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異世界でも貴女と研究だけを愛する  作者: 香宮 浩幸
第八章 魔神討伐戦編
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現代編 水輝side ~僕が湊崎教授を超える日~

前話から二年以上あいてますので、第七章の「現代編 水輝side ~平穏な日常は終わりを告げて~」を再読した上でお読みいただくとわかりやすいかと思います。


後、本日午前9時と10時にも投稿しています。ことらは本日三本目です。


湊崎夫妻が眠る墓地を出て、二時間。俺の運転する車は早朝の都内を快調に走っていた。後は高速に乗れば空港まではすぐだ。


「美衣は寝たか……」

「まあ、昨日も普通の時間に寝てましたからね。三時過ぎに起こしたら寝不足で仕方ないでしょう」

「それもそうか……新年は移動中に迎えそうだなあ」

「貴重な経験ですね」

「そうかもな」


大晦日の早朝とあって、道は驚くほど空いていた。非常に走りやすいが、ここで事故ったら本末転倒なので、落ち着いて走らせよう。


「オーストラリアに着いた後はどうするんですか?」

「そのまま航路で東南アジアに向かうよ。ちょっと高くついたけど客船のそこそこいい部屋を取った。普段なら絶対に利用しない系統の会社だけど……その分、乗客の素性を詮索しないからな」

「なるほど……つまり豪華客船ってことですね」

「ああ。まあ、新婚旅行代わりだと思ってくれ」

「行けませんでしたもんね、結局」

「……状況的にな。申し訳なかったな」


義兄さん達はハワイへの新婚旅行に出かけているが……本当に研究放置してどうやって行けたのか気になる。ましてや国外だ。俺の場合は諸々の柵のせいで、国内旅行すら行けなかった……


「いいですよ。それ以上に刺激的な日常ですから」

「……余計に申し訳なくなるんだが?」

「私的には楽しかったですよ。湊崎准教授の研究を引き継いで……物語のヒロインみたいじゃないですか」

「じゃあ、俺は主人公か……それはそれで悪くないかもな」


激動の半生だった。たぶん義兄さんと義姉さんよりも刺激的な日常だったと思う。色々あったし、ある意味常に死と隣り合わせの生活だったけど……


「確かに、楽しかったな」

「ですよね……でも、これからはゆっくり過ごしましょうね」

「ああ、そうしよう……違う名前と立場で再出発だ」

「それもまた楽しいですね。それで、東南アジアを抜けた後はどこへ」

「乗り合いバスやレンタカーを乗り継いで、スイスに向かう。後はスイス国内を転々としようかな」

「スイスですか……色々と観光地とか行きたいところですね」

「ほとぼりが冷めたらな」

「それぐらいは分かってますよ」


しばらくは田舎を転々とすることになるだろう。でも、それも楽しいだろう。千夏と美衣がいっしょならどんな場所でも幸せだ。


「しかし、それでも研究はしばらくお預けだな」

「そうですね……いっそ、このまま准教授夫妻の世界に向かっても良かったんじゃないですか。研究はほぼ完成してるんですよね」

「ああ。いくつかの不確定要素はあるけど、肉体の再構成はこっちの世界での肉体を放棄すれば魔力情報から再合成できるから、義兄さんとほぼ同じ形式でなら異世界転移もできるよ」


肉体を情報化して転移するのは、相当なエネルギーがいることから難航していたが、肉体データを完全にコピーして、それを魔力情報をもとに転移先に合成することは可能になっていた。最も技術的にはと言うだけだが。


「この世界じゃ、情報単体の再現や移動も難しいのに、肉体レベルの再合成なんて夢のまた夢。異世界に転移させてみても、こっちからじゃ観測のしようもないし……こんな不確定要素しかない状態で試せないよ」

「まあ、老後の後の新しい人生を楽しみにしています……だけど、そのせいで水輝さんに身体データ全て握られてるのだけは未だに抵抗があるんですが」

「いつ、何があるか分からないからいつでも行けるようにはしておくべきだろう。実際こんなことになってるわけだし」


俺を含めて家族全員の身体データは定期的に更新している。一応備えあれば憂いなしだし。


「美衣のデータ、悪用しないでくださいね」

「そんな変態親父になったつもりはないけど」

「でも、何十年か後、もし二人で転移するときには聞けますかね、一緒に来るか……来てくれない方が嬉しいですけど」

「美衣は美衣で家庭を持つかもしれないし、どちらにせよその家庭の成長を見送ってからだから、まだまだ先の話だな」


今の美衣なら連れて行くしかないが、大きくなって家庭を持って、そうなったとは普通に生きていて欲しい。何より自分たちに巻き込みたくないが……


「まあ今は守るよ、絶対に」

「うん。何もかも今を乗り切ってからの話ね」

「だな。さて、そろそろ高速の看板が見えてくる……しかし妙に空いてるな、今日」


大晦日とは言え、都心のど真ん中だ。そろそろ6時になるし……車の数が妙に少なすぎる。


「……談笑してる時間はなかったかもしれない」

「えっ?」

「飛ばすぞ」


嫌な予感を感じてアクセルを踏み込んだ瞬間、左から突っ込んできたトラックが視界を遮った。慌てて全力でブレーキを踏み、トラックの後方側にハンドルを切る。


「きゃあ」

「しっかりつかまって……畜生」


だが、突然後方から来ていた車がスピードを上げ、俺の進路を遮った。ブレーキを踏んだが間に合わず、衝突する。衝撃でエアバッグが広がる。更に後方から来た車が車の横腹に突っ込んだ。車が激しく横回転する。それでも致命傷だけは避けようと頭を丸めてハンドルにしがみつく……


とてつもない衝撃の中で、意識を保ち続ける……永遠のような一瞬の後、周りが静かになる。


「うっ……千夏、美衣……」

朦朧とする意識の中、周りを見渡す……シートベルトのおかげか、二人とも重傷そうだが、命に別状はなさそうだ。


「よかった……って、言っている場合じゃないか。端末は……動いてないなら無事だな。


運転席と助手席の間に入れたケースは一切動いていなかった。自分のシートベルトをどうにか外し、そのままケースを膝の上に引っ張り上げる。


「……生きてる。ただ、時間がない」


端末……次元間量子データアクセス解析装置のメイン端末だ。常時待機状態にある端末を高速起動させながら、ケースの中から複数のケーブルと電極を取りだし、端末に接続する。それらを、二人と自分の頭部の正確な位置に貼り付けながら、装置内の設定を書き換える。


「一週間前に取った肉体データ……これを再構成体に設定して、精神データの量子データ化……間に合え……設定は終わった、後は……」

「洲川教授、手を止めてください」


あと少しで作業が終わるというところで、俺の頭部に真横から拳銃が突きつけられた。俺は、そのままゆっくりと両手を上げる。


「ずいぶんと手荒だな、アメリカ政府はそんなにも急速に方針転換をしたのか?」

「状況が変わったというよりかは、軍部のクーデターですね。穏健派の前大統領が暗殺され、強硬派の軍閥派に方針転換しました」

「そこに昨日の俺のデータ介入がばれて、一瞬で堪忍袋の緒が切れたってことか」

「端的に言えばそうですね」

「民主主義国家が聞いて呆れるな」


俺はこの処理時間を稼ぐしかない。わずかに五分。それだけ持たせればいい。そのための手札はこんな時のためにいくらでも用意してある。


「ずいぶんと余裕たっぷりですね」

「俺が殺されることはないし、同時に俺の自殺防止に妻と娘の安全も保障してくれるんだろう」

「勘がいいですね。ええ、米国行きの飛行機には優秀なドクターが同乗してくれますよ。あなた方の治療はしっかりしますからご安心を」

「俺を囲い込むと」

「ええ。あなたがいれば諜報に割く予算が大幅に減額できますからね」

「そう簡単に俺が話を飲むとでも?

「先程あなたが言ったでしょう……奥様と娘さんがいますから」

「外道……」


予想された嫌な結末の一つだ。日本政府は保身色が強いし、マスコミに弱すぎるので軽い脅しで自由にやってこれたが、こういう大国ならそういう非道な手も平気で使ってくるだろう。


「まあ、それで返事は……」

「頷くしかないだろう」

「賢明なご判断ありがとうございます。では、奥様と娘さんはこちらで預からせていただきますが、あなたはついてきていただきますよ」

「自宅と研究室に案内しろってか……」

「ええ。それから次元間量子データアクセス解析装置の実験施設にも」

「全データを開示しろってか……日本政府がよく許したな」

「新しい大統領なら何をしてもおかしくないって言ったら、あっさりと」

「ちっ」


これも予想の範疇だ。だが千夏と美衣をここから動かさせるわけにはいかない。なので俺はおもむろに右の手のひらの一角を強く握った。


次の瞬間、遠くで爆発音が聞こえた。


「……何……わかった」

「どうかしましたか?」

「何をした?」

「そう簡単に完成した研究データを渡すとでも?」

「貴様……わかった、何。もういい、そっちはすぐに撤収しろ。被害者は完全に回収しろ、証拠を残すな」


無線連絡で銃を突きつけている男が一瞬目をそらした隙に端末画面を確認する。そこには処理完了を示す表示が出ていた。それを確認して俺は最終コードとパスを打ち込み、エンターキーを力強く叩く。


「この状況を予測していたのか」

「そういうわけでもないが、危機回避のために全ての研究施設はいつでも消し飛ばせるようにしてたよ。大晦日で研究施設には人がいないし、最上階が吹き飛んでも、あそこはワンフロアぶち抜きだから、人的被害が少なそうでよかったよ」


研究室にも解析装置が眠る山中の実験施設にも、勿論自宅にも俺がとある筋から入手した爆弾が仕込んである。何らかの原因で研究成果を奪われそうになったとき、研究成果ごと燃やし尽くせるように俺の手のひらにはとある手順で押せば使えるスイッチが仕込んであった。

相手方の反応を見るに綺麗に吹き飛んでくれたようで何よりだ。


「……自分の立場が分かっているのか……」

「分かっていますよ。これで研究データは全て僕の頭の中だけです」

「……ちっ」


これで奴らは俺をすぐには殺せない。そしてこの騒ぎの中、必要な時間稼ぎはほぼ終わった。千夏と美衣の処理は終わった。そして俺の意識もだんだん薄れていく……端末上の処理率は97%


「そろそろ頭がクラクラするんだが、出してくれないかな?」

「……いい性格をしているな、本当に」

「そうでもなきゃ、こんな研究続けられませんよ」

「ふん……医務班、急げ。処理班、即刻後始末を始めるぞ」


複数の男達が駆け寄ってくる。周囲の惨状を通報した人間でもいたのか、サイレンの音まで聞こえてきて、目の前の男は焦ったような表情を薄らと浮かべていた。処理率は98%。


「後ろの子供と奥方を優先しろ。意識のあるこいつは後でもいい」

「俺がメインだろう……意識があっても死にかけかもしれないぞ」

「たかだか一分差程度だ。それで死ぬなら結果は変わらん」

「絶対に嫌がらせだろう」


後ろの扉がこじ開けられ、美衣のバイタルを取り始めた医師団の表情が青くなっている……そりゃあそうだろうな、彼女はもうこの世界にいないのだから。処理率は99%を超えた。


「おい、どうした」

「い、息がありません……そ、蘇生はしてみますが、これはもはや」

「いいから、どうにかしろ」


外の喧噪がどんどん遠のいていく。まったく義兄さんと詩帆義姉さんのせいで、最後まで無茶苦茶な終わり方だ……とりあえず向こうに着いたら、准教授は一発ぶん殴ろう。今は俺の方が教授で偉いしな。


「でも、悪くない半生だったな。美人な奥さんと結婚もしたし、孫の顔も見せたし……母さんには早死にして親不孝かけたけど……少しは返してこれたかな」

「おい、お前。何を言っている」

「辞世の句。あっ、後、あんた少し離れた方がいいぞ」

「どういう意味だ」

「こういう意味だよ……さよなら、僕の生まれた世界」


モニター上で俺の名前の横に100%の表示が点り、<Final Phase Complite>の表示が画面を埋める。直後、端末は最後の仕事として自分を爆発させるはずだが、それを見ることなく俺の意識はこの世界から消えた。






「ううっ……意識がある。体も、ある……息もできるし、うん、ちゃんとこの世界での生命体に適合してる……千夏、美衣」


再び意識が戻ると、そこは暗い部屋だった。自分の身体状況を確認してから、周りを見渡すと千夏と美衣が倒れている。


「すー、すー。飛行機、初めてだなあ」

「水輝さん、まだ、つかないんですか……」

「……無事そうだな」


二人とも、気持ちよさそうに寝息を立てていた。たぶん別世界に転移したって言っても信じてくれないだろうな。


「しかし、ここはどこなんだ。二人のDNAデータをもとに転移先の座標は半径10メートル以内の空気以外の物体のない空間に指定したはずだけど……とりあえず、屋内みたいだな」


二人の墓を少し荒らした上でDNAデータから二人の転移先を推定した。その世界のデータ的に魔術などもあって義兄さんが興味を持ちそうだし、生命体も主となっているのは人型の生命体のようなので、たぶん世界は間違ってはいないと思うのだが……


「……何者だ」

「っ……す、すみません。自分たち怪しいものでは」

「人の家に勝手に侵入しておいてか?」


なんて考えていたら、どこからともなく現れた男が俺の喉元に何かを突きつけていた……これは、杖か?


「すみませんとか、どうでもいい。まず名前を名乗れ」


そのまま高圧的に尋ねてくる男に対してどう誤魔化そうか、なぜ言葉が分かるのか、この緊迫した状況でなぜ二人は寝たままでいられるのか、疑問は尽きないが……とりあえず異世界転移、成功したみたいだな。



「ええっと、私は……」


こうして俺の異常な日常は終わりを告げ、新たな異世界での生活が幕を開けた。

次話は一時間後or二時間後に投稿します。端的に言うと執筆の勢い次第です。

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