第百四十一話 虚構の平穏
前話、魔神の出番が少ない?眷属の方が出ていた?タイトル詐欺?
事実ですので弁明できません、すみません。
そして先に言っておきます。今回は魔神どころかメインメンバーもほぼ登場しません……どこまでメインメンバーとするかにもよりますけども
~同時刻 ルーテミア王国王都 王城~
執務室の机の中は早急に処理しなければならない書類机の上だけでは足りず、床の上にまで山積している。その中で状況報告のために入室してくる担当役人達の声で執務室内は喧噪に包まれていた。そんな中、俺は書類を書く手を止めて窓の外を見上げた。
「始まったか……」
「そのようですね……」
混乱に陥る王都内の状況を収拾しながら、最悪の想定に備えて王国軍の配置も進めていた。膨大な業務に潰れそうになる中でも、その異常な魔力は感じ取れた。そして、それと同時に空の色が戻り始めた……
「なるほど、魔神がこの世界に入り込むために世界の壁を歪めていた。とでも言うのでしょうか」
「つまり魔神が世界に入り込んで、壁を歪めなくなったからもとの色に戻り始めたということか」
「おそらくは……」
「どういう理由であっても異常な状態が解消されたのは事実だ。これで街の治安維持に割いていた兵力を最後の足掻きに使える」
「最後の足掻きですか……」
「悔しいが事実だろう。あれをどうこうなど普通の人間にはできない……だが極限の状況下でクライスや賢者様が虚を突かれる可能性も否定できない以上、時間稼ぎになるかも怪しいとしても兵を敷かぬ訳にはいかないだろう」
今の一瞬で感じた魔力だけでわかった。あれは市井の魔術師に、ましてやただの兵士で対処できるような物ではない。まさしく天災であり、それに対処できるのは同じく天災を引き起こせる超越球の、賢者と呼ばれるような魔術師しかいないのだと。
「……千年前の賢者様がこの近くで封じてしまったのを少し恨むな」
「言っても仕方ないでしょう。もし、あの場で命を賭しても封印していただいていなければ今のルーテミアはありませんよ」
「そうなんだがな……まあ、確かに言っても仕方のないことだとわかってはいるのだがな」
「なら今は未来のために動きましょう」
「言われなくてもわかっている。これは国王としてではなくレオンとしての愚痴だと思って流してくれ」
今の国王として感謝をしないわけもないし、一人の魔術師として尊敬もあるが……国民としては領土に、しかも王都近くで封じられるのは勘弁して欲しい……それぐらいの愚痴はゆるされると思いたい。
さて愚痴は程々にして、状況を進めよう。
「ジャンヌ」
「はい陛下」
「王都内の混乱はじきに収束する。そしておそらくクライス達の戦闘も始まっているだろう。最悪の事態に備えて急ぎ、王都東門を封鎖し、その外側に精鋭部隊を展開させろ。指揮権は軍務卿と協議の上、好きに割り振ってかまわん」
「かしこまりました。すぐに王都内の部隊を撤収して、再編成します」
「頼む。ハリー、王都内の軍を撤収させる代わりに警備隊はそのまま厳戒態勢を敷けと伝えろ」
「既に命令書は書き上がっています」
「ならハリーの名前で発行してくれ……入れ」
「失礼します」
新たな命令をジャンヌとハリーに投げたところでまた一人の役人が入室してくる……確か警備隊の担当者だったような気がするな。
「ご報告します。先程、王都上空に……」
その報告を聞いて、私は一瞬頭を抱え、すぐに無視するよう伝えた。
~同時刻 王都 王立魔術学院特待生クラス~
「みんな、何をしてるんだろう?」
私、ティシリア・ガーネルは閑散とした特待生クラス内で自分でも無意識のうちにそんなことを呟いていた。
普段は賑やかすぎて……今もタウラス君が教室後方で筋トレしてて、それに文句を言うルーク君と喧嘩しそうになってるし、エドワード君は校庭に数十メートル規模のクレーターを作った件で怒られれていますね。
今も十分騒がしいですが、でも普段の空気感とは何かが違う気がするんです。
きっと半分しか生徒がいないからだと思います。
ここ、魔術学院の特待生クラスには高貴な身分の生徒が多くいます。貴族令嬢のユーフィリア生さん、ソフィアさん、リリアさん……しかも全員現役閣僚の関係の方ですから、本来私は対等に話す機会もない筈なんですが、皆さん気さくで、普通に女の子同士で話が合うので忘れそうになります。
「……きっと陛下は今頃、街の混乱の対応に追われているんでしょうけど、他の皆さんまで……クライスさんはわからないでもないですけど」
さらに、このクラスにはこの国の現国王であるレオン陛下がいらっしゃいます……入学当時は皇太子殿下で、私達は実感がわきませんが王位継承の政争の間近ににいたんですね私達。
そして、最後に一人、この国の現役閣僚の方が一人います。学生の身でありながらこの国最強の魔術師のクライスさん。正直、私も魔術師としてはそれなりだと思うんですが、あの方に関しては凄すぎて、強さがよくわかりません……って、それは今はどうでもいいですね。
「ティシリア嬢。浮かない顔をしているが何か悩み事かな?」
「ジェラール君……悩み事ってほどではないんだけど今日休んでるみんなのことが心配で」
横から声をかけられ振り向くとジェラール君が立っていた……いつ見てもキラキラしてますね。
「陛下は王都内がこの空の色で混乱しているだろうから、その収拾じゃないかな。町中を見るとその警戒のためか兵士や王宮の魔術師が至る所にいるし」
「クーデターが起こったばかりだ。前回の混乱の二の舞にはしたくないんだろう。たぶんクライスも同じく忙しくしてるんじゃないのか」
「ジェラール君とルーク君の言うことはそうだと思うんだけど……じゃあ残りの三人は?」
タウラス君を水魔術で酸欠にして静かにさせたルーク君も加わって三人で話は続く。
「フローズ子爵が娘に過保護なのは有名だろ。この混乱した王都に出したくなくて自宅に戻したとかじゃないのか?後の二人に関しては体調不良かもしれないし、ユーフィリアさんならクライスの仕事を手伝っている可能性もあるし」
「そう、だよね」
ルーク君の言うように偶然なんだと思う。でも、何か嫌な胸騒ぎがして……そんなことを思っていると東の方からとてつもない魔力を感じた。
「今の、何?」
「わからない……だけど、感じたこともないようなとてつもない魔力だった。いやクライスならこれくらいか?」
「ひょっとして彼はあそこにいるのかな?」
「あそこって……」
「あの漆黒に染まった空の真下だよ。今の魔力もそこからだろう」
この数週間、王都周辺の空は徐々に濃い紫色へと変化していた。とても不気味だったけど、ここ数日は更にその色が濃くなって東の空は真っ黒に染まっていた。
「あそこに……なんで」
「こんな異常な事態が起きて、王国魔術省が動かないわけがないし、明らかにあそこが変異の中心点だから王宮筆頭魔術のクライスがあの場にいる可能性は普通に考えられるな」
「他のみんなは?」
「あの場にいるかもしれないし、全く関係ない場所にいるかもしれない。何なら遅刻の可能性もある」
「そう、だよね……えっ」
不安な自分を納得させていたそんな私の目の前で、空の色が薄くなり始めて……
「戻った?」
「みたい、だな」
「あの空はあの空で綺麗で好きだったんだけど……やはり澄み渡る青空はいいね」
「あら、空の色が戻ったわね」
「エマ先生、おはようございます」
「おはよう、ティシリアさん」
空の色が元に戻ったことに呆然としていると教室にエマ先生が入ってきていた……もう、始業の二分前ですね。全然気づきませんでした。
「あの、先生はあの空についてなにかご存じないですか?」
「全然」
「意外ですね。先生なら興味を持たれるかと思ったのですが」
「現象の解明のための研究に興味はあるけど、実地研究はしてないからみんなと持っている情報に大差はないわよ。主人からもらってる情報の分、少し優位かもしれないけれど」
「実地調査にに行かれなかった理由って?やはり伯爵夫人になられたからですか?」
私達の担任のエマ先生はこの国トップクラスの魔術師なのですが、生まれは公爵令嬢です。初めて素性を聞いたときは本気で驚きました。しかも現役財務大臣の父をもつ生まれも育ちも完全なお嬢様の筈、なんですが……なぜか元冒険者だったり、そうは見えないんですよね。
「うーん、それもあるんだけど。私、魔王戦争に行っていたじゃない」
「そういえば、そうでしたね……確かその後しばらく休まれてましたよね」
「ええ。かなり危ない目に遭ったというか、危うく死にかけたから」
「「「えっ」」」
先生のあまりにも唐突な話に思わず声が出てしまいました……えっ、参戦してたのは聞いていましたけど……そんな最前線にいたんですか?
「その後、ハリーさんに怒られたのよ。もう二度とあんなことにならないでくれ、頼むから……って泣いて言われちゃって、だから私はもう危険な研究はやめることにしたの」
「なるほど……」
「それに、あそこで起こってることは私にどうにか出来ることじゃないわ」
「えっ、先生でもですか?」
「私でもよ……あそこで起こってる現象はどれだけ凄いと言われていても普通の魔術師がどうこうできるようなものじゃないわ。あそこに対処できるのは……常識の範疇を超えた魔術師だけよ」
その言葉に、私達が脳裏に浮かべた名前はきっと同じだろう……
「私達に出来ることは、何かないんですか?」
「……少なくともあの場所に行っても何も出来ることはないわ」
「居場所を守ること、かな?」
「どういう意味ですかジェラール君」
「そのままの意味だよ。彼らが戻ってこられる場所で元気でいつものように迎えられること。それくらいしかできることはないだろう」
「そっか、そうですね……」
心にストンと落ちた。みんなの言うとおりどれだけ考えても、今の私に出来ることはきっとそれぐらいだ……それでも、心配してしまうのは私の性格だから仕方ない、けど
「必要以上に心配しても何も出来ないなら、後で気を遣わせてしまうだけ、ですね」
「そもそもクライスに気を遣うのが訳がわからないな。あいつがどうにもできない事象がイメージつかないし」
「それも、そう……ですね」
「では皆さん、朝のHRを始めましょうか。席についてください」
~同時刻 王都中央通り~
王都は混乱に包まれていた。ここ最近続く、紫色の空への不安に包まれていたら、突然もとの色に戻った。多くの人がそれにホッとしていたが、突然の変化で町中はピリピリしていたし、未だに混乱は続いていた。
「アレクス、確かにクライス君のところに行けば何かわかるかもしれないけど」
「だから聞きに行くんだろう」
「それはわかりますけど……あの、やっぱり考えてなかったみたいですね」
「マリー。今さら」
「なんだよ、文句でもあるのかよ」
俺はその混乱した街の中を幼馴染みの二人を連れて、クライスの家へと向かっていた。あのクライスなら何かわかると思ったからだ。
領主の息子とその家臣の子息という関係性だが、幼馴染みである俺たちはとは関係を変えなくていいと言ってくれたおかげで……領主どころか王国の伯爵様で魔術省の大臣になった今でもプライベートでは変わらず話してくれている。
「文句じゃない。落ち着いて考えればわかることをアレクスが気づいていないだけ」
「どういうことだよ?」
「考えて。この状況で王国の魔術のトップが家で暇をしてると思う?」
「……あっ!」
「そういうこと」
確かに、今朝、突然空の色が戻って町中は大騒ぎだ。魔術的な現象だと発表されていたので間違いなくクライスは関わっている。
「つまり、行ってもいない可能性が高いってことか」
「そういうこと」
「……はあ、まあユーフィリアさんかリリアさんがいれば言付けを頼んでもいいし」
「そういうことなら焦って始業前に行かなくてもいい」
「……そうだな。じゃあ、学校に急ぐか……マリー、どうした気分でも……なっ」
リサに完璧に論破されて、学校へ向かおうと元来た道を戻ろうとしたのだがマリーが空を見つめたまま動かない。何かあるのかとリサと二人でそちらを見上げると、そこには……
「「「竜!!!」」」
そこには、王都の上空を悠々と飛行する白い竜の姿があった。
というわけで魔神戦開始直後のサブキャラ大放出、あの人は今的ストーリーでした。
ハリーさんとエマ先生はいつか、きっちり関係性を描きたいですね。
次回更新は明後日8月9日の21時予定です。




