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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第九章 つかの間の平穏と来訪者
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第百六十一話 幼き学者の今後に幸あれ

先週は失礼いたしました。

「美衣ちゃん、魔法に興味はある?」

「……魔法?」


寝ぼけ眼の美衣ちゃんの周囲を、全属性の魔力弾をクルクルと飛ばす。


「……本当に魔法、使えるんですね」

「魔法ではなく魔術だな。あれ、トリックを疑わないのか?」

「物理学者としてはそれが正しいのかもしれませんが、僕は量子データを扱っていた研究者ですから、疑ったら自身の理論の否定ですね」

「俺達からしたら、魔術というの名前の量子データを活用する科学か……」

「魔法が夢物語じゃなく、現実に体系的な学問として成立しちゃってるのも複雑ね……その最高学府にいる私が言うのもなんだけど」

「詩帆姉、学生なんだ……というかさっき妊娠してるって聞いたけど、若すぎな……」

「この国では合法よ」

「物理法則を無視した空気中の水蒸気凝固、すごいです……」

「千夏。気持ちは分かるけど、助けて欲しいかな」

「さすがに水輝さんの自業自得なので、少し反省してください」


そうやって4人でわちゃわちゃとしていると美衣ちゃんも目が覚めたようで、俺達の方を見てキョトンとしていた。


「お兄さん達、誰?」

「水輝、どこまで説明していいんだ?」

「えっ、えっと、そうですね……」

「雅也さん、全部説明してもらって大丈夫です。たぶんこの子なら分かります」

「水輝君と千夏さんの娘さんだもんな……うん、お母さんのお墨付きも出たし、とりあえず全部話そうか」


水輝君の今の発言を見るに、たぶん研究漬けで育児ほぼ参加してないんだろうな……俺も人の事言えないし、肝に銘じよう。


「さて、美衣ちゃん。はじめまして、湊崎雅也といいます」

「そうざき、まさや……私の叔父さんと名前が一緒。でも、昔に死んじゃったんだよね? 名前が同じ人ってこと?」

「いや、その叔父さんであってるよ」

「本当は生きてたってこと? でも写真と顔が違うし……何か悪いことしたとか?」

「……なんでいきなり悪いことをした人になるのかな?」

「この間読んだ小説に書いてあったの。人を殺した人が、整形して、死んだふりをして海外に逃げる話」

「須川夫妻。7歳の娘にどんな本を読ませてるんだ」

「雅也義兄や詩帆姉の7歳よりはまともな本を読ませてますよ」

「「……」」


俺と詩帆の何一つ可愛らしくない読書遍歴でカウンターを食らった。それはそうと美衣ちゃん、本当に頭の回転早いな。これは色々と教えがいがありそうだな。


「うーん、そうだな。確かに人を殺したかも知れない」

「やっぱり悪い人なの?」

「殺したのは自分自身だからね」

「自殺、したの?でも、生きてるように見えるし、幽霊ってこと?」

「いや、生きてるよ。一度死んで生まれ変わったんだ」

「生まれ変わる? そんなことできるの?」

「普通はできない。だから特殊な方法を使ったんだ」

「普通はできない……魔法ってこと?」


美衣ちゃんの発言に思わずハッとした。ついつい詩帆の方を見てしまい、目線が合う。魔術とは量子データの活用技術だ。そして俺と詩帆の転生実験も同様に、量子データの活用技術を用いて行っている。そう考えると俺が初めて魔術を使ったのは転生の時だとも言える。


「……ああ。色んな研究をして、魔法を使えるようにしたんだ」

「すごい……でも、美衣、魔法があるなんて知らなかったよ。子供だから?」

「……いや、たぶん知ってるのはここにいる人間だけかなあ?」

「なんで?なんでみんなに教えてあげないの? お父さんもお母さんも、叔父さんも先生だって、すごく有名な先生だって言ってたよ。先生って、自分の知ってることをみんなに教えるお仕事でしょ」

「うーん、そうなんだけどね。ただ、まだみんなに広めるには色々と問題があったから」

「でも、一度死んでも生き返れるんだよ? 叔父さん達の法事の度にみんな泣いてたもん、生き返れるならみんな泣かなくていいよ?」


この子は、すごく利発な子だ。色々と利己的に研究を使った俺には眩しすぎるくらいに。いずれ教えなきゃいけないだろう、この技術、転生があの世界に、いやどんな世界であっても強烈な劇薬だってことを。でも、今は……


「うん。同じ世界に生まれられるなら、よかったんだけどね」

「できないの?」

「うん。どうしても生まれ変わるときに、他の世界にしなきゃいけなかったんだ。しかも、生まれる場所によっては、貧乏だったり、お父さんお母さんが優しくなかったりして生きるのも大変かもしれない」

「それができないから、広めなかったの」

「うん。よく分からない技術を広めたら、それこそ迷惑だからね」

「うーん。それでも生き返られるなら、選べたらいいとは思うけど……」

「そうかもね。うん、もう少し大きくなったら分かるよ」

「お父さんと、お母さんと同じこと言う……わかるように一杯勉強しなきゃ」

「うん、それがいい」


色々と誤魔化してしまったが、魔術の兵器としての危険性、汚い政治と権力の話……そんな人間の汚い部分の話は、知らなくていい。いつかどうせ知るのだ。今は、綺麗に生きていけばいい……俺みたいな子供は一人でも少ない方がいい。


「……あれ、でも叔父さんは危ないのに、魔法を使ったんだよね?」

「そうだね」

「なんで?」

「詩帆……奥さんを助ける方法が、それしか思いつかなかったから」

「余命とか?」

「ああ。今の医学では治せないって言われた」

「そっか……じゃあ隣の綺麗な人が、お父さんのお姉ちゃんってこと?」

「そうだけど……あれ、詩帆のこと話したっけ?」

「ううん。聞いてないよ」

「えっと、じゃあなんで?」


いきなりの指摘に、目を丸くして隣の詩帆と目を合わせる。いや、話の流れ的に察したのかな、本当に賢いな……と思って前を向くと、水輝君と千夏さんがなぜか意味ありげな視線を俺達に向けていた。意味が分からない俺と詩帆に、一人無邪気な目をした美衣ちゃんの言葉が刺さった。


「だって、お話の間ずっーーと、ぴったりくっついてるし、手も繋いだままだから」


その言葉に反射的にお互いに手を離して距離を取った。そうだった、すっかり二人きりのことが多い部屋で、直前のやりとりもあって何も違和感なかったけど、傍から見たらバカップルみたいな距離感だ。


「なんで手、離しちゃうの? 恥ずかしかったの?」

「うん……そうだよ」

「仲良くっていいなって思ったのに。だって、危ないの分かって生まれ変わったんでしょ。それで、また一緒にいるんでしょ。すてきだよ」

「……そうだね、うんそうだ」

「ちょっ、雅也。この状況で、また手を繋ごうとしないで」

「でも、嫌じゃないだろう」

「……嫌、じゃない、けど……」


世界を渡っても、確実に助かる確証なんてなくても、一緒にいたかった子が、こうして隣にいる。それを美衣ちゃんの言葉で自覚させられて、なんだか無性に愛しくなってしまって、一度離した手を、もう一度引き寄せた。ただ、今回の言葉には正面の夫婦も手を繋いで間の美衣ちゃんを抱きしめていた。


「お母さん、お父さん、ちょっと苦しい」

「ごめんごめん。千夏と美衣が可愛いくって仕方ないから」

「もう……でも、みんな仲良く、って素敵、だね……」

「美衣!」

「千夏さん、落ち着いて。一応診るけど、たぶん眠っただけよ」


二人に抱きしめられたまま、美衣ちゃんが突然意識を失った。顔色の変わった千夏さんを、詩帆が静かに制して、美衣ちゃんの傍による。


「……<音波診断ソナー>……うん、不正な出血は……ない、わね。脳も周辺含めて綺麗。脈拍は正常範囲、自発呼吸正常……他の反射も、大丈夫。うん、眠っただけよ。慣れない環境と、雅也と変な話をして疲れたんでしょう。その状態で、お母さんとお父さんの胸の中で、ホッとして眠った、ってか感じかしらね」

「よかった……詩帆さん、ありがとうございます」

「いいわよ。家族の健康管理は趣味みたいなものだから。私も、何もなくてよかったわ」


詩帆の診断を経て、一瞬張り詰めた空気が弛緩する。このまま美衣ちゃんを起こさない程度に雑談でもしたいところだが、その前にこの2人に確認と、伝えなければいけないことがある。


「さて、水輝君」

「は、はい」

「確認だが、今回の転移の際は次元層の狭間を、自身の生体データや記憶を量子データに変換して、通過した。という認識であってるか?」

「はい。記憶があるわけじゃないのでなんとも言えませんが、世界の壁を抜けて、こちらの世界に再構成されている以上は、そのプロセスを経ていると思います。湊崎先生なら言うまでもなく分かってる話だと思うんですが、それが何か?」


唐突な話題転換、しかも至極当たり前の話に、水輝君と千夏さんがキョトンとしている。詩帆だけは納得したようで俺の言いたいことを、先んじて調べて、やっぱりという顔をしている。


「次元層の狭間は、量子データの集積する空間だよな」

「そうですね」

「で、この世界での魔術の使用適正というのは、この量子データを構成する高エネルギー物質との親和性を意味するんだ」

「はあ……ん、あれ、僕らの身体って……」

「肉体はこの世界の通常物質で構成されてるな。それは俺らも同じだ。だが、精神や魂とでも言うような部分はそうじゃない。そして魔術行使における親和性は、肉体よりもそういった構成物に依存する」


さて美衣ちゃんに完全にいいところを持って行かれてしまったが、ここからは専門領域だ。せいぜい語らせてもらうとしよう。


「単刀直入に言おう。君ら家族全員、高確率で魔術が使える」

「よっしゃあ」

「ただし、その実力が世界の平均から大幅に乖離していることだけは肝に銘じてくれ」

「……詳しく聞かせてください」

「もちろんそのつもりだよ。まず、その乖離の度合いは異常なレベルと言うことだ。魔力そのものに深く漬かったんだ。当然と言えば、当然だがな」


3人の魔力を視る。概算だが、紛うことなく超越級の魔力を持っている……本当に身近にいすぎて、麻痺しそうになるけど、本来なら国に数人とかのレベルの筈なんだよな。


「それによってデメリットなどはありますか?」

「現時点では確認されていないし、発見できてない。この世界の歴史を振り返っても、高位の魔術師が短命だった等の話は聞かないから、少なくとも肉体的にないことはほぼ確かだ」

「むしろ魔術による治癒によって、富裕層の寿命は、この文明レベルにしては非常に高いわね」

「この世界で、魔力を持った人間の扱いはどうなっていますか?」

「国を問わず、好待遇だよ。魔術師として優秀であるなら、それ相応に国の保護を受けられる。まあ、その分、色々と働かされるが。少なくとも今いるこの国では、ある程度仕事は選べるよ」


さすが俺の研究を受け継いだ2人だけあって、話が早くて助かる。たぶん明日以降も、すぐにこの世界に順応しそうだ。そのまま質疑応答形式で、魔術について、転生について、この世界の文化レベルについて話していき、時間はあっという間に過ぎていく。


「……さて、すっかり遅くなったな」

「すみません。聞きたいことが多すぎて……」

「まあ、いきなり見知らぬ世界に来たんだし、聞きたいことは星の数ほどあるでしょう。落ち着いて状況整理できる2人がむしろすごいと思うのだけど」

「まあ、そうだな」

「……お二人がいるから、落ち着けているんですよ。ねえ、水輝さん」

「そうだね。雅也義兄と、詩帆姉がいるなら、何とかなる気がする」

「……千夏さんはともかく、水輝君は独り立ちしてくれ」

「そうよ。しっかりしなさい、一家の大黒柱」

「流石にこの状況で無茶言わないでくださいよ」


久々の前世の家族達との再会は、夜更けまで続く議論になってしまった。だが、それが一番このメンバーらしい。そう思いながら、俺はすっかり冷たくなってしまったお茶を魔術で温め直して、ゆっくりと啜った。

次回投稿予定は7月29日(土)21:00です。


先週の短編の続きは、チマチマ書きためているため、本編の投稿が間に合わなかったり、切りのいいタイミングで投稿しようかと思います。

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