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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第九章 つかの間の平穏と来訪者
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湊崎雅也の回顧録 ~灯~

先週は大変失礼いたしました。

予定通り、今週で遅れを取り戻せるよう善処いたします。


「湯河先生、こちら指定範囲の観測データです。指示通りの形式にまとめています」

「ありがとう。うん、問題ないよ」

「はい。では、この後予定がありますので失礼します」

「湊崎君、待ちなさい」


先生に頼まれた用事を済ませ、報告書を出して部屋を離れようとした俺は、その湯河先生に後ろから肩を掴まれた。


「何でしょうか?」

「君、何か僕に言うことはないかね?」

「心当たりはないですが?」

「そうか。本当に?」

「はい、神に誓って」

「湊崎君。この前、神は信じていないって言っていなかったかい?」

「いや、僕は信心深いですよ」

「どこがだい!」


先生の言う心当たりだが俺の態度の通りガッツリとある……詩帆との約束の時間に遅れるわけにはいかないし、今日はさっさと喋るか。


「冗談は置いておいて、先生が欲しそうな観測データの数が揃った後で、使用時間余ってたので僕がやりたい範囲の観測はさせてもらいました」

「変なやりとりする前に、言いなさい。まあ観測センターの職員から聞いてたから知ってたんだけどね」

「じゃあ先生こそ、最初からそれ言えばいいじゃないですか」

「君が毎度、毎度僕の名前で観測施設や機材を、しかも僕に無許可で使い倒すからだろう!」

「先生が使わない時間はちゃんと確認してから使ってますよ。後、使用に研究室予算等必要な物は、申請出してるじゃないですか」


西南大では一部の学部を除いて、学部三年生から研究室に配属される。そして俺は二年生の頃から顔を出していたこの変人、湯河秀彦ゆかわ ひでひこ教授の素粒子物理学研究室に配属された。


「なら、通常の方も出してくれ……」

「面倒なんですよ」

「後で、追徴申請書かされるんだよ、僕が」

「でも、書かせたことほぼないですよね」

「どうやってるのか知らないが、君が事務局を煙に巻いてるからだね……ねえ、僕が事務局に目を付けられる事態だけは勘弁してくれよ?」

「先生が、学生を守らず、自己保身ですか?」

「君みたいな学生は一人でも何とかなる。なら、僕は自分の保身を考えるさ。ここほど自由に研究をさせてくれるところはないからね」

「海星学院大とか、どうですか?私立で資金は豊富ですし、海洋学と天文学なら国内でも最高峰ですよ?」

「……あそこはキラキラしてて、ちょっと」

「陰キャ」

「教授に対して、そこまで言うか!」

「あっ、すみません地雷でしたね」


話してみると残念な教授だが、若干四十歳で教授職に就いているだけあって、その実力は本物だ。宇宙空間の物質構成理論の権威、宇宙の魅力にとりつかれた物理学者、それが湯河教授だ。その研究内容が面白そうだったから、俺はこの大学を目指したと言っても過言ではない……のが悔しいところだ。


「で、そろそろいいかい。今回は何がでた」

「まず、何を調べたか?じゃないんですか?」

「君の最近のレポート内容と、この間取ってたデータで見当はついてる。それで、宇宙の外には何があった?」

「……やっぱりあなたは天才なんですよね」

「親友が言ってたよ.お前はこれしか取り柄がない、ってね」


俺が今回観測していたのは宇宙背景放射。人間が観測できる宇宙の最果て、宇宙で最初に発生した光。それを僅かな資料からハッキリ言い当ててしまうのだから、本当にこの人には敵わない。


「……相変わらず、ほとんど収穫はないですよ」

「当然だ。人類が何千年も夢見た世界の果てだ、そう簡単に見つかるものじゃない」

「なので、今回教授が依頼されてた空間の物質密度の推定があったじゃないですか、光による」

「ああ。それで」

「それで少し思って、宇宙背景放射の付近の光を分析にかけてみたんです」

「ほう」

「数が少ないので、なんとも言えませんが……明らかな爆発の光の中に、何故発生したのか分からない特殊な波形が確認できました。爆発のノイズの可能性もありますが、それにしてはあまりにも強い……」

「外からの何かが背景放射を貫いて、エネルギーを出していると。そしてそれは、光に影響を与えて観測できる波長として生じている、と」


観測件数があまりに少なすぎるし、理論の前提となる証拠がなさ過ぎる。そしてノイズの可能性も全く否定できない、でも……


「調べてみたいんです」

「……これからはきちんと許可を取るように。まあ、一言言ってくれれば好きにやりなさい。責任は私が取るよ」

「いいんですか?」

「責任は年長者が取って、功績は若い者に譲る。それが一番健全な社会だろう。何より、面白そうな研究だからね。研究者として、後進が面白そうな研究をしているんだ、応援しないわけにはいかないだろう」


この人の研究室に入れてよかった。願わくば今後もこの人の元で研究がしたいと、そう思う。


「それで、湊崎君は早期卒業希望だと聞いているが、卒業後は院進学だよね。推薦状ならいつでも書くから、早めに言ってくれ」

「そのことなんですが……湯河先生」

「なんだね改まって」

「少し研究に浸る前にやらなきゃいけないことがあるので、少しお時間をいただけますか?」

「別にかまわないよ。どうせ推薦状を出せるのも君の進級が確定した後だしね」


ただ、この人の元で学ぶには、俺には少々余計な柵がついている。拭いようもない呪いでもあり、同時に才能でもあるこの血が。


「それで、やりたいことというのはなんだい?差し支えなければ聞いておきたいね」

「……詩帆ともう少しイチャついておこうと思いまして」

「もう一回言ってくれないかな?」

「医学部後半でこれから益々忙しくなる詩帆と散々交わっておこうかと思いまして」

「吹き飛べリア充」


ただ、この人には話す必要はない。研究者として過ごす上で、面倒なあの家の一員であることは知られずにこの人とは付き合っていきたいのだ。まあ、絶対に気にしないとは思うけど。


「先生も、国立大の教授なんですから恋人の一人くらい作ればいいじゃないですか」

「うっせえ。年がら年中大学泊まり込みのおっさんとか、寄ってくるのは財産目当ての詐欺師まがいの奴だけだよ。しかも、結局薄給だからな、大した売りにもならねえ」

「うわあ……学生時代に生涯のパートナー見つけといてよかった」

「嫌みか?」

「嫌みです。では、僕はこの後浴衣姿の彼女と花火大会デートしてきますので、失礼します」

「煽るだけ煽って行きやがったな。てめえ、推薦状の話ないからな」

「なしでも、受かって見せますよ」


廊下を歩いている学生がビクッとなるくらいの中年男性の嘆きを背後に、俺は研究室を後にした……




「なっ、全然惚気てないだろ」

「それ以前のツッコミ所多数だし……後、……わるとか、言わないでよ、恥ずかしい」

「……そこに関しては、悪かったと思ってる」

「悪いと思うなら言わないでよ……」

「すまん。ちょっと変なテンションになってたからな」


浴衣が似合いすぎる大和撫子な彼女から、詰められた俺は、担当教員との本日の愉快な会話の一部始終を話していた。話しながらも、両手には焼きそばにたこ焼き、リンゴ飴、水風船とちゃっかり出店を満喫はしているが。


「……何かあったの?」

「詩帆との花火大会デートが楽しみすぎただけだよ」

「それで誤魔化されるとでも?」

「……鋭い彼女さんですねぇ」


普通にしていたつもりなんだが、ほんの少しの違和感を詩帆には見破られてしまった。俺の手が、手元の鞄に伸びかけ、その手に詩帆の視線が向いていることに気づいて、手を止める。


「やっぱり何かあるんじゃない。何が入ってるの?」

「……わかった。後日話す」

「いつ?」

「……明日、桜川家に場所を借りよう」

「なんで凛子の名前が……十中八九面倒事っていうのはわかったけど……けど」

「けど?」

「先に私に相談して欲しかったな」

「悪い……色々悩んでてな」


あの子のために、どうしたらいいか、どうすべきか悩んでいた。でもこんな顔をさせてしまっては本末転倒だ。弾かれるように、俯く彼女の手を強く握る。


「ごめん。詩帆にはちゃんと言うべきだった」

「……私に相談しても無意味かも知れないけど、言うだけは言ってほしいかな」

「そんなことない。言えなかったのは単純にこの件に詩帆を巻き込んでいいか悩んだだけで……」

「そこ」

「ん?」

「全部巻き込んで」


真っ直ぐな視線の中に吸い込まれてしまいそうになる。そんな彼女を前にして言葉がとまる。花火大会の喧噪がどこか遠くに行って、彼女の声だけが聞こえる。


「雅也が全部助けてくれた。私のことを全部受け止めてくれた。だから私は今、ここにいる」

「……」

「だから、今度は私が雅也を助けさせて」

「……ああ、そうだな」


彼女は聡明だ。俺なんかよりはるかに。彼女を巻き込まないようにしようなんて、俺は何様のつもりなのだろう。


「後、私もう、雅也以外一緒にいれないから」

「うん」

「一生、人生巻き込んで。雅也と二人、死が二人を分かつ日まで、一緒だよ」

「そうだな……」


……あれだけ頼れと言った彼女に、話していないことは山とある。彼女を巻き込みたくないことが、悲しいかな俺の人生には幾つも存在している。墓場まで持っていこうと思っていたものもたくさんある。でも……


「時間はかかると思う。俺も話すのに覚悟がいることばかりだから」

「うん」

「でも、かならず全部話すよ。何年かかるかわからないけど」

「待ってる。一生」

「うん。一生かかるまでには全部言うから、待ってて欲しい」

「勿論よ」


……最愛の貴女に、そんな顔をさせるくらいなら、全部伝えよう。彼女に全部話させて、俺だけだんまりは不公平だ。


「……じゃあ、今日は花火大会を楽しもう」

「……お互い,こんな日に面倒なことを考えなきゃいけないなんて不運ね」

「ああ。だから、ここからは忘れよう」

「ええ」


その時、丁度花火が打ち上がった。周りの人たちが一斉に立ち止まる中、詩帆の手を引いて通りから外れる。


「綺麗……」

「……花火が綺麗ですね」

「死んでもいいわ……何十年か後、あなたの隣なら」

「最高の返しだね」


花火の光の中、俺と詩帆の影が重なり、離れる。頬を染めて黙りこくってしまった詩帆と、並んで花火を眺める。


「幸せって、こういう瞬間を言うんだろうな」


この幸せな時間を守るため、そして過去を清算するために明日から少々忙しくなる……けど、今だけは


「詩帆……大好きだよ」

「……馬鹿雅也、場所考えて言ってよ」

「これ以上のムードがあるか?」

「……馬鹿、大好き……」


大好きな彼女と、馬鹿な恋愛の時間を楽しもうと、彼女を時折からかいつつ、花火を眺めた。

次回は一時間後、10月6日22:00に本章の登場人物紹介を投稿予定です。

明日10月7日21:00に第十章本編、第百六十五話を投稿予定です。

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