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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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第百七十一話 フィールダー先生の科学教室

本話は修正した再投稿版となります。未完成原稿の投稿を行ってしまい、誠に申し訳ございません。


「……面白いくらいに決まったな」

「ご苦労、フィールダー卿」

「お褒めに預かり恐縮です、陛下」


帝国軍の軍勢の前方……1km四方が突如として底なし沼の様相を呈した。その急激な環境変化は、その上を走っていた人間にはひとたまりも無かった。

時間にして十数秒、歩数にして十歩足らずで腰まで土に取られた人間達に為す術はない。


「それで、あれは魔術ではなく自然現象の再現ということだったか」

「ええ。現象を起こす際に魔術を干渉させて確実性を上げるくらいはしましたが、起こっていることは只の自然現象ですよ」

「ただの自然現象……巻き込まれた人間からすればたまった物ではないな」


俺が起こした現象。それはある種の物質の粘度が時間経過とともに変化する性質をもとにしたものだった。


「チキソトロピー性……ゲルとゾルの中間的物質に、剪断応力を加えることで物質の粘度が一気に低下し、液状になる性質」

「それ、王宮での初回説明でも最初に冗談のように言っていたが、誰も理解できるわけがないからな」

「ですが、今は言葉の意味が分からなくても……この状況を見れば一目瞭然でしょう」

「ああ……」




二週間前 王城 王国騎士団軍事演習場


「……フィールダー卿。言っている単語の意味が一つも分からないのだが?」

「……冗談です。きちんと説明いたします」

「最初からそうしてくれ」


帝国軍との戦力差を簡単にひっくり返し、かつ軍勢に致命的損害を与えない策。そして、俺の独り相撲にならないように……という条件を加味して俺が考えたのがチキソトロピー性、日本語で言うなら揺変性を利用した作戦。

難しい話を抜きにすれば、底なし沼を人工的に生成する戦術だ。


「そもそも自然界には、一定以上の力を加え続けると液体状になり、力が加わっていない状態だと固体状を示す物質が存在します」

「そんな物質、身近に存在するのか……」

「たとえば塗料の一部はそういった性質を持たせているものがありますよ」

「……そういえば、壁面塗料を塗る際、まずかき混ぜて柔らかくしますね」

「確かに……あれ、時間が経つと固まっていますね」


フィルシード軍務相とハリーさんが反応しているのは、行軍の際の基地設営や、魔術塗料の作成などで塗料を用いる機会があるからだろう。そういった経験でもなければ貴族がそう言った現象を身近に確認することは難しいだろう……一部の例外を除いて


「あとは、一部の粘土質の根菜類の畑でもみられるのではないですか?」

「そうですね。底なし沼で起こる現象がまさにそれです」

「なるほど……そういえばリーディア子爵領の帝国領土との境目には、あの畑で用いているものと同種の粘土様の土が分布していますね」


例えばこのような農業オタクの貴族様……レンド・シン・レンド農務相でもなければ。


「レンド農務相が今、おっしゃったように一部の粘土は水分を含むことによって先程の性質を得ます」

「つまり、その粘土を戦場に配置し、水分を与えることで、戦場に底なし沼ができると」

「その通りです」

「底なし沼の深さを考慮すれば、死者は出ないが、簡単に行動はできないか」

「ええ。この性質を持つ流体の中で、動けば簡単に沈みます。が、沈みきって動きを制限されれば流体は固体に変性し、身動きが完全に取れなくなります」

「なるほど……ですが、フィールダー魔術相。大軍を一気に仕留めるのは難しいのではないでしょうか」

「フィルシード軍務相、どういうことだ?」

「陛下。どれだけ広い範囲を底なし沼にしたところで、前方の軍が沈んだ時点で、後方の軍は止まります」


フィルシード卿の指摘の通りだ。広範囲に底なし沼を作ったところで、前方の数百人が、数千人が落ちたところで、戦略差に目に見えての変化は起こらない。


「最初に落ちた人間達を見て、後方の軍が止まれば対策が取られます。乾燥させられれば沼地は無効化されます」

「その点は、魔術的に対策を取ります。こればかりは僕の力業になりますが……領域内いっぱいに帝国軍が展開されるまでは表面のすぐ下を凍結させておきます」

「なるほど。その氷を卿の魔術で一気に溶かすと」

「いえ、氷の厚さを調整して軍の重量で溶かします」

「わかった……それで、この場に皆を集めたと言うことは実演するつもりか」

「陛下のおっしゃるとおりです」


騎士団の軍事演習場の地面の土は粘土質ではない。それについては本物の力業で何とかする……


「……<錬金アルケミス>」


土を粘土に変質させる程度であれば、原子、素粒子レベルでの変質は必要ない。そのため物理魔術ではなく<錬金>を用いて、物質の変換を行う。


「これで、地面の一部を粘土質に変換しました」

「フィールダー卿、これを現地でも行う予定ですか?」

「宰相殿には説明するまでもないかとは思いますが、広範囲でこうした自然の摂理を無視した物質変換を行うのは現実的ではないですね」

「では、土だけは現地調達の必要があるのでは……土の長距離輸送も現実的ではないですし」

「大丈夫です。現地調達可能です。先程、とある方が言われてましたよ」

「そういえば……レンド農務相」


ハリーさんが振り向いた先にいたレンド農務相がビクッと反応した。その反応が落ち着くのを待って、ハリーさんが言葉を続けた。


「農務相。このような土の調達が現地で可能ということで間違いないでしょうか」

「は、はい、宰相閣下……確かに該当するような粘土質の土壌がリーディア子爵領の山地では豊富に見られます」

「なるほど。ちなみに作戦ではかなりの広範囲に展開する必要がありますが、量などのデータはお持ちでしょうか」

「ええ、あります。そして十分な量かと……農業利用されていないのが実に惜しいと思っていましたので記憶にしっかりと残っております」

「な、なるほど……でしたら問題なさそうですね」

「はい、というわけで実演していきましょう……<降雨コールレイン>」


急に饒舌になったレンド農務相に若干引きつった笑みを浮かべるハリーさんを横目に、粘土に変質させた地面に雨を降らせる。その後、一瞬だけ物理魔術で地面の水分量をみる。そして十分にチキソトロピー性が発現するだろうところで、雨をやませる。


「これで発現するかと。試してみたい方、どうぞ」

「では私が」

「私もよいですか」


全体に声をかけてみると軍務卿に宰相、レンド農務相とエディット教育相が手を挙げた。その後、リュエル伯爵が控えめに手を挙げた……珍しくパンツルックだと思ったら、楽しみにしてましたね、この人。

ちなみにレオンは手を挙げるまでもなく泥沼に足を踏み入れていた。と、軍務相以外はディティス教皇を除く若手の閣僚陣が皆、体験したいとのことだった。今回は膝丈もないくらいまでしか用意していないので、何の問題も無い。


「おお、これは……原理を知らなければ、筋力で強引に抜け出すというのは難しそうですね。身体能力強化を使えば何とかなりそうなくらいですかね」

「魔術を用いない一般兵だと、この状況で戦闘継続できる軍はそうはなさそうですね……水魔術や土魔術の技巧派なら、どうにか抜け出せるでしょうか」


フィルシード軍務相とローレンス宰相は、兵士として、魔術師としてこの底なし沼を抜け出せるかを議論していた。


「ふむ、確かにあの類の畑の土と同じものですね……フィールダー卿や、相当な土魔術の使い手でなければ無理なのでしょうが、こういった土質の改変魔術、研究できないものでしょうか……」

「聞くよりも試すが一番ですね……しかし、これが魔術でなく、自然に起こる物事とは……魔術に頼らない知識の教育、研究も進めていかなければなりませんね。しかしフィールダー卿は本当にどこからこのような知識を……」


レンド農務相と、エディット教育相は自身の管轄事項に、この技術を応用できないかそれぞれぶつぶつと呟いていた……何の気なしに提案したが、こういう科学技術を広める際は、気をつけないとな。


「すごい……面白いですね」

「構造はクライスの説明で理解できたが……本当にこうなるのか……」


リュエル伯爵と、レオンはしっかり沈み込んだり、ゆっくり足を引き上げたりしながら、底なし沼で遊んでいた……まあ、現代ならリュエル伯は大学生、レオンは高校生だもんな。


「まあ、年相応で微笑ましい光景でいいな……」

「……フィールダー卿、あなたもそう言われる側では」

「それもそうですね……」


子供を見るような目でその二人の様子を眺めていると、二人だけでなく盛り上がっている全員に暖かい目つきを向けていたローレンス公に声をかけられる。

精神年齢で言うならローレンス公と歳はそう大差ないんだよなぁ……


「まあ、僕はいつでも出来ますので……それでローレンス公、フローズ子爵。ご相談があるのですが」

「ふむ、なんだね」

「……私もですか。何かこの作戦で必要な物資ですか?見たところ特殊な用具は必要ないように見受けられますが」

「実は他の作戦で使いたいものがありまして……ご用意をお願いしたく」

「すぐに用意できるものですかな」

「銅を1000kgほど用立てていただきたいのですが」

「1000kg……ですか。その、何に使うのでしょうか」

「少し魔術を応用した矢避けを作ろうかと思いまして」


この世界では銃の開発はされていない。いや、開発はされてはいるのかもしれないが実用化はされていない。魔術があるのでそういった火器の開発が遅れるのは仕方の無いことだろう。そのためちょ距離攻撃手段としては弓や投石くらいのものだ。


「多くて、いきなりだと難しいですかね?」

「いえ、フローズ商会の主要な取引先だけで二日いただければ集まるかと思いますが……矢避け、ですか」

「ええ。文字通り矢を逸らす仕組みを作ろうかと」

「矢を逸らす?そのようなことが可能なのですか?」

「ええ。雷魔術の応用なのですが……」


そう言って、俺はそれを説明するため手元に銅線を生み出し、とある形状に加工した。その実演に、底なし沼で遊んでいた面々も集まってきた。


「それでは、まずこの銅線に魔術を用いて……」


そうしてその日は、その後も科学と魔術、そして現代の戦術……俺の知識チートを披露するだけで終わってしまった。




「お前の前世の世界の知識……この世界で広める際はくれぐれも私の許可を通すようにな」

「この知識を扱う学問の徒として、積み上げられた知識のないままの知識は危険すぎるのは重々理解してる」

「わかっているならいいが……」


今回の戦争では過剰な戦力差をひっくり返すために、この世界では知られていない科学知識を魔術と組み合わせることで多分に使用した。今後は科学教育の整備を進め、この世界の人々がそれに気づくようにしていかなければならない……魔術で起こってる現象理解も不十分なことを考えると、十分に魔術省の管轄だろう。


「しかし驚くほど矢が飛んでこないな」

「これは似たような魔術があるんだけどな……必要魔力量が多すぎて廃れたが、原理は同じだ……」


底なし沼で近距離攻撃を防ぐこととして、中長距離からの攻撃対策として俺は弓矢と魔術の対策を行っていた。


やじりに使われてる金属が鉄だから出来る芸当だ。問題は矢自体が重いし、動いてるからそれを引き寄せるのに莫大なエネルギーを使うこと。魔術で全てまかなうと魔術師がすぐ干からびる。特に現代の魔力量の低下した魔術師なら余計に」

「それを補助する機構があれ、というわけか」

「ああ……あれの小さい版は、俺らの世界だと初等部で触るようなものだが、だからこそ構造が単純で使いやすい」


俺が講じた弓矢の対策。それは巨大な電磁石による矢避けだった。陣の先頭数カ所にコイルを配置し、階位が低いが、雷魔術が使える魔術師を大量動員して電源とした。


「お前の世界の教育、一度受けてみたいものだな……」

「俺が教師役でよければ、やってもいいぞ」

「お前が教師か……遠慮しておこう」

「なんだその間は。一応、教育研究機関の教育者だったんだが?」

「……何より、魔術が驚くほど飛んでこないのが素晴らしいな。同時にお前に恐怖するが」

「話を流すな……師匠達の時代には当たり前のように使われていた技術らしいけどな」


そして魔術師対策としては、魔術師に対する禁じ手を使わせてもらった。自身の魔力で相手の周辺魔力の集積を妨害する魔術だ。師匠達の時代であれば対抗策があったが、現代の魔術師はこれをやられると魔術の発動方式上、全く魔術が使えなくなってしまう。


「これを広範囲に展開するのは、俺の無尽蔵な魔力のおかげだけど、技術としては難しくないからな」

「ハリーやジャンヌが技術を教えてくれと珍しく懇願してたな……」

「まあ、一方的に魔術封殺できるから護衛としては無茶苦茶魅力的な技術だな」

「そうしてお前の戦術によって……こうして本陣を手薄にできたわけか」


レオンがそう呟いた瞬間、遠くで……底なし沼の先の帝国軍の横腹に王国軍の本隊・・が突撃していった。


「幻影と幻惑は魔術師の十八番だろう」


俺はそう呟きつつ、更に動いていく戦場の様子に目をこらした。

次話投稿は11月28日22:00を予定しています。

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