第百四十三話 世界一怖くて愛しいもの
無事にまた一つストックが増やせました……
~同時刻 魔神出現地点直下
超越級魔術師、それは一人で一軍と戦えるような歩く天災。それが軍となって襲いかかってくるのがこの異常な戦場だった。
「おとなしく命を差し出せ。今なら自害も許すぞ」
「それとも我らの負の魔力の実験体となるか?」
「いつまで魔力が持つかな?この軍勢を相手にして……んっ、なんだ……」
魔神の力を色濃く受けたせいか、流暢に口を開きながら向かってくる魔人達。そろそろ千体近くの魔人が消滅していたものの、未だ戦力差は歴然としており、魔人達は余裕の表情を崩していなかった。
それほどまでに戦力差をみれば圧倒的な劣勢。そんな中で、対面する5人は淡々と魔術を行使し続けていた……
「<質量低減>……<神撃の旋風>……師匠」
「……<集束流星雨 八連唱>」
魔人達に加わる重力に干渉し、重力をマイナス方向に変換する。そして浮き上がった魔人達を風魔術で打ち上げる。回避反応が一瞬遅れた魔人達を、地上から放たれた魔術弾が容赦なく貫いた。
「……クライス君、もう一発頼むよ……っつ、<大地障壁>」
「ホル……」
「クライス君、ホルスは君の余力として、なるべく温存して」
魔術を打ち終えた師匠に向かって魔人達が殺到した。それにフォロをー入れるためホルスを向かわせようとした俺の言葉をセーラさんが遮る。
「分かってますけど……」
「あれくらいは大丈夫よ。確かに普段は駄目な人だけど戦場では……」
今度はセーラさんの言葉を遮るように、師匠のいた場所が青白く発光し……周囲にいた魔人達が一瞬で蒸発した。
「……自分をおとりにした?」
「あの人がよくやる戦術よ。とくに昔はコントロールがひどかったから、自分のいる場所に打ち込むのが確実だって」
「いや、そうでもあの温度は普通に死……」
「咄嗟に上に転移で脱出しているよ……身体能力強化の上でも、あの温度はさすがにダメージを負うからね」
「本当に、攻撃魔術のレパートリーと応用はすごいですね……」
「それだけが取り柄だからね」
今の火魔術は効果範囲的に、第五階位の<範囲焦滅>だろう……それを発動前に発動地点に空気を圧縮して流し込むことで、超高温の燃焼反応を作り出し、魔人すら蒸発させたというわけだ……最小の魔力で火力を出すという観点では師匠のレパートリーは俺が追いつける物ではない。
「二人とも……溜めが終わったならさっさと撃って」
「言われなくとも……<神炎空間創造>」
「ちょっと休憩になりましたね……<次元切断>」
師匠が行使した魔術によって前方の広範囲が瞬間的に消滅する。結界の展開が甘かった魔人、中心部に近かった魔人が一瞬で消し飛ぶ中、咄嗟に対応した魔人や魔王を結界ごと切り裂く……そして空白となった空間に飛び込む。
後方からの追撃はディアミスを信じて無視する……それを繰り返して、俺たちは確実に魔神に近づいていた。だが……
「そう、何度も同じ手を使わせてはくれないか……」
「厄介ね……」
「全員、今は周りを見るな。一体ずつ確実に始末しろ……自分の身を最優先に」
空いた空間に飛び込んだ直後、周囲に数十体の魔王が出現した。魔神第二の眷属ベータの空間魔術だろうが……考察している余裕がないな。
「……<光子障壁>……<神槍>……<突風>」
後方から放たれた魔術を障壁で、防ぎ左右に出現した魔王を<神槍>で串刺しにして動きを止める。前方から迫っていた魔王を風で吹き飛ばす……そしてできた隙に迷わず最高出力の光魔術を叩き込む……
「<能力値限界突破>……」
「さすがは魔神様に近しいほどの魔力を持つ人間か……」
「……黙れ……<重力刃>……」
「なっ……」
最後に上空から飛び込んできた魔王を受け止め、斥力をまとわせた杖を貫通させて、内部から魔術で爆散させる。そこで俺の周囲は片付いた。
師匠は周囲を牽制しながら、一体ずつ光魔術で仕留めている。セーラさんは白龍の膂力で魔王と真っ向渡り合いながら……シルヴィアさんの方に結界魔術を行使して……しまった。迷わずシルヴィアさんの方に飛ぼうとした俺の前に再び数体の魔王が行く手を阻んだ。
「……<転……ちっ」
「行かせるとでも?」
「秒殺すればいいだけだよ」
シルヴィアさん一人では魔王数体に対して遅滞戦闘はできても、渡り合うのは無理だ。魔人相手にはどうとでもなっても、魔王の魔力量や戦闘能力は魔人と桁が違う……だから最初から俺らのフォロー役として立ち回ってもらっていたし、ディアミスの余力もシルヴィアさんに向けていた。それを維持できるように布陣もしていた。だけど……
「結界の多重展開……遅滞が目的かよ……しかも転移無効化……」
「ベータ様の魔術だな……そう長くはないと思うが、あの娘は……」
「てめえ……」
俺の周囲の魔王達は攻撃ではなく防御系統に魔術を集中させて、完全に俺の動きを止めてきている。しかもベータの魔術……<空間座標固定>の原型らしき魔術で転移すら封じられて、動けない。
「マーリスさん……私の方は……頼めなさそうね」
「余力が皆無、とは言わないが、僕たちの動きを、制限、しに、かかってるね……」
師匠とセーラさんは自身の周囲の魔王の対応だけでほぼ限界だ。僅かな間隙にシルヴィアさんの周囲に結界を貼ったり、周囲の魔王を吹き飛ばしたりしているが……どのみちシルヴィアさん一人じゃ長くは持たない。
「外道が……お前ら……」
「負の魔力から生まれし我らにとっては当然のことだな」
ディアミスに至っては、後方を一人で支えていたのもあって、魔人の対処もしながらの中、魔王の攻撃の対処が追いつかず、全身に傷が増やしていた。……そんなとき、シルヴィアさんに無数の魔術弾が殺到した。
「……<風神障壁>……ゲホッ」
避けきれなかった魔術を結界で防ぐも、次々に高威力の魔術が直撃し、限界を迎えた結界を突き破って吹き飛ばされた。
そして、無防備な彼女に追撃の魔術が、魔王自身が無数に向かっていく。
「シルヴィアさん……」
その直後に俺は魔王を<次元切断>で隔離し、彼女の周囲に結界を展開し始めた……
「シルヴィア……」
同時に使用魔力量を度外視して、周囲の魔王達を限界の火力で消し去った師匠が、シルヴィアさんに向かう魔王に魔術を放つ……
「シルヴィア姉……ガフッ……クソッ」
黒竜を盾に、姉の元に飛び込もうとしたディアミスは振り切れなかった魔王達から集中砲火を浴び、黒竜に抱えられ、戦線を離脱する。
「シルヴィアちゃん……」
魔王を相手取りながら、更に追加の結界を貼ろうとしたセーラさんは、瞬間的に速度を増した魔王達に魔術行使を中断させられる……
誰もが間に合わない、そう思った。それでも、僅かな可能性を信じて動き出したときだった……
「……あら、以外と早かったわね」
セーラさんがそう、ぽつりと言って、シルヴィア嬢から目を離し、魔王達に相対した。
「<光子障壁>……<七柱の神撃>」
その直後、俺と師匠の魔術展開より先に、上空からの声と共にシルヴィア嬢を結界が包み込み、向かってきた魔王達が吹き飛んだ。俺はその声と状況に既視感を覚えた……そして、セーラさんの方向を向いて叫ぶ。
「セーラさん!」
「さすがに誰がやったか分かっちゃうか。でも結果的に正解だったでしょう」
「そうですけど……」
「雅也。久しぶり」
セーラさんの言葉に苦々しい表情を浮かべていると俺の隣に、白龍と一緒に降りてきた詩帆が、少し怒った様子でそう声をかけてきた。
その表情の意味も、色んな想いもあるけど……
「……本当に来てほしくなかったんだけどなあ」
「私は絶対において行かれたくなかった」
「分かってるよ……こればっかりは騙した俺が全面的に悪いからな」
ちゃんと説得できなかった。その上で騙すような形で監禁した。そんな後で彼女が自分の意思で来たというのなら、お互い喧嘩と説教は後だ……俺がやるべきことは一つだな。
「魔人と魔王を殲滅するまでは俺のそばを離れないでくれよ」
「もとからそのつもりです……守ってくれるんでしょ?」
「当たり前だ……」
そう呟いた俺は思考を切り替えて、周囲の魔王の殲滅に動いた。まずは周囲に拘束した魔王をさっさと始末しよう、とその前に……
「<絶対領域>……<座標転移>」
「えっ……」
「なっ……」
「詩帆、二人の治療としばらく保護をよろしく」
「まかされたわ」
転移を無効化された周囲の空間に<絶対領域>で干渉し、負傷していたシルヴィアさんとディアミスを転移で引き寄せる。そして混乱している二人を詩帆に任せて、俺は隔離していた魔王達をこの世界に引っ張り出した。
「……」
「悪いが、そう長く<絶対領域>を維持してたくないからな」
引っ張り出すと同時に、魔王達の体が崩れ去った……
「雅也、何をしたの?」
「魔術って本当にチートだな。机上の空論すら可能にしてしまう」
「……魔王が想定できない何か……原子への干渉とか?」
「近いな。魔王の身体の三次元構造を構築している原始の陽電荷に干渉して、その電荷を限りなく0に近づけた」
物理的に一つ一つの原子の電荷に干渉する……理論的には不可能ではないが、人体一個分の膨大な数の原子ほぼ全てに同時にそんな操作を行うのはまず無理だ。電荷を限りなく0に近づける方法として、俺は原子核の陽子を転移を利用して消しさるという物理的に不可能な方法を利用しているからなおさらだな。
「まあ、原子の構造に干渉して、体を固体として保てなくなったと解釈してもらえれば」
「説明がなくてもなんとなくの意図は分かったけど、多用してないってことは魔力を相当使うってこと?」
「それもあるけど、制御に時間がかかるし、精密性もかなりのものを要求されるから、相手が大きく動ける状況だと使えないってのもある」
「なるほど……それより、話しかけた私が言うのもなんだけど、喋ってて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。魔王の方はもう終わったから……」
その言葉と同時に、周囲の魔王達が結界で隔離された。そこから逃げられる前に、俺は魔王達を即座に魔術で一気につぶす……
「……呆れた。どれだけ余力を残してたの?」
「結界はホルスがやったから、俺がやったのは転移封じと圧殺だけだよ」
「……それでもおかしいでしょ。さっきまで魔王相手に多少は苦戦していたように見えたのだけど?」
「セーラさんと師匠に魔神戦の前にできるだけ魔力は温存しておけって口を酸っぱくして言われてたからな」
だから、必要最低限の魔力……自然回復でどうにかなる程度の魔力だけで戦闘をしていた。ただ、それだけだ。
「詩帆が来たなら、一秒でも早く帰るために……多少の魔力の消費は誤差だろ」
「私が、最初からいた方がもっと早く終わった気がしてきたわ……」
「それはそれ。これはこれだよ……第一、俺の実験室の中で自由にさせるわけがないだろ」
<絶対領域>……周囲の空間の物理・魔術的情報を全て取得し、解析し、思うがままに改変する物理魔術の最上位魔術。脳に大きな負荷がかかるのは勿論、莫大な魔力を消費するが、その中においては俺の優位性は絶対に揺るがない。
「ある意味、ラブラスの悪魔だね……いや、物理学上否定された存在になり得る魔術って本当に恐ろしい」
「……で、周りが静かなのも雅也のせい?」
「んっ。ああ。周囲は気圧差作り出して大気の壁にしてる。勿論転移無効だから突っ切るしかないけど、大気の壁が……ジェット機並みの速度を出してる上に、極めて薄く設定されてるから突っ込んだら結界ごと切り裂かれるけど」
「本当に悪魔ね……」
「まったくだね。まあ、そういう奥方も十分凄いと思うけどね」
「それは確かに」
「どういう意味よ」
詩帆は俺と会話しながら、割と重傷だったシルヴィアさんとディアミスの治療を終えていた。治療をされた二人も唖然としている……魔術は想像力が大切だからな。医学的知識が豊富というか、現代日本で外科医をやっていた彼女によってこの程度の処置は片手間で余裕だろう。
まあ、師匠の台詞は言い得て妙だが、若干直っていた機嫌が悪くなるので勘弁してほしい。
「いい夫婦ってことにしておきましょうか」
「マーリスさん、セーラさん」
「クライス君。好判断だ。一度立て直したかったからいいタイミングだった」
「詩帆を守るついでですから」
「そうかい」
師匠とセーラさんも自身を囲んでいた魔王達を無事に仕留めたようだ。さて詩帆が隣にいる以上時間はかけたくないし……
「魔神、さっさと仕留めないとですね」
「その前に周囲の魔人と魔王を殲滅だね」
「後は眷属もですか……」
「そうね。じゃあ、陣形を組み直すわよ。かなり数を減らしたから、ここから先は……」
セーラさんの話を聞きながら俺はホルスに目配せをした。それに心底嫌そうな顔をしながらホルスはまっすぐに上空に飛び上がった。
とりあえず……邪魔な魔人と魔王の粗方を殲滅してしまおうか。
というわけで、ようやくまともな戦闘回です。
ここからは第八章の最後まで戦闘回が続きます。僕が苦手なので間延びせずかけるか不安ですね。




