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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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第百六十九話 魔術師達の女子会


朝の学校の教室。その空気感は、どこの世界でも変わらないんだな……なんて思いながら、窓の外に目を向ける。広がる青い空……その遠い空の下にいる想い人の無事を祈っていると、隣から大きな溜息が聞こえた。


「戦争、嫌ね……」

「ソフィ……もう、隠すのやめたのかしら?」

「自国が戦争してたら誰だって憂鬱になるでしょう……ただ、それだけよ」


隣の友人の溜息の理由が私と同じであること、それは極一部の人間だけが知っている。


「そう……たった10人しかいないクラスなのに、ずいぶんと寂しい部屋になっちゃったわね」

「……元からでしょう。あの人も、あなたの旦那様も多忙で、ほとんど顔を見せてないし。ユフィだって、最近はいない日も多かったじゃない」

「でも今は、あの二人は王都にもいないし、リリアちゃんも丁度いないし」

「リリアちゃん……来週には戻ってくるのよね」

「ええ……」


久々に顔を出した王立学院高等部一学年特待生クラスでは、空席が目立っていた。その内の二つ……元からほとんど人の座ることのない席がソフィと、そして私の溜息のもとだ。


「国王陛下に、魔術省大臣……本当にすごいクラスよね」


その空席に座るはずの二人は、学生の年齢ながら国の要職……一国の長と、大臣として激務に終われている。だから日頃からクラスで目にする機会は皆無だけど、今はこの二人は王都にすらいない。それが私達……ソフィは違うというけど、想い人のことを心配している理由だ。


「私だって不安だし、心配だもの……猶更よね」

「……うん」


隣の席のソフィが珍しく素直に頷く。その肯定には、戦場に向かったある人への強い想いが込められているのが伝わってくる。普段、絶対に隠そうとする彼女が、こうして心情を素直に吐露しているのは、それだけ不安なことの表れだろう。


「そうね……うん、私も同感よ」

「ユフィの場合は、大切な旦那様だものね……」

「照れ隠しにそういうこと言うなら、相手の名前口に出してもいいかしら?」

「……馬鹿」


気持ちは痛いほどわかるから揶揄う気はないけれど、変に心配するよりいつも通りの方が心が安らぐ。それがわかっているから、あえていつものように声をかける。ソフィもそれを分かっていつものようにいようと努めている……お互い、戻ってきたら相手に思う存分、この不安はぶつければいいから。


後、私たちが比較的平静を保てている理由はもう一つあった。


「……ハリー君が心配で仕事する気がおきません」

「先生。大人なんですから仕事はこなしてください」

「あの、気持ちはわかりますけど……頑張りましょう、先生」


同じ戦場に夫が向かった担任教師が非常に残念な反応を示しているのを見ると、少し気分が楽になったから。


「……ルーク君、確かにそれは正論だと思うわ。でも傷心の女性に対する対応としては失格よ」

「うっ……いや、しかし……」

「反論してくれてもいいのよ……傷心の私を更に痛めつけて、ね」

「ぐっ……」

「先生……あの、ルーク君の言い方はキツいと思いますけど。その……」

「えっ……あの優しいティシリアさんまでルーク君の味方をするんですか……」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」


エマ先生がハリーさんのいない鬱憤を晴らすかのように、先生を正しく諫めるルーク君とティシリアさんが被害に遭っていた……本当に大人げないわね。


「一番の年長者があの反応だものね……私は関係ないけれど」

「ソフィ……対外的にはともかく、私にはもう誤魔化せないから諦めたら?」

「……わかっているけど、気を抜いたら漏らしそうだから……今のは聞かなかったことにして」

「……そうね。聞かなかったことにしてあげる」

「……しばらく放っておいて」


ソフィが窓の方を向いてしまった。昔からこういうところを見せなかったし、今は戦争のこともあって余計に混乱してるみたい。外で話題を出したら、ソフィらしくなく普通に失言しそうね。


「うーん……意外と乙女よね」

「……うるさい」


思わず出てしまった一人言に拗ねたような声が返ってきたので、私は教室内の騒動に目を移した。


「恋、愛……ああ、素晴らしいね。先生、そうなやむ姿もお美しい……悩みを聞きがてら、放課後、お茶でも?」

「ハリー君がいるのでお断りさせて頂くわ……セシル君、仮にも婚約者のいる令嬢にその様な物言いはいかがなものかしら」

「……すみませんでした」


まずは教卓に突っ伏しているエマ先生にいつもの如くナンパを仕掛けたジェラール君が、エマ先生が一瞬だけ見せた公爵令嬢の気迫と美しい笑みで撃退されていた。


「忘れそうになるけど、エマ先生ってあのローレンス公の娘として、社交界を渡り歩いてきたのよね……完璧な公爵令嬢を出来るはずなのに、なんで魔術学院の主任とかやってるのかしら?」

「それをやるだけの力があって、それを父親と旦那に飲ませられるからでしょう」

「結構鋭いわね……ソフィ、戦争終結まで辛口になってると思うから気にした方がいいわよ」

「……しないわよ。これでストレス発散させてもらうわ。場所は弁えるから安心して」

「それは心配していないけど」


エマ先生。魔術師としては一線級の人物で、現財務相ローレンス公家の長女で、現宰相ハリーさんの奥様……立場だけで言うなら、完全に深窓のご令嬢で、実際に社交界で対面している私やソフィの感想もそれだ。隙の無い才色兼備な公爵令嬢。だけど……


「学園で見てるエマ先生は、あのエマ・フォン・ローレンス公爵令嬢と同一人物とは疑いたくなるものね」

「……ユフィの思っていること、そっくりそのままあなたに返ってくると思うけど」

「私は、身内の前だけだから……」

「そうね、シホちゃん」

「……うるさい」


さっきの意趣返しとばかりにソフィにチクリと刺された。確かに雅也と再会するまでの私は、品行方正な伯爵令嬢を演じていたけど……いや、今だって完全に公の場ではそうしてる。けど……


「……でも、実質レオン陛下含めた周囲がほぼ完全に身内と化してて、正直よく分からなくなってるのよ」

「それはわか……わかるわ」

「言い淀んだけど、認めたわね」

「認めざるを得なかったのよ」

「そこ、二人。喋りすぎよ、後で職員室に来なさい!」


教卓から聞こえた声に振り向くと、先程までが嘘のようにシャッキリと立ったエマ先生が私達二人の方を見ていた。


「……職権乱用よね」


ソフィの呟きをはじめとして、教室内で口々に抗議の声が上がった。だが頑なに譲らないエマ先生の指示に、私達は休憩時間の鐘の音とともにエマ先生に連れられて教室を出た。




「ええっと先生?」

「何かしらユーフィリア嬢?」

「ユーフィリア……嬢?」

「ユフィ、それくらいでフリーズしないで。エマさん……どうして私達はローレンス公爵邸にお招きにあずかったのでしょうか?」


特待生クラスの教室を出た私達は、職員室とは逆方向に向かい、エマ先生に連れられ馬車に乗せられた。そしてローレンス公爵邸の一室に案内されたのだった。


「ふふふ……ソフィア・アドルフ・ルーテミア王妃殿下」

「……ふぁい?」

「ユーフィリアさん、ソフィア嬢って可愛いわね」

「そうは思いますけど。あの、今の発言の意味は……」

「そうね……私の名乗りはそのうちエマ・ハイドリー・フォン・ローレンスになるわ。この辺りで察して欲しいかしら」

「は、はあ……それと、これにどのような関係が……」

「大ありよ。ユーフィリア・フォン・ヴェルディド・フィールダー嬢」


先程から私達を変に呼ぶエマ先生……いえ、エマ・フォン・ローレンス公爵令嬢は、優雅な動作で手元のカップを手に取り、口を付けた。私達の前にもカップはあるし、何ならテーブルの上にはお茶会の準備がなされていた。


「三人の共通点。分かるわよね……」

「婚約者が戦場にいるということでしょうか?」

「私は婚約していないわよ。後、何も言われていないので一括りにしないでくれるかしら」

「でもハリー君から手続き踏んでないだけで、二人っきりの時はベタ甘だってずっと聞いているけど」

「っつ……な、何を根拠に……いや、その、でも……」


いつもは頼もしいソフィアが今日は役に立ちそうにないわね。またフリーズしちゃった。


「つまり共通の悩みを持つ者同士、お茶でもしましょうと言うことですか?」

「ええ。あれは最低だけど、ジェラール君の話を聞いて思いついたの。後、悩み相談だけじゃないわ。相手が相手だけに話せる相手の限られる話が出来る、女子会が開けると思って」


エマ先生……いや、エマさんの目はキラキラしていた。一瞬、その勢いに推されそうになったけど、いい機会だと思い直した。


「そうですね。中々ソフィもこういう話に応じてくれないので、いい機会ですね」

「そうでしょう。抜けたとこばっかりのハリー君の格好いいところ語りたくって。ほら、ずっと極秘の王太子護衛だったから……暗殺者を返り討ちにする魔術師として、裏では有名だったけど」

「ハリーさん……確かにそのあたり凄腕そうですものね」

「ねえ。ユフィ、私は承諾していないのだけど……」

「せっかくの機会でしょ。ソフィも話した方がたまにはいいわよ。ため込んでもいいことないから」

「ええ。好きも嫌いも想いを吐き出す場所はあった方がいいわ」

「だから、私は二人とは少し状況が……」


と、最初は歯切れの悪かったソフィだったのだけれど……




「初めてのパーティーで、しかも王太子殿下の誕生日パーティーよ……その、緊張は理解してもらえると思うのだけど」

「最初の時か……あの豚伯爵の隣で笑顔振りまいてたことしか覚えてないわね。何度もさりげなく触ろうとするから、その対処の方に頭使ったわね」

「最初の日……不用意に私に触ろうとしてきた男を捻りあげたら、大騒ぎになって中止になったわね……しばらくお父様は私を連れて行かなかったわね」

「そうよね。そういう二人よね……私は緊張し通しで彼に声をかけられるまで記憶なんて無いわ」

「彼?」

「レオン陛下が私に声をかけてくださったのよ。それで話してるうちに裏に連れ込まれて……」

「えっ、初対面で二人きりの場に連れ込んだの……レオン君、大胆というか……」

「お互い、若気の至りです……」

「でも五年前よね、そのパーティーって?」


私とエマ先生の話に当てられたのか、ぽつりぽつりとレオン陛下との逢瀬の話を始めてくれた。


「五年前ですけど……あの、何か?」

「今と大して年も変わらないし、若気の至りも何もないと思うわ」

「っつ……い、いいじゃないですか」

「レオン君、政情が落ち着くまでは自身の婚約者は定めないと公言してたけど、これはあれね……ねえ、ユーフィリアさん」

「ええ。薄々察してましたけど……商務相のフローズ子爵を、今後の功績で昇爵して、王妃殿下として文句の出ない位に上げたいんでしょうね……職権乱用ね」

「いいじゃない。素敵よ」

「っっ……」


色んなことが頭に浮かんで、言葉の出なくなったソフィは、さらにとんでもないことを口走った。


「でも……好きとか、付き合ってとか言われてないもん。この状況で早とちりとか、私、したくない」

「……甘いわね」

「甘すぎますね」

「何が甘いんですか。ちゃんと考えてるだけです。レオンって初対面から結構口軽かったし、絶対垂らしですよ。私以外にも言ってるに決まってるし」


さすがに口が軽すぎやしないか?と思って、先生の方を見ると、足元に何かの瓶が見えた……そっと口元に手を当てて、静かにと言っているけど……ソフィに違和感を持たれないように、先生の横に移動する。そして先生の耳元でささやく。


「(先生、ソフィにお酒盛りました?)」

「……(成人してるから問題ないわ♪)」

「……はぁ」


この先生は、口を軽くするためにソフィに酒を盛っていた……やっぱりソフィの頬が赤いのは気のせいじゃなかったみたいね。


「後、お二人と違って私、子爵令嬢ですよ……」

「それがどうかしたの?」

「……お父様は、淑女教育をきちんと受けられるよう計らってくれましたけど、王族に嫁ぐような高等な教育は受けていません……レオンに、恥をかかせたくないです」

「……でも、好きなんでしょ?」

「……だから、困ってるんですよ」

「最初が聞こえないわ」

「好きだから困ってるんです!」

「あっ、ソフィ、一気飲みは……」

「ふえっ……ふぁっ……」


恥ずかしさを誤魔化そうとお酒が混ぜられた紅茶を一気飲みした彼女はそのまま、ソファにつぶれてしまった……先生が慌てて、使用人を呼んで介抱させる。


「先生……」

「は、反省はしてるわ……」

「これ、フローズ子爵にばれたらとんでもないことになりますよ……」

「きょ、今日はうちに泊めるわ。ユーフィリアちゃん……」

「ええ……ソフィの名誉のためにも聞かなかったことにします」


酔いつぶれてしまったソフィの方を見る。単純につぶれてしまっただけで、治療は必要なさそうだ。念のため、魔術でアルコールの分解はしておこう。それはそうと……


「ソフィの話、聞いてたら余計にま……クライス様に会いたくなりました」

「そうね……私も」


お互いの悩みを話すはずだったのに、もっと恋しくなってしまった。


「……雅也、早く帰ってきなさいよ」


誰にも聞こえないようにぽつりとつぶやいた。





「「「ふぁっくしょん」」」


遠い空の下、戦場の天幕で三人の男性がくしゃみをしていたとかいなかったとか……

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