第百四十四話 今はまだ、遠き真実
ホルスが上空に飛び上がったところで、俺はホルスと視界を共有する。他人の神経系に干渉して五感を借りることができる闇魔術の精神魔術の禁呪だ。
「……<反射障壁>」
それと同時に俺たちの周囲に三重に結界を展開する……
「クライス君、何をするんだい?」
「いえ、邪魔な魔人と魔王を片付けてしまおうかと」
「それは分かるんだが、何をする気だ?<反射障壁>を三重に展開するとか嫌な予感しかしないんだが?」
「大丈夫です。絶対にこの術式の構成は公開しませんから」
「それは大丈夫じゃないと思うんだが……」
師匠は突っ込んでくるが、残りの四人は我関せずといった感じで今後の動きについて相談しているので、さっさと済ませてしまおう。
「じゃあ行きますね……<核熱兵器>」
戦場の中心で魔術が発動した瞬間、転移でホルスが俺の隣に戻ってくる。直後、魔術の発生点からエネルギーが爆発的に広がった……そしてそのエネルギーは咄嗟に回避した外周部の魔人と魔王を除いて……全てを消滅させた。
「……なんですか、今の魔術は」
「この宇宙最強の物理現象をお借りしました。極々小規模に押さえ込みましたけど」
「……超新星爆発」
「詩帆、正解」
「正解じゃないわよ……待って、放射線とか有害電磁波のせいで私達も結界の外に出れないじゃない」
「そういうのは発動点でフィルターかけて、分解するか、無害な波長に変換してるよ」
戦場の中心点で俺がやったことは原子核の合成……超高温超高圧化での核融合だ。恒星中心部で行われる非常識なエネルギー生成を物理魔術で再現した。
そして、それをある程度繰り返し、重力崩壊を観測した時点で解放した。つまり極小規模での恒星の一生の再現だ。
「色々と無茶苦茶ね……」
「さすがに自覚してる……いや、物理学者としてはなおさらかな」
「クライス君、あの魔術の原理や使用魔術を絶対に公開しないようにね。色々と条件は厳しそうだけど……普通の魔術師に再現不可能ではないんだろう?」
「重力操作は絶対必須ですが、それさえできれば誰でもできますよ」
重力操作自体が模造魔術でないから、そう簡単に再現できる人間はいないだろうが、まあ超越級の魔術師なら不可能ではない。だからそう答えた。けど……
「あの現象を再現するためには原子核の構造と核融合の知識がなければ不可能ですし、そもそも素粒子に正確に作用させるレベルの精密さがいりますからね。できても師匠達ぐらいだと思いますよ?」
「それでも、あの魔力使用量で、あの威力は戦略兵器に転用されかねない……また頭痛の種が増えたよ」
「攻撃魔術に関しては師匠には言われたくないですがね」
「私の魔術はあくまで高効率だったり、威力が増強されてたりはするが模造魔術の範疇を超えていないからね。模造魔術では不可能かつ、世界を崩壊させかねない君の魔術と一緒にしないでくれ」
「マーリスさん、妙な喧嘩をしている暇はないわよ」
「雅也、早く行くわよ」
「いや、来ていただく必要はありませんよ?」
響いた声に軽く弛緩していた空気が引き締まった。次の瞬間、最後の<反射障壁>が崩壊する音とともに、二つの人影が降りてきた。
「まさか一人も潰せず来られるとは想定外でした……さすがに雅也さんを舐めすぎましたかね」
「……」
その二つの人影は予想通り眷属のベータとシータだった……正直<反射障壁>をここまで無抵抗で破壊されるとは思っていなかった。さすがは魔神に近しい存在か。
「もともと全員五体満足で帰る計画だよ。で、ここに来たってことは?」
「ええ、直接あなたたちには死んでいただこうかと思いまして」
「魔神様のご助力はいらないのか?」
「その減らず口、いつまで叩けますかね」
「言ってろ……師匠?」
そんな風に挑発的な言い合いをする俺とベータの間に、師匠とセーラさんが出てきた。
「久しぶりだな、ベータ」
「マーリスさん、お久しぶりです。千年前は後ろで突っ立ているしかできなかった無能が少しは立派になりましたか?」
「ええ、凄く立派になりましたよ……私もちゃんと賢者になりました」
「セーラさん、こんな男の隣で千年も退屈だったでしょう……すぐ楽にしてあげますよ」
「この人は、私が見た中で最強の攻撃魔術師よ。侮辱は勝ってからにして。後……」
「彼女は私が憧れた偉大な召喚術士で、こんな私をずっと支えてくれた妻だ。今さらこの隣を譲る気なんてさらさらないよ。後……」
俺を相手にしていたとき以上に挑発的な言葉を吐き捨てるベータに対して、師匠達は表面的には冷静そうだった。だけど……
「「お前ら(あなたたち)は魔神の前座だ(なの)。敵討ちの邪魔だから失せろ(消えて)」」
……勿論、内心は全く穏やかではないようで、そんな風に叫んだ。ああ、そうだ。こいつら程度も倒せなければ魔神には遠く及ばない。
「穏やかではないですね」
「当たり前だ。親友の心残りは晴らさせてもらう」
「俺も、さっさと世界を救って身重の妻をいたわりたいので……秒殺してやる。まとめてこい」
「姉さんに傷を負わせたんだ。覚悟はできてるよな」
珍しくディアミスまで怒りをあらわにしてベータをにらみつけていた。6人の視線が交錯する中央に立つベータは、そんな張り詰めた空間で……
「ふっ……ははははははははっ」
高々と笑い始めた。それに呆気にとられている中でベータが放った言葉は各々の不審点をことごとく突き刺した。
「あまりにも馬鹿が過ぎませんかね?七賢者の正体も、それの真実に気づいたメビウス・コーリングの真意も知らない間抜けな賢者に、魔神封じの全てを忘れた森の民に……過去を忘れた物理魔術師」
「どういう意味だ。俺の過去ってどういうことだ。俺の転生前の過去を知ってるなんて言うのはとうにわかって……」
「そうじゃないんですよ。そこじゃない。それより後の話です」
「だから、それがいつの……」
「あなたが思い出さなければ無意味なんですよ。だから、この話はこれでおしまいです。まあ、いずれ知りますよ、皆さん。そのときの絶望する顔が目に浮かびますけどね」
「何の話なんだよ。俺の前世って、一体何が……」
「雅也、落ち着いて」
先程までの高揚感が嘘のように凍り付いた。放された話題は、どれも誰もが薄らと気づいていたことで、同時に知らない振りをしていた事だったから。
そんな風に誰もが呆然とする中、重い口を開いたのは師匠だった。
「ああ、私達はメビウスからのメッセージをきっと本当に最小限……いや、あるいは間違って受け取っていたのかもしれない」
「マーリスさん?」
「でも、あいつが俺達に魔神を倒すことを託した。その事実は揺るがない」
「うん、そうね。メビウス君が私達に託したことを達成したら……その過程や真実なんて些細な問題よ」
「ああ、後クライス君」
「は、はい」
「君の前世が私の親の仇だっとしても、今の君は僕の弟子だよ。同時に魔神を倒す戦友だ」
師匠の言葉を聞いて思う。この人が師でよかったと。普段は駄目な人なのに、こんなときに言葉をかけてくれるのはずるい……詩帆の前なのに格好つけられなくなるじゃないですか。
「師匠。言われるまでもないですよ。僕が前世でも今世でも師と仰ぐのは師匠だけです」
「ああ……後、エルフが魔神封じを忘れたとか今さらだろう。僕らの村だって魔神封じの儀は失伝した。長い年月が過ぎれば失われるものもある、自然の摂理だ。第一、王国設立前だろう。その技術を失伝したのは。君らが気に病む話でもない」
「分かっています。ただ、少々責任は感じていたのも事実ですから、ありがとうございます。後……」
師匠の励ましに顔を上げたシルヴィアさんが、何かの魔術を発動した。すると俺の頭の中の靄が取れたような感覚があった。
「……これは魔神の眷属が昔から使う常套手段です。負の魔力を利用して相手の精神に働きかける精神魔術系の呪法ですね。対抗術式もその予兆や症状も把握していたんですが……場の空気に飲まれました」
「精神的にダメージを与えて、集中力をそぐか……外道だな」
「魔人に外道も何もありませんよ……あの程度の小細工にかかる方が悪いのでは?」
「そうかよ……」
してやられた。俺一人なら、完全に飲まれていたかもしれない……本当にみんながいてよかった。
「さてと、そろそろおしゃべりは終わりにしましょうか」
「ああ、そうだな……卑怯な気もするが、6対2だ。大人しく消えてもら……」
「確かにそれは厄介なんですよね……なので……」
ベータの言葉似合わせて、周囲の至る所で魔力が高まった。そして……
「詩帆!」
俺たちの真下から異常な魔力の反応を感じ、俺は後ろにいた詩帆を抱えて横に飛んだ。直後、俺たちのいた場所を通るように真っ白な線が上空に伸びた。
視界の端では師匠とセーラさんが俺たちとは逆側に飛び、ディアミスは召喚した精霊と共にシルヴィアさんを抱えて後ろに間一髪で回避していた。
「あぶねえ……詩帆、無事か?」
「え、ええ。私はなんともないけど……」
「大丈夫だ。全員無事だし……どうにかする」
俺たちは結界の中に閉じ込められていた。師匠達との間にも結界が貼られているので、分断されてしまったみたいだな。唯一後方に逃れたシルヴィアさんとディアミスだけが結界の外だが、先程<核熱兵器>で更地にした範囲に外周の魔人や魔王達が流れ込んできており、状況は最悪だ。何より……
「ということは、師匠の方にはベータがいるのか」
「……ああ。私ではお前には勝てないが、時間稼ぎには適しているからな」
俺の隔絶された結界内にはシータが、師匠達の側にはベータがいた。
「ベータが師匠達を、残りの魔人達でシルヴィアさん達を倒す時間稼ぎってことか……」
「……。その後、残りを一掃しても精神に不調を来した状態で全力は出せないだろうからな」
「そうか……少し、俺以外を舐めすぎだと思うが、まあいいか。潰せばいいだけだし」
右手を見れば、師匠とセーラさんが杖を構えてベータに相対していた。シルヴィアさんとディアミスも向かってくる魔人達に対して既に様々な術式を用意していた。なら、俺がやることは一つだけだ。
「詩帆を守りながら、お前を倒すだけだな。たったそれだけで魔神にたどり着く切符が手に入る」
「……加勢はいいのか?」
「いらないよ。みんな、勝手に何とかするだろ」
「そうか……」
「詩帆。今度はアルファのときみたいに無様な戦いはしないから、そこにいてくれ」
「ええ、援護に徹するわ」
「できれば結界の中で防御を万全にしておいてほしいんだけどなあ」
「あれを相手じゃ無理って知ってるでしょ?」
「まあ、そうだな……」
溜息をつきながら、杖を構える。
「詩帆。俺の隣だと、一生こんなだ。すまん」
「それが嫌ならとっくに別れてるから安心して」
「そうかよ……早く倒して帰ろうか」
「うん。今日はいっしょに晩ご飯でも作ろう」
「ああ……」
そうして二人で頷き合った後、俺はシータに向けてまっすぐ飛び込んだ……
戦闘回に執筆苦戦するいつもの状態です……日常回や、戦闘でもまだ対人の方が書きやすい。
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