第百六十四話 宣戦布告
先週の投稿、結局できずじまいで申し訳ありません。
「雅也……」
「ん?」
「二人きりって、久々だね」
「……そうだな」
水輝君一家はこの世界初めての旅行に出かけている。フォローとしてホルスを付けて、不慣れな海外旅行感覚でいいと伝えて送り出した。
「師匠達もしばらく帰ってこないし、リリアも体調が安定してからは寮で暮らしてるしな」
「シルヴィアさんとディアミスさんも、最近来られてないですしね」
「そうだな……」
「世界が平和になったってことだよね」
「ああ」
ルーテミア王国は今、レードライン帝国との戦争開始の目前だが、魔神などという世界滅亡の危機とは程遠い。国としては大きな危機の筈なのに、世界を渡ったり……世界を救った後だと、何だか小さく思えてしまう。
「でも、戦争目前なのか」
「そうだけど、まあ、何とかなるさ」
「……何とかなる、のかな?」
「なんだ?この間は異世界転生と、魔神討伐に比べたら人の戦争なんて大したことない、って言ってなかったか?」
「うん、そう思ってたんだけど……そういえば、そんなこと言ってた魔王戦争で死にかけてたな、って」
「……確かにそうだな。いや、でもあれは相当なイレギュラーで……」
「死にかけたのは事実でしょう」
「……そうだな」
魔王戦争。魔王討伐後に出現したアルファによって、俺は一度致命傷を負っていた。横に詩帆がいなければ、師匠達が助けに来るのがあと少し遅ければ、命を失っていてもおかしくはない。
「本当に油断大敵だからね」
「肝に銘じとくよ……」
「後、侵攻理由も未だに不明確なんでしょう」
「ああ……不気味なくらいにな」
「なんで、戦争なんてするんだろうね……」
「奥様は、学術的議論がお望みかな?」
「うーん、どんな下らない内容でも、雅也と議論するのは好きだけど……今は、ただ安心したいかな」
帝国の侵攻理由は、軍務省の諜報部、外務省の情報局を始めとして、ルーテミア王国の総力を挙げて情報収集をしている今となっても、全く掴めない。帝国の国内状況も特に変わりなく、何かが起こったようにもみえない。
「侵攻理由の不確かさだけで言うなら、確かに不気味ではあるけど、古来から傍から見ればしょうもない理由で発生した戦争なんて枚挙に暇がないからな」
「そうだけど……」
「後継者の箔付けのためかもしれないし、単純な時の権力者の錯乱や暴走かもしれない。まあ、その状況を利用して……みたいなことは往々にして考えられるけどな」
「……うん、まあ不安になっても仕方ないか」
「悪いけど、こればっかりは不安を払拭できる何かは言えないかな……ごめん」
「いいよ。そこに行く、しかも前線に立たざるを得ない雅也が一番不安なんだろうし」
「……そう言ってくれるのは詩帆だけだよ」
元来、別に荒事が好きなわけじゃない。前世でも今世でも好戦的だと思われている節があるが、本音を言うならわかりやすい願望がある。
「引きこもって研究して、ずっと詩帆と二人きりでどこかの静かな村で過ごしたい」
「確かに……もう十分色んな出来事に遭遇したし、早めに隠居して、そういうのもいいわね」
「……会話が余生を相談する老夫婦なんだが?」
「……私達、普通の人の一生より濃い時間を過ごしてるからある程度は仕方ないんじゃない?」
「俺が出した話だけど、もう少し新婚らしい話がしたいなあ……」
「……この子の名前、どうする?」
老夫婦のような、新婚夫婦のような……俺と詩帆の関係性は不思議だ。長く付き合ってるという意味では前者だが、お互い再会するたびにまた恋をしているので、新婚夫婦というのも間違ってない。どちらもできる贅沢なこの関係性は俺にとって……
「詩帆は何か、候補ある?」
「あるにはあるんだけど……込めたい想いが多すぎて、想いそれぞれに名前の響き良さそうな言葉が一杯あって……後、この世界だとどんな言語の響きでも綺麗だから……」
「要は決めかねている、と」
「……そう。だから、雅也の意見が聞きたい」
「わかった。まあ、俺は実は一択なんだが」
詩帆の少し大きくなったお腹に目を向ける。希望的観測に則るなら、この子はあの子の魂を持っている筈だ。だから、かつての両親が付けた想いを汲み取って、付けてあげたい名前が俺にはあった。
「一択なの……こういうの悩まないの雅也らしいな……羨ましい」
「こういうのに一杯候補を出せて、裏では無茶苦茶悩んでるのに、表には全然出さない詩帆が可愛くて仕方ないね」
「……」
「照れると叩く癖、可愛いけど子供っぽいから人前ではやめた方がいいぞ」
「うるさい……それで、何、唯一の候補」
俺の指摘で手を止めて、俺とは反対方向を向く詩帆の耳元に顔を近づける。そして、その名前を告げる。
「……フランス語。なんで?」
「付けたい意味から決めて、名前にしっくりくる響きを各国言語から、量子データを漁って探した」
「……こういうの、雅也上手いのなんかムカつく」
「気に入った?詩帆の他の候補も聞かせてほしいけど」
「私の候補は次の子にとっておくわ。気に入った」
「次の子、考えてくれるんだ?」
「当たり前よ。この子は女の子でしょ。雅也の遺伝子の入った男の子も育ててみたいし、何より……一人は寂しいから」
義両親の元で弟を得た詩帆、実の妹を喪った俺……双方共に真逆の経験だが、同年代の家族というものの尊さは人一倍知っている。
「ああ、そうだな。じゃあ、俺は頑張って稼がないとなあ……」
「一生働かなくてもいいくらい稼いでるでしょ?」
「ああ……だけど、この国は俺を隠居させてくれないみたいでね」
「えっ」
前庭越しに正門の外に、騎士団の馬車がついているのが見えた。その方向を示すと、詩帆が複雑そうな表情をする。
「……行かないで、って言いたいかな」
「行きたくない、って俺も言いたいな。こんな可愛い奥さんを置いて、絶対に嫌だね」
騎士団の到着。それはレオンからの呼び出し、緊急閣僚招集……帝国がルーテミア王国内に進軍したことを確認したという知らせだった。
「必ず帰ってくる。お腹の中の子に、名前って言う最初のプレゼントをあげたいから」
「フラグ増やさないで……」
「後、可愛い奥さんがまだまだ可愛い子供を一緒にもうけてくれるというので、意地でも帰らなきゃ」
「馬鹿……」
「まあ、フラグ立てまくっておけば神様も呆れて逆に帰してくれそうだし……まあ、悪運は強いみたいだから、生きては帰ってくるよ」
「生きて帰ってきても、意識不明、植物状態とかだったら意味ないわよ」
「脳の問題なら、生きて帰ってくれば、生涯の主治医が何とかしてくれるだろ」
「馬鹿……物理学者さん、根拠出して安心させて」
「ずっと言ってるだろ……」
詩帆を強く抱きしめる。震える彼女の不安がほんの少しでも和らぐように、何の心配もしなくていいと励ますように、俺は言葉を紡いだ。
「俺は、詩帆の前ではどうしようもない駄目人間でいいんだよ。だから、ちゃんと終わったら疲れた、って言いながら帰ってくるから、また下らない議論をしよう」
「当然よ……」
「ああ。じゃあ、いってくる」
「いってらっしゃい」
……俺にとって、どうしようもなく居心地のいい死んでも喪いたくない最愛の関係だ。最期に一際強く彼女を抱きしめて、<亜空間倉庫>から取り出したローブを羽織ると、俺は正門に向けて歩き出した。
「皆を集めた理由は、察しの通りだ。帝国軍総数12万人超が王国中東部、リフィル渓谷からルーテミア領土に侵攻したことを確認した」
「先攻派遣した王国軍部隊、更にリーディア子爵領軍が侵攻の遅滞を行っています」
「今のところ、特に異常なことは起きていない。だが唐突な侵攻の理由は未だ掴めていない」
数日ぶりに会議室に集まった面々を見渡して、レオンが数日前と同様の言葉を発する。
「だが、先日の会議で決定した通りだ。国土を抵抗なく蹂躙されるわけにはいかない。帝国軍との徹底抗戦を行う」
「それ以外にはありませんわね……外務省の力足らずです」
「原因がわからない以上、外務省だけに責任を問うわけにもいかないだろう。それに原因究明は戦後でもできる。今は、最小限の被害で侵攻を防ぐことを最優先とする」
「そうだな。ニーティア外務相、周辺国の動向は?」
「少なくとも、便乗して我が国に侵攻しようとする動きはありません。周辺国も、今のタイミングでのルーテミア王国侵攻が不気味なようで、恐らく静観しているものかと」
「今回の戦争の結果如何では、どうなるかはわからないが……今のところはルーテミア王国、ということだな」
先代国王の悪政と、この政変での粛正を得て、国力の衰退が見られても、未だにルーテミア王国はテルル大陸西部の雄、最大国家である。国土面積等々では肩を並べる帝国も烏合の衆であるし、下手に手を出すのは避けたい、と周辺国なら普通はそう思う。
「新国王を、王国新体制を舐めているのなら、しっかりと潰すだけの話だな。さて、フィルシード卿、こちらの戦力は?」
「先日お話の通り、こちら側の王国直属の正規兵力は4万です。それに王都周辺、並びに侵攻地点周辺諸侯の領軍の増員で6万ほどですね」
「そうか。ローレンス公、今の我が国の財政状況的に戦費としてはどの程度の期間で戦争を切り上げたい?」
「二週間、でしょうか。まあ前政権時代に財政は表に出していないだけで実質破綻していましたので、正常化した今、今後の国政運営に影響のない範囲では、と付け加えておきましょうか」
やはり、帝国との戦力差は著しい。そして、前政権の負債が色濃く残る今、長期の戦争は避けたい。どう考えても絶望的な状況ではあるのだが……会議室には悲壮な雰囲気は流れていなかった。
「わかった。それで、フィルシード軍務相、フィールダー魔術相、侵攻地点を確認した上で作戦成功率は」
「八割、ですかな……こうも見事に全軍を渓谷の侵攻容易な地点に集めてくれるとは思いませんでした」
「九割。王国軍の大半は後方待機にしてくれ。作戦会議の通り、最小兵力のみで帝国軍を降伏に持って行ける」
レオンの冒頭発言から、ずっと侵攻箇所を眺めていたのだが、こちらの予想がハマりすぎて怖いくらいの場所に、しかも想定兵力全数で帝国は侵攻をかけてきていた。であるなら、こちらは天変地異を起こせる魔術師様だ。
「地形変更で一方的に優位な戦場を作り出し、帝国軍には即時撤退してもらう。半ば不正じみた魔術師がいるおかげで成り立つ策だがな」
「そもそも仕掛けてきたのは帝国だろう。それに俺がいなくても、地形優位で倍程度の戦力差は余裕で返せるだろう」
「ああ……向こうの軍指揮官、何を考えているのか不気味ではあるな」
「陛下。今、考えても仕方ありますまい。戦いに向けて、得られる情報全てを用いて策を決したのです。もう会議室で何を悩んでも変わりませんよ」
「そうだな……」
ローレンス公の言葉にレオンが一呼吸を置く。そして、その声が静かに会議室を揺らした。
「王命だ。皆の者、祖国のため、身命を賭せ」
こうして後世で幻の戦争と呼ばれる、第二次帝国大戦に向けて、王国の人々は慌ただしく動いていく。
次回投稿予定は8月26日(土)21:00を予定しております。
本話で第九章本編は最終話となります。次週からは九章番外編の投稿を行う予定です。
色々と言わなければならないことがありますので、それは活動報告にてお話ししようかと思います。




