湊崎雅也の回顧録 ~始~
普通に投稿時間に間に合いませんでした。明日はこうならないよう善処します……遅筆化が進行してますね。
「雅也……寝てる」
「……み……」
「ん、寝言?珍しい。どんな夢を見てるんだろう」
「……みや……みや、び……」
「……その夢、か……私は聞かない方がいい、か……」
そう言ってその場を離れようとした私の服の裾を、雅也がつかんだ。
「行くな……そんなこと、しなくていい」
「……私だけ全部知られてて、不公平、か。寝言ぐらいなら、聞いてもいいよね……雅也の家族の話」
「行くな、雅美」
「それと、私にもほとんど話してくれない……妹さんの話も……いつか、聞かせてね、全部」
私はうなされる雅也の隣にそのまま座っていた。
「はあ。温泉旅行?」
「ああ。頼む、付き合ってくれ」
「なんで俺が……」
「正確に言うとお前と洲川さんに来て欲しい」
大学2年の終わり。俺が大学図書館でレポートに使った書籍を返却しに行くと、そこで待っていた江藤にそんな誘いをされた。
「いや、期末も終わったし、春休み特に予定もないから全然いいんだけど……詩帆も?」
「ああ。り……桜川が連れてこいと」
「……ダブルデートでもしよ、とでも言われたのか」
「旅行行きたいな。あ、でも詩帆とも行きたいんだけど、私、春休みは本家に戻って色々とやることがあるし二回も旅行行けそうにないのよね……そうだ、湊崎君も誘ってダブルデートにしましょう……って言われたんだよ」
「……彼氏さん、ちゃんと舵をとってくれ」
「それ、そっくりそのままお前に返すぞ?」
詩帆と本当に付き合い始めて、クリスマス、お正月を楽しく過ごした俺たちが冬休み明けに大学に行くと……江藤と桜川が付き合っていた。しかも幼馴染みだったというおまけ付きで。
「まあ、旅行自体は問題ないんだけど、なんで温泉?」
「なんか、最近別件で調べてた土地に有名な旅館があったらしくて、ここからそう遠くないからちょうどいいって」
「そうか……まあ、わかった。詩帆には話して……」
「その必要はないと思うぞ」
「どういうことだ?まさか……」
ポケットの中のスマホのバイブレーションに気づく。俺は悟ったような顔の江藤に背を向けて、電話をとる。話しながらそっと図書館の出口に向かう。
「もしもし、詩帆、どうした?」
「湊崎君、旅行の日程は決まったら伝えるわね」
「……なんで詩帆のスマホから桜川さんがかけてくるんですか?」
「隣の詩帆がかけようとしたところで横から奪い取ったの……慌てなくても、変な話はしないわよ。はい、かわるわ」
「……雅也、変なことは言われてないわよね?」
「横で聞いてただろう」
「そうだけど……あっ、それで旅行の件だけど」
「俺はいいよ。詩帆は?」
「私は行きたい……と思ってるんだけど……」
「じゃあ、いいんじゃないのか」
なぜか詩帆が言い淀んだことや、桜川さんが電話に割り込んできたことに違和感は感じたが……違和感の理由が見つからなかった。旅行で俺に関わることが特に思いつかないし……
「雅也、ひょっとして行き先の詳細聞いてない?」
「細かく聞いて詩帆にどうするか聞こうと思う前に電話がかかってきたんだよ」
「あのね、今回の行き先は……ちょっ、凛子」
「湊崎君、行き先は……」
その行き先に、俺は溜息をついた。
「嫌がらせですか?」
「そう取ってもらってもかまわないわ。私としては色々言われたことに関する意趣返しでもあるから」
「正直に返されるのは想定外なんですが?」
「正直にもなるわよ。私からは言えないことを、詩帆に話すいい機会でしょう」
その言い草にカチンときた。珍しく語気が荒くなる。
「それを話すかどうかは俺が決める。あんたが口を出すな」
「怖いわね……でも、まさか逃げるとは言わないわよね?」
「もともと俺自身、蹴りはつけてるよ。逃げるも何もない」
「じゃあ、来るってことね」
「ああ」
「じゃあ、日程は追って連絡するわ。じゃあね」
一方的に切られた通話画面を落としながら、ポケットに突っ込む。そのまま空を見上げて、俺は吐き捨てるように言った。
「帰る、のか……まあ、いつかは話さなきゃいけない……って思ってたけど」
「それで、運転はお願いしちゃったけど湊崎君、道は分かるわよね」
「わかるけど、分からなくてもカーナビもあるからな」
「わかるって……雅也、記憶あるの?」
「ああ。忘れたくても忘れられない記憶がな」
「そう……」
二週間後、俺の運転する車は懐かしい町並みを走っていた。
「この先、あの旅館までなら三十分くらいだな」
「そう……それで感想は?」
「楽しい旅行になるといいな」
「……まあ、別に嫌がらせがメインじゃないし、それでいいけど。私だって……聡介との旅行、楽しみにしてたわけだし」
「可愛らしい彼女さんだな、聡介君」
「いまさらだな。何とでも言え……湊崎には悪いが、自分の癇癪に周りを巻き込む幼稚さもかわいいからな」
「いいコンビだよ、ほんと」
後部座席でイチャつくカップルをバックミラー越しに見ながら、溜息をつく……この数週間溜息ついてばっかりだな。
「雅也……」
「詩帆、今は楽しもう」
「うん……わかった」
「ちゃんと話すから」
「そこは信用してる。ただ……いい思い出があるならそっちも聞かせてね?」
「ああ。まあ、いつか案内する予定だったし……」
「雅也の地元紹介、楽しみにしてる」
桜川のやった嫌がらせのような旅行先。それは俺と詩帆の過去を探っていた副産物で発見した、俺の故郷にほど近い旅館だった。
「まあ、時間に余裕があればそれもいいかもな」
「うん。とりあえず今日はゆっくりしよう」
「だな」
市街地を抜けた車は、山道を登っていく。その道中、俺の視線はとある墓地に移った……
「雅也?」
「湊崎君、ま、前見て」
「見えてるよ」
一瞬カーブを曲がるタイミングが遅れて、対向車線にはみ出る。
「つ、疲れてるなら聡介に運転代わらせるわよ」
「運転代わるって言わないんだな」
「い、一応免許はあるけど……」
「安心しろ、俺も怖い」
「どういう意味?」
「そのままの意味だ。一度乗せられた俺が言うんだ」
「うっ……」
騒がしい後ろに対して、俺の視線の動きが見えていた詩帆と、俺の会話は少し違っていた。
「雅也……ひょっとして」
「すまん……後で話す」
墓地に視線が行ってしまったのは、反射だった。何年かぶりに、通って目に入って……運転中なのに、つい気がそれてしまった。
前後の会話の温度差を感じながら、俺はそのまま車を走らせた。
「ふう……」
宿についた俺は、荷物を部屋に置くと、まっすぐ温泉に向かった。何か言いたげな詩帆をおいていくのは悪いとは思っていたが……
「……今は、一人になりたかったんだよ」
整理はつけているつもりだった。いや、したと思っていた。この町を出たときに、とっくにつけてたと思ってた。
「この町に来るまでは、できてると思ってたんだけどなあ……」
町並みを走る中で、記憶の中の景色と重なった。家族とともに歩いた、過ごした町に来て、思う以上に色んな記憶が呼び起こされた。
忘れる気はない。一生忘れないと誓ったから、忘れてくださいと言われたから余計に。
「はあ……」
「楽しい旅行なのに辛気くさい顔してるな」
「うるせえ」
温泉の奥につかってた俺の横に入ってきた江藤は、そのまま頭を下げた。
「悪いな、桜川の趣味の悪い旅行に付き合わせて」
「いいんだよ。こうでもしなきゃダラダラと詩帆をいつまでも連れてこなかっただろうしな」
最初に話をされたときは、話すから勝手なことをするなと言ってしまったが、きっと俺はいつまでもできなかったとここに来て改めて感じた。
「腹立つことに、あの人には感謝しなきゃならないよ」
「そうか……だ、そうだ」
「湊崎君、貸し一つね」
風呂の衝立の向こうから、桜川の声が聞こえて俺は頭を抱えた。
「お前ら、図ったな……後、桜川。お前に関しては今の借り以上に貸しが山積みだからな?」
「あら、結構大きな貸しだと思うのだけど?」
「それは否定しないが……ところで、詩帆はそっちにいるのか?」
「いるわよ。聞いていいのか悩んで少し離れたところで小さくなってて可愛いわよ。みたい?」
「どう言っても怒られそうだから認否保留」
「面白くないわね……まあ、あんまりこんなところで話してると詩帆に怒られるから」
「怒らないわよ」
「怒ってるじゃない」
にわかに騒がしくなり始めた女湯の方からそっと離れる。そのまま、風呂を上がる。
「もういいのか?」
「別に後でもいいしな……ちょっと夜風に当たってくる」
「夕食、19時からだから早めに戻れよ」
「分かってるよ」
それだけ言い残して俺は足早に脱衣所に向かった。
「……ここから見る景色は初めてだな……見慣れた景色だったけど、この夜景は少し新鮮だ」
浴衣のまま、旅館の外をゆっくりと歩く。眼下には、昼間に通ってきた町並みの光が見えていた。
「……もし、あの人たちが、あんな人じゃなくて……雅美が……生きてたら、俺はこの町に残っていたのかな」
「それだと雅也と学校一緒になれないから嫌かな」
「詩帆……」
独り言を呟いていた俺の後ろから声をかけてきた詩帆は、そのまま俺の隣に並んだ。
「風呂上がりにこんなとこ来て、風邪引くぞ」
「ちゃんと拭いてきたから大丈夫」
「そういう問題でもないと思うんだが……」
「そういう問題よ……それで、雅美って誰のこと?」
「……」
聞かれてしまった、聞かせたくなかった名前……
「言いたくないのなら、またいつかでもいいわ。私は、あなたに何も言ってこなかったけど、あなたはずっと隣にいてくれたから」
詩帆はそう言って俺に肩を寄せる。
「ずっと隣にいてくれるんだから、ゆっくり待つわ。帰りましょう、夕飯の時間もすぐだし」
色んな気持ちを押し殺した声。俺がさせたくなかった声……自分のことを話すことと、彼女に我慢をさせること。その二つを天秤にかけた俺は、迷わず去って行こうとする詩帆の手を取った。
「詩帆、待って」
驚いたように振り返る詩帆に、自分の気持ちが変わらないうちに言葉を重ねる。
「今から少し時間くれ……俺の家族と……妹について、話したい」
「……凛子と江藤君には、先にご飯食べておいてって伝えておくわね」
詩帆が遅くなる旨をメールしている間、俺は再び眼下の景色を見下ろす。
「彼女を連れての里帰り、か……ただいま」
「雅也、送ったわ」
「了解、行こうか」
覚悟を決めた俺は、詩帆の手を引いて駐車場に向かった。行き先は……彼女の眠る場所だ。
明日はこれの続きです。明後日からは新章に入る予定です。




