賢者編 マーリスside ~思いでの日々~
大変お待たせしいたしました……23時間遅れの投稿になります。
誤字,タイトル修正(2023/08/27/22:17)
「マーリスさん、これ見て下さい」
「なんだい、セーラ?ずいぶんテンションが高いけれど」
魔神戦から二週間後、王都に訪れて以来ずっと泊まっている宿の一室で本を読んでいる私に、先程まで街に出ていたセーラが非常に興奮した様子で話しかけてきた。その様子に微笑みながら本を閉じて、私は彼女の方に向き直った。
「さっき街中でこんなものが配られてたの」
「どれどれ……へぇ、今もやってるんだな」
「ええ。ルーティビッヒの異国市、今でも伝統みたいね」
セーラが渡してきたのは王都で開かれる市のチラシ、しかも普段行われている定期的なものではなく十年に一度行われる異国市の知らせだった。
「今でも、この市は非課税、許可不要なのかな?」
「そこまでは書いていないけど、配っていた人から聞いた感じ規模感は変わっていなさそうだし、大きくは変わっていないんじゃないかしら」
「ソフィア嬢とかなら、その辺り詳しそうだね。今度会ったときに聞いてみようか」
「そうね。それで……」
「三日後だね。クライス君やリリア嬢の容態も安定しているし、行こうか、二人で」
「ええ、行きましょう!」
笑顔でそう答える彼女に、俺は千年前の日々を思い返していた……
「マーリス君、メビウス君、これ見て!」
「セーラ、いつも以上に楽しそうだね」
「セーラが上機嫌って、面倒事な予感がするんだが?」
「マーリス君?」
「……冗談だよ」
「女性に失礼なマーリスは置いておこう。それでセーラどうしたの?」
「あのね、今王都で市がやってるの知ってる?」
「ああ、なんか無茶苦茶盛り上がってるよな」
「ものすごく規模が大きいよね。そういえば何の市なんだろう?」
「あれは異国市よ」
七賢者で共同生活をしている家。その共有スペースで話していた俺達に階段の上から声をかけてきたのは七賢者の第五位ラニア・カーテスさんだった。彼女は階段を降りてきて、俺達の対面に腰掛けた。
「異国市、ですか?」
「ええ。異国市は十年に一度ルーテミア王国で行われている巨大市よ。周辺国はもとより、交流のある遠方国からも、勿論自国内からも多くの商人が訪れる世界最大級の市」
「国際博覧会を商業主体に寄せた感じのイベントですかね?」
「ええ。メビウス君の言った博覧会という言葉はすごく的を射ているわね。この市は非常に簡易な許可だけで出店ができるの、そしてこの市での売り上げには課税がされないわ。どんな小規模業者でも出展をしやすくして、より広範な文化を知る機会になれば、と異国市を始めた三代前の国王陛下の言葉よ」
ルーテミア王国は、大陸西方の中でも最も長い歴史を誇る巨大国家である。その王都ルーティビッヒは古くから交易の要衝であり、多くの商人が訪れてきた商都の側面も持つ……と、この間メビウスが言っていた。それにはこういった様々な文化を広く受け入れてきたこともあるのだろう。
「つまり普段見ることのない異国の品を多数見ることができて、課税されないからひょっとしてお安い?」
「そういうことね。まあ十年に一度の一大イベントだし、何はともあれ行ってみるのをお勧めするわ。あっ、私はこの後ジェニスと行ってくる予定よ」
「ということみたいなんだけど……マーリス君、メビウス君、一緒に行かない?」
「勿論ご一緒させてもらうよ。普通に興味もあるしね」
「行くに決まってるだろう。面白そうだし」
「決まりだね。じゃあ、行こ……」
「そこの若人、とまれ」
セーラが意気揚々と出発の号令をかけようとしたとき、それを気怠げな声が遮った。俺達が声のした方を向くと、先ほどまで誰もいなかった席に、身長に対して少々長すぎるローブに着られた少女が座っていた。
「若人って、スリフちゃんの方が俺らより年下だろ?」
「七賢者としての経歴は私の方が二年先輩だから」
「この……」
「マーリス、お前の方こそむきになるな」
「あの、スリフちゃん、いつからそこにいたの?」
「今来たところですよ。それが何か?」
身長130cmほどしかないローブに包まれたこの女の子は、その体に見合わない途方もない力を持っている。七賢者第三位スリフ・メイヤー。若干十一歳にして結界魔術と空間魔術の一大権威である。その彼女なら七賢者たちの集まるこの部屋に、誰にも気づかれずに入ることなど容易だろう。
「それで、とまれって言ってたけど何か用事ですか?」
「これがあれば買ってきてほしいんです」
「これ……うわっ、面倒そうなリスト」
「マーリス、あなたは女性に対する態度を考え直した方がいいです」
「年下のくせに……」
「だからむきになるな」
「このリストは?」
「今回の異国市で入ってきそうな他国の魔術書籍、後は来ている国だとルーテミアよりかなり安価で流通している素材とかですね」
スリフちゃんが手渡してきたリストは、かなり長文の買い出しリストだった。入手できればとか、あるだけ大量に等々事細かに注釈がなされているのを見ると、かなり下調べをしていたようだ。
「ああ、後これもお願いします」
「もう一枚? スリフちゃん、これって……」
「異国市の裏市場で売買されてる違法な魔術触媒のリストです」
「巨大な市だし、さっきも言ったみたいに規制も緩いから……もちろん王国も警備や摘発もかなりしてるんだけど、こういうのも横行してるのよね」
「まあ、そういうこともありますよね」
「それはいいけど、いくら何でも多すぎだろ。詳しくないものも多いし、探してたら俺らが色々と見て回る時間ないぞ」
リストは相当に長かった。これらの置いていそうな店を大規模な市の中から探すのも困難だし、何なら名前を見てもピンと来ないものも多い。市を見て回るというよりは買い出しで駆けずり回るというレベルだ。
「お願いしてる身ですし、別に見て回るついでに、見つかったら程度でいいです」
「それなら自分で行けばいいだろ」
「っっ……」
「マーリス!」
「……悪かった」
「……いえ、マーリスが正論ですので」
引きこもりがちなスリフちゃんだが、彼女が出不精だからというのが理由ではない。彼女は幼いころに養子として引き取られる前の経験がきっかけで、人ごみに恐怖を覚えるようになったという。詳細は聞いてはいないが、それこそ俺らの村で起こったような地獄のような光景に遭遇したそうだ。
「……可能な限り見てくるよ」
「まあ、三人で見れば、時間も短縮できるだろうしね」
「そうね。だから気にしないで」
「皆さん、すみません……ありがとうございます」
「スリフ、三人と一緒に行ってきなさい」
俺が失言の詫びに買い出しに行くのを承諾し、ほかの二人も頷いたときだった。またもや部屋にいなかった人物の声が響いた。声の方向を向くと二人の人物が二階から降りてくるところだった。
「おじいちゃん……」
「スリフ。自分の必要なものは自分で探してきなさい。かわりに一人で行けとは言わんよ」
「……」
「さすがに今日は酷ではないですかね?普通に僕でも億劫になるほどの人込みですよ?」
「ジェニス。あなたは基本的に出不精なだけでしょう。でも私もいきなりこの人込みに挑戦するのはハードルが高すぎる気がします」
スリフちゃんを諫めたのは、彼女を引き取った人物であるグラスリー・ザッカー・メイヤーさん。大陸に名を轟かせる偉大な魔術師で七賢者の第一位であり、このメンバーを集めた人物その人だ。そして一緒にいたのはラニアさんの夫で、七賢者第六位のジェニス・カーテスさんだ。
「いつまでもそう言っておくわけにもいくまい。あれからもう三年だ。少々荒療治も必要だろう」
「グラスリーさん、これだけは僕も反対です。さすがに荒療治が過ぎます」
「メビウスに同意。いいよ、俺らが行ってくる」
「……いい、行く」
「スリフちゃん?そんなに無理はしなくても」
「無理じゃない。外に出るのが嫌いなだけで、無理だなんて言ってない」
スリフちゃんはそう言っているが脚元は震えているし、顔色も相当悪い。誰もが止める言葉を続けようとした中、セーラがスリフちゃんのもとに近寄っていった。
「スリフちゃん、行ってみよう」
「……」
「私が一緒だし、マーリス君とメビウス君がついてるから絶対大丈夫だよ」
「……うん」
セーラがやさしく微笑んで、そう言う姿は神々しさすら感じた。その言葉にスリフちゃんの震えが止まった。本当に俺達の幼馴染にはかなわない。
「よし、そうと決まれば着替えてこようか」
「えっ、別にローブのままでも……」
「スリフちゃん、せっかく出かけるんだからおめかししないと」
「ちょっ、ラニアさんまで……」
スリフちゃんはあっという間にセーラと、ラニアさんに連れられて自室に消えていった。その様子を男性陣は茫然と見送るしかなかった。
「セーラ、さすがだな……絶対に俺にはできない」
「ああ、本当にね。そして僕たちも過保護すぎたかもね」
「メビウス、それを言うならわしが一番の悪じゃよ。スリフを世界から隔離してやることではなく、元の世界に戻れるよう手助けしてやることが正しいなんぞわかりきっていたのに」
「グラスリーさん。それが理想でしょうが、人の心の問題ですから何もかも理想通りにとはいかないでしょう」
「それは分かっておるがな……」
「結局、七賢者全員の連帯責任だろ。全員スリフちゃん甘やかしてたし」
「マーリスの言う通りかもね。でも僕は今更スリフちゃんに厳しくできないなあ」
スリフちゃんの問題は七賢者全員、このままではいけないとは思っていたみたいだ。俺ですら思うんだからそりゃあそうだろうが、わかっていても誰も何もできなかった。だからグラスリーさんの言うように、荒療治が必要だったのだろう。
「まあ、わしが一番人のことは言えんからな。しかし皆が庇ってくれたのは逆に良かったかもしれんな。あの子の性格的にあの状況だからこそ、行くと言ってしまったところはあるじゃろうからな」
「それはあるかもしれませんね……しかしラニアがスリフちゃんの着せ替え始めちゃったし、これは出発まであと一時間はかかるかなあ」
「セーラもいますからね。盛り上がってそうです」
「なんで女子って服だけで、あんなに盛り上がれるんだろうな」
「マーリス。お前、それ絶対女性陣の前で言うなよ」
魔人との戦いに明け暮れていた日々の中、こんな平和な日も無数にあった。あの日々は私にとって大切な宝物だ。
「マーリスさん、どうかした?」
「いや、セーラが初めて異国市の知らせを持ってきたときのことを思い出してた」
「……そう。あの時は楽しかったわね」
「ああ、本当に……でも、色々あったよな」
「今のクライス君を笑えないくらいにね」
そう二人で笑いあって、私とセーラはつい昨日のことのように思い出せるあの異国市の日の思い出話を交わし始めた。
次話投稿は9月2日(土)21:00を予定しています。
今度こそ遅延のないよう、気を付けます。
なお、本日の続きか、まったく別の番外編の予定です。




