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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第九章 つかの間の平穏と来訪者
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第百五十六話 男の子はいつになっても


「……」


修羅場に唐突に飛び込んできた騎士に連れられ、完璧な微笑みをたたえたユーフィリアと、静かに舌打ちをするマリアさんの視線から逃げ出すことに成功した俺は、王城の長い廊下を、騎士の先導の元歩いていた。無言で歩く俺の隣は、同じように無言で……訂正、あの修羅場のまま、若干の怒気を全身に滲ませたセラ教皇陛下が並んでいた。


「……」

「……」


教会から、馬車の中、そして王城の中に至るまで、お互いに一言も交わさない閣僚二人に、冷や冷やしている先導の騎士が少々、気の毒だ。などと思っていると、扉の前で騎士が歩みを止めた。


「フィールダー魔術省大臣閣下、ディティス教会庁大臣閣下。こちらが閣僚会議の会場となります」

「ご案内、感謝します」

「案内ありがとうございました……お疲れ様です」


それぞれに騎士に礼を告げ、俺は扉に手をかけた。重い扉をゆっくりと押し込むと部屋の中から視線が集まる。どうやら俺とセラ教皇以外の閣僚は既に揃っているようだ。それに一瞬固まった俺の脇をすり抜けるようにセラ教皇が部屋に入り、奥の空いている席に座った。


「さて、フィールダー卿と、セラ教皇で最後の二人だ。これで全員集まったな」

「遅くなって申し訳ありません」

「セラ教皇、緊急の招集だった。十分、早急に集まってくれたよ。何より、閣僚同士で交流を深めることを咎めはしない」

「……たまたま教会見学にお邪魔していただけですよ」

「そうか……さて、このままゆっくりと歓談を深めたいところではあるが、今日は一刻を争う。宰相、説明を」


レオンの言葉に、後方に控えていたハリーさんが、一礼をする。セラ教皇からの射殺すような視線は置いておき、レオンの含み笑いは後で詰めるとして、どうやら雰囲気的にただ事ではなさそうだな。まあ、緊急招集なんてされた時点で、当然だが。


「では、陛下に代わって私からご説明させていただきます。まず詳細を省いて、今回の招集理由を端的に述べさせていただきます……レードライン帝国より宣戦布告の通告が届きました」


ハリーさんの言葉に、部屋が一瞬ざわめく。レードライン帝国と言えば、周囲の小国を併合し、拡大を続ける軍事大国だ。同時に、我が国とは長く停戦協定を結んでいた間柄でもある。ルーテミア王国の人間に限らず、この大陸西部の人間なら、誰もがその様な反応をするだろう。ざわめきが収まったところで、ローレンス財務相がおもむろに言葉を発した。


「通告はいつだね。また、想定される戦端の規模は」

「通告書が届いたのが、つい先程、明朝のことです。宣戦布告の内容は、文字通りの侵略戦争。長年の抗争に、終止符を打ち、我が国を併合すると」

「なるほど。だが、あまりに唐突だ。ニーティア卿、外交責任者として、突然の宣戦布告について何か分かることは」


ローレンス財務相に名前を挙げられたニーティア外務大臣に視線が集まる。先王の頃から何十年もルーテミア王国の外交を司る女傑だ。後、裏では魔女と噂されるほど若く見える人物だ。だが、その魔女と言われる所以は、容姿だけではない。


「ええ。外務大臣として、そういった動きがあることは無論、把握していました。そのことは陛下にも事前にお伝えしています」

「ああ。ニーティア卿からは、事前にそういった動きがあることは説明を受けていた。また、それに対して外交交渉を進めていた事実も付け加えておこう」

「つまり、外交交渉に失敗したと?」

「ローレンス公。失敗という言葉に関してだけは訂正させていただきますわ。私がアプローチしていた穏健派が、軒並み更迭されましたの」

「更迭?そんな穏健派が軒並み動けなくなるような派手な粛正など、あの国ならそう簡単に切れる手札とは思えませんが?」

「ええ。フローズ子爵、おっしゃるとおりです。が、強硬派がそれだけの無茶を通しても、侵略したくなる事態が我が国では起こっていますわ」

「対魔王戦争による大量戦死、それに伴う国王陛下の代替わりと徹底的な粛正、更にクーデターによる軍務省、魔術省の弱体化、ですか」


俺の言葉に、部屋の中が静まり、ニーティア外務相が頷き、言葉を続ける。


「私が、帝国の外交や軍事の責任者であれば、全面侵攻はともかく、間違いなく何らかのアクションを起こしますわね。なにせ、平時より圧倒的楽に、大国一つの強大な利権を奪える可能性があるのですから」

「その考えは外交など無縁の私ですら理解できます。しかし、そのアクションが全面侵攻となるのはどういった事情でしょうか。確かに、今の時期は収穫時期も終盤となり、冬の訪れる直前。侵攻時期としては不自然ではありませんが……」

「レンド農務相。おっしゃりたいのは、いくら弱体化したといえども、我が国に全面侵攻するのはとち狂っているということでしょうか?」

「とち……まあ、あながち,間違ってはいません。いくらレードラインが近年、軍備増強を行い、拡大を続けているとは言っても成立してまだ20年です。領土や人口こそ強大ですが、未だ小国の寄せ集めから完全に抜け出したとは言いがたい」

「ええ。なにせ成立直後の侵攻の際も、あの無能な先王と軍務大臣ですら対処できた程度の烏合の衆でしたからね」


何気に口の悪いニーティア外務相の発言は、この場にいる人間の共通認識だろう。

レードライン帝国は、21年前にテルル大陸南西部の小国が、集まってできた連合国家だ。周辺国を相次いで併合した、元々のレードラインのトップは文字通り軍事の天才であったが、統治能力には秀でていなかった。彼は帝国の建国を宣言した二年後に暗殺され、以降帝国国内の統治は半ば破綻している。


「と、全員の認識は、この程度の軽い物だろう。だが、今の王国の状況は想像以上に悪い。加えて相手の兵力数が、今回は少々面倒でな」

「フィルシード軍務相、詳しく」

「軍務省が置いている間諜からの報告だ。穏健派を拘束したもう一つの面倒な理由が分かった」

「面倒な理由?」

「ああ。開戦を主張する現行の主流派閥は、穏健派の連中の親族を人質に取った。早い話が恐怖政治で、個々に動いていた元小国ごとの軍を強制的にまとめたわけだ。つまり前回の小競り合いの時とは桁が違う数の軍勢が押し寄せてくる」

「しかも司令部は、引くに引けない決死軍ばかりと……予想される戦力比は?」

「……現時点で帝国軍12万。更に今も追加で徴兵をかけている。そしてうちが現時点で即応させられる兵力数は……騎士団、軍部、警備隊合わせて4万。これに周辺諸侯の軍を合わせても戦力差はどれだけよく見積もっても倍だ。徴兵をかけても圧倒的な戦力差がある」

「フィールダー卿。魔術省は?」

「魔術兵なら市井の魔術師を加えれば200人はなんとか。ですが王宮魔術師団は再編途中で、はっきり言うと組織として運用できる状態ではないですね」

「魔術師は単騎運用前提の遊軍とするしかない、か……相手が人でなく魔物の群れならな」

「それなら僕が単騎で10万程度なら瞬殺すればいいですからね」


一部のお馴染みの閣僚陣からはジト目を向けられる俺の発言だが、事実だ。10万の生物を殺すだけなら、文字通り人の形をした災害である俺が、魔王戦争の時のように、天変地異を起こせば、それだけで勝てる。だが、前回と今回で大きく違う点がある。


「フィールダー卿という、埒外の戦力単騎でなら皆殺しにはできますが、帝国の全線力を皆殺しにするのは禁じ手です」

「難民が大量発生しますし、帝国領の生産能力低下は我が国の経済にも影響を与えます。また、指揮官達は領主でもあります。それを失えば領土自治にも混乱が生じるでしょう」

「後、いくら僕でも複数の高位の魔術師から攻撃されたらその迎撃で、そう簡単に天変地異など起こせません。前回の魔王戦争の時は、相手が僕の実力を過小評価していたかつ、不意を突けたからできた側面も大きいですし」

「ともかく、魔術師単騎で戦況をくつがえすというのは物語の中だけだ。現実は、そう単純にはいかない。だが、それなら発想を変えればいいだけの話だ。ハリー、フィルシード卿」


ハリーさんがテーブルの上に地図を広げた。見たところ、自然地形のようなのだが……見ると、地図の大部分に線が引かれ、数字が書かれていた。


「知っての通り、我が国と帝国領の大部分は山脈によって分断されている。帝国の合同軍は、こちらの想定通り王国南西部の比較的平坦な地形に向かっている」

「そこで地の利を活かして、迎え撃つと言うことですか?」

「いや、侵攻直前で広範囲を崩落させて、物理的侵攻を不可にした上で、左右の高地と、正面から集中放火し、降伏を迫る」


レオンの発言に、会議室は二種類の反応に分かれた。一方は、その発言の正気を疑う反応。もう一方は、呆れと少しの安堵を見せる反応。いや三種類だ。俺一人だけは深く溜息をついている。


「それこそ夢物語では?爆薬を使うのでは論外ですし、魔術でやるにしても無茶……ではない方がいらっしゃいましたね」

「ああ。一人の人間に軍事力を頼るのもどうかとは思うが……軍備を再興するまでは頼らせてもらおう、フィールダー卿」

「……」

「可能か?」

「……その程度のことでしたら」

「でしたら、例えば地下を空洞化して、帝国軍が範囲に来た瞬間に崩落させるというのは?」

「可能ですが、その場合、程度にも寄りますがかなりの死者が出るかと」


地形操作というチートの存在を知って、会議場が一気に騒がしくなってきた。


「植物の例にならいますが、例えば地下に根のように何かを魔術的に張り巡らせて、それを消し去る方法でしたら被害を軽減できるのでは?」

「水魔術を地下に巡らせて、凍結させておいて、一気に溶かすなどで使えそうですね」

「相手側の高度を下げるのではなく、こちら側の高度を一気に上げるというのは可能だろうか。個々の魔術師ではなく、部隊単位でできるなら戦略的に使える」

「大人数を移動させるというのは現実的ではないな……フィールダー卿、代案はないか?」

「地上にいると見せかければいいんですよね。光魔術を用いて、場所の偽装を行う手段なら。幻影魔術のような大規模な術式ではないので、僕でない一般的な魔術師でも再現可能かと」


閣僚各々が意見を出し、魔術師サイドがそれをブラッシュアップする形で進んでいく会議は、非常にいい雰囲気だった。というか、意見を出している皆が楽しそうだな。ただ段々かなり無茶な意見になってきているような……


「そもそも相手を無力化してしまえばいいのでは?足下を悪化させて、行動不能にするのは可能ですかね」

「落馬事故で死者が続発しかねません。殺すだけなら火で焼き払う方が効率が良いのですから」

「ルーテミア王国の過去に習うなら、戦術としてはグラヴィス候に習うべきでしょう。かの100人戦争の候の戦術をフィールダー卿なら実現できるのでは?」

「可能かどうかはさておき、あの戦術は今回の状況では適さないでしょう。何より派手さが足りない」


何か、気がついたら真面目な戦術会議が一転して、魔術でできる非現実的戦術のトークタイムになってないか?

あのローレンス公がエディット教育相と、グラヴィス候の戦術の現代戦術的利用について楽しそうに語り合ってるし、レンド農務相とフローズ商務相と魔術を用いた低予算侵攻について論戦始まってるし、ハリーさんとフィルシード軍務相だけが真面目に戦略練ってると思ったら……


「石棺というのは?」

「12万人を包む石棺ですか。フィールダー卿の地形操作を行った場所を、我が国の土属性魔術師を総動員すれば現実的にできますな」

「封殺してなぶり殺しか……面白みがないが、安全に越したことはないか」

「それより、低地に水を引き込みませんか?」


何か、非常に変な戦法を検討してるし……これ、いつになったらまともな閣僚会議に戻るんだ?


「うーん。この国、大丈夫かなあ」


こうして議論の形をした夢の戦争魔術談義は、女性閣僚陣の冷たい視線と、リュエル伯の「皆様、楽しそうですね。それで、いつ楽しいご歓談は終わるのでしょうか?」という言葉が発せられるまで一時間以上も続くのだった。

次回更新予定は6月18日(日)21:27を予定しています。

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