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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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第百七十話 泥沼の戦場

昨日は失礼いたしました。

人が、あれだけ多くの人が同時に動き出せば、ただの人の動きでも地面が揺れるのか……他人事のようにそんなことを考えながら、俺は目前に迫る軍勢を眺めていた。


「動き出したね……」

「先生。他人事のように言われていますが、私達、攻められる側に居るんですよ……」


気がつくと後ろにララフローリア嬢と、先生が立っていた。危機的状況の筈だが、こちらも緊張感は感じない。


「さすがに慣れてらっしゃいますね……」

「慣れていいものでもないけどね……そういう君こそ、十五歳と聞いたがずいぶんと落ち着いているね」

「こういう力を持つと、生死の境を彷徨うのは一度や二度ではないので……」

「なるほどねえ……本当に十五歳かい?」

「ええ。この世界に生を受けて十五年ですよ」


嘘はついていない。精神年齢なら五十歳近いが……まあ、そこまで成熟した精神を持っているわけでもないしな。


「それで、悠長に話を聞いている余裕もなくなりましたがお二人はどうされますか?」

「ここで君の戦術をゆっくりと眺めさせてもらうよ……帝国軍を無効化する策があるんだろう?」

「……ノーコメントで」

「先生。さすがに戦場でその様なことを聞かれるのはどうかと思いますが?」


俺が焦っていない理由は、この策の一点に尽きる。

少々どころか大分イレギュラーな事態になってしまったが、帝国軍の侵攻ルートは予想通りだ。また侵攻までに時間がかかったことで、こちらの準備は整っている。


「……そろそろ指揮所に僕は行きます。お二人は心配する必要は無いかと思いますが、お気を付けください」

「ああ。君が自陣ごと消滅でもさせない限りはね」

「先生!」

「……」

「……レオン陛下。彼は年相応の部分も見えるが、優秀な為政者だ。裏の顔はあるだろうが、底は見える」

「……僕はそうではないと?」

「ああ。底が見えないどころか……何かとてつもないものを抱えている、そういう風に感じる」


先生……いや、武神の勘だろうか。それが俺の転生の事実を言っているのか、魔術能力について言っているのか、はたまた湊崎雅也の中身について言っているのか、それは分からない。


「別に、そういったことをするとは思っていないよ。ただ、先人からの忠告だ。強すぎる力はいつか身を滅ぼす。強すぎる想いはいつか歪む」

「……それはあなたの実体験ですか?」

「そう思ってもらってかまわないよ」

「……ご忠告痛み入ります」


それだけ言って背を向ける。それ以上、先生は言葉を続けなかった。だが、その言葉の数々は珍しく俺に刺さった。その言葉を振り払うように、俺はこの後の戦場に意識を移した。




「先生が初対面の方に、あのようなことを言われるのは珍しいですね……感心しませんよ」

「……久々だったんだよ」

「何がですか?」

「ただの人間と相対して、冷や汗をかいたことだよ。ララは感じなかったかい?」

「確かに絶対に勝てない魔術師だとは察しましたけど……先生も、ですか」

「ああ……本当に彼は何者だ……まるで……」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「フィルシード卿。軍勢は?」

「滞りなく」

「ローレンス宰相、作戦部隊の準備は」

「所定の配置についております……細かな調整はフィールダー卿がされるとのことでしたよね」

「ええ……()さえ準備が整っていれば問題ありません」


作戦指揮所に着くと、既に首脳陣は当然集まっていた。道中、周囲の確認はしてきたが、王国軍の配置も既に終わっているようだ。


「王国軍を全面に立て、初動の阻止。リーディア子爵軍には、主要侵攻路を逸れた部隊の対処。魔術師隊は、作戦部隊を除いて味方防衛に専念……正面衝突すれば王国軍は持ちません」

「ええ。僕の策が失敗すれば、王国軍は保って一日でしょう。ご安心ください、作戦に失敗した場合は……僕が魔術でどうにかします」

「クライス……焼き殺すとか全員毒殺とかはくれぐれもやめてくれよ」

「陛下……私のことを何だと思っているのですか?」

「大量破壊兵器」

「真顔で言わないでください」


俺とレオンのいつもの様子に、張り詰めきった空気が弛緩する。少しの間を挟んで、レオンが言葉を続ける。


「この場にいる全員が、クライスの提案した作戦の成功率が高いと判断した。そう認識しているが……今一度聞こう。作戦に異議を唱える者はいないか」

「……異議ではございませんが、フィールダー卿」

「何でしょうか、リーディア子爵」

「今回の作戦……本当にその様なことが行えるのか俄には信じがたいのですが」


レオンの言葉にいつもの面々……すなわち作戦立案時に、俺がこの作戦を説明した面々は頷いていた。今回の戦場では可能な限り魔術を使わない方法……すなわち科学の力を用いることにした。ので作戦に関係する物理現象に関して首脳陣には説明を行い、理解を得ている。


「確かに……ご自身の目で見られなければご不安ですよね」

「ええ。不敬は重々承知ですが、この領の民を預かる者として、自身が納得していない作戦に兵を出すわけにはいきません」

「分かりました……フィルシード卿、接敵まではどのくらいですか」

「帝国軍は川を渡りきってから部隊を再編成しているようです。こちらへの進軍の動きは、今の時点では止まっていますので、早くて一時間ほどでしょうか」

「そうですか……では、手短に再現しましょう」


そう言って俺は、魔術を用いて水を生成する……そして足下の地面を攪拌すると、そこに水を浸透させる。一定の状態になったのを確認した後、俺はリーディア子爵に声をかける……


「子爵、少しこの上に立って頂いてもよろしいですか?」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「帝国軍、目標地点まで残り1000mです」

「了解。魔術師部隊に伝達……降らせろ」


帝国軍は既に眼前に迫っていた。散発的に魔術や、弓が飛来するが、それらはこちらの魔術師の風魔術結界によって弾かれている。


「フィールダー卿、魔術師達の余力は?」

「こちらは攻撃や遊撃に人員を割いていませんし、防御だけならかなり余裕がありますね」


帝国軍と王国軍の戦力比は倍だ。人口比に対して同じ数だけの魔術師がいると仮定するなら、魔術師の戦力比も同様だ。だが王国側では魔術師は防御と、本拠地への敵魔術師の侵攻の際の戦闘以外の任務を与えていない。


「魔術師という最高火力を、攻撃に用いないと最初に聞いたときは正気を疑ったがな。ましてやお前のような破壊神が」

「破壊神とか言うな。こちとら根っからの学者だぞ。平和主義者だ」

「お二人とも。聞こえていないのは分かっていますが、戦場なのでもう少し緊張感を持ってください」


軍勢後方の、指揮所。その周辺に一方通行の<防音結界サイレンスフィールド>を展開しており会話が聞こえないのをいいことに、俺とレオンは大分砕けた会話をしている。


「宰相失礼しました……まあ、人に対する戦争なら被害も考慮するさ。自然災害に対抗するのとは、求められる要素が異なるだろ」

「自然災害か……言い得て妙だな」

「確かにそうですが、災害をどうにか出来るという時点で、理解が及びませんよ」

「いや、ハリーさんも災害止められるでしょう……」

「……確かに竜巻や雷程度でしたら捌けますか」

「クライスのせいで霞むが、ハリーも十分化け物だからな。王太子の護衛として選ばれていたんだからな」

「本当にな……おっ、降り出したな」


そうして話していると、戦場の上空が急に曇り、雨が降り出した。


「フィルシード卿。再度、工事区画には立ち入らないよう伝達をお願いします。これ以降、区画に立ち入った場合は、不用意に動かず、周囲の救助を待つようにと」

「既に済ませているよ。しかし人工的に作れるものなんだね……」

「原理さえ分かっていれば、自然界で起こる現象は全て再現可能ですよ。魔術を絡めれば尚更容易です」


今回の作戦の肝は、土と水だ。土はレンド農務相のフォローで、用意が出来た。後はそれに水を足してやれば帝国からすれば最悪の戦場が完成する。


「……雨があがりました」

「最終調整を行います。終わり次第、合図を出します……<絶対領域マイラボラトリー>」


帝国軍の軍勢の声が遠くに聞こえる……意識を集中させ、この魔術でみるのは……


「……よし」


準備は整った。それを告げるように、俺は魔術で上空に花火を打ち上げる。


「全軍、打ち方始め!」


それに合わせ、王国軍は一斉に帝国軍に攻撃を開始した。その攻撃は全て投石や、弓……遠距離攻撃ばかり。


更に山脈の一部分が崩落する。帝国軍の進路を一部塞ぐ。先程の雨でぬかるんだ地面にさしかかった部隊の進行速度が低下する。軍の前面同士が衝突するまでは後700m程だろうか……


「フィールダー卿、領域に入リましたが……」

「大丈夫です……まだ、現象は起こしていないので……目標点に先頭が到着したら僕に合図をください」

「ああ……後200m」


俺が張った罠の領域1km四方に帝国軍が埋め尽くされる。その状況が来るまで引きつける。


「こちらを目前にして速度が上がった。後100m」

「はい……」


範囲内の水分量・・・を注視する。ある現象を発生させるのに敵した水分量の範囲に微調整していく……もうそろそろ、発生しはじめてもいいな。


「残り50m」


ただのぬかるみを用意する。そんな甘い戦術じゃない。土を替え、雨を降らせた時点で、その様に意図的な事象を発生させた時点で彼らは、進軍を止めるべきだった。


「残り10m……っっ……一度見ていても、衝撃的ですね」

「皆さん。作戦開始ですよ」

「軍務卿、山脈側の攻撃部隊を動かせ。宰相、魔術師部隊を固めて、沈んでる部隊に降伏勧告を」

「はっ……伝令、私も行く」

「魔術師部隊の指揮は私、ローレンスが引き継ぎます。行きますよ」


こちらに接敵するまで間もなく100m。そのポイントで帝国軍の歩兵部隊、騎馬部隊は……


「やってることは中学生でも実験できる内容なのに……戦果が恐ろしいな」


ざっと総戦力の半数だろうか……その人数が自然の力によって拘束された。具体的には……底なし沼に足を取られて身動きが取れなくなっていた。俺が取った兵力を封じる戦略は……


「チキソトロピーを用いた流体の粘土変化……底なし沼って自作できるんだよなあ」


泥沼……しかも底なし沼に軍勢を沈めるという方法だった。

次回通常投稿予定は11月25日(土)21:00です。

本日中に、難しければ今週中には先週日曜日の閑話の続きを投稿いたします。

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