術だが、これを魔術で広範囲に、かつ相手を混乱に陥れた状態でやると、覿面に効果が出る。
王国軍6万のうち、約4万が王国軍右手の山脈に潜み、底なし沼に混乱して足を止めていた帝国軍の横腹から突っ込んだ。
「完全に形勢逆転したな。王国優位の戦場だ」
レオンの呟きの通り、帝国軍は敗走していた。前方は底なし沼、左手からは相手の本隊、右手はフォレスティアの台地がそびえ立っており、後方は川……
「四面楚歌……少し用法が違うな……袋の鼠か……窮鼠に噛まれなきゃいいが」
「なんだ、お前の世界の言葉か?」
「ああ。周りを囲まれ助けが無い様子、逃げようにも逃げ場がない様子、追い込まれた者が格上の者に一矢報いる様子、だな……」
「そうか……うん、底なし沼の方はしばらく戦線復帰は無理だな」
この混乱の中、弓矢の音はなりを潜め、手の空いた雷魔術の使い手達は、沼に向かって電撃を放っていた。沼に足が完全に沈んでいるだけで、上半身は多少動くし、意識は奪っておくに限るからな。
「さて、このまま本隊で敗走する帝国軍を東に追いやり、川を越えた先の本陣に乗り込めばこちらの勝利だな……拍子抜けするくらいあっという間だったな」
「まあ、相手が面白いくらいにこちらの予想通りの動きをしてくれたからな」
「本当にな。さて、気を抜かず戦況を追うぞ。お前がいるんだ。何が起こってもおかしくはない」
「人を疫病神みたいに言うな。今回の戦争は間違いなく一大功労者だぞ」
「陛下、フィールダー卿!」
レオンとすっかり気の抜けた会話をし始めた、その時だった。半ば叫ぶように俺達を呼ぶ兵士の声に顔を上げると……
「なんだ、あいつら……いや、あいつら……なんで?」
「なんで魔人がいるんだよ!」
そこには帝国軍の軍勢の中から、1人、2人と身体に纏った幻影を解いて、魔人が現れていた。そしてついでとばかりに周囲を蹂躙していく……
「クライス、どういうことだ。魔神は消滅したんじゃなかったのか」
「消滅したよ。ただ、魔神は魔人を作り出せる、発生する要因になるだけで……魔神が消えたら全ての魔人が消滅するわけじゃない。落ち着け、一度説明したろ」
「そういえば、そうか……だが、なぜこれほどの数が帝国軍に?」
「それは知らん。あいつらに聞いてくれ」
魔神との決戦、あの時、周囲を埋め尽くしていた魔人、魔王は尽く刈り尽くした。だが、一部は逃してしまった可能性は否定できなかった。重大事項に思えるが、俺達がそれを放置した理由は至って単純だ。
「……<暴風切断術>」
俺の発生させた風の刃が、魔人の首に直撃する。そのまま首を両断すると、魔人は魔力の粒子になって消え去った。
「魔神という存在の原点、そして負の魔力の潤沢な供給源がなくなった以上、今の魔人は闇魔術が得意で、少し身体の強度が丈夫な上級魔術師程度でしかない……この数がいるのが少々問題だけどな」
「私でも倒せるか?」
「一対一なら恐らく。ただ……」
「わかっている。無論自衛に徹するさ。ハリー」
「ここに」
「いつの間に……」
「状況が異常でしたので、部隊指揮を移譲して戻りました」
気がつくと、レオンの背後にハリーさんが戻っていた。流石すぎるな……
「一度、戦線を再構築する。クライスの話を整理するなら、剣でも殺せるのだろう」
「技量があれば……例えば、あんな風に」
俺の指さした先には、戦場を風のように舞いながら魔人を切り伏せるララフローリア嬢と、地上で振るった刀の斬撃で上空の魔人を切り落とすミツルギ先生の姿があった。
「あれは規格外……だけど魔術師でなくても十分に対抗できるレベルに能力は落ちてる」
「化物と呼ばれるのは慣れているが、君にそういう言われ方をするのは心外だね」
「お互い様では?」
「先生、フィールダー卿。今は変な言い争いをしている場合では……」
「……わかってるよ」
正面に転移してきた数体の魔人をいつの間にか抜かれていた刀身が両断していた。
「言われなくても陛下の護衛は仕事だ」
周囲に集まっていた魔人がこちらに足を踏み込んだ瞬間、身体が爆発した。
「エグいことをするね……」
「殺しに来てる化物相手に情けも容赦もいらないだろう」
「化物……そうだね、うん。あれは古の魔人でいいんだね」
「そうですね。それが何か?」
「君の言葉を借りよう……情けも容赦もいらないということだね」
「ええ」
「久々に運動するとしようか」
そう呟いたミツルギ先生の姿は一瞬で掻き消え、次の瞬間にははるか遠くで魔人を斬り伏せていた……本当にあの人にだけには化物とは言われたくない。
「すみません、うちの先生が……あまり意味はありませんが私も先生に加勢してきます。最初の無礼も含めてお詫びは後ほど伺います」
「……お気をつけて」
「では、失礼します」
慌てた様子で、しかし軽やかな歩幅で抜剣し、走り出したララフローリア嬢を見送った俺が振り返るとレオンやハリーさんも含めて唖然とした様子で固まっていた。
「宰相殿。地面が凍ってる範囲には入らないようお気をつけて」
「入ると……先程の魔人と同じ運命を辿るということでよいでしょうか」
「はい。空気すら凍る温度まで魔術で温度を下げ、その後に外部からの気体の流入を風魔術で封じています」
氷魔術を用いて本陣周囲の円周上の、地表付近の温度を極限まで下げる。そして、真空となった空間を結界で維持すれば超攻撃的な結界の誕生だ。
「後、その近くにも近寄らないことをおすすめします」
「まだ何かあるんですか?」
「ええ、例えば……」
遠目に見えた魔人を一体<座標転移>で手元に引き寄せ、反応される前に結界に投げ込む……魔人が反応らしい反応を見せる前に、魔人が粉微塵になった。
「空気を抜いた空間を維持するための気流の結界には、細かい石の粒を混ぜています。身体はおろか、鎧ですら削り取りますのでご用心を」
「……危険すぎませんか?」
「そんなに時間はかかりませんから問題ないとの判断です。後は……<聖光装甲>」
更に、周囲の騎士団の剣に光を纏わせた。光魔術……正の魔力エネルギーが負の魔力エネルギーの塊である魔人特攻なのは周知の事実だ。
「光魔術の付与です。これで普通よりは楽に魔人が斬れます」
「……本当にあなたが敵国にいなくてよかったと思いました」
「クライス。本陣の守護の準備は終わったか?」
過剰な結界に、攻勢のための術まで施した俺にハリーさんは引きつった笑みを浮かべ、レオンは当たり前のような顔をしていた。
前世からだが、俺の周りの人間の表情は、大体この二種類に大別される。
「ええ。後は魔神戦の後始末を終わらせてきたいのですが……陛下、よろしいでしょうか」
「ここで座して待つだけの自分に、英雄を強制することなど出来るはずがないだろう……フィールダー卿の思う通りに動け、許す」
「御意」
国王の言質は取った……さて、面倒事はさっさと終わらせよう。結婚式、二度目の遅刻は絶対にしたくないからな。
「では、残りの魔人を殲滅して参ります」
「ああ。できるだけ早く頼む。あんまり遅くなると、ここは全員揃って怒られるからな」
「私を巻き込まないでください」
「だが、事実だろう?」
「……そうですが」
詩帆、ソフィア嬢、エマ先生……うん、何なら戦場に出てきそうな奥方……ではない人もいるな。
「陛下、それを言うなら一人だけ関係性に名前がないのでは?」
「不敬だぞ……その……帰ったら言う」
「お前、俺に負けず劣らずの悪い予感をさせるな……まあ、無事に連れ帰るけど」
「当たり前だ。そこは絶対だろう。どこまで早く帰れるかだけが問題だな」
「本当にここの危機的状況であなた方は……フィールダー卿、本陣はこれだけやってくださってれば後は私がどうにでもします。ご武運を」
「ああ、ハリーの言うとおりだ。後ろは気にするな」
2人の言葉に頷いて、ゆっくりと振り向く。混乱しきった戦場にさらに落とされた魔人という爆弾。戦場を見据え、俺は、まずゆっくりと呟いた。
「<光線>」
幾条もの光線が、戦場をかけた。それら全てが戦場に散らばる魔人の存在を刈り取った。
それを号砲とばかりに、転移で上空に動く……薄く魔力を展開し、魔人達の姿を探す。
「面倒なことしてくれやがって……文字通り瞬殺してやるよ」
魔人の反応が多い地点に転移し、その場にいた魔人を即座に光魔術で消し飛ばしながら、俺はきっと悪魔のような笑みを浮かべていた。
次回投稿は12月2日21:00を予定しております。




