第百六十三話 国王陛下の悩みの種
「あの、雅也義兄……」
「どうした?」
「いや、どうしたじゃなく、説明が欲しいんだけど」
「何の?」
「お城の中を騎士さんに連れられて、歩いている理由について」
朝の時間潰しの際、羞恥で使い物にならなくなっていた俺と詩帆だったが、程なくして迎えに来た騎士団の馬車の中で、何とか復活を果たしていた。そして、王城に辿り着き、今はレオンの指定した部屋へと向かっているところだ。
「えっ、そんなの水輝君達を紹介するために決まってるだろ」
「いや、えっ、王城……いや、まさか……」
「水輝さん、予想ついてなかったんですか?」
「逆に千夏はついてたの?」
「まあ、何となくでしょうか」
いきなりの王城への移動に動揺が隠せていない水輝君に対して、千夏さんは至極冷静だった。そして千夏さんに手を引かれている美衣ちゃんも興味津々で周囲を見回しながらも、大人しくしている。少しは水輝君にも見習って落ち着いて欲しいところだ。
「千夏さん、ちなみにどういう予想だったの?」
「雅也さんが貴族位を持たれていて、昨日と今日の話から国の魔術に関する要職に就かれている方なのではないかと予想していました」
「うん、予想は正解だよ。それで」
「また私達の立場は、今のところ不安定な上に特殊です。その二点を踏まえると、今日はこの国の戸籍管理に携わる方に話を通しに行くのではないかと思っていました。そして、この国が王制である以上は、目的地は王城かな、と」
「完璧だよ。満点。というわけで水輝君、奥さんを見習って」
「いいですよ。こういう面では千夏には絶対に勝てないので」
水輝君は若干ふてくされていたが、千夏さんが近づいていって何事かを呟くと、すぐに機嫌が戻っていた。たぶんフォローを入れたのだろうが、にしても単純だな。
「雅也も人のこと言えないと思うけど?」
「ほっとけ」
「フィールダー卿、レオン陛下はこちらの部屋でお待ちです」
「……ご苦労様、ジャンヌさん。この後も?」
「ええ。陛下の警護役としてご一緒します」
話しながら王城を歩いている間に、目的地に着いていたようだ。ちなみに失言を漏らさないために、道中は周囲に<防音結界>を張り続けていた。まあ、ジャンヌさんの誘導のおかげか、他人と一切すれ違わなかったので無用な心配だったが。
「いつもの部屋じゃないんですね?」
「ええ。フィールダー卿から知人を紹介したいとのことだったので、念のため、とのことです」
「なるほど」
「つい麻痺しそうになるけど、レオン陛下って優秀な為政者だものね。初対面の人を私室には招かないか」
てっきりレオンの私室だと思っていたのだが、案内されたのはあまり見慣れない会議室だった。どうも、俺の要件をほぼ正確に予想していそうだ。
「そのようなお考えのようです。後、レオン陛下から御言付けが一点」
「何ですか」
「実は……」
「あの、会話を遮って申し訳ないんですけど……今、陛下って言ってました?」
「ああ、言ったぞ」
「お母さん、陛下って?」
「王様のことだよ」
「王様? 王様に会うの!」
ここで落ち着いていた水輝君が、謁見相手を悟って焦りだした。そんなに肩肘張るような相手でもないし、さっさと行くか。
「うん、美衣ちゃん。これから王様に会うよ」
「すごい。雅也おじさん、王様とお友達なの?」
「ああ、親友だよ」
「雅也義兄、美衣に嘘吹き込まないでくださいよ」
「嘘じゃないよ。今のところクラスメイトで、親友だ」
「すごい。王様は部屋の中?」
「ああ、そうだよ。行こうか」
「うん!」
「あっ、ちょっ……」
俺を止めようとする水輝君をスルーして、俺は部屋の扉を押し開けた。
「レオン君。それでいい加減に、この部屋に移動した理由、答えてもらえる?」
「ソフィ。そろそろ訪問者が来る。来れば分かるから、もうちょっと待って」
「……お邪魔しました?」
「フィールダー卿、見なかったことにしていただいても?」
「……ノックしなかった僕が悪いですね」
部屋の中では、なぜかレオンとソフィアさんが仲よさそうに喧嘩をしていた。俺の入室に完全に固まった二人の横で、気まずそうなハリーさんが、そう言うので、親友の好でスルーしようと思う。幸いなことに、俺の後ろには見られていないようだし。
「雅也、どうかしたの?」
「……いや、ソフィアさんがいたから驚いただけ」
「あれ、なんでソフィアがいるの?」
「……王城近くに用事があったのよ。たまたま父が登城する用事があったから同行してたの。そうしたらレオン陛下に、用件を言われずにお連れされたところよ」
「レオン……」
「……だいたい要件を察したから、丁度いいと思っただけだ」
こいつ、絶対にソフィア嬢と話す口実に俺達の訪問を使ったな。とは思ったが、一度黙ると決めたし話を進めよう。
「まあ、要件は察してもらった内容であってるよ」
「ああ。まあ、同行者を見て、察するところではあるな……ハリー」
「防音結界はフィールダー卿の入室前から継続しています」
「そうか……さて、フィールダー卿のご友人の研究者家族とのことだったかな?」
「は、はい、陛下……ミズキ・スガワと申します。作法など何も分からず、ご無礼があるかもしれませんが、何卒ご容赦を」
「いい。今のやりとりの通り、ここは私的な場だ。私に危害を加えなければとやかくは言わんよ。まあ、ひとまずかけてくれ」
「は、はい……失礼します」
ガチガチに緊張している水輝君を含めて全員が着座する。一番上座にレオン、その両隣にハリーさんと、ソフィアさん。ソフィアさんの隣に詩帆、その隣が俺で、ガチガチの水輝君を俺が隣に連れてきて、そのまま千夏さんと美衣ちゃんも隣の席に着いた。ジャンヌさんはレオンの後方に控えているが、メンツがメンツだからか割とリラックスしているようだな。
「それでは各々改めて名乗ろうか。ルーテミア王国国王、レオン・アドルフ・ルーテミアだ。左手が宰相のハリー、右手が私と、そしてフィールダー卿達との共通の友人、ソフィア嬢だ。ああ、後ろに控えているのは警護役のジャンヌだ」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。改めましてミズキ・スガワです。隣が妻のチナツ、その奥が娘のミイです」
レオンと、水輝君がお互いの周囲の紹介をし、各々に礼をする。そうしてできた間に、この会議室に似合わない明るい声が飛び出した。
「あの、あなたが、この国の王様、ですか?」
「ああ。ミイ嬢だったね。そうだよ、今後ともよろしくね」
「ちょっと美衣。あ、あの失礼しました」
「いえ、問題ない。先程も言ったように私的な場だ……それよりクライス、お前、どういう説明をしたんだ。怯えられてないか?」
「説明何もせずに連れてきたからな」
「そういうことか、お前……」
「あの、そのお隣はお姫様、ですか?」
「へっ?」
レオンがやたらと怯えている水輝君の態度をいぶかしんで俺を問い詰めた矢先、美衣ちゃんの爆弾発言が部屋に投下された。その爆心地となったソフィア嬢からは、今まで聞いたことのない力ない声が飛び出した。
「姫、では、ない、わね」
「だって、王様の隣にいた……いらっしゃったので。あっ、でも王様の隣なら、王妃様?」
「……王妃……でもないわ……」
「あ、あのすみません。本当に申し訳ありません、大変失礼な発言を……」
下を向いて黙り込んでしまったソフィア嬢を見て、怒りを買ったと思った水輝君が必死に謝っている。が、あれは怒りと言うより……
「ねえ、雅也……」
「ああ」
「やっぱりソフィアって……」
「薄々察してたけど、だよな……」
平静を装っていたが、ソフィアさんの耳は薄らと染まっていた。何かを察した俺と詩帆はお互いに顔を見合わせて、苦笑するしかなかった。そして恐らくずっと前から知っていたのであろうハリーさんとジャンヌさんはそれぞれ天と地を仰いで頭を抱えていた。
「あの、ソフィア……」
「何かしら?」
「前に言っていた想い人って、やっぱり……」
「違うわ」
「じゃあ、誰?」
「ふふ、少なくともレオン陛下でないことは確かね」
「じゃあ、さっきのリアクションは何よ?」
「いきなりお姫様?って聞かれて、悪い気がする女の子はいないんじゃない?」
親友のからかえるネタを見つけたと、楽しそうに詩帆がソフィア嬢に絡み始めた。だが一瞬でいつもの調子を取り戻したソフィアさんが、詩帆を煙に巻いていた。その横では下を向いているレオンの様子にますます水輝君が怯えている。その横で、何が起こったのか分からない美衣ちゃんが一人キョトンとしていて、千夏さんが両極端な家族の様子に苦笑いを浮かべていた。
その中で、ゆっくりと顔を上げたレオンがポツリと呟いた。
「ソフィア」
「何でしょうか、レオン陛下?」
「そうだな……いつか、な」
「いつかとは、何のことでしょうか?」
「いつか……本当にする」
「……ハッキリ言えるようになってからおっしゃってください」
「言われるまでもない……クライス、このことは口外するなよ」
「はいはい」
王位継承の際の大粛正により、現状絶大な強権を持っているレオン。その婚約者選定において、裏では壮絶な争いが繰り広げられているのは公然の事実だ。今は様々な問題で先送りにしているが、特にこの後の帝国との戦争を終結させれば、そうも言えなくなるだろう。まあ、もう相手は決めきっているらしいが……
「だけど一番の障害は、父親じゃないか?」
「確かになあ……」
「何の話かは知りませんが、少し不快です」
「レオン、先は長いな」
「お前よりは短く済むさ」
ソフィア嬢はともかく、レオンはもう隠すのを諦めたみたいだな。とはいっても外ではちゃんと隠すのだろうけど。
「お母さん、美衣、ダメなこと言った? お姫様じゃなかった?」
「うーん……今回は大丈夫だよ、たぶん」
「本当に? よかった」
「……なんか、あの国王陛下と雅也義兄が仲がいい理由が分かった気がする」
レオンとソフィア嬢のやりとりのおかげで、水輝君の緊張もすっかり解けたようだ。本当に美衣ちゃんはすごいな……
「で、大分話が逸れたな。続けていいか」
「ああ。それで、名前的にユーフィリア嬢の前世の関係者、ってところか?」
「話が早すぎるが、そういうことだ」
「お前、自分くらいしか異世界転移はできないとか言ってなかったか?」
「15年あったら、優秀な助手が転移装置を完成させたらしくてな」
「……信じるぞ?」
「ああ、俺もさすがのイレギュラーだと認識してる」
水輝君のことは期待していたのは事実だ。だが15年で転移を成功させたのは期待以上どころか、俺の想定の遙か上を行ったと言える。色々な意味を込めて、そうだな……
「二度とないよ。俺の世界の人間が、この世界に来ることは。少なくとも俺の研究に連なることでは」
「身内と言うことは度外視して、優秀な研究者ってことか」
「ああ……なんだ?」
「クライスが信用する研究者で、最低限上級の術者か……うちの国で公式に抱えていいんだよな?」
「話が早すぎないか?」
「好都合だろう?」
話が始まるまでには時間がかかったが、既に話は済んでいたようなものだった。俺がレオンに頼みに来たのは、水輝君一家の身分保障だった。
「彼らの経緯、どうする?」
「グレーフィア家は、分家も多い。詩帆の知り合いの研究者一家ってことで受け入れようかと思っている」
「それで処理しよう。教育とかはクライスでどうにかしてくれ。魔術師教育なら管轄だろう」
「ああ。まあ、その辺りは師匠達にも相談して何とかする」
「なら、話は終わりだな」
「ああ……」
「さて、今まで散々手伝ってやったんだ。こっちのお姫様のご機嫌取りも手伝ってくれ」
「今度、経緯も、全部聞かせてもらうぞ」
「……ああ」
未だ詩帆にからかわれ、それをいなしているソフィア嬢を愛しい目で見つめるレオンをからかう気は今はおきなかった。さて用件は済んだ。状況は立て込んでいるが、今日くらいはいいだろう。
俺とレオンの間で一瞬で話がついたことにも気づかないで未だ小声で話している須川家、主の恋の行方を生暖かい目で見つめる従者二人、楽しそうに話す少女二人、愛しい人を見つめる若き王……
「いい日だな」
そう呟いて、俺は一度レオンを放置して水輝君に今の会話内容を伝えようと、席を立った。
次回投稿は8月12日21:00投稿予定です。




