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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第九章 つかの間の平穏と来訪者
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王女編 シルヴィアside ~私は、王女~


夜の王都。その中の宿屋の一室で私は、とある手紙をしたためていました。ランタンの仄暗い明かりで照らされた紙の上、その最後の一文に悩んだ私の筆はすっかり止まってしまっていました。深い思考の中にあった私を呼び戻したのは、聞き慣れた先生の声でした。


「……シルヴィア」

「は、はい……マーリス、その、乙女の寝室にノックもせずに入るのはいかがなものかと思うのですが」

「何度もしたよ。それなりに声もかけたのに反応がなかったから、仕方なく開けたところだよ」

「す、すみません。その、少し悩んでいたもので……」

「その手紙……」


部屋に入ってきていたのは私の幼少の頃の家庭教師で、今は魔術の師匠であるマーリスでした。そして、会話の中で言及した悩み、と言う一言でマーリスの視線は私の手元に移りました。


「……マーリスの察しの通りですが、誰にも言わないでください。これはフォレスティアの、ディアミスの為なのです」

「……シルヴィア様の意思を尊重しますよ、少なくとも私は」

「心労をかけます……」

「と、要件は別にあってね……」


あの頃にフォレスティアにいたマーリスは、全てを分かっていると思います。でも何事もなかったかのように、話を変えてくれた。申し訳なく、そして心より感謝します。

この優しい家庭教師の先生に会ったのは、私が……森の民の国フォレスティアの第一王女シルヴィア・リーフィア・フォレスティアがまだ幼い頃でした。




―――過去 フォレスティア王国 王城 国王執務室―――


「陛下。シルヴィア王女殿下をお連れしました」

「入れ」


使用人に連れられて、私は父である国王の執務室の前にいました。私室や、謁見の間に呼ばれることはありましたが、お父様が仕事をされているこの部屋に来るのは初めてです。使用人が扉を開けると、執務卓に座っているお父様と目が合い、私は一礼をして入室します。


「シルヴィア、来たか」

「お父様、お待たせいたしました」

「いや、いい。突然の呼び出しではあったからな。さて今日呼び出した件についてだが……場所を移そう。セネター、茶を三人分用意してくれ」

「かしこまりました」


執事長であるでセネターが、茶を用意するために部屋を出ました。それと同時に私のお付きを除いて、他の使用人が一斉に部屋を出ました。


「お父様、一体何の話をされるのですが?」

「何度付けても、すぐに辞めてしまうお前の家庭教師についてだ」

「家庭教師など必要ありません。そして、その程度の話であれば何故人払いを……」

「詳しくは、その家庭教師を交えてだな」


お父様の後に続いて、執務室から続きの応接室に移動します。すると、そこには見慣れない人物が、いえ、正確に言うなら最近話題の人物が座っていました。その人物は私達の入室に気づくと、立ち上がり一礼しました。


「陛下、挨拶が遅れまして失礼いたしました」

「よい。私が座って待っていてかまわないと言ったのだからな」

「寛大なお言葉感謝いたします。そしてシルヴィア王女殿下、このような形でご挨拶するのは始めてですね、マーリス・フェルナーと申します」


そこにいたのは眼鏡で、髪はボサボサの冴えない人間の男……つい最近、フォレスティア王国に訪れた人間の魔術師、マーリスだった。

街中に人間が歩いているということで、ちょっとした騒ぎになったのだが、この森の結界を正攻法で突破したという魔術の実力を買われて、国王陛下の宣言で一月前から王城に係留しているので、勿論私も顔を合わせているのだが……


「……」

「王女殿下。なにか失礼でもありましたでしょうか」

「いえ。あなたが、この場にいたのに驚いただけです」


何か笑い方が胡散臭くて、そして何か常に演技をしているようで何か不気味で私は、彼を敬遠していた。あまり直接話したくないとは思っていたのだけど、お父様が同席させているのであれば何も言えない。


「まあマーリスが、この場にいることに関しては後で説明しよう。二人ともかけてくれ」


お父様が席に着いた後、私とマーリスを促したところでセネターが入ってきた。そして私達三人の前に、お茶を出した。ということは……


「お父様。マーリスが、つまり人間が私の家庭教師を務めるということでしょうか」

「人間と強調する必要などないだろう。お前が今まで何人の森の民の家庭教師を辞めさせてきたと思っているのだ?」

「私に家庭教師など必要ありませんから」


私は王女だ。必要最低限の教養さえ、身につけてさえいれば高度な知識など必要ない。魔術の講師となれば、この国に住まうものとして話は別だが、教養を教わるという意味での家庭教師であるならもう不要だ。それに……


「人間なら私を蔑視もしなければ、攻撃もされない、そういうおつもりですか……死にますよ、その人間」


森の民と人間の魔術能力の格差は、この五百年以上で格段に開いた。森の民の平均的な魔術師であっても、人間の世界であれば容易に国の筆頭となり得るだろう。だからこそ周囲に大国や、戦争の頻発する小国群を抱えた中で、この国は、この森は独立を保ってこられたのだから。


「私が平均的な魔術師ならね」

「はぁ……この森の結界を突破した実力はお認めします。ですがその程度ができる魔術師であれば、この国にいくらでもいます」


マーリスの実力は人の中では確かに高いのだろう。だがその魔力量は、エルフの魔術師からすれば非常に少ない。魔力量や、魔術適正の差は経験で補える。それは事実ではあるが、その差が強大であれば、埋めることは困難だ。


「そして、森の民より圧倒的に短命な者が、私に何かを教えると。無論、若い指導者を侮辱するわけではありませんが……」

「ははは……王女殿下にそう言われてしまうと、何も言えませんね。国王陛下、やはり今回の話はなかったということで」

「……」


私の指摘に、お父様は何も言わない。私に何を言われても考えは変えられない、ということでしょうか。


「その程度の人間をつけておけばよい、というお考えでしたら、尚更不要ではないかと思います」

「……」

「私に家庭教師など不要です。最低限の生活と体面さえ保っていただければ、放っておいてください。命令には従います。あの子にも迷惑はかけません。ですから、お母様と……」

「いや、お前の家庭教師にマーリスはつける。これは決定事項だ」

「ですから、いりませんと……」

「ならマーリスと模擬戦をやれ。お前が勝てば、この話はなしだ」


お父様の発言に、私は呆れるしかありませんでした。


「お父様、その模擬戦は無意味かと思いますが?」

「やる前から勝てると判断できるほど、お前は強かったか?」

「……分かりました。その代わり、私が勝った場合は今後、一切家庭教師を付けようとしないでください」

「ああ、かまわない」

「わかりました。マーリス、できるかぎり殺さないように気をつけますが、全力で自衛してくださいね」

「……私の拒否権はなさそうだね」


苦笑いするマーリスの、その笑顔の胡散臭さにやはり辟易としながら、私は模擬戦の準備のため、お付きを連れて自室に戻りました。




「それではルールを説明しておく。どちらかが戦闘不能になるか、降伏宣言を行うまで戦闘を行う。用いる技能等に一切制限は設けない。最期に降参せず、立っていた方の勝利だ」


王城後宮の庭にて、私とマーリスの模擬戦が始まろうとしていました。周囲にはお父様と私のお付き、セネターの三人のみ……まあ、事情を考慮すればこうなるでしょう。


「マーリス。死ぬ前に降伏してくださいね」

「ええ。私も命は惜しいので……全力でやらせていただきます」

「両者、準備はいいか」


一瞬、マーリスの顔から胡散臭さが消えたような気がしましたが、お父様の確認に、私は姿勢を正し、杖を構えます。


「問題ありません」

「いつでもどうぞ」

「そうか。では……はじめ」

「……<魔力障壁>」


戦闘開始と同時に、私は周囲に結界を展開します。この結界は魔力によって物理的な壁を作り出す魔術で、召喚術と結界魔術を独自技術として研究しつづけている森の民の中では、非常にポピュラーな魔術です。

そのまま状況を確認しようとマーリスの方を見て、私は驚嘆しました。


「えっ……」

「子供相手に、どうかとは思うのだけど……陛下に頼まれてね」

「何、その魔力、人間じゃ、ない……」

「まあ、今は人間かというと若干怪しいからね……」


ずっと人間で言うところの中級程度にしか見えていなかったマーリスの魔力量が、森の民の魔術師の上位者並に膨れ上がっていました。


「<七星魔球セブンスボール>」

「全属性魔術……合成魔術まで含んでるね。ただ、大した威力はない……<風霊庭園ウィンドガーデン>」

「……<七星魔球セブンスボール>」

「同じ手しかない……というわけでもなさそうだけれど」


私は初級までしか魔術を行使できません。正確に言うと中級以上、上級も行使が可能ではあるのですが、まともに行使できるのは初級までです。その魔術は、いとも容易くマーリスの結界によってはじかれます。


「……何者なんですか、あなたは?」

「マーリス・フェルナー……仲間を救えなかった賢者の生き残りだよ」

「マーリス……七賢者第七位」

「こんな小さな子でも、名前が出るのは光栄だね」


目の前の冴えない魔術師は、かつて世界を救った賢者の一人だった……お父様が只の人間を、私の家庭教師に推薦するわけがなかった。頭に血が上っていて、そこまで考えが至らなかった直前の自分を叱りつけたい。


「なんで、五百年以上も生きてるんですか」

「色々とあってね。あっ、不死者とかではないよ」


マーリスと話をしながら、とある魔術のために時間を引き延ばす……賢者相手なんて、こんな歪な上に経験の少ない私が勝てるわけがない……だから、禁じ手を使う。只ではこの胡散臭い男に負けてやらない。


「さてと、手札はそれくらいかな?なら、こちらから行かせてもらうよ」

「……いいえ、まだです」

「っっ、シルヴィア、やめろ」

「お父様、ごめんなさい……<召喚サモン 九龍ナインスドラゴン>」

「……面倒なことを」


普通の魔術ならマーリスには手も足も出ない。けれど私には召喚魔術という切り札がある。お父様の制止はもっともだけれど、使わせてもらう。


「マーリス。賢者の偉大さは知っていますが、九龍と戦って無傷とは思いません。降伏をおすすめします」

「これは確かにすごいね……」


私の周囲には九属性の龍が召喚されていました。膨大な魔力を吸われてフラフラしますが、これで私の……


「……でも、生憎と龍とは戦い慣れていてね」

「えっ……」


マーリスの言葉の直後、炎龍の身体を二本の氷の槍が貫いた。


「氷属性第八階位<氷神の氷結槍(ランス・オブ・ブリザード)>……」


息をつく間もなく、水龍の身体を豪炎が跡形もなく焼き尽くし、嵐龍が地面に叩き付けられ、飲み込まれる……


「火の第九階位に、土の第九階位……ありえない、行使速度が生物の技じゃない……でも、まだ龍は……」


振り向くと、地龍が風魔術でズタズタに切り裂かれるところだった。両隣の雷龍と、氷龍が上空から飛来した隕石で消し飛ぶ。


「嘘、嘘……」


爆風で荒れる視界と、激しい揺れの中、星龍の断末魔が聞こえる……


「……即座に攻撃させられたら多少は面倒だったんだけど、召喚された後、少し猶予をくれたからな……多少魔力は喰ったが、これで満足かい?」


気がつくと、結界などなかったかのようにマーリスが私の肩に手を置いていました。その変わりようのない姿と、変わらない笑みに、私は膝から崩れ落ちた。


「シルヴィア、戦闘不能。マーリスの勝利」


正確に言うと私は戦意喪失だと思うのだけど……戦闘不能であるのは変わらない。この男に恐怖を感じて仕方なかった。駆け寄ってきた付き人にしがみついて私は……当時十二歳だったのにませていた私は、泣いた。


その後、家庭教師に就任したマーリスがまず最初に私の恐怖をとくのに時間を要したのは言うまでもない。

次回投稿は9月24日(日)22:00を予定しています。

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