第百六十八話 王女と先生
10月16日0:02 文章構成の大幅修正を行いました。内容や流れ自体に変更は行っていません。
「……レードライン?」
「そういう反応になりますよね。はい、そのレードラインです」
「皇帝襲撃時に家族全員が殺害されて断絶したって話じゃなかったか?」
「仮に生き残りがいたとして存在が許されると思いますか?」
「新政権からしたら邪魔でしかない、か」
「色々と聞かれたいことはあるかとは思うのですが……ひとまず先生を止めに行っても?」
「いや、まだ信用しきれないし俺が止める」
断絶した筈のレードライン家の人間を名乗る少女、ララフローリアの方を伺いつつ、剣戟の音が響く方に視線を向ける。
「まだセーラさんの超越級魔術禁止令は解けてないんだが……最小範囲で<絶対領域>」
戦闘が行われてる範囲を広めに指定して魔術的に空間を掌握する。そのまま空間内の重力を奪い去る。
「と、フィールダー卿ですか……」
「何の魔術ならこんなことができるんだ……ただ、これ以上続けない方が良さそうだね」
剣を合わせた2人は、直後にその反動で吹き飛びフワフワと浮かんでいた。気の抜けた空気が漂っているが、俺が空間を掌握していることに気づいた先生が刀を納め、それを確認してシルフィード卿も剣を納めた。2人が地面に着地したのを確認し重力の制御を切る。
「ふう……やっぱり本調子じゃないな。弄れてもう一要素か」
「あの底知れない魔術を、平気な顔で発動しておいて本調子でないとか……やはり直ぐに剣を置いて正解でした」
「近接戦闘はからきしなので、実際斬りかかられてたらどうだかわかりませんがね」
「そうなったら、そうなったで範囲火力で焼かれていたような気がしますが……」
「仮定の話をしていても仕方ありませんし、ひとまず先生の方に話を付けて頂いてもいいですか。僕はひとまずこちら側の話をまとめますので」
色々と聞きたいことはあるが、まずは周囲の殺気立っている状況をどうにかしなければならない。周囲の兵士は既に剣に手をかけているし、魔術師達の魔力が高まっているのも感じる。まあ自国の王が襲撃されたので当然だろう。しかし……
「疫病神か……あながち間違ってはいなさそうだな」
溜息を吐きながら俺は、騒ぎを静めるために歩き出した。
「それでは改めて自己紹介からさせて頂きますね。ララフローリア・ヘーゼル・レードラインと申します。出自は察して頂ければと」
「コウスケ・ミツルギと申します……先程は大変失礼いたしました」
「ルーテミア王国宰相ハリー・ハイドリー・フォン・ローレンスと申します」
「ルーテミア王国王宮筆頭魔術師クライス・フォン・ヴェルディド・フィールダーです」
殺気立っていた現場を鎮めた後、この2人から俺とハリーさんで話を聞くことになった。レオンにはジャンヌさんとフィルシード軍務相を始めとして魔術省の魔術師や、多数の騎士団によって護衛が強化されているので、俺とハリーさんの不在は問題ない。
「謝罪に関してはひとまず気かなかった事にさせて頂きます」
「いや、謝ることしかできませんから謝罪だけでもさせていただけますと……」
「先生、遠回しな意味を理解してください」
「遠回しな意味?」
「国王襲撃をなかったことにしようという話です。先程の行動はどう言い繕っても国家反逆罪ですから」
「国王を襲ったんだ。ルーテミアとしては対外的には処刑せざるを得ないからな」
「理解が早くて助かります……それで、ここに来た理由は?」
先生のあの行動に関しては今言った通り不問とした。それを決めたのは当然レオンだ。状況が状況なので俺を含めて首脳陣の誰もがそれに反対した。だが……
「どう考えても国王暗殺未遂だろう……周囲の兵士も見ていたし、戦場だぞ?」
「ああ。本来なら処刑以外考えられないが……フィルシード卿、先程も言っていたが殺意がなかったというのは?」
「剣の動き。狙った場所ですかね」
「剣の動き?」
騒動を鎮めた後、あの2人の処遇について話し合う中、レオンがフィルシード軍務相に話を振った。殺意がなさそうだったとは言っていたが、どういう意味なのだろうか?
「フィールダー卿、人を殺そうと思うならどこをまず狙いますか?」
「一般的には胸部や頭部でしょうか」
「ええ。即死を狙いに行くなら上半身を狙います」
「それは当然でしょうけど、それと今回の件に何の関係が……」
「あの先生と呼ばれていた人物は相当の使い手です。その使い手が殺意をもって剣を振るったのなら、まずその部分を切り下ろす様に狙います」
「というわけだ」
確かに一理あるようには感じる。だが理論や理想と異なる動きをすることなど容易に考えられる。それだけで国家反逆罪……国王への殺意を否定できるか?
「それだけなら理由が弱いかと思いますが。陛下?」
「王族としての幼少期からの反射に近いが、何らかの襲撃があったら、可能な限り襲撃者から上半身を反らすように動く。だが剣は最初から私の急所に向いていなかった。そして私の直前で剣が止まったように見えた」
「陛下の、しかも襲われた瞬間の主観視点……不確かすぎる気が」
「王命だ、許す」
レオンがそう言い放った時点で、臣下の俺達はもう黙るしかなかった。
「それに私を殺そうと思うなら、あの状況で手を出すのは悪手でしかない。少なくとも私の殺害を狙っていなかった可能性は高いと判断する」
「……国家反逆罪としないことについては陛下のご判断を尊重します。ですが確証があるまでは、あの二人には近づかないでください」
「ローレンス宰相。それは言われるまでもない……あの二人からの聞き取りに関しては、私の代理として宰相、その護衛としてフィールダー魔術相をつける」
「承知いたしました」
「えっ……承知しました」
そういうわけで俺は警戒をしたまま正面に座る二人の人物を眺める。
「この戦争の……帝国と王国の全面衝突を止めるためです」
「なぜ?」
「生まれた国を守りたいからです……もうレードライン領は存在しませんが」
深窓の令嬢のような雰囲気を纏っているララフローレンス嬢、流れるような銀色の髪と色白の肌は十人が十人、美人と言うだろう。そして名前と話的に、断絶したはずの帝国統一をなしたレードライン家の人間。
「私の方は贖罪だね……二人とも非常に個人的な理由ですよ」
先生と呼ばれていた黒髪長身の温和そうな人物はコウスケ・ミツルギと言うらしい。名前と容姿を見るに東国出身だろうか?
先程の一件でとんでもない剣の使い手だということはわかっているが……個人的にもう一つ、研究者として気になることがあるのだが、まあ今聞くことではないな。
「……コウスケ・ミツルギ……武神?」
「その名前は今はもう捨てましたよ。けれど起こしたことが消えるわけではありません。そういった意味での贖罪と思って頂ければ」
「ハリーさん、武神とは?」
「帝国統一前の混乱期に、各地で傭兵として渡り歩いていた男ですよ。身一つで軍勢を割り、城を削ったという逸話に、どの勢力にも肩入れしなかったという事実からそう呼ばれていた人物です。その当人ならあのフィルシード卿と打ち合える実力にも納得できます」
帝国統一戦争の有名人に、その帝国を統一した家の娘……どういう関係性だ?
「先生と私は、剣の師と弟子、今はそれ以外の何者でもありませんので、邪推されませんよう。フィールダー卿」
「……そうですか」
「ただの善意、というのはこのような状況ですと信用の要素としては少々不足と言わざるを得ません」
「そうですね……この場に来た経緯を順を追ってご説明します。最初に私達は基本的に大陸西部を渡り歩いています。一箇所にとどまれない理由は察して頂ければ」
まあ帝国の現在の上層部からすれば面倒極まりない元皇帝の娘に、20年経ったというのに未だ現役らしい武神、本人達の希望に関わらず、存在を知られているなら静かには暮らせないだろう。
「そしてこの数ヶ月、帝国内ではずっととある工作が行われていたんです」
「工作?ルーテミアは関知していない話ですかね」
「この話自体は掴んでいたのではないかと。ただ異常なことだと誰も気づけなかっただけで」
「掴んでも異常だと気づけない事象?」
「各地の強い力を持った領主の家族が帝都に行っては、何らかの理由で帰れなくなるという事態が水面下で多発していたんです」
「帝都から帰れなくなる……なるほど、そういうことですか」
「一件一件は大した話でもありません。事実、大半の人間が気づいてすらいませんでした。私達も帝都である領主子息のトラブルに巻き込まれていなければ気づきすらしませんでした」
つまり何らかの形で家族を呼び出し、家族を人質に取る形で領主に交渉を持ちかける。そうして今回の大軍勢の登場となったわけか。
「元々好戦的でない領主も、ルーテミアを併合できるなら旨みは大きいですから」
「戦争を好まないという領主だけでなく、ルーテミアとの国力差などを鑑みて侵攻に協力しない領主も多かったですからね」
「ええ。人質をとられたという大義名分を盾に侵攻できるなら、という領主もいたでしょうね。結局それぞれが元は小国です。古くからルーテミアという直近の大国には煮え湯を飲まされてきていますから」
「むしろ大国として便宜をはかったことも多々あるかと思うのですが……まあ、恨みの方が消えませんか」
「と、これがこの戦争を早期に知った理由です。そしてここに来た理由はフィールダー卿、あなたです」
「俺?」
帝国の内部事情は察せられた。としてこの2人がここに来た理由が俺、というのはどういうことだ?
「はい。あなたのお噂はかねがね……曰く、単身で数千の魔術師の軍勢を蹂躙したとか、単独の魔術行使で山脈を作り出したとか、単身でクーデターを起こした一万人を制圧して奥方を救出されたとか」
「……大体事実だな」
「もし、その話が情報操作でない事実であった場合、あなたや国王陛下の人間性によっては帝国軍が文字通り消滅させられると思いまして……」
「クライス卿、陛下の話を思い出しますね」
「ですね」
なるほど。帝国軍ではないが確かに俺を危険視していた人間がいたことによって国王襲撃なんてことが起きたということか……自身の疫病神説をどんどん否定しきれなくなってくるな。
「ただ陛下の話は、僕の存在を帝国が危険視して、侵攻に慎重になっているているのでは、という推測ではなかったですか?」
「そういえばそうでしたね」
「まあ、まだその可能性は証拠がないので否定しようがないんですが……」
「ああ、帝国の進行が遅れている理由なら、たぶん私達が夜な夜な帝国軍を荒らしまくったからだね。三日間で一割は削ったかな?」
「「は?」」
先生の言葉に俺はもちろんのこと、珍しくハリーさんも素のリアクションで声が出た。
「帝国軍を荒らして回っていた、というのは……」
「……その、あまりに帝国と王国の戦力差が大きすぎたので、まずは帝国軍を混乱させるかつ、戦力均衡をとれば侵攻の機運を落とせるかと考えまして。最悪、戦線崩壊して撤退してくれればいいかなと」
つまり帝国軍が責めてこなかったのは二人の襲撃によって混乱していたから、というわけか。
「ローレンス宰相……陛下の慧眼でしたね」
「ええ。謎が解けました」
「混乱させたようですみません……でも、王国側でも工作されてましたよね?」
「……何の話でしょうか?」
「えっ、私達以外にも襲撃している集団が居たようだったので、てっきり王国軍の工作部隊かと」
そんな集団は知らない。そう言おうとしたとき、にわかに外が騒がしくなってきた。この二人から聞きたいことは半分も聞けていないし、今のも気になる話ではあるが、この声と地響きは……
「軍の侵攻だね」
静かに響いた先生の呟きを背後に天幕の外に出る。俺の視線の先では軍勢が生き物のように動いていた。
次回投稿予定は未定です。ストックが用意できたら別途ご報告いたします。




