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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第十章 俺、この戦争が終わったら結婚するんだ
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第百六十五話 戦場に向かって

お待たせいたしました。ふざけた名前の新章突入です。


「それでは周辺地形の再確認と行こうか。ローレンス宰相、地図を」

「こちらですね」

「陛下。質問よろしいでしょうか」

「なんだ?フィールダー魔術相」

「いや、その……なぜ陛下がおられるのですか?」


緊急閣僚会議より六時間後。正午を過ぎた頃、俺は馬車に揺られていた。周囲には大軍勢が広がっており、これから戦争が始まるという緊張感に包まれている。

そして俺達が乗る馬車は、指揮官達が乗る馬車である。今回の戦術の肝であり、数少ない魔術師を率いる人間として俺がいるのは当然として、最高指揮官としてフィルシード軍務相がいるのも理解できる……実際、大臣が戦場に直接向かうのかという疑問が生まれたが、それは置いておこう。


「王国の一大事だぞ。私が行かずにどうする」

「いえ、戦力的にも、士気の面で見ても分からなくもないんですが……今の混乱した状況の王国で、レオン陛下が万が一にも逝去された場合、大混乱じゃすみませんよ!」


その戦争の最前線に向かおうという馬車の車中に現役の国王と、宰相が乗っているのはおかしいと思うのだ。


「いや小国であったり、あるいは形式的な儀礼戦争とかで両国首脳が出席するというのは理解できます。ですがあなたは、ルーテミア王国。人工数千万を有する大国の国王陛下で、これから向かう先はこちらへの積極的侵攻を目的とした二十万の軍勢との交戦地帯なんですよ」

「そうだな」

「いえ、そうだなではなく……」


何か俺の方が、レオンを諭している状況というのは非常に珍しい気がする。無論、乗り込む前にも似たようなやりとりはしたが、完全に受け流されて、全く聞こうともしてくれなかったのでスルーしていたのだが……


「間もなくリーディア子爵領軍が見える地点に着きます」

「ああ。もうすぐ到着だな」

「戦場に辿り着く前に下がって……」

「逆に聞くがクライス、私がハリーの同意を取り付けている以上、今更下がると思うのか?」

「……思いませんね」

「フィールダー卿、散々止めました。その上で黙らされましたので諦めて、せめてもと私も同行しましたので……宰相の動向の是非も検討したのですが、レオン陛下を一人にするよりマシと判断しました」

「……はあ、まあ仕方ないですか」


レオンが行くと言い、それをお目付役兼政権No.2が承諾した以上、それを止めることができる相手などいない。いや待てよ……


「宰相、彼女はこのことを?」

「魔術相、陛下がそれを言ったらここに来れるとお思いで?」

「ですよね」

「キツく口止めをされております。まあ、帰った後は知りませんが」

「そうですか。では私もユーフィリアにその様に伝えておきます」

「ハリー、クライス。誰のことかは知らんが……後で覚えておけよ」


レオンをこの状況で止められるのは幼馴染の彼女しかおらず、止められたら弱いレオンがここに来るわけがない。戻った後、口をきいてもらえない期間がどれだけになるだろうと愉快な想像をしながら、レオンの視線を受け流し、ハリーさんに向き直る。


「それで、実際のところどのようになっているんです」

「執政権は私より義父、ローレンス財務相に引き継いでいます。王宮管理と継承管理についてはリュエル伯が平常通り管理しています」

「……その後の権限継承順位も定めている。私が仮に戦死した場合、ハリーの生存有無含めて定めて出てきた。私が死んでもエリザがいるから王家も途絶えんしな」

「そこまで用意するくらいなら、出てこなければよかったのでは?」

「……国の存亡の危機だ。そして、これは私の父が招いた。兵を戦わせるとは言え、最前線にいるのは、せめてもの責任だ」


レオンは、飄々とした態度と裏腹に王家としての責任をずっと気にしている。聞いたことはないがきっと王になどなりたくなかったのだろう。だが父王の腐敗政治の責任を取ると、妹を守るためにと、こうして王に就いた。十六歳で国を背負うなどどう考えてもよかったわけがない。


「……王の覚悟を考えず無礼な発言を申しました。何卒ご容赦を」

「よい。危険であること、それを諫めることを罰しはせぬ」

「陛下の寛大なお心、感謝いたします」

「……まあ、戦場に出向いてみたかった好奇心がゼロだとは言わないが」

「……陛下?」

「理由はいいだろう。それに、この馬車で私が死ぬような戦場なら王都にいても侵攻されるだけだ」


同時にこう言って不敵に笑う顔も素なのだろう……はあ、まあ異世界でできた悪友に呆れるのも悪くはないか。


「俺、宰相、軍務相……それに陛下の戦闘力も加味すると、この全員抜いて陛下暗殺は無理か」

「そういうことだ。本来なら首脳陣の車は分けるのが常だが、首脳陣の戦力を考えたとき、下手に分散させるより戦力を一点集中したほうが、安全だという結論に至った」


レオン自身の体術、剣術は勿論のこと、魔術の実力についても教師がハリーさんであるから普通に魔術師として最低限の実力は持っている。


「陛下の御身のことを考えますと、ここにいらっしゃるのは私としては複雑ですが、兵士の士気維持を考えますと指揮官としては何も言えませんな。まあ、私も本来今の立場では戦場にでるべきではありませんから、陛下のことは言えませんが」

「つい最近まで最前線で辣腕を振るっていただろう……その能力は現場でこそ生かしたかったが、この国の実情的に、卿の希望を顧みず、その様な立場にしてしまった私も何も言えないさ」

「そう言われてしまいますと、こうして前線に来たのですから身を粉にして働かせて頂きます。無論、陛下の御身もお守りいたします」

「ああ。頼りにしている」


やはり立場的にここに来るのは普通ではなかったフィルシード軍務相は、つい先日まで現役バリバリの騎士だった人物だ。

前政権下で冷遇されていたからこそ、実戦経験豊富な上に辺境に赴くことも多かったことから、ルーテミア王国軍内で彼を嫌う者など、下士官には一人もいないと言っても過言ではない。

指揮能力もさることながら、俺は見たことはないが魔術による身体能力を加味した近接戦闘では文字通り負けなしだという。彼がレオンの隣にいる以上、物理的な手段での暗殺はまずかなわないだろう。


「まあ、陛下の無茶は今に始まったことではありませんが、今後は控えてくださいね」

「ああ。今後とも頼む、ハリー……」

「控えてくださいね」

「……善処する」


こうして宰相となったハリーさんも、幼い頃からレオンの隣に居続けた人物だ。お目付役兼教師のような立ち位置の人間だが、その魔術の実力は確かで、幼い頃からレオンの無茶の後始末に始まり、護衛として数々の危機からレオンを守ってきた。レオンを守るという一点においては、レオンの動きや行動まで予測してやり通せる最良の人物だろう。


「後、お前の戦術だと瞬殺で、こちらの兵力消耗の予想は極軽微だろう」

「戦術通りに全てのことが運べば、ですがね」

「戦術通りに運ばない場合の、余剰分も取った上で、指揮所が攻撃されるようなことがあるならそれは完全敗北だ。結局王都にいても変わらん」

「詭弁でしょう」

「ふん。どうなっても今回もお前がいるなら助けてくれるだろう」

「信頼はともかく過信は禁物ですよ」

「そう言うな英雄」

「はあ……わかりましたよ。この身を賭して、陛下をお守りいたします」


最後に俺もいる。最愛の人との結婚式が待っている以上、死ぬわけには行かないし。ソフィア嬢を泣かせたら詩帆に何を言われるか分かったものではない。とりあえず俺の最大目標は「犠牲者ゼロ」、絶対目標は「生きて帰る、せめて身内は生きて帰す」だ。


「さてフィールダー卿の納得が得られたところで、改めて戦況、前述の確認と行こう」

「こちらが現在把握している戦場の状況です」


ハリーさんが中央のテーブルに広げた地図は、戦場周辺の地形図の上に、両軍の位置関係を書き込んだものだった。


「現在、王国中東部リーディア子爵領の最東端のリフィル渓谷を中心に戦況が進んでいます」

「地形図は大体把握してるけど……確かここって三国の領土境界なんだよな」

「ああ。我が国とレードライン、そしてフォレスティア王国の境界がこのリフィル渓谷だ」


そう、この戦争の関連国として領土が接している国にはシルヴィア王女とディアミスの祖国、フォレスティアが含まれている。


「この歪な地形もフォレスティア王国が大昔に、地形改造を魔術で行った名残だからな」

「この歪な大地、やっぱり魔術的造成なんだ」


戦場、レードライン侵攻地点となったリフィル渓谷は二つの山脈に挟まれた場所にある。この山脈間の距離は百キロ単位で離れており、本来ここは平原か山脈が広がっているはずなのだ。

南側の山脈はその先、フィールダー子爵領の師匠達の住む山にまで連なる古期造山帯で、北側の山脈は火山地帯が多くあり北方の寒冷地域に複数の温泉が湧出していることから、ルーテミア王国の領土が西側から衝突し、その後に北部一帯が大陸に再度衝突したのだろう。


「まだルーテミア建国前だから伝承だが、フォレスティア建国時は森の民と人間の魔術能力の差は底まで大きくなかったこともあって、人数で勝る人間側が愛玩用に森の民を奴隷としていたんだ」

「歴史としては知ってるよ。それもあってフォレスティアは鎖国主義で、ルーテミアとは相互不可侵を貫いているって言うのも」

「ああ。そして人間から身を守るために周辺の地形を改造して生まれた要塞がフォレスティア高地と、大森林だ」


文字通り魔法で作った自然地形の要塞、フォレスティア高地。それは窓の外からかなり離れているはずなのに、山のように見えた。


「あの周辺は王国でも危険だから立ち入りを禁じている……あの地帯に向かった冒険者の生存確認に向かう依頼が騎士団にあったが現地確認のみで諦めたよ。あそこの生態系は異常だ。あれはフィールダー卿のような魔術師でなければ生き残れない」

「数百メートルの標高のある地形を魔術で人工造成したなど、俄には信じられませんでしたね……先日、フィールダー卿の天変地異を見るまでは」

「あれ、僕ディスられてます?」

「褒めていますよ……どちらかというと畏怖ですが」

「畏怖って……まあ、自分でも怖いので何も言えないですけど」


リフィル渓谷は渓谷とは名ばかりの、南方の山脈群の北端とフォレスティア高地の間にうまれたルーテミア東部唯一の平原であり、重要な交易路でもある地点である。


「話が逸れたな。レードライン帝国は、ルーテミア国境の東端の更に東の川の先に本陣を構えている。既存の橋に加えて、簡易の橋脚を複数設置し、本格侵攻の準備を進めている最中だ」

「現時点で起きているのは主に小競り合い。先行部隊や斥候、偵察部隊との散発的な戦闘のみです。が、橋が完成すれば大兵力を用いての全面侵攻をするでしょう。そうなった場合、兵力で劣るこちらが圧倒的に不利というわけです」

「だが、それを防ぐ策を考えたのだろう。フィルシード軍務相、フィールダー魔術相」

「ええ。宰相、事前の予想通り橋は南側に偏っているんでしたよね」

「はい。目で見て違和感を感じるほどに橋の大半は南側で、北部の新規増設した橋は数えるほどしかありません」


そう。この地形によって帝国が取り得ると想定していたリフィル渓谷への侵攻ルート。それが、俺とフィルシード軍務相が描いた、こちらの戦力消耗を避け、相手の大多数の兵力を行動不能にする策のキーだった。


「さて、準備を始めて行きましょうか。到着次第直ぐに工作にかかりましょう」

「ええ。工作部隊にもその様に伝えておきましょう」


戦場到着前の話し合いは済んだ。後は、各々頭を切り替えるだけ……いや、一つ忘れていた。


「レンド農務相、ここまでの流れで不明点は?」

「……な、ないですが、本当に何で私がこんな戦場に……というか、私ここにいていいんですか?」


この馬車には実はもう一人の閣僚が乗っていた。完全に気配を消していた若い男性レンド・シン・フォン・レンド男爵だ。彼は今回の作戦のキーパーソンであるため、連れてこざるを得なかった。


「あなたが今回のキーですからね。ねえフィルシード軍務相」

「ええ。頼りにしていますレンド農務相」

「は、はあ……」


この頼りなさそうな人物をレオンが農務相に指名した、その理由を存分に活かしてもらうとしよう。


「陛下。リーディア子爵軍の部隊と間もなく合流します」

「わかった。先触れを出してくれ」

「はい」


この馬車の御者を務めていたジャンヌさんから声がかかる。さて前回の参戦はずいぶんと特殊な飛び込み方をしたわけで、実質初めての戦争だ……


「さてと、魔術が戦争でいかに使えるのか……楽しみだねえ」

「クライス。大量虐殺だけはするなよ」

「わかってるよ……そのための戦術だろう」

次話は3時間後、10月9日午前2時過ぎを目標としております。

想定以上の遅延により、更なる遅滞が見込まれる場合はご連絡いたします。

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