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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第八章 魔神討伐戦編
201/253

湊崎雅也の回顧録 ~妹~


「それで、雅美ちゃんって誰なの?」

「順を追って話すよ……とりあえずついてきてくれ」


車を走らせること十五分。俺は昼間に通り過ぎた墓地に詩帆を連れてきていた。真っ暗な墓石の間をゆっくり進んでいく……数年ぶりなのに、体が道順を覚えていた。


「雅也、早い、待って」

「……悪い」

「真っ暗で足下見えない中、浴衣姿の彼女を連れ回す速度をもう少し考えて」

「ごめん。浴衣も褒めてあげたいんだけどね……そんな余裕なかった、悪い」

「全部話を終わらせたら、その分旅行楽しんでね?」

「分かってるよ」


詩帆の言葉に冷静さを取り戻していくのを感じた……もう、俺は詩帆なしじゃ駄目なんだな。情けない。


「雅也、手」

「はい」

「ゆっくり進んでね」

「分かってるよ」


詩帆の手を引いて、今度は彼女を気遣いながらゆっくりと歩く。歩きながら、少し話を始めようか。


「まず、今まで言ってなくて悪いんだが……」

「うん」

「今の両親は養父母だ。俺はあの人たちの実子じゃない」

「……もっと早く聞きたかったけど、まあ、その辺りは歩きながら話してるってことはメインじゃないんでしょ」

「ああ。今後関係を進めるなら大事な話だから、後で細々したことは話すよ」

「本当よ……もっと落ち着いて聞きたかったわ」

「まあ、普通なら大きい話だったんだけど……これは前座だからな」

「私の家も家だけど……心して聞くわ」


詩帆が大きく息をついたのを聞きながら、俺も一呼吸ついて話を続ける。


「俺の両親は……殺害された」

「えっ……」

「まあ、殺されても仕方ないような人間だったから、殺されたこと自体には今さら何も思ってない」

「殺されても仕方ない?」

「俺のもとの両親……結城夫妻の名前は聞いたことはあるか?」

「結城……ひょっとして10年前の外交官夫妻殺害事件?」

「ああ。俺の生家、結城家は政界にも影響力を持つような古くは江戸時代から続く学者家系だ」


俺の両親は表向きには結城家に見合った人格者だった。法学部を卒業した後、大学院に進み、その後外務省に入省し、夫婦揃って外交官となった。


「でも、外交官に任命されるようなご両親でしょう。殺されても仕方ないような非道な人間には見えないけれど?」

「報道を見た国民の大半はそう思っただろうな」

「報道がねじ曲がってたってこと?」

「いや、たぶん実際の夫妻を知っている人から見ても惜しんだと思うよ」


家同士の結びつきを強めるための結婚だったが、お互いに相手を敬愛し、子供を溺愛する教育熱心なおしどり夫婦……そう、報道された。実際、多くの知人がそう思っていただろう。


「裏では違ったってこと?」

「……まあ、そうかな」

「……はあ。それで、確か強盗に鉢合わせして殺されたって話だったけど……違うの?」

「ああ。結城家と当時の外務省がとんでもない圧力をかけて、全て揉み消した。報道内容は全て捏造だ」

「じゃあ、誰に殺されたって言うの?」

「……その墓に今から行くんだよ」

「まさか……」


気がつけば墓石の間隔はかなり広くなっていた。そしてだんだんと坂を上っていた。


「あの二人は結城家の墓に入ってない。恥さらしだからな」

「……」

「どこに埋められたかも知らないし、下手すると埋葬はされてないかもな」

「……」

「……悪いな。楽しい旅行の中で重い話に付き合わせて」

「……ごめん」

「えっ?」


途中から黙ってしまった詩帆に申し訳ないと思いながら謝ると、か細い声で何かを謝る声が聞こえて、手を強く引かれた。


「雅也のそんな過去、全然気づけなくてごめん。私ばっかり支えられて、ごめん」

「気にするなよ。もともと俺が何も言わなかったんだから」

「それでも、不公平は嫌なの。もう、どうしようもないくらい雅也にはもらってるのに、私は雅也に何もしてあげられてないから。その上に……何も知らなくて」

「……今が幸せだから、それでいいんだよ」

「えっ?」


詩帆がキョトンとする中、手を引いて歩みを進める。やがて墓石の間を抜けると正面に大きな樹が見えた。その脇に……町の方を向いた開けた方向に向かって小さな墓石があった。


「俺が結城家の籍から外されて、今の湊崎家に来たときに、少なくない手切れ金をもらったんだよ。その金を全部ここの墓地に使った。雅美が好きだった家の近くの樹まで移植した」

「じゃあ、ここが……」

「俺の妹、結城雅美ゆうきみやびの墓だよ」


享年八歳と刻まれたその小さな墓石には、花束が添えられていた。少し萎れているそれは、俺の今の両親が少し前に訪れたときのものだろう。それを、綺麗に立てかけ直して懐からライターと線香を取り出す。


「どこに入れてたのよ?」

「ここの浴衣便利なんだよ、布の内側のまちに財布くらいなら入れられる。まあ、この場所は男性限定の気もするけど」

「そうね……私にも線香もらえるかしら?」

「もちろん」


そのまま適当な本数の線香に火をつけて、半分くらいを詩帆に渡す。二人で並んで線香を立てて、両手を合わせる……


「それで、死者に対する礼儀は済ませたと思うけど、続き聞かせてくれるのよね?」

「ああ……」


雅美の墓を見つめながら、あのときを思い出す。あの人生最悪の日の一部始終を……






「雅美……」

「……お兄ちゃん、分かってくれる、よね?」


その日、小学校から帰ってきた俺はリビングで無表情で立ちつくす妹の姿に息を飲んだ。


「どっちだ?」

「最初はお母さん。でも、両方とも危なかったから、どっちからとかはどうでもいいね。最終的には両方……」

「怪我は……」

「首と、蹴られたお腹かな……」


その日。妹は体調不良で小学校を休んでいた。寝間着の白いワンピースは赤く染まっていた。


「やってる途中だったのか?」

「うん……」

「そうか……叔父さんに連絡する」


結城家の中で、この状況で俺たちを消すという決断を下しそうにない人物。そういう人物は日頃から考えてあった。自分のスマホの登録番号の中から叔父の番号を見つけ出し、コール音が数回鳴った後、すぐに電話は繋がった。


「叔父さん。雅也です……両親が……覚醒剤使用で興奮状態の中、雅美に手をかけようとして……二人とも死にました」


雅美の左手には小さなナイフが握られていた。小さく非力な彼女でも、生物化学から素粒子物理学までの幅広い知識を持つ妹にしてみれば、薬物使用で正常な判断ができない運動不足の大人程度、急所を突けば簡単に殺せただろう。


「分かりました。現場のカーテンは全部閉まってます。ドアは僕が入るときに閉めてます。窓は今から確認します」

「お兄ちゃん、さっき窓は全部確認したよ」

「窓も全部閉まってます」


この異常すぎる状態の中、俺と雅美は小学生とは思えないような行動をしていた。両親なんかより、俺たち二人が異常だと、そんなことまで理解しながら俺たちは叔父が到着するまで処理を続けた……






「雅也?」

「……悪い、思い出してた」

「そう……」

「……俺の妹。雅美は間違いなく天才だった。小学一年生で下手な大学受験生なんかより、な」

「雅也の妹、って感じがするね」

「どういう意味だよ……小二のころには、特に理数関連に至っては基礎的な論文まで理解できてた、本当の意味での天才だった」

「その、天才の妹さんが……両親を殺した、ってこと?」

「……ああ。でも正当防衛だ……回りが見るからにはな」

「回りが見るからには?」


8歳の娘に両親が殺そうと向かってくる状態で、娘が両親を殺してしまっても法的には正当防衛が成立する。だけど、雅美は……


「両親は覚醒剤の使用で興奮状態にあった。まあ、そうでなくても雅美に対するいびりはすごかったけどな」

「待って、覚醒剤ってどういうこと?」

「両親は外交官の特権と結城家の持つルートを悪用して覚醒剤を横流しして、自分たちにも使ってた」

「な……」

「そうとう上手くやってたし、警察も結城家の名を盾にすればそう簡単には手を出せない……まあ、結城家の本家がキレて、近々強制捜査間近だったらしいけどな」

「でも、そんなことしたら結城家的にも痛いんじゃないの?」

「両親のように学者にもならず公務員に逃げて、結城家の美味しい力だけ使うような馬鹿はいらないとさ」


表向きには優秀な外交官、そう思われていたが結城家での扱いは酷いものだった。大学院に進んだ後、父は研究ノイローゼになり、修士をどうにか取って院をやめた。結城家として、研究者の道に挫折した人間など人以下というのが基本だ。何らかの目的を持って院を卒業した後、研究者以外の道を目指すならまだしも、研究から逃げて宮仕えになった父は大バッシングを受けていた。


「……面倒な家ね」

「古くから続く家なんて大体こんなもんだよ。で、母の方も父と同じく嫌みを言われ続けてた。結城家の集まりの後は死ぬほど荒れてたな」

「そのストレスが……」

「詩帆も医師志望だからそこそこ事例知ってるだろ。ストレス発散に薬物に手を出して破滅していった人格者達」

「うん……それで、雅美ちゃんは……」

「ああ、両親からは目の敵にされてた。外交官って言う仕事柄二人ともほとんど家にいなかったのが幸いなくらいだよ」


家に戻ってきたときは雅美を散々に罵倒していた。いや、ただのひがみだったが、まあ体罰もよく見たよ。


「お前みたいな天才に私達の気持ちが分かるか……ってな」

「雅也は?」

「俺もそう変わらなかったけど……雅美の方がわかりやすく才があったから、余計に当たりは強かったよ。俺もかばってたんだけど、かばうとエスカレートするから本当に危険なとき以外は手を出さないようにした」

「……それの行き着いた先が、小学生の娘による両親殺し……」

「いや、雅美はわざと両親を煽った」


それは確信に近い推測だった。あの現場に立ったときは。でも、あの後、あのとき、それが事実だと知ったときは俺は自分を責めた。こんなことになるなら……


「……雅美は天才だった。年相応なところもいっぱいあったけど、あのタイミングで選ぶ言葉を間違えて、両親を激高させるなんてありえない。ましてや、薬物使用でラリってるときに、しかも珍しくも両親がいる日にだぞ」

「雅美ちゃんが、二人が揃う日に、正当防衛を装って、両親を殺したって言うの、八歳の女の子よ?」

「雅美は可愛い妹だったよ。でも、彼女は自分の計画で両親を死に追いやったんだ。これは間違いのない事実だ」

「なんで、そんなことが……」

「お前の両親と一緒だよ」

「遺書……」


事件後の混乱の最中、俺たちは結城家から籍を抜かれ、湊崎家の子供になった。その一ヶ月後……雅美は浴室で手首を切って自殺した。


「遺書にはな、色んな人に迷惑をかけてしまいました。こんな筈じゃなかった。両親を殺して、あの人たちがいなくなれば、お兄ちゃんと二人で楽しく暮らせるって思ってたのにって……ずっと謝ってた。宛名は俺だった」

「……」

「死ぬほど頭が良くても、たった八歳の女の子だったんだよ。どれだけ高度な殺人計画を立てたとしても中身は……なのに、俺は、一ヶ月、雅美の、そんな様子に、何も、きづけなかった……遺書を見てから、何度も思ったよ。俺が殺せば良かった。あの子が思い悩む前に俺が両親を殺して、いっそ完全犯罪に……」


きっと雅美は完全犯罪を立案できただろう。今となっては分からないけど、きっとそうだ。だけど、彼女の中の僅かな両親との楽しい思い出が、小さな胸には抱えきれなかった罪悪感が……それに何も気づけなかった俺は……


「雅也。手、血が出てるよ」

「……ああ。気がつかなかった」

「……辛いこと、話してくれてありがとう」

「別に。もう整理もついた過去のはな……」

「泣きながら言われても説得力ないよ?」


気がついたら泣いていた。もう、何も分からなかった……こんなに感情を吐露したのは……雅美がいなくなったあの日以来かもしれない。


「……詩帆」

「何?」

「全部吐き出してもいいか?」

「当たり前じゃない。むしろ……全部教えて?」


夜が更ける墓地で、俺は詩帆にあのときの激情を、あのときできなかった後悔を全部ぶちまけた。最後の方は、もう何を言っていたかも覚えていない。


その横で小さな墓石はただそこに静かに立っていた。






「雅也」

「ああ」

「全部言い切った?」

「……まだ、山ほどあるよ」

「じゃあ、言っていきなよ」

「いいんだよ。昔の話は、俺が覚えてて詩帆がその存在を知ってればいいんだよ」

「どういう意味よ?」

「今は幸せだから……な。知ろうとしてくれる人が隣にいてくれる。それだけで十分だよ」

「そう……じゃあ、話したくなったら話してね」

「勿論」


その約束が履行されるのはまだ、ずっと、ずっと先。来世のこととなる。

この後、22時に登場人物紹介をあげて、第八章は完結です。長々と付き合わせてしまいました。

これから執筆速度向上に努めます。

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