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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第九章 つかの間の平穏と来訪者
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賢者編 メビウスside ~七賢者である前に~

鮮血が散った。


「スリフちゃん!」

「……<麻痺の雷撃スタンボム>」


遠くからセーラとマーリスの声が聞こえて、周囲の男達が崩れ落ちた。


「……スリフ、ちゃん……」

「怖い……嫌だ……やめて……」


スリフちゃんはパニックに陥っていた。その状況でも、放った<次元切断ディメンジョンスラッシュ>が自身の周囲を正確無比に切り取っているのは流石だ。その魔術によってスリフちゃんに向かって伸ばされた男の両手は綺麗に切断されていた。


「案外、こういう傷になると痛みを感じないんだね……」


同時に隣にいた僕も右腕も綺麗に切り落とされていた。相当出血しているが深すぎる傷のせいか、ほとんど痛みを感じない。


「セーラ、メビウスの治療だ」

「う、うん……」


遠目に二人が駆け寄ってくるのが見えた。後は任せよう、そう思った。だけど隣のスリフちゃんが身体を強張らせた直後、魔力が高まったのに気づいて僕は叫んだ。


「二人とも、近寄るな!」

「メビウス?」

「スリフちゃんは錯乱してる。今は知人だろうが斬られるぞ?」

「でも、お前……」

「まだしばらくは失血死しないよ。大丈夫だ」


しばらくはとは言ったが、たぶんそう時間はない。少し朦朧とした意識の片隅で、二人が立ち止まったのを確認して、僕はスリフちゃんに向き直った。そして残った左腕で震える彼女を抱きしめた。


「怖い、人、怖い……」

「大丈夫、大丈夫だから……」


それは、いくらずっと隣にいたからといっても、今の状況ではあまりに危険な行為。だけど、これしか今の僕には思いつかなかった。


「もう大丈夫……」

「……」

「もう君は一人じゃない。ちゃんと守ってあげるし、今の君なら守れるから」

「……そっか、そうだ。今はもう、私は七賢者、だった……」

「うん、スリフちゃん……落ち着いた?」

「……メビウス?……そ、その腕どうしたんですか?は、早く治療しないと」

「大丈夫だよ。セーラもいるし、すぐに治るから」


なんとか我に返ったスリフちゃんが慌て出す声に、ホッとした。遠目でセーラがその場に崩れ落ちそうになって、隣のマーリスに支えられるのが見えた。


「はぁ……託したんだから、そういうフォローはきちんとしてくれよ」

「メビウス。とりあえず出血を止めてしまいます。腕の結合はセーラやおじいちゃんの方が綺麗だと思うので」

「うん、ごめんね。お願いするよ」

「てめえら……やりやがったな」

「えっ……いやっ」


スリフちゃんの叫び声に、顔を上げるとまだ意識のあったのだろう男の一人が、腹いせとばかりにスリフちゃんに斬りかかる瞬間だった。咄嗟に結界を張ろうとしたけど、痛みで一瞬反応が遅れる……せめてと思ってスリフちゃんをかばうように動く。

その視界の端で魔術が男の剣に当たり、僅かに起動を逸らしたのが見えた。見なくても誰がやったかは分かった。そうして得た一瞬で間一髪結界魔術の展開が間に合う。


「うおっ……げふっ」

「メビウス、生きてるか!」

「スリフちゃん、もう大丈夫よ」


直後に男が吹き飛び、ほぼ同時に駆け寄ってきたマーリスとセーラの姿を見て、僕は意識を失った。




「マーリス君、メビウス君」

「「はい」」


一時間後、目を覚ました僕の腕は綺麗に接合されていた。そして、隣にいるマーリスとともにラニアさんにお説教を食らっていた。


「二人とも、魔術の扱い方は文字通り世界最高位よ。ただ、あまりに女の子の扱い、特にメンタルケアが論外」

「「はい……」」


僕が倒れた後、異国市を回っていたラニアさんとジェニスさんが騒ぎを聞きつけて駆け付けたらしい。


「まずメビウス君、もう少し周囲に気を張らないとだめよ。あなたはスリフちゃんの過去を知ってたんでしょ」

「それに関しては面目ないです……あの程度のレベルなら瞬殺できると高を括っていました」

「ええ、そうでしょうね。現にあいつら、チンピラに毛が生えた程度だったし」


駆け付けたジェニスさんが地形操作で周囲から現場を隔離した後、すべての物品を修復してくださったらしい。更にラニアさんが精神魔術で全員の記憶を改ざんして、街はすぐに日常を取り戻したという。


「ただ、それでもあれで起こる状況によってスリフちゃんのトラウマが呼び起こされる可能性は十分予見できたわよね」

「はい……」

「メビウス君、彼女と一緒にいるというのがそういうことだということはよく理解しておいてね」

「はい。本当にご迷惑をおかけしました」

「謝るならスリフちゃんにね……後で、部屋に声をかけに行ってあげて」


僕が倒れた後、スリフちゃんはかなり動転していたそうだ。少し落ち着いた後、今は部屋に引きこもっていると聞いた。本当に僕は何をやってるんだかな……


「で、マーリス君。君はメビウス君以上に駄目ね」

「そ、そんなに言いますか?」

「まあ、不可抗力よ。でもメビウス君と違って、彼女でしょ、あなたの」

「そうだけど……」

「セーラちゃん、終わった後、気を失っちゃったけど、あれはどう考えてもメビウス君の件だけじゃないわよ」

「……」

「他に心労抱えてたとしか思えない。心当たりは?」

「……確かに、何か悩んでた感じはあった、気がする」

「ちなみに何の話をしてた時?」

「えっ、確かメビウスとスリフちゃんと離れた直後だった気がするけど……」

「……論外」

「さすがにそれは酷くないか!」


タイミングだけでわかった。セーラの心労の原因は……僕のせいでもある。最低だね、僕は……


「酷くはないわね。マーリス君は彼女ともっと話しなさい。後、メビウス君は……」

「すみません、僕も悪いです、けど、今は答えを出せそうにありません」


セーラへの感情にキリはつけたつもりだ。でも、どこかそうしきれていない自分がいた。それをセーラも気づいている。それが彼女の心労の原因だ。もう、はっきりとケジメをつけなきゃならない……


(「メビウス」)

(「メビウス、聞いてください。この間の実験で発見したんですけど……」)

(「……リビングが煩くて寝れません、部屋を貸してください」)

(「メビウスのご飯、おいしいです……ところで、女の子としては料理できた方がいいんでしょうか?」)


スリフちゃんの顔がなぜか浮かんだ。でも幼い彼女をこんなことの理由に使うのは、こんな感情の行き先に使うのは違……


「メビウス君」

「……は、はい」

「4年くらいあっという間よ。後、5年も経てば7歳差なんて気にならなくなるわ」

「……はい?」

「冷静になって整理してみるといいわ。あなたが気にしてるのは未練とかじゃなく、そこだと思うわよ」


セーラへの想い。まだあると思っていたそれ。それを今のラニアさんの唐突な発言の後で思うと、それは初恋の人以上のものではないように感じた。複雑な想いを一つずつ解いていく……ものすごく長いように感じた一瞬の後、結論が出た。


「マーリス」

「なんだ?」

「僕って案外、世間体を気にするタイプだったんだな」

「どういう意味だ?」

「ん?セーラをよろしくって意味だよ。ラニアさん、失礼します」

「ええ。メビウス君は合格よ。マーリス君は女心わかってなさすぎだから、あと一時間お説教よ」

「ん、なっ!」

「とりあえず、あの子たちが七賢者である前に一人の女の子だっていうことをわかったフォローをできるようにしてあげるわ」

「メビウス、おい、待て、行くな……」


マーリスの声を置き去りにして、僕は階段を昇って行った。そして、とある部屋の前に立った。


「セーラ、少しいいかい」


まずは彼女にきちんとフラれてこよう。そして、けじめをつけて一から彼女と付き合っていこうと思う。

次回投稿予定は9月23日土曜日21:00です。また、直近の投稿予定を活動報告にて投稿しています。

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