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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
230/253

第百六十七話 土に紛れれば

少し遅くなりすみません。

10月11日0:42 部分改稿


戦場に訪れてから三日が経過した。両軍がにらみ合いを続けているものの、未だ大規模な戦闘には突入していなかった。そんな中、俺は……


「そこは問題ないから続けてくれ。あっ、そっちは駄目だ。そこ盛り土からやり直し」


ローブから作業着に着替え、土木工事の現場監督をやっていた。


「監督。あの区画の工作、指示された作業終わりました」

「わかった、後で確認する。レンド男爵には撤収完了次第、次の区画の作業指揮を執るよう伝えている。引き続き、その下で働くように」

「承知しました」

「監督。盛り土からやり直すとかなり時間がかかります。あれくらいなら許容……」

「ダメだ。十数万人を行動不能にしつつ、死者を出さないよう綿密な計算をしてる。無論、多少雑でも問題ない部分もあるが、あそこは駄目だ」

「しかし、時間が……」

「別の工区の魔術師を引き抜いて増員するから、先に作業を進めておいてくれ」

「わかりました」


意外と現場監督というのは性に合っている。変にふんぞり返って指示を飛ばすより、現場の状況を見ながら作業指示を変更し、自身も作業員と共に土にまみれて作業をする……


「そういえば、俺ってこういう団体作業の経験少ないな……思った以上に憧れてたのかもな」

「クライス……何をやってるんだ」

「何をって、見ての通り今後に向けた土木工事ですよ。レオン陛下、お暇でしたら作業付き合っていかれませんか?丁度、土魔術師がこの辺りの工区で必要になったので」

「お前はいつから現場監督になったんだ……」

「三日前から」

「……」


報告をあげてくる作業員に次々と指示を出していると、ハリーさんとジャンヌさん、フィルシード卿を伴ったレオンが俺に呆れた様子で声をかけてきた。


「……私のせいか」

「そうですね。さすがにフィールダー卿を激務に置きすぎなのではないかと常々思っていましたが……」

「ユーフィリア嬢からも何度も遠回しに苦情が来ていましたよね。そのツケがここぞというタイミングで回ってきたのでは?」

「あの、国王陛下御一行。まるで僕が仕事のストレスで我を忘れて土木工事をしているみたいな言い草じゃないですか?」

「ん?違うのか?」

「全然違う!」


全く失礼な話だ。確かに色々な柵から解放されて土に塗れる快感にのめり込みかけたことは否定しないが……


「あくまで王宮筆頭魔術師として、今回の作戦の陣頭指揮を執っていただけだ」

「現場監督と呼ばれながら?」

「いいだろう、呼び方なんて。一々、かしこまってフィールダー卿と呼ばれるのも無駄だし……後、未だに性に合わないし」

「まあ、一理あるし。クライスらしいか……で、勿論雑談をしに来たわけじゃない。進捗は?」


レオンが表情を真面目に戻したところで、俺も取り出したローブを羽織り直す。そして背後を振り返って言葉を続ける。


「元々、一夜漬けでも完成するように計画してた作戦だ。別にいつでも実行できる。今は作戦の成功確率の向上と、カムフラージュ率の向上に時間使ってるからな」

「まあ、そうか……しかし、向こうは既に進軍の用意は整っているだろうに、いつまで動かない気だ」

「確かに妙ではありますな。帝国軍からすれば、こちらが陣地を整備する前に叩く方が有効なはず……こちらの動きも、著しく陣地構築の動きから外れているわけではありませんし」


帝国軍を一網打尽にする地形改変と幻影戦略。それらは帝国軍から見る上では、余程注意深く見ない限りはただの陣地構築にしか見えないように計画している。計画の大元は、そのカムフラージュが最重要となるため、軍務省中心に策定し、魔術省の人間は作戦の魔術利用の可否と、効率化について進言したに過ぎないほどだ。


「橋の本数を見るに、多少こちらの攻城魔術で破壊されても圧倒的優位を取れるだけの数を送り込めるはずです。時間をかければかけるほど、向こうにとってはこちらが準備を整え不利になるだけだと思うのですが」

「こっちの出方を伺ってるのかな?」

「ふむ……ルーテミア王国軍というか、クライスという魔術師個人に対してかもしれないな」

「俺?」

「魔王戦争での大戦果、王都クーデター事件解決の中心人物、赤龍単独討伐……これだけをやった魔術師がいるんだ。特に魔王戦争の際の天変地異の話は、広げに広げて周辺国に広まっているしな」

「……陛下がその様に情報操作しましたからね。ですが確かにあるかもしれません」


俺自身の戦績。とにかくどうにか生き残ってきた、という方が大きいので普段あまり意識していないが、そういえば英雄だなんだと言われていた。確かに相手方に化け物がいるなら、その化け物の動向は確認したいというのは分かる。さて情報操作の話は後でレオンを詰めるとして……


「だが、にしてもじゃないか?」

「ああ。まあ何かあるか、何かあったかだろうな……面倒なことにならなければいいがクライスがいるしな」

「人を疫病神みたいに言うな」

「言いたくもなるさ。お前が来てから、魔王の襲来に、歴史的なクーデターに、帝国からの宣戦布告だぞ」

「うっ……」


確かに……俺が転生前に調べた段階では魔神の存在など見つからなかった。見落としていたというのが濃厚だが、俺がこの世界に来たことによる影響があった、という可能性は否定できない……気にはなるが、今は目先の戦争の解決が最優先だな。


「まあ、そういう存在は歴史の節目に必ず存在するからな。自分で引き込んだ厄は祓ってくれよ、英雄殿」

「わかってるよ」

「まあ、こちらから侵攻する旨みはありませんし……あまり長引かれても困りはしますが、最大限に備えるしかありませんな」

「ですね。さて一度状況を整理したくてフィールダー卿を呼びに来たのですよ。現場指揮はよろしいですか?」

「ええ、一通り指示は出しましたので。では行きましょ……」


ハリーさんが先導する形で、指揮所となっている天幕に足を進めようとした瞬間だった。左手、工事中の砂山の影が揺らいだ。


「レオン!」

「「「陛下!」」」


その揺らいだ影から人影らしき者が飛び出したのが見えた……ノータイムで杖を<亜空間倉庫ディメンジョンボックス>から引き抜く。


「<思考加速ドライブ>……<身体能力強化ステータスアップ>」


思考速度を加速し、身体能力を強化する。人影は大柄な影が一つと、小柄な影が一つ―――


大柄の方の剣……いや、刀か……がレオンに伸びる……だがその刃は空を切る。


「<座標転移トランスポート>……ハリーさん」

「ええ……」


間一髪で襲撃者から最も離れた位置にいたハリーさんの真横にレオンを飛ばす。それを予期していたとばかりに、ハリーさんが瞬時に周囲の地面を用いて結界を展開する。


その間に小柄な方の襲撃者にジャンヌさんが肉薄し、刃を合わせる。


「何者ですか」

「……」

「答えなさい」


打ち合いながら、ジャンヌさんが襲撃者をレオンのいる地点から引き離していく。そしてもう一方の襲撃者には……


「相当の手練れだな……目的は?」

「……」

「帝国の軍の人間ではなさそうだな」

「……」

「喋らなくても結構。この場は引くことをおすすめするよ」


身体能力強化をして、思考速度を加速した俺以上の速度で、いや俺が全く見えないほどの速度でフィルシード卿が相対していた。全く見えなかったが、数度金属音がしたので、常人離れした速度で既に打ち合い、お互いの力量を確認したのだろう。


「ここまでの相手とやるのは久々だね……本当に、何が目的だい」

「……」

「陛下の命を狙った犯行……というのはさっきの軌道的にないとは思うのだが……」


フィルシード卿と襲撃者が一定距離のまま、ゆっくりと動き続けている。そこまで確認して、俺は周囲を警戒する。最初に感じたとおり、この2人以外に襲撃者はいない。


「……」

「だんまりでもかまわないが、兵を損耗したくないのでね、こちらから行かせてもらうよ」


周囲の兵士達が異変に気づき、既に集まり始めている。フィルシード卿の発言通り、そうなれば人数差でこちらが優位だ……と思ったときだった。


甲高い金属音が聞こえた。


「……部下が気になった状態で、私とまともに打ち合えますかね」

「舐めるな」


遠くでジャンヌさんの剣が折られているのが見えた。フィルシード卿は実の娘の危機に一瞬だけ反応した。だが次の瞬間には何もなかったかのように襲撃者に斬りかかった。素人目には精彩を欠いたようには見えない。いや僅かに視線が俺に向いた。なら、俺は……


「ジャンヌさん!」

「フィールダー卿……面目ないです」

「お気になさらず」


ジャンヌさんと襲撃者の間に転移で割込み、結界を展開する。そのまま杖を構え、上級魔術の照準を相手に合わせる。こちらに敵意を向ければ瞬時に行動不能にできるだけの手を整えた。だが……


「……どういうつもりだ?」

「ルーテミア王国の筆頭魔術師殿が完全臨戦状態で、この距離で勝てると思うほど私も身の程知らずではありませんので」

「は?」


相手は剣を下ろし、もう片方の手も下に下ろして攻撃の意思がないと示してきた。意味不明な状況に、俺はむしろ警戒を強める。


「このような形になってしまい申し訳ありません。ですが、殺意も敵意もないのです」

「この状況でそれを信じろと?」

「ええ。ですので……」


襲撃者は目深に被っていたローブのフードをあげ、持っていた剣を地面に突き刺した。その襲撃者は銀色の透き通るような髪と、青い瞳をした少女だった。


「……どういうつもりだ?」

「こういった形になってしまったのは、先生が馬……考えなしだったとしか言えないのですが……こちらから刃を向けたことに関しては誠に失礼いたしました。勝手どころか、殺されても仕方のない立場であるとは思いますが、まずはお話を聞いて頂けませんか」


遠くにフィルシード卿と、彼女の言う先生の打ち合う音が聞こえる。


「信用できない。そもそもあんた達は何者なんだ」

「この戦争を止めたいもの……と言っても、信用の材料にはなりませんよね。では信じて頂けるかは分かりませんが、私の名前を名乗りましょう」

「名前、それが何に……」

「ララ……ララフローリア・ヘーゼル・レードラインと申します。フィールダー卿、以後お見知りおきを」

「……レードライン?」


その少女は、今は無き帝国を統一した家、レードラインを名乗った。

次回投稿予定は10月14日21:00です。ようやく無茶な追いつけが終わったので、次こそは定時投稿できるようにします。

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