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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第九章 つかの間の平穏と来訪者
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第百五十三話 異世界的DMと夫婦喧嘩

……生存報告、です。


「雅也。そろそろ私、あなたの職場に乗り込むわよ?」

「……いきなりどうした?」

「はあ……あなたのこの一週間の勤務状況を見て、何か言うことは」

「い、いや体には気を遣ってるから」

「どれだけ体に気を遣っても、一週間連続勤務で深夜一時まで残業とか……許されるわけがないでしょう」


職場復帰してから一週間が経った。復帰後初めての休日の朝、朝食を食べながら不機嫌そうな詩帆が切り出した話題がそれだった。


「大臣が処理しなきゃ行けない書類が一月分貯まってたんだよ。その上に、今は組織改革したばかりだから、色々懸案事項が山とあって……」

「だからって、無理をするにも限度があるでしょう。あなた、つい二週間前まで瀕死の重傷だったのよ。今だって、体中にダメージは残ったままよ」

「だから、適度に休憩は入れてたよ。食事も体を考えてるから」

「だ、か、ら。どれだけ休憩入れても、食生活向上させても、そんな激務は認めません」

「ま、まあ、今回は復帰直後で仕事量が多かっただけで……」

「嘘ね。あなた、業務改革を進めるそうじゃない。さらには、軍事部門も再編成し直すって聞いたわよ」

「……」


なぜ部外秘のはずの魔術省の直近目標を詩帆が知っているのだろうか……


「忘れたかしら?私は王立魔術学院の生徒会長よ?」

「魔術学院の管理は魔術省だし……どんなルートかは知らないが、確かに省内の情報も知れるか」

「認めるのね」

「ああ。そういう計画はあるけど……」

「あるけど?」

「……わかった、ゆっくり進める。急速すぎる改革は悪手だ」


詩帆に睨まれた俺は、迷わず方針転換した。確かに早期に着手すべき問題ではあるが、焦ってもできないことも多い。段階的にじっくり進めていこう……何より、これ以上主治医の機嫌を損ねると、本気でどうされるか分からないし。


「はあ……というか15歳の青年をこんなに働かせるってどうなの?」

「別に成人だからな。日本で20歳の青年がバリバリ働いてても誰も何も言わないだろう」

「それもそうね……でも、前世のあなたを知ってるから違和感なかったけど、周りの人は違和感ないのかしら。未経験の15歳があそこまで仕事ができることに」

「まあ、俺の今までも今までだから」


政治的思考に関しては優秀の一言で問題ないし、魔術知識に関しては言わずもがなだ。事務処理能力はそれこそ向いてた、の一言で片がつくし。


「その能力の大元が世界全てから隠れてやってた秘密研究の賜物だからな。自分の立場を守る政治的駆け引きと、実験装置を秘密裏に建造するために帳簿や資料を誤魔化したりで得たスキルだからな」

「それで生きてる私は何も言えないのだけど……って、違う。とにかく、業務量は減らして」

「わかったよ。今後は気をつける……なるべく」

「ベッドに縛り付けられたい?」

「火急の案件以外は定時で帰ります」

「よろしい」


詩帆の目が笑っているので、半分はふざけてるみたいだが……まあ、俺の体が心配なのも本心だと思うので、まあ従おう。実際たまっていた仕事と引き継ぎは終わったのでしばらくはのんびり働こう。


「じゃあ、お仕事の話はおしまいにしましょうか」

「あれ、これ以上追求しないの珍しいな」

「してあげてもいいけど?」

「すみません、大丈夫です」

「まったく、私だってこの一週間ろくに話せなくて寂しかったんですからね」

「それは、その……」

「仕事が忙しいのは理解してるから。ちゃんと体を大事にしてくれるって約束してくれるならいいわ」

「ああ……」

「ふふ……じゃあ、話したかったことがようやく話せるわね」


さっきまでの怒りとは裏腹に、珍しく乙女のような笑顔を見せた詩帆に一瞬目を奪われた。そして、その言葉の続きでその表情の意味を悟った。


「それで話は結婚式の会場の件なんだけど」

「そのことか……それで、良さそうなところは見つかった?」

「それがね、この山の中から探そうと思ったら……」

「ああ、その中にやっぱりあったのか」


俺と詩帆は、この広すぎる家の一部しか使っていないので、書状や荷物は食堂の一角に置いてある。重要な書状は別にしているが……


「途中までは探す気だったんだけど……探す気がなくなったのよ」

「まあ、あの量じゃな」

「というか、色々混ざりすぎてたのと……色々と気分の悪いのも多くて」

「気分が悪いの?」

「……」


無言で差し出されてきた封筒には、何かの紋章で封蝋されていた。ってことはどこかの貴族家とかからの書状……


「……なんか、ここの貴族家の紋章。すごく見覚えが……内容は……」


中身の文章は貴族文体とでも言うのだろうか、飾り立てられていたのだが、内容は要約すると……


「生まれてもいないお腹の中の子供との婚姻か……また、信じられないような話だな」

「うん。それだけじゃなく後妻の話とかもあって……この世界に来てからから、貴族ってそういうものだって分かってはいたんだけど……」

「表面的な理解と、生理的な嫌悪感は別だろう。第一、後妻の件はともかく、お腹の中の子供に対する婚姻の誘いとか貴族としても非常識だろう」

「うん……」

「安心しろ、どんな状況になっても詩帆以外の妻を娶る気なんてないからな」

「でも……あなたの立場的に、どうなの……」

「そんなもの知らない。詩帆に危害を及ぼすこと、傷つけることを容認するような国なら出て行くだけだよ」


正直、この世界において魔術の実力はどんな場でも重宝される。生きていくのに苦労はしない。なら、最優先するのは詩帆に決まっている。


「まあ、レオンがこういう輩の方に積極的に回るとは思っていないから、現政権の間は大丈夫だろう」

「それも、そう、か……」

「後、確かこいつ、複数のブラックリストに載ってるよ」

「ブラックリスト……どの?」

「まあ、詩帆の、というかグレーフィア伯爵家にもあっただろうな」

「あれは、少しブラックリストとは違った気もするけど……あなたが言ってるのは故グレーフィア伯爵が載っているようなリストでしょう」


貴族と言っても千差万別だ。名の知れた大貴族からほとんど平民と生活レベルの変わらない下級貴族。

で、その中には面倒なのも一定数いる。グレーフィア伯爵のようにわかりやすく腐敗していれば、避けやすいのだが……まあ、わかりにくい面倒な貴族を避けるために、裏で親交のある貴族間で情報共有されているリストがある……古式ゆかしい呼び名があった気もするが、俺はブラックリストと呼んでいる。


「まあ、その、あれだよね。女癖が悪いとか、怖いもの知らずな馬鹿……後、こういう本気の馬鹿息子とか」

「息子?あっ、本当ね。差出人が公爵公子になってる……」

「その子が、ローレンス公の悩みの種の次男みたいだな」

「あの、噂の?」

「ああ」


そのブラックリストだが、貴族本人だけでなくその親族も問題人物であれば共有されている。現政権の実質的なNo2であるローレンス公の次男は、俺がもらったどのリストにも載っていた……当のローレンス公からいただいたリストにも名前があったぐらいだ。


「公爵自身は、次期当主として認知されてる長男同様に育てようとしたって言ってたよ」

「お兄さんの方は、以前一度お会いしたけど……いい人だったわよね」

「ああ。問題は次男の母だってさ……まあ、家の力関係的にローレンス公も強く言えなかったと」

「ローレンス公の第二夫人って確か……」

「前国王の……従妹だったな。王族ではないけど、まあ、それを鼻にかけてる人だったと聞いてる」

「……そういえば、一ヶ月ほど前に、急病で亡くなったって」

「まあ、そういうことだな」


裏で、まあ色々やっていたことがばれたらしい。政権移行の後、ため込んだ証拠を突きつけられて公爵の別荘地に移されていたが、先日病死した。病死だ、俺はそれ以上は知らない。


「それで、その息子の方は?お腹の子供のためにもできれば……」

「詩帆、目が怖い。安心しろ、こういう馬鹿なことはそのうちできないようになるから」

「というと?」

「馬鹿なだけで罰に問えるようなことは何もしてなかったが、母親もいなくなったし、公爵が矯正すると息巻いてたからな」

「そう、じゃあ、この手紙は?」

「日付が一ヶ月以上前になってるな。たぶん、まだ自由だった頃だろう」

「そう……」


そう言って、ようやくホッとしたのか、詩帆が深く腰掛け直した。その様子には少々申し訳なく思う。


「悪いな……こんな時期に心労をかけて。それにずっと傍にいてやれなくて」

「……今に始まったことじゃないでしょう」

「前世から、か……」

「前世はお互いに忙しかったから、雅也ばっかりが悪いわけじゃないけどね」

「それを言われると、今世は若い身重の奥さんに、心労与えてる駄目夫なんだが……」

「そうね」

「全面的に肯定されると何も言えないんだけど」

「でも、事実でしょう?」

「全くもってその通りです」


俺をからかって楽しんでいる様子の詩帆に、俺は返す言葉が尽きて伸びをしながら両手を挙げた。お手上げってことだ。そんな俺を見て、からかうような口調で詩帆は続けた。


「そんな、駄目夫の雅也さんは久々の休日、私に何をしてくれるのでしょうか?」

「詩帆の行きたいところに行くよ。例えば式場の下見とか」

「……気づいてた?」

「まあ、話の流れ的になんとなく」

「……たまに、そういうところ鋭いから卑怯」


詩帆が、中々切り出せなかった話題。それは詩帆の手元にある資料の束を見て察していた。


「結婚式場の下見、切り出せないとか……詩帆だなあ」

「話題は出したじゃない……」

「出したけど続けづらくて、話題を手紙の山に変えたんだろう」

「そういうとこだけ、気づくの……雅也の馬鹿」


そう言って、詩帆は無言で食事に戻った……いや、完全に拗ねさせたなあ。


「詩帆……」

「……」


しばらく口をきいてくれそうにないな。そう判断した俺は、詩帆が食事を終えるまでの間、積まれた手紙の確認を続けることにした。


「……」

「……」


食器同士のあたる音と、手紙を開く音だけが響く部屋。互いに目線をそらして、各々の行動を続ける……十数枚、内容を確認したところで、詩帆の手が止まった。


「……」

「……」


食べ終わった皿の前で、詩帆がチラチラと手元の資料の方を見ている。俺はしばらく、その様子を見ながら手紙の開封を続ける。


「……」

「……」


詩帆の視線が、俺の方を向く頻度が増える……まあ、俺が悪いし、そろそろ遊ぶのをやめるか。


「……詩帆、そろそろ式場の資料見せてくれ」

「最初から普通にそう言ってよ」

「捻くれてるのはお互い様だろ」

「うるさい」


外での才女の皮をかなぐり捨てた詩帆が、可愛くて仕方ないが……まあ、可愛がるのは今度にしておこう。

さて、式場ってこの世界だとどういうところが多いんだろうな?まあ、教会式がメジャーなの……ん、ちょっと待て?


「詩帆、この式場って……」

「とりあえず下見に行きましょう」

「でも、ここって……」

「許可は取ってあるわ。それに迎えも来てるから」


資料の内容、そして外にとまった馬車……そこはかとなく嫌な予感を感じながら、俺は詩帆に促され席を立つ。


「よろしくね、王国の英雄の魔術師さん」

「……もう、どうにでもなれ。結婚式だ、どうせならやれるだけ盛大にやってやる」


詩帆の手を取って玄関に向かいながら俺は、楽しそうに微笑む詩帆に、半分ヤケクソでそう切り替えした。

二ヶ月とんだ事情は……語るだけ、僕が疲弊するのでできれば何も聞かないで下さい

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